あなたがトリニティでやってはいけない事リスト 作:装甲アッサム春雨
皆様も暑さに油断せぬよう、お気をつけてお過ごしください。
銃声が響いた。
「君は……」
銃口から真っ直ぐに、先生へ向けて放たれた弾丸は先生の顔横を通り過ぎ、サクラコ達の背後から迫っていた影を貫いた。
「これは、まさか……」
「ユスティナ聖徒会、その
「ユスティナ聖徒会?」
「そちらのシスターフッドの前身、といったところか。だが、まさかここまでとは……」
青みかかった髪と白いコートが揺れ、再びの銃声がミメシスを撃ち抜く。
「こっちだ。こちらなら、私達が安全を確保したルートがある」
「お待ちください。貴女はアリウススクワッドの錠前サオリさんでは?」
「そうだ。……アズサか」
「はい、白洲さんには事前にお話を聞いていましたので」
前に出たサクラコに、サオリは物々しいマスクを外し、真っ直ぐに先生達を見つめる。
そして、小さく息を吐くと帽子を取り頭を下げた。
「なにを……?!」
「順序を間違えた。アリウススクワッドのリーダーとして、貴女達に謝罪を」
「それは今の状況についてかな?」
「そうだ。全ては過去の恨みを捨て切れず、甘言に乗った私達の責任だ」
「そっか」
「あ、先生」
先生はサクラコの制止をやんわりと払い、サオリの目の前まで来ると、下げた頭、その頬を両手で挟み揉む様にして上げさせた。
「むぁ、むぁにを?」
「はいはい、そんな顔しない。アズサから聞いてるよ。全部、マダム・ベアトリーチェとか言うのが指示したんでしょ。まったく、子供に頭下げさせて何が大人だっての」
「あの、先生?」
「大体、この状況も何もかもそいつの仕業だし、サオリは私に何か言いたい事があって来たんでしょ? なら、私はそれを聞くし出来る限り叶える」
さ、言って。
そう言う先生の顔は何時もと違う。どこか気の抜けた様な穏やかなものではなく、覚悟を決めた大人のそれだった。
「先生」
サオリは一度背を伸ばし、先生を真っ直ぐに見据え、今にも泣き出しそうな声で言った。
「姫を、アツコを……。アリウスを助けて……」
「わかった。行こう」
その言葉に先生は二つ返事で応えた。
そして、タブレットを取り出して指示を始める。
「アロナ、今の状況と皆の位置を」
『はい、先生。現在、式典会場では混乱を収めようと正義実現委員会と風紀委員会がアリウス、ミメシスと交戦中。しかし、数の差で押されています。また、こちらにヒナさんが向かっています』
「よし、ヒナが来てくれたら打開は出来る。こっちの位置情報と現状の連絡をお願い」
『了解しました!』
タブレットの画面でアロナが慌ただしく動き出すのを見送り、先生はサクラコ達に振り向く。
「そういう事だから、お願い! 力を貸して」
「勿論です。アリウス救援は既に決まっていた事ですから」
その様子を見て、サオリは己の無力と不甲斐なさ、そして愚かさを呪った。
自分達は迷いながらも、どうにか助けを求める事が出来た。
だがこれは、あれがアリウスに居て、あれを間近で見たからベアトリーチェの支配が薄かっただけに過ぎない。
結局、自分の意思で助けを求めたのではなく、自分の中に巣食う恐怖に怖じけて、少しでもましな方に逃げただけだ。
その結果、今の状況を引き起こしてしまった。
「しかし、今何が起きているのですか?」
「それは移動しながら話す。ここでは囲まれたらどうにも出来なくなる」
サクラコの問が自責に沈むサオリの意識を引き戻す。そして、サオリが先導し、先生達が反撃の準備に動く。
タブレットにはナギサやミカ、セイア達からも情報が飛び交い、補習授業部も解決の為に動き出していた。
旗色は悪いが、反撃の目処は立った。
そう確信する先生達を、そいつは宝杖の珠を介して見ていた。
「成程、やはりサオリはそう動きましたか。なら、それを折りましょう」
残酷に、悪辣に、ベアトリーチェは嗤った。
そして、それと時を同じくして、式典会場でも反撃が始まった。
