小惑星「エリュシオン」の冷たい岩盤を、ディザードのパワーランチャーが低出力で正確にくり抜いていく。ジーン・プラスチックの駆動系は、どれだけ粉塵を浴びようとも内包されたナノマシンが微細な異物を排出し続け、完全なメンテナンスフリーを維持していた。
だが、機体の維持が完璧である一方で、おっさんの頭を悩ませていたのは「マンパワー」の絶対的な不足だった。
「連中だけでは、この先10年も持たない……」
簡易的な居住区の気密作業をさせている密輸業者の3人は、恐怖と肉体労働の疲弊で目に見えて消耗していた。彼らはただの人間だ。宇宙放射線、栄養の偏り、そして何より不老の怪物に監視されているという精神的ストレスが、彼らの寿命を削っている。
アクシズのような自給自足の巨大要塞を築くには、数十年、数百年にわたって病気もせず、裏切ることもなく、宇宙空間の過酷な労働に耐えうる「不変の労働力(眷属)」がどうしても必要だった。
だが、真祖の幼女たる彼の前に、大きなジレンマが立ち塞がる。
「眷属を、どうやって増やす……?」
気弱なおっさんの理性が、倫理的なブレーキをかける。
吸血鬼の伝承通りなら、人間の血を吸い尽くして「死者(グール)」として蘇らせるか、あるいは自らの血を分け与えて「吸血鬼の眷属」にするかだ。しかし、これには重大なリスクと、おっさんとしての生理的嫌悪感があった。
* リスク1:理性の喪失(グール化)
ただの動く死体(グール)にしてしまっては、コロニーの生命維持システムの配管や、ディザードの残弾・エネルギー管理といった「精密な頭脳労働」を任せられない。欲しいのは自律して動く優秀なエンジニアや作業員だ。
* リスク2:精神的ハードルの高さ
中身はおっさんである。6歳の幼女の身体を使っているとはいえ、見ず知らずの薄汚れた密輸業者の首筋に牙を立てて血を吸うのも、自分の血を男たちの口に流し込むのも、心理的抵抗が強すぎた。
「ただ血を吸えばいいというわけじゃない。必要なのは、高い知性を保ったまま、私の絶対的な命令権下に置かれ、なおかつこの過酷な宇宙世紀を生き抜く『不老の同胞』だ」
暗いコックピットの中で、おっさんは小さな指を顎に当てて考え込む。
今いる3人の密輸業者は、目先の恐怖で従っているだけの凡夫だ。これに不老不死の力を与えるのはリスクが高すぎるし、おっさんの「気弱な良心」も、彼らを無理やり怪物に変えることを躊躇わせていた。
「……外から『人材』を連れてくるしかないな」
宇宙世紀0010年。
地球圏には、連邦の棄民政策によって行き場を失った「宇宙難民(スペースノイドの貧困層)」が溢れている。まもなく始まる激動の時代、戦争孤児や、不当に処刑される技術者、社会から抹殺される人間たちが、掃いて捨てるほど出てくるはずだ。
「死を待つだけの優秀な人間を救い出し、合意の上で『対価』として不老の肉体を与える。それなら私の精神的負担も少ない。……何より、忠誠心が違う」
幸い、真祖の身体は人間の食事を必要としない。拠点の水耕栽培プラントが完成すれば、それはすべて「これから迎え入れる人間(あるいは眷属化する前の候補者)」のためだけに使える。
「おい、お前たち」
彼女は通信を開き、作業中の男たちに冷徹な声を投げかけた。
「この地球圏で、連邦の役人に目を付けられて行き場を失った『優秀な技術者』や『闇医者』の心当たりはないか? あるいは、身寄りのない行き倒れの集落でもいい。……私の城には、まだ人手が足りないんだ」
怯えながらも、男たちの一人が「サイド4の未崩壊のジャンク宙域に、連邦の強制収容所から逃げた整備士たちの隠れ里がある」と口を開いた。
「……決まりだ」
おっさんは、ディザードのカメラが捉える小惑星の暗闇を見つめた。
自分だけの絶対的なアクシズを完成させるため、真祖の幼女は、宇宙世紀の闇に隠れた「価値ある生贄」を品定めするための航海へ、再びディザードの火を点火する。