「……う、頭が……。またあの『渇き』が……!」
小惑星の薄暗いキャビンで、ルクレツィアは少女の小さな身体を抱きしめるようにして、冷や汗を流していた。
転生したばかりの真祖の力は、未だ発展途上。出力の調整が狂ったジェネレーターのように、肉体の本能が突然暴走を始める。一度飢えのスイッチが入ると、理性のリミッターが強制解除されそうになるのだ。
「ダメだ、まだ制御しきれていない。あの密輸業者どもの首筋を見ただけで、よだれが出そうになる……。男の血なんか吸ったら、一生のトラウマだぞ……!」
気弱なおっさんの理性が必死にブレーキをかける。
だが、そのブレーキをさらに狂わせるのが、おっさんの中に眠る「ちょっとした不純な動機(スケベ心)」だった。
眷属にはいくつかの段階(種類)がある。
ただの労働力、精密作業を行う奴隷、そして自分の身辺を任せられる「真の身内」。
どうせ血を分け与えて『不老不死の美少女眷属』や『妖艶な女科学者』を作れるチャンスがあるなら、むさ苦しい男ばかりの拠点にするわけにはいかない。
「拠点を作るのはいいが、むさ苦しい作業員だけの要塞なんて、おっさんの老後としてはディストピアすぎる。……いや、これは合理的な判断だ。女性の持つ柔軟な思考と、真祖の力が合わされば、より強固な組織ができるはず……!」
そんな都合の良い言い訳を脳内で並べ立てながら、彼はディザードのシートに座り、サイド4のジャンク宙域へと進路を向けた。
サイド4の瓦礫の隙間。連邦の監視の目を盗んで、ジャンク屋や密航者が身を寄せる放棄コロニーの残骸に、ディザードは音もなく接近した。
センサーは、通常のモビルスーツを遥かに凌駕する精度で、密閉空間に潜む数人の「生体反応」を捉える。
「……いた。だが、様子がおかしい」
モニターに映し出されたのは、簡易的なエアロックの前で、数人の武装した男たちに組み伏せられている一人の若い女性の姿だった。
彼女は連邦軍の横流しパーツを巡るトラブルに巻き込まれた、ジャンク屋のエンジニアのようだった。
「おいおい、宇宙世紀0010年にもなって、やってることが中世の山賊と変わらないじゃないか」
おっさんの正義感……というよりは、下心がピクリと動いた。
「若くて、技術があって、しかもなかなかのプロポーションだ。私の最初の『お気に入り(上級眷属)』として、申し分ないじゃないか」
だが、助けに入ろうとディザードのハッチを開けた瞬間、真祖の肉体が「生身の若い女」に過剰反応した。
ドクン、と幼女の心臓が激しく脈打つ。
「あ、しまっ……!」
制御しきれていない真祖の力が、彼の意志を無視して溢れ出た。
彼女の背中から、漆黒の霧のようなエネルギーで形成された「蝙蝠の翼」が勝手に展開する。その圧倒的な質量と威圧感(プレッシャー)は、真空の宇宙空間にさえ、物理的な「重圧」として伝播した。
「な、なんだ!? 化け物ッ……!」
襲撃者の男たちが振り返る。
彼らが見たのは、宇宙空間に生身で立ち、紅く目を光らせ、背中に漆黒の翼を広げた、衣服をはためかせる銀髪の幼女だった。
「ひ、ひぃぃぃっ!」
銃を構える間すらなかった。おっさんが「あ、待って、そこまで殺すつもりは……」と思う暇もなく、暴走した真祖の身体は、閃光のような速度で男たちの間を駆け抜けた。
ただの手のひらによる一振りが、モビルスーツの装甲を切り裂くカッターと化し、男たちの武器ごと、その肉体を一瞬で宇宙の塵へと変えていく。
「あっちゃぁ……。加減ができない。これじゃ交渉もクソもないじゃないか」
静まり返った瓦礫の上で、褐色の女性エンジニアだけが、呼吸を荒くしてヘルメット越しに恐怖の目を向けていた。
目の前で男たちを瞬殺した「幼女の怪物」が、トコトコと小さな足音を(宇宙空間なのに)響かせるようにして近づいてくる。
「……あ、あの……」
女性がガタガタと震える。
おっさんは彼女の前にしゃがみ込み、じっとその顔を見つめた。
真祖の暴走する吸血衝動が、彼女の細い首筋に流れる温かい血を求めて疼く。同時に、おっさんとしての「お、間近で見ると結構美人だな。これはキープしたい」というスケベ心が湧いた。
「安心しなさい。私の名はルクレツィア、私に従う者にはとても優しい。……君、名前は?」
「エ、エレン……。エレン・レイスです……」
「エレン。君には、私の『お城』の主任技師になってもらう。拒否権はないけれど、不老不死の身体と、連邦の追手から完全に隠れられる聖域を約束するわ」
おっさんは、まだ完全には制御できない真祖の牙を隠すこともせず、妖しく微笑んだ。
眷属を増やす方法は一種類ではない。
恐怖で縛る人間の奴隷。
そして、このエレンのように、血の盟約を結んで「不老の右腕」とする上位の眷属。
「さあ、初めてだから少し痛むかもしれないけれど……我慢してね」
幼女の姿をしたおっさんは、下心と本能の赴くまま、怯えるエレンの首筋へと、その小さな顔を近づけていった。