マリーダ・クルス。プルシリーズの12番目。彼女がグリプス戦役から第一次ネオ・ジオン抗争を生き延び、地獄のような苦難を経て「マリーダ」という一個の尊い人間としてユニコーンの歴史に刻まれることは、宇宙世紀の因果律において絶対に歪めてはならないマスターピース(絶対条件)だった。
「プルトゥエルブ(マリーダ)の運命には、絶対に干渉してはならない。あの悲劇を経て彼女が掴む光を、私が横から泥棒のように奪うわけにはいかないのよ」
おっさんとしての良心、そして歴史の整合性を守るための冷徹な理性が、リリィと諜報部「黒の触手」に新たな鉄の掟を言い渡した。
「ネオ・ジオンの内乱(グレミー・トトの反乱)のドサクサで使い潰されるプルシリーズのうち、『プルトゥエルブ(12番目)』を除く、歴史の表舞台でただ消費されて消えるはずの幼い妹たち(他のクローン体)だけを狙うのよ」
ガンダムZZのストーリーが成立するように、エルピー・プルやプルツー、そしてプルトゥエルブの戦いは一切邪魔しない。だが、コア3周辺の秘密基地で量産され、グレミーの反乱の捨て駒として「量産型キュベレイ」に乗せられて虚無に消えていく、その他の名もなき幼いプルシリーズたち。
彼女たちを、歴史に影響を与えない「目撃者ゼロ」の完璧な隠密作戦で、丸ごと救出(収穫)する。
宇宙世紀0089年1月。ネオ・ジオンの本拠地・小惑星コア3周辺宙域。ハマーン・カーンの本隊と、グレミー・トトの反乱軍による、身内同士の凄惨な血で血を洗う最終決戦が勃発していた。
ミノフスキー粒子が濃密に散布され、双方の通信が途絶し、敵味方の識別すら狂う極限の混乱。その戦火の裏側、グレミー派の秘密ファクトリー艦の居住区に、変形機構(ムーバル・フレーム)を縮めてただの残骸に偽装した『レムレス・テラ』が、音もなく接舷した。
「お姉様、ファクトリー艦の生体センサーを確認。量産型キュベレイへの搭乗を待機させられている、精神調整中のプルシリーズの幼い個体たち――計8名を発見しました。……プルトゥエルブのIDはここにはありません」
「よし。歴史の辻褄は合っているわね。……リリィ、エレン。始めなさい」
ルクレツィアの命令により、レムレス・テラから数名の下位眷属(従僕)が、真空の廊下を音もなく滑るようにしてファクトリー艦へと侵入した。
居住区の冷たいカプセルの中で、精神調整の薬物によって眠らされていた、同じ顔をした10歳前後の可憐な少女たち。彼女たちは、グレミーの命令一つで量産型キュベレイのコックピットに押し込まれ、戦場に駆り出されて戦死するはずの「使い捨ての部品」だった。
「……あ、う……」
一人の少女が、うっすらと目を覚ます。彼女の視界に映ったのは、燃えるような真紅の瞳を持った、自分と同じように美しい銀髪の幼女(ルクレツィア)の姿だった。
「もう戦わなくていいわ。貴方たちを消費するだけの安っぽい大義名分(ネオ・ジオン)のことは、全部忘れてしまいなさい」
ルクレツィアは少女の額に優しく手を当てた。ニュータイプの精神共鳴ではない。真祖が持つ、脳細胞の記憶と精神の枷を優しく眠らせる「忘却の暗示」。
少女たちは苦痛を感じることもなく、再び深い、穏やかな眠りへと落ちていった。下位眷属たちが手際よく彼女たちをカプセルごとレムレス・テラへと運び込み、ファクトリー艦のログデータからは「調整中のエラーによる分子崩壊・破棄」として完璧にデータを偽造・消去した。目撃者ゼロ。歴史への影響、ゼロ。
マリーダ・クルス(12番目)の運命の歯車には一切触れることなく、ただ闇に消えるはずだった「8人のプルシリーズの妹たち」が、世界から完全に隔離された。
亡霊の学園(パレス・パル)と、おっさんの至福
数ヶ月後、第一次ネオ・ジオン抗争は歴史通りにハマーンの戦死、ネオ・ジオンの崩壊という形で終結した。
地球圏は、束の間の平和の時代へと移行していく。しかし、地上のハルツーム自治領の地下深く、緑豊かな人工庭園「パレス・グリーン」の一角には、世界のどこにも存在しない、賑やかで温かい光景が広がっていた。
「お姉様! 見て見て、このゲーム、新しいステージをクリアしたよ!」
「お姉様、今日のおやつのお肉、すっごく美味しい!」
同じ顔、同じ可憐な容姿を持った8人の少女(プルシリーズの妹たち)が、エリュシオンの格式高い制服を身に纏い、ルクレツィアの周りを楽しそうに飛び跳ねていた。
精神調整の狂気から解放され、エリュシオンの破格の福利厚生(豊かな食事、最高の医療、そして西暦時代のレトロゲームやアニメ)に囲まれた彼女たちは、今や「普通の、健やかで無邪気な子供たち」としての笑顔を取り戻していた。
「はいはい、みんな順番ね。ゲームは1日1時間って言ったでしょ」
ルクレツィアは、6歳の幼女(中身はおっさん)の姿で、彼女たちの頭を1人ずつ優しく撫で回していた。おっさんとしての趣味(幼女趣味)がこれ以上ないレベルで満たされているのは事実だが、これは同時に、エリュシオンにとって極めて現実的な「未来への最大級の投資」でもあった。
彼女たちは、クローン技術によって生まれながらに最高峰の「空間認識能力」と「脳の演算速度」を持っている。
ニュータイプのようなオカルト精神を使わずとも、その卓越した脳のスペックは、将来的にエリュシオンの独自MS部隊の「最高峰のパイロット」や、エレンの技術を受け継ぐ「超一流のシステムエンジニア」として、完璧な国防の人材に育つ資質を秘めていた。
「お姉様、彼女たちの脳のナノ制約、およびエリュシオンへの愛国暗示の定着は100%完了しています。世界(連邦やジオン)を憎むのではなく、自分たちを救ってくれたお姉様のために生きるという『真の忠誠』を抱いています」
隣でリリィが、満足そうに冷徹に報告する。
「ええ。人間はこうして、温かい部屋と美味しい食事、そして適度な娯楽を与えて適切に管理してあげれば、これほど美しく、優秀な『財産』になるのよ。戦争のおもちゃにして使い潰すなんて、ガンダム世界の指導者どもは本当に無能ね」
ルクレツィアは、水耕栽培のイチゴをプルの一人に口に運んであげながら、フッと冷酷に、しかし満ち足りた微笑みを浮かべた。
ディザード(無敵の4スロット完成)。レムレス・テラ(ブースター・高性能レーダー装備による超長距離隠密仕様)。そして、マリーダ・クルスの運命を壊さずに手に入れた、未来の最高峰の頭脳たる「8人のプルシリーズ」。宇宙世紀の歴史のレールを何一つ歪ませることなく、そのすべての美味な果実だけを裏から完璧に掠め取っていく。
気弱だが誰よりも冷徹なルクレツィア(おっさん)のサバイバルは、宇宙世紀0090年代という「次の時代の激動」を見据えながら、地球圏の誰一人として気づかぬまま、絶対不落のユートピアをさらに強固なものへと、成熟させていった。