「右翼は突撃を、左翼はそのまま防衛。背後の救助者の搬送援護を」
「はっ!」
少女の指揮の下、パテル隊は過不足無しに性能を発揮していた。
元々、パテル隊は攻撃ではなく防御の為の部隊。
正義実現委員会が矛なら、パテル隊は盾の役割。
つまり防衛、撤退戦こそが彼女らの本領だ。
「正実より入電、ツルギ委員長達が例のシスターと交戦開始」
「救護騎士団、こちらに向かっているそうです」
「宜しい。我々はこの場を死守。錯乱している皆様の気付けをお願い致します。そして、あなた」
「……はい」
「戦線を食い破りなさい」
「はい」
言うなり、彼女は駆けた。
先程までの精彩を欠いた動きではない。
その身に秘めた暴力を制御しきった制圧だ。
「おっしゃ、あたしらも行くぞ」
「ゲヘナの底力を見せてやる」
「ゲヘナの皆様も宜しくお願い致します」
ゲヘナ生達が一斉に彼女の後を追って戦線に参加する。錯乱し、正気を失っていた生徒も正気を取り戻した端から戦線に加わり徐々に押し返し、彼女の動きも更に速まる。
「すごいな、あいつ」
「背中に目でもあるのか尻尾が独立してんのかわかんないけど、あいつのとこだけ人が飛んでる」
「ヒナ委員長並みかよ……」
ライフルは弾が切れて既に棍棒になり、ランチャーの弾も少ない。
だが、それがどうした。弾薬が充分にあった事はここに来る以前は一度も無かった。
弾薬も食糧も満足になく、常に奪い得ていた。
だが、今は違う。潤沢な物資、望んでも手に入らなかったもの、名前だけで実態を知らなかったものや知識、それら全てが手に入る縄張り。彼女にとって、トリニティは理想郷だった。
だが、それは副産物でしかない。スラム時代では絶対に手に入らなかった。一番欲しかったものもくれた人が、人達が居る。
「パテル隊突貫! 連絡にあった先生のルートまでの合流路を確保!」
「ティーパーティー儀仗隊は救護者の搬送とゲヘナ儀仗隊と共に脱出準備! 各隊との連携も忘れず!」
普段からでは考えられない声量で指揮をし、全体を鼓舞する少女。
折れず曲がらずを体現した在り方で、自分にこの世界の生き方を教えてくれた人。
少女が居なければ、彼女は獣で終わっていた。
「秘書官補佐殿、ルート確保完了しました」
「宜しい。では、一時撤退開始!」
際限なく復活するミメシス相手には、いくら力をぶつけても無意味と、少女は一時撤退を選択した。
要救護者は救護騎士団のルート、それ以外は先生との合流ルートに分かれて移動を始める。
「おい、あたしらも行くぞ」
「私らは殿だ! お前らはトリニティのお嬢様を守れ!」
「急げ急げ! またドスケベシスター増えてるぞ!」
ゲヘナ儀仗隊が半分に、要救護者の護衛と殿に分かれ、トリニティ儀仗隊も同様だ。
「あなたも、目的を見失わぬ様に!」
「了解しました」
撤退指揮を続ける少女を見送り、彼女は棍棒の役割も果たせなくなったライフルを投げ捨て、弾切れのランチャーを腰のホルダーに仕舞った。
「お前、銃は?」
「要らない」
「そ。ま、背中任せた」
「私は……、トリニティだぞ?」
「は? 今更ぁ? こうなったらゲヘナもトリニティも関係ないって。ついでに同じ尻尾持ち同士だ」
そう言うゲヘナ生の腰からは、細い尻尾が確かに生えていた。
「なら、私は羽持ちだ」
「あ、私も」
「私は角だ」
「……あれ? なんか、あんまり変わらない?」
そう言う生徒達は一度首を傾げると、顔を見合せて笑った。
「なんだ、ゲヘナもトリニティも結局あんま変わんないじゃん」
「だね」
「そんじゃまあ、親睦も深まったところで」
彼女達は前を向く。
その表情は笑顔。口よ裂けよと言わんばかりに獰猛な笑みだった。
「ここからは行かせない」
獣で、〝悪竜〟として終わる筈だった彼女は人になった。
少女は彼女に人としての尊厳を与え、トリニティは彼女に居場所を与えた。
なら、彼女がすべき事は一つ。
