猛獣の敗北がもたらした「激震」
「ヤザン・ゲーブルが、傷一つ負わせられずに敗退しただと……!?」
ニューギニアの連邦軍本部、そしてグリプス2のティターンズ司令部は、キリマンジャロ基地から送られてきた信じがたい戦闘データに震撼していた。宇宙世紀屈指の野生の猛獣であり、いかなる戦場からも必ず生還するヤザン大尉が、ハルツーム共和国の国境へ足を踏み入れた途端、最新鋭のハンブラビ3機もろとも、四肢を綺麗に「消し飛ばされて」帰ってきたのだ。
それも、ハルツーム側は終始、物腰柔らかな「友好的な中立」の態度を崩さず、命を奪うことすらしていない。それが、ティターンズの上層部にとっては逆に、底の知れない圧倒的な武力の誇示、すなわち「触れれば即死する巨大な牙」の証明として映っていた。
「アステロイドベルトに眠る本拠地の情報など、地上の人間は誰も知らない。私たちはただ、宇宙から突然降ってきた『神出鬼没のオーパーツを持つ謎の組織』でいいのよ」
ハルツーム自治領の最高執務室。ルクレツィア・ヴィスティリア(中身はただの気弱な、しかし土壇場で冷静になるおっさん)は、ディザードのスロット2に収まった緑色の球体パーツ【ハロ】の電子音を心地よく聞きながら、冷徹に次のチェス盤を動かしていた。
ヤザンを無力化したことで手に入れた、スパロボ界最高峰のパーツ。これにより、ディザードの運動性と射程はガンダム世界の限界値を遥かに超越した。だが、ルクレツィアの目的は戦争の勝利ではない。あくまで、誰にも邪魔されない「静かな老後」と「地球環境の再生」だ。
そのためには、ただ恐怖で縛るだけでなく、地上の有力な勢力を政治的にコントロールし、盤面を膠着させる必要があった。その時、諜報部「黒の触手(ウーブラ・テンタクル)」の分析官から、驚くべき情報がもたらされる。
「ルクレツィア様。カラバの輸送航空艦『アウドムラ』より発艦した小型機が、我が国の防空識別圏へ接近中。……搭乗者の生体IDを照合。エゥーゴのクワトロ・バジーナ大尉。そして、カラバのアムロ・レイ大尉です」
「……! 宇宙世紀の二大英雄が、揃って我が国へお出ましというわけね」
ルクレツィアは、ふわりと小さな唇を歪めて微笑んだ。ティターンズが恐怖に凍りつく中、エゥーゴとカラバの指導者たちは、ハルツームが宣言した「地球環境再生技術」、そしてヤザンを殺さずに退けた「圧倒的な防衛力」の真意を確かめるため、直接のトップ会談(政治戦)を求めてきたのだ。
「歓迎しなさい、リリィ。……ただし、私たちの『本当の切り札』を、彼らの骨の髄まで叩き込んだ上でね」
深夜の「幽霊船」での邂逅会談の場所に指定されたのは、ハルツームの大統領府ではない。夜陰に紛れ、砂漠の砂を巻き上げることすらなく上空に静止している、超弩級隠密揚陸艦『レムレス・テラ』の重厚なブリッジだった。
アウドムラから案内されたクワトロとアムロは、艦内に一歩足を踏み入れた瞬間から、その常識外れの技術に圧倒されていた。ミノフスキー・クラフトが発する特有の不快な高周波(高調波音)が、この艦からは一切しない。熱源も光も遮蔽された漆黒の船体。それは、連邦のホワイトベース級を遥かに凌駕する、未知の「超技術の結晶」だった。
「……信じられない。 これほど巨大な質量を、これほど静かに維持できる技術など、アナハイムにも存在しないぞ」
アムロが技術者としての鋭い視線で壁面を見つめ、驚きを隠せずに呟く。クワトロもまた、サングラスの奥の目を険しく細めていた。彼はニュータイプとしての強烈な直感で、この艦の奥から放たれる「人知を超えた、圧倒的な捕食者のプレッシャー」を感じ取っていた。精神の共鳴ではない。生物としての格の違いを叩きつけられるような、冷徹な威圧感だ。
ブリッジの扉が滑らかに開く。そこに座っていたのは、格式高い漆黒の礼服を纏った、銀髪紅眼の極めて美しい6歳の幼女――ルクレツィア・ヴィスティリアだった。その隣には、冷酷なプレッシャーを放つリリィ、そして連邦の上層部でも伝説的な存在だった元外交官の老人が、静かに控えている。
「ようこそ、エゥーゴとカラバの英雄諸君。『レムレス・テラ』へ歓迎するわ」
幼女の鈴を転がすような、しかしどこか老成した冷静な声がブリッジに響く。
「私はルクレツィア。……まずは、お互いに無駄なハッタリはやめましょう。クワトロ・バジーナ大尉……いえ、ジオン・ダイクンの遺児、シャア・アズナブル」
「……っ!」
クワトロの身体が硬直する。地球圏の誰もがまだ確信を得ていない彼の正体を、目の前の幼女は、まるで当然の事実であるかのように、平然と言い放ったのだ。これこそが、諜報部「黒の触手」が何十年もかけて世界中のノイズから構築した、絶対的なインテリジェンスの暴力だった。
