徹底的な孤立主義を貫き、暗礁宙域のデブリを解体・再利用し始めてから、数ヶ月が経った。
小惑星「エリュシオン」の内部は、エレンの技術と密輸業者たちの死に物狂いの労働により、最低限の気密居住区と、ディザードを格納する地下ドックが形になりつつあった。
そんなある日、デブリの回収作業を行っていたディザードのセンサーが、奇妙な信号を捉えた。
それは、地球連邦政府の強引な宇宙移民政策によって、居住不可能な不良コロニーへと強制移送される途中で座礁した、旧式の民間移民シャトルの残骸だった。
「……生存者、1名。バイタルは極めて微弱」
ルクレツィアはディザードを近づけ、大破したシャトルのハッチをこじ開けた。
コックピットのライトが照らし出したのは、冷気が漂う船内で、かろうじて機能している耐圧カプセルの中に横たわる、一人の少女の姿だった。年齢は10歳前後。まだ幼く、栄養失調で青白い顔をしているが、その顔立ちはおっさんの「歪んだ審美眼(幼女趣味)」のストライクゾーンのド真ん中を射抜いていた。
「……っ! これだ……私が待っていたのは、この子だ……!」
気弱なおっさんの心が、歓喜で激しく打ち震える。
宇宙世紀のオカルトである「ニュータイプ」の素質など、この子にはない(多分)。ただの、無力で、世界に捨てられた哀れな人間の子供。だからこそ、価値がある。
「ニュータイプなんていう、他者と分かり合えるかどうかも分からない不確実な精神波など、我が城には不要。必要なのは、私の血によって物理的に魂を繋ぎ、宇宙の過酷さに耐えうる強靭な肉体(バケモノ)に変えることだ」
おっさんは少女をカプセルごとディザードに収容し、拠点へと連れ帰った。
エリュシオンの最深部。おっさんの私室として作られた、まだ岩盤が剥き出しの冷たい部屋で、少女は目を覚ました。
「……あ……う……」
「気がついた? 怖がらなくていいわ」
少女の前に立ったのは、自分よりもさらに幼い、銀髪紅眼の美しい幼女(おっさん)だった。
少女は、自分が宇宙の墓場から救われたこと、そして目の前にいる存在が「人間ではない何か」であることを、本能的に察して身をすくませた。
「あなたの名前は?」
「……リリィ……」
「リリィ。良い名前ね。私はこの城の主。あなたに、二つの選択肢をあげる。
一つは、このまま人間の子供として、味のしない合成食料を食べ、病気に怯え、いつか老いて死ぬか。
もう一つは……私の血を分け合い、病も老いも超越した『私の家族(眷属)』になるか。……私は、あなたに後者を選んでほしいけれど」
おっさんの気弱な部分が「嫌がったらどうしよう」と不安に揺れる。しかし、その歪んだ幼女趣味と、真祖としての独占欲が、彼女を絶対に手放したくないと叫んでいた。
リリィは、暗い部屋の隅に佇むディザードの禍々しいシルエットと、目の前の幼女が放つ圧倒的な「真祖のプレッシャー」を見つめ、静かに、しかし覚悟を決めた目で頷いた。
「……リリィ、死にたくない。あなたの、お人形になってもいい……」
「……お人形でなくていいわ。私の、可愛い妹(ファースト・サーヴァント)になって」
おっさんは満足感に口元を歪め、リリィの首元に噛み付いて真祖の血を流し込む。
「――あ、ぐ、ああぁぁぁぁっ!」
リリィの身体が、弓なりに弾けた。
ニュータイプのような精神の変革ではない。真祖の血が、彼女の遺伝子を、細胞を、骨格を、物理的に「吸血鬼のそれ」へと強制的に書き換えていく、凄絶な肉体のリビルド。
まだ真祖の力を完全には制御できていないため、ルクレツィアの血の力が強すぎた。リリィの背中から、ルクレツィアと同じような、しかしより小ぶりで可憐な「漆黒の霧の翼」がドロリと噴出し、部屋の壁を溶解させていく。
