あなたがトリニティでやってはいけない事リスト   作:装甲アッサム春雨

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『あなた』の秘密
実は関節が柔らかいので勢いをつけるとちょっと尻尾が伸びる。

先輩の秘密
淑女らしくないのでやらないが、首が梟並みに動く。


十冊目

「アリウス……!!」

 

誰が発したかも判らないが、その色は驚愕だった。

数百年前に追放されたというアリウスの名前は、今や一部の生徒だけが知る名前。

それがいきなりセイアの口から出てきた。それも敵対者として。

ナギサは感覚の消えた胃を抱え、一瞬だけ遠い目をした後、セイアの言葉を待った。

 

「皆が驚愕するのも無理はない。今やアリウスとは知識の中にだけ存在する名前だった」

「……セイア様」

 

控えめな挙手と共に静かな声を挙げたのは、正義実現委員会委員長の剣先ツルギだった。

 

「これまでの内容から、そこに居る白洲アズサがアリウスだと?」

 

下から睨め付ける様な視線をアズサに向け、ツルギがセイアに問う。

正義実現委員会はトリニティ自治区の治安維持部隊。仮にそうだと言うのなら、すぐにでも制圧し聴取を行わなければならない。

その意を込めて、ツルギは椅子を浅く引き軽く足に力を籠める。

そして、そのツルギを見て少女の隣の彼女の尾も動く。

勘弁してほしい。ここでツルギと彼女が動けば、間違いなくミネも動く。そうなれば、ここは会議室ではなくトリニティ怪獣大決戦の場になってしまう。

僅かな余暇で観た先生からお勧めされた怪獣映画の再現が起きる前に、どうにかして話をそうではない方向へ動かさねば、あり得ない動きをし始めた気がするナギサの胃が飛び出すか爆発してしまう。

今手持ちにある僅かな情報を総動員して、ナギサは言葉を作った。

 

「あの……」 

「そうだ。私はアリウス自治区から来た」

 

ナギサの胃の辺りから何かが消えた気がした。

ツルギが一気に戦闘状態に入り彼女の尾鰭が硬化して鎌首をもたげ、ミネは盾を構えた。

終わった。今日、トリニティから会議室が一つ消えて、保全部からの苦情による胃痛の増大が確定した。

三者三様、一触即発の場で誰が先に動き出すか。

カップを片手に現実逃避を始めようとした時、ナギサの隣で動きがあった。

 

「待って皆!!」

 

ミカだった。ティーパーティーが誇る武闘派(ゴリラ)が参戦した。もうダメだ。会議室だけでなく建物ごと消える。

先生のトリニティ来訪の日取りは何時だったかと、来たら相談と称して映画でも観よう。そしてディナーでもと、ナギサは現実逃避を始めた。

 

「ミカ……」

「そうだね、ミカ。これは君が語るべき事だ」

「あの、それはどういう意味なのでしょうか?」

 

またしても何も知らないサクラコが、様子がおかしいナギサにチラチラと視線を送りながら問うた。

 

「あの、ね? アズサちゃんをトリニティに迎えたのは私なの。アリウスだって知りながらね」

「そう、ですか……」

 

もう味も分からなくなった紅茶を一口飲み、ミカの話を聞く。

曰く、日課の見回り中に普段とは違うルートを選び、偶然にもアリウスへと繋がるカタコンベに迷い込んだ。

そこでアズサや他のアリウス生徒と出会い、トリニティとアリウスの和解の象徴として、今回のアズサの転入を決めた。という内容だった。

 

「……ミカさん、何故報告してくれなかったのですか?」

「ナギちゃん、本当にごめんね。でも、下手にアリウスからの転入生だって公言したら、アズサちゃんが利用される可能性が高かったから……」

 

ナギサも誰も何も言えなかった。

アリウスも元はトリニティ。つまるところ、ゲヘナと敵対していた立場だ。

今のトリニティはゲヘナとの和睦条約であるエデン条約締結に向けて動いている。

そこにアリウスという曾て存在した敵対者の存在が発覚すれば、ほぼ間違いなく反対派に担ぎ上げられ利用される。

ミカの判断は正しい。正しくナギサに余計な負担を掛けないように配慮されたものだ。だが、出来れば相談してほしかった。

しかし、流石は私の幼馴染みでティーパーティーの政治が出来る武闘派(ゴリラ)、ナギサは内心でミカを称賛しつつ、しかし、ある疑問が浮かんでしまった。

 