「驚く必要はないわ。私たちは、貴方たちがジャブローの地下で何を話し、ダカールでどんな演説を予定しているかも、すべて把握している」
ルクレツィアは、小さな手で優雅に紅茶(住民が水耕栽培で育てた最高級の茶葉)を含み、クワトロを見つめた。
「エゥーゴが、ティターンズの横暴を正すために戦っていることは知っている。けれど、私たちの目的は地球圏の覇権争いではない。このハルツームの地を、戦争の汚染から解放し、人間が健やかに生きられる『絶対的な中立聖域』として維持することだけよ」
「……その言葉、ヤザン大尉を殺さずに帰した戦闘を見れば、信じざるを得んな」
クワトロはサングラスを外し、真摯な目をルクレツィアに向けた。
「君たちの持つ『地球環境の急速な緑化・浄化技術』、そしてティターンズのMSを一瞬で無力化した兵器……。それらは、地球の再生を願う我々エゥーゴにとっても、喉から手が出るほど必要なものだ。……どうだろう、我々と手を組み、連邦の腐敗を正すためにその力を貸してはくれないか?」
それは、対等な第三勢力としての「同盟」の打診だった。だが、ルクレツィアの横に立つ老外交官が、冷淡な笑みを浮かべて前に出た。
「クワトロ大尉。我がハルツーム自治領は、貴方たちと『お友達の義勇軍』になるつもりはありません。エゥーゴへの技術供与も、同盟も、すべて拒絶いたします」
「何だと……?」
「ただし、私たちは『友好的な隣人』です。貴方たちに、一つの『取引』を提案しましょう」
老外交官がホログラムを展開する。そこに映し出されたのは、『レムレス・テラ』の艦首に内蔵された、HM世界の戦略兵器――「バスターランチャー」のエネルギー理論値と、過去のデータ(宇宙世紀向けにダウングレードされた数値)だった。
「……な、何だ、この数値は……!?」
アムロがスクリーンに釘付けになり、息を呑む。
「一撃で、サラミス級の艦隊が完全に『消滅』するぞ……。コロニーレーザーの縮小版を、戦艦の艦首に搭載しているというのか!?」
「その通りよ、アムロ・レイ大尉」
ルクレツィアが静かに言葉を継ぐ。
「私たちは、ティターンズが攻めてきても大丈夫なように、このハルツームの地下、そして上空に、完璧な防衛網を敷いている。もしティターンズが本気でこの国を潰しにかかるなら……この『レムレス・テラ』は、キリマンジャロのティターンズ基地を、その外縁の山ごと、一撃でこの地球上から『消去』することになるわ」
その言葉に込められたシリアスな殺意と圧倒的な力に、シャアもアムロも言葉を失った。ハルツームは、いつでも世界を滅ぼせる牙を隠し持った上で、「友好的な中立」を演じているのだ。
「私たちの提案はこうよ」
ルクレツィアは、小さな指を3本立てた。
「一つ、エゥーゴおよびカラバは、ハルツーム自治領の完全な中立と主権を認め、今後一切の軍事介入を行わないこと。二つ、貴方たちがティターンズを打倒した暁には、連邦議会において、我が国の『公式な独立』を永久に承認すること。……これを受け入れるならば、私たちはティターンズのキリマンジャロ基地の戦力を、ハルツームの防衛線(生体ジャングル)の内側で完璧に引き付け、釘付けにすることを約束するわ」
クワトロは、目の前の真祖の幼女(ルクレツィア)が提示した条件の、あまりの合理性と恐ろしさに身震いした。ハルツームがティターンズの主力を引き受けてくれるなら、エゥーゴは地球上での戦いを圧倒的に有利に進められる。さらに、ハルツームは「攻めてこない」と明言しているのだ。敵に回せばバスターランチャーで蒸発させられるが、味方にすればこれ以上ない「絶対不落の盾」になる。
「……フッ、君の言う通り、実に現実的で、ぐうの音も出ないほど完璧な提案だ。ルクレツィア・ヴィスティリア。エゥーゴ突撃機動軍(あるいはカラバ)を代表し、その裏の不可侵協定、謹んで受け入れよう」
クワトロは、自らの意思でサインを電子書面に刻んだ。アムロもまた、目の前の美しい幼女の姿をした「冷徹な支配者」を見つめながら、宇宙世紀の歴史に、連邦でもジオンでもない、全く新しい『神話の勢力』が誕生したことを確信していた。
「交渉成立ね。……エゥーゴの諸君、ティターンズとの安っぽい戦争、頑張ってちょうだい。私たちはこの綺麗なハルツームの森で、美味しいお茶を飲みながら、貴方たちの勝利を応援しているわ」
ルクレツィアは優雅に微笑み、彼らを見送った。アステロイドベルトの本拠地は極秘のまま。地球上に突如現れた謎の第三勢力ハルツームは、エゥーゴとの間に完璧な政治的不可侵を取り付け、地上の覇権を巡る冷戦構造を完全に完成させた。ディザード(【ハロ】装備)という絶対の牙、そしてレムレス・テラの破壊力を背景に、気弱だが冷徹なるルクレツィア(おっさん)の生存戦略は、地球の歴史そのものを裏から飼い慣らすように、さらなる深遠へと突き進んでいくのだった。