「くっ、力が強すぎたか……! 耐えてくれ、リリィ!」
数分間の地獄のような拒絶反応の末、リリィの髪は色素を失って純白へと変わり、その瞳は、ルクレツィアと同じ「燃えるような真紅」へと変貌した。
真祖の異能を宿した、最初の「上位眷属」の誕生だった。
リリィが眷属となってから数日後。要塞化の進むエリュシオンに、初めての「侵入者」が接近した。
地球連邦軍の、初期の宇宙巡洋艦から発艦したパトロール部隊――2機の初期型宇宙戦闘機だった。
彼らは、デブリ回収のために発せられた微弱な熱源を、ジオン残党の密輸拠点と誤認して近づいてきたのだ。
「隊長! 内部に人型兵器の反応! ……いや、これは連邦のデータにない機体です!」
「構わん、拿捕するか破壊しろ! 密輸品の山があれば、俺たちの退職金になる!」
汚職と怠惰に塗れた連邦兵たちの通信が、エリュシオンのスピーカーに傍受される。
「……不愉快ね。せっかくリリィとの静かな生活が始まったというのに」
コックピットの中で、ルクレツィアは冷酷に目を細めた。
外部組織との接触は露見に繋がる。ならば、答えは一つ。「一人も生かして帰さない。死体すら、デブリとしてリサイクルする」。
「リリィ。ディザードの火器(パワーランチャー)は使わないわ。この世界に、私たちの『異能』の傷跡を刻み込んであげるの」
「はい、お姉様」
ディザードのハッチが開き、2人の幼女が、ノーマルスーツも着ずに宇宙空間へと躍り出た。
連邦のパイロットは、メインモニターに映し出されたその光景に、自分の目が狂ったかと思った。
「な、なんだ!? 子供が、生身で宇宙に浮いて……」
次の瞬間、おっさんの「制御しきれない真祖の力」が完全に解放された。
宇宙空間の全方位に向けて、物理的な質量を持った「精神的重圧(カリスマ・プレッシャー)」が津波のように伝播する。
ズ、ズゥゥゥン……!
「ぎゃああああああっ! 頭が、頭が割れるっ!」
「何だこのプレッシャーは!? うわああああああ!!」
ニュータイプのように精神を共鳴させるのではない。吸血鬼の真祖が放つ、食物連鎖の頂点たる捕食者の威圧が、パイロットたちの脳のニューロンを直接焼き切っていく。2機のモビルスーツは、一歩も動けないまま、コックピット内でパイロットたちが狂乱し、泡を吹いて気絶した。
さらに、おっさんの背後から展開した巨大な漆黒の霧の翼が、意思を持つ生き物のように触手となって伸びる。
それは、装甲を豆腐のように容易く貫通し、機体のジェネレーターごと、内部の人間を「圧殺」した。
「……ふぅ。やっぱり火加減が難しいわね。機体まで爆発させちゃうところだった」
おっさんは小さく息を吐き、隣で同じように目を赤く輝かせているリリィの頭を撫でた。リリィもまた、真祖の血によって得た怪力で、もう1機のモビルスーツのコックピットハッチを素手で引きちぎり、中のパイロットの息の根を止めていた。
「よく出来たわ、リリィ。この機体はエレンに分解させて、私たちの『城』の新しい装甲に使いましょう。中の人間は……まぁ、男の血は不味いけれど、私たちの労働者たちの『肥料』くらいにはなるわね」
連邦のパトロール部隊を、文字通り「影も形も残さず」に闇に葬ったおっさんは、リリィの手を引いてディザードへと戻っていった。
宇宙世紀0010年。
科学とオカルト(ニュータイプ)が交差を始めるこの世界の裏側で、徹底的な孤立と、吸血鬼の絶対的な暴力(異能)に守られた「自己完結型要塞(エリュシオン)」は、誰にも知られることなく、その地下の根をさらに深く、冷徹に張り巡らせていくのだった。