「曾ての我らの過ちと怒りと憎しみに対する和睦の象徴。それについては私もシスターフッドの長として賛同し、その考えに敬服します。しかし、ミカ様。何故、この様な事に?」

 

本当に何も知らないサクラコが隣のミネから何故か疑惑の視線を向けられ、震えながら質問を続ける。

ナギサは胃がその場で高速回転しだした様に感じながら、努めて平静を装いミカの答えを待った。

 

「それは……」

「私がセイアのヘイローを破壊しに来たからだ」

 

ミカがアズサの言葉に声を失い、驚愕した瞬間だった。

ツルギが椅子を蹴飛ばし、一足飛びでアズサの拘束に走り、同じタイミングで動いた彼女がツルギを止めた。

 

「お前……」

「……アズサの言葉がまだだ。席に戻れ」

 

教育係の少女でさえ久し振りに耳にする冷淡で荒々しい声。

それは間違いなくツルギが鎮圧し、牢に拘束したあの時のものだ。互いの体が互いの力に軋む音の中、まだあの時のままなのかとツルギがそう思った時、セイアが二人に制止を掛けた。

 

「ツルギ、私がここに居るという事は彼女は未遂、思い止まったんだ。話を聞いてやってほしい」

「セイア様……、ご無礼を」

「皆様、失礼致しました」

 

ツルギと共に周囲に頭を下げ、二人は席に戻る。

そして、ようやく我に帰ったミカがアズサに語り掛ける。

 

「どういう、事なの? アズサちゃん……」

「……命令があった。セイアのヘイローを破壊しろ。と」

「なんで……!!」

 

思わず力が入り、天然木の分厚い一枚板で出来た会議机に亀裂が走り、保全部の二人が天を仰ぎ、隣のナギサも細かく震えだした。

アズサが語ったアリウスの内情は、曾てミカが見聞きしたものよりも遥かに悲惨であった。

そして、アズサにセイア暗殺の命令を下したアリウス首長の存在。それらを聞き立ち上がろうとしたミネをサクラコが必死に押さえていた。

しかし、ミカの内心はそれどころではない。

ミカは本心からアリウスとの和解を望み、アズサ達がその意思を汲んでくれた事を喜んでいた。

今はアズサの転入が限界かもしれないし、過去の憎しみに再び火が点き争いの火種が生まれるかもしれない。

だが、ここから交流が始まれば、遠くない未来にトリニティにアリウスの名前が帰ってくるかもしれない。

長くトリニティと争っていたゲヘナとも、エデン条約という和睦条約が結べるのだ。

アリウスとだって、長く降り積もり積み重なった恨みと憎しみを超えて、もう一度手を取り合える。

ミカは本心からそう思っていた。

なのに

 

「どうして、そんな事を……!!」

「ミカ、落ち着くんだ。私は言ったよ。アズサは自らの意思で命令に背いたんだ。だから、ここに居るんだ」

「そうだ。……ミカ、お前との約束が私を止めてくれた」

「約束……」

「お前は私達を、アリウスをいつか、あそことは違う。明るくて楽しい場所に連れて行くと約束してくれた。だから、私は止まれた」

 

だから、頼む。

 

「私はどうなってもいい。翼と手足をもいでも、顔を焼いても、ヘイローを破壊してもいい。だから、私の家族を。アリウスを助けて」

 

アズサは跪き、頭を床に着けて頼んだ。

だが、誰も何も言わない。言葉を発しない。

やはり、駄目なのか。アズサの心に暗い影が落ちかけた時、不意に足音が聞こえた。

それは異様に規則正しく、聞きようによればダンスの様にリズムを取っている様にも聞こえる。

そして、その足音が自分の前で止まった。

 

「顔を上げなさい」

 

顔を上げたアズサの目の前に居たのは、セイアが呼び出した鋭い目の少女。手を前に揃え、柱でも通っているかの如く真っ直ぐな背筋。

自分よりも小柄な筈なのに、あまりに堂々とした姿は自分の方が小さいと錯覚しそうになる。

 

「そして、立ちなさい。それはトリニティの作法ではありません」

「え?」

「立ちなさい。まずはそこからです」

 

少女の言う通りに、アズサは立ち上がる。

それを見た少女は頷き、アズサの隣に並ぶ。

 

「私の真似を。背筋を伸ばし顎を引き手を前に。そして、真っ直ぐに前を見つめ、腰を曲げるのです」

 

アズサは真っ直ぐに前を見た。そこにはこちらを心配するミカと、軽く目を伏せ、膝に両手を揃えた少し顔色がおかしい気がするナギサが居た。

 

「作法、礼儀礼節。それらは全て、人を人足らしめる武器であり鎧であり衣服です。ここに居る皆様は全員、思想理念立場の違いはあれど、全員がトリニティの淑女。であるならば、そこに居る貴女も当然の事」

 

まずは話はそこからです。

隣に立つ少女、そしてセイアも頷く。

そして、もう一度、アズサは周囲に嘆願する。

 

「どうか、アリウスを、家族を助けてください」

 

だが、それでも声は無かった。

アズサの肩が震えだしそうな時、場違いな音がセイア側からした。

 

「あ、隊長。ジャーキーまだあったの?」

「ん? ああ、大仕事前の腹ごしらえだ。お前も食っとけ」

 

塵塚と御手洗がビーフジャーキーの小袋を開け、赤茶けて乾いた薄切り肉を齧る。

そして、それを冷めた紅茶で流し込むと、またポケットを探り始める。

 

「あの、塵塚さん。今は……」

「サクラコさんと団長さんも食っとけ。特級の大仕事が始まんだから。ほれ、委員長さんも」

 

塵塚はジャーキーの小袋を三人に投げ渡し、ハンチング帽の上から頭を掻くと、高らかに宣言する。

 

「話を聞く限り、アリウス自治区はインフラが死んでるし、トリニティ自治区圏内だ。そして、トリニティ自治区圏内のインフラ整備はアタシら器物保全部の仕事だ」

「いえ、それよりも先に救護です。今のアリウスには救護が足りません。今すぐにでも救護騎士団の出動を!!」

「ミネさん。それも大事ですが、心のケアも同時に進めないと……」

「……何か企んでませんか?」

「なんでそうなるんですか?」

「いや、その前に念の為、不穏分子の拘束をしなければ治安を確保出来ない」

 

銘々に侃々諤々とこれからの方針の話し合いが始まった。

それを見たアズサは、今の状況をどうにか受け入れようと隣のセイアを見る。

 

「ほら、大丈夫だっただろう? もうここは、曾てのトリニティではない。少しずつだが、確かに変わり始めているんだ」

「そうみたいだが、一体、どうして……? 私がアリウスで教えられたトリニティは……」

「それはね、あの子だよ……ん?」

 

セイアは今のトリニティが変わる切っ掛けとなった彼女に視線を向ける。

ある意味ではアリウスよりも過酷で、アリウス以上に忌み嫌われる場所からやって来た彼女。

その彼女は少女の献身的な教育により、誰もが忌む悪竜からトリニティの守護竜へと変わっていっている。

あの彼女がここまで変われたのだ。アリウスとの関係だって、きっと変われる。

そう思って、セイアは彼女を指し示したのだが、肝心の彼女はこちらに、いや、ナギサに背を向けて丸く踞り、頭を抱えて尻尾の先をナギサに向けて震えていた。

 

「あなた、一体どうしたのです、か……?」

 

流石の少女も彼女の状況に声をかけるが、それが止まる。

そして、侃々諤々と議論をしていた各首長達も止まる。

視線の先にはナギサと青い顔でナギサを宥めようとするミカが居た。

 

「ナ、ナギちゃん、落ち着こ! ね!?」

「ふ……」

「ナギちゃん?」

「ふふふふ……」

 

ミカが全員に向けて首を横に振った。

それはナギサが限界を超えて、完全に吹っ切れてしまったという合図。

曾て一度だけ、ナギサはこの状態になった。それは先代ホスト達を不正腐敗の象徴として排斥する形で退陣させた時だ。

あれは先代達がそう仕向けた事もあって仕方がなかったと言えるのだが、あの時のナギサは凄まじかった。

先代の敷いた政治を文字通り焼け野原にせんばかりの勢いで、先代派閥を叩き潰していった。

 

「ミカさん」

「な、なに? ナギちゃん」

「ゲヘナと連絡を……。念の為にちょっと釘を刺してもらえますか?」

「え? ゲヘナが? なんで?」

「なんでって、アリウスだって元はトリニティ。ゲヘナに牙を剥かないとも言い切れませんし、ゲヘナがアリウスと手を組んでる可能性だってゼロではありませんから。やってくれますね? ……ミカ」

「はい! やります!」

 

やべえ、始まった。

曾てを知る二年生三年生は覚悟を決めた。あの時は一歩間違えれば、救護騎士団や正義実現委員会すら制裁対象になりかねなかった。

そのレベルで苛烈だったナギサが帰ってきた。

 

「……ほら、あなたもこっちにいらっしゃい」

「は、はいぃ……」

 

怯える彼女に手招きをし、自身の隣に座らせてポケットのビスケットを渡す。

 

「美味しいですか?」

「はい、美味しい、です……」

「ふふふふ、あなたは本当に良い子ですね」

 

震えながらビスケットを齧る彼女の頭を撫でながら、ナギサは各首長に顔を向ける。

その表情は全ては虚しいとでも言い出しそうな程に、怒りと虚無の二色しかなかった。

 

「これよりトリニティは秘密裏の戦時体制に入り、アリウスの現首長マダム・ベアトリーチェの排斥に向かいます。各主要派閥首長は傘下に戒厳令を敷き、準備を進めてください。そして、アズサさん」

「え、あ、はい!」

「アリウスの攻撃は何時になりますか?」

「細かい日程はまだ伝えられてないが、私が行動を起こした事を伝えれば、二週間以内に行動する筈だ」

「解りました。セイアさん」

「あ、ああ、なんだ?」

「偽装の為、セイアさんの私室を爆破します。ミネ団長はセイアさんの看病といった体で、二人で身を隠してください。ミカさんも、アリウスの思惑通りに動く体でお願いしますね」

「え? 爆破ってナギサ?」

「御見舞いの品に爆弾が混じっていたとか、そんなシナリオが妥当でしょうね。勿論、細かい部分の変更は受け付けます。そして、あなた」

「はい」

「アリウスの皆さんを保護した後のマナー講座をお願いします」

「畏まりました」

 

では、皆さん。何卒宜しくお願い致しますね。

もう誰も何も言えない言わせない。ナギサはそんな圧を放っていた。




『あなた』
某温泉開発部部長みたいな顔で、ナギサから次々渡されるビスケットを食べていた。
ナギサに対する印象は、何時も微笑んでいてお菓子と時々玩具をくれる優しい人。
だったのだが今日、怒らせると先輩並みに怖い人になった。

先輩
流石に今のナギサには何も言えなかった。
アズサの話からアリウスの惨状と、それらを加速させたマダムを淑女ではない判定を下し、淑女メーターが振り切れる寸前。

保全部
とりあえず部室から代々受け継がれるトリニティの秘密地図を取り出す。

ミネ
救護?
これは救護か?
救護!
緊急高強度救護!!!!

サクラコ
またしても何も知らないサクラコ様。
ミネからシスターフッド所以の何かを知っているか疑われたが、本当に何も知らない。

ツルギ
一瞬、『あなた』がまだあの時のままかと悲しくなったが、それが杞憂だったので内心ではすごく喜んでいる。
ハスミより冷静だが、流石に暗殺未遂実行犯をそのままには出来なかった。

ミカ
この世界線ではゲヘナ嫌いは苦手くらいに収まっている。
これからマコトに、お前アリウスと手組んでたりしてない? 大丈夫? をちょっと武力ちらつかせながら確認して動きを探る。

セイア
やんちゃフォックス。
今回、ナギサに予知の内容とか伝えてなかったし、暗殺未遂とか色々畳み掛けた影響で、私室が消し飛ぶ。

ナギサ
キレたし、胃も限界を超えた。
とりあえずマダムにトリニティ砲兵隊の全火力を叩き込むと決めた。
現在、アニマルセラピー中。

二人の名前

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