尊厳を、居場所を守る為に力を振るう。
「ギッィィィァァ………ッ!!」
彼女は咆哮を挙げる。
嘗て、〝0番スラム〟で恐怖の象徴であった咆哮。それは〝絶対強者〟の蹂躙が始まる合図だった。
それは今、自身の縄張りを守る為ではなく、自身とそれをくれた人々の尊厳を守る為に挙がった。
「よし、あいつに続け! あのトンチキシスターボコって逃げるぞ!」
体は正直、疲労と怪我で万全とは言えない。
だが、それでも気力は満ち足りていた。
「やるじゃん」
「こちとら毎日ドンパチしてんだ。このぐらいなんだ!」
「私達がどんだけ苦労して準備したか……。式典の恨みー!」
尾で薙ぎ、貫き、打ち据え、両腕で殴り、掴み投げ、引き抜き、歯と顎で噛み砕き千切る。
これらが通常の存在ではないと解っている以上、手加減の必要は無い。
引き千切ったミメシスの腕を、消える前に鈍器として頭に叩き付け、背後から迫る姿を尾で貫く。
こちらに向かってきたミメシスを半数程潰し、勢いを削いだ辺りで彼女達は撤退に動く。
そんな時、ふと気付いた。
「おい、退くぞ。どうした?」
「……アリウスが居ない」
「は? そんな訳が……」
「いや、ホントだ。アリウスが居ない」
瞬間、背筋に冷たいものが走り彼女は走り出した。
他の儀仗隊も同様だ。
もし、敵に指揮官が居て、自分の手駒に無限に再生する駒があるなら、間違いなく有効活用する。
何故、その考えに至らなかったのか。自責が逸る気持ちを更に逸らせ、彼女から判断力を奪っていた。
だから、気付けなかった。
自分達の頭上に迫る二筋の影に。
「全員、伏せ……!」
誰かが言い終わるか否か、そこで再びミサイルが着弾し、彼女達は炎に飲まれた。
「……っ?!」
そして同時に少女達の元にもミサイルが着弾する。
「……補佐殿、ご無事で?」
「問題ありません。皆様は」
「こちらも同様に」
少女達の元に着弾したミサイルは、爆発せず式典会場を破壊したものよりも威力が低く、衝撃はパテル隊の盾で防がれた。
怪訝に思うパテル隊隊長と同様に、少女も訝しむ。
威力は低く、周りに煙幕とばかりに土煙だけを巻き上げる様なものを、何故このタイミングで。
頭の中で答えを探る中、式典会場の方角から同様の衝撃と爆音が轟く。
「三発目?!」
「ベアトリーチェとやら、随分と好き勝手に……!」
いまだ晴れない土煙で視界が悪く、続く攻撃で足が止まってしまった。
いや、止めてしまった。
普段の少女なら先生との合流地点は目前と、構わず前進を続けていたかもしれない。
だが、未曾有の事態に少女の判断はズレた。
ほんの僅かに、歯車の歯一つのズレ。それが全てを狂わせた。
そう爆発せずに残ったミサイルの弾体に、少女達は気付いておらず、そこから死に体に這い出して来た影にも直前まで気付けなかった。
「うあぁぁぁっ!!」
「っ……?!」
全力で少女に対してタックルを当て、這い出して来た影。アリウス生は少女を押し倒し組み付く。
「補佐殿!!」
パテル隊隊長がそれに気付いた時、やけに静かに耳に届く音がミサイルから響いた。
「まさか、時限式……?!」
パテル隊が盾を構え、隊長が少女に組み付いたアリウス生を引き剥がそうとするが、アリウス生は何かを抱え必死の形相で爪が割れ、血が滲んでも少女から離れない。
少女がどうにか押し退け様と、アリウス生の肩を押した時、アリウス生が抱えているものの正体に気付く。
「貴女、まさか……」
「ごめ、ごめんなさい。こうしないと、皆が……!」
爆弾だ。アリウス生は体に爆弾を括り付け、あのミサイルに詰め込まれていたのだ。
なんと言う事をと、少女と隊長が歯噛みするも、爆弾のタイマーは刻一刻と時を刻み、もう間も無く爆発する。
だから、少女は決断した。
「いいですか。貴女は何も悪くありません。私の名を以て、貴女を許します」
「え……?」
「補佐殿、何を……?!」
少女は隊長のベストに装着されていたナイフを抜き取ると、爆弾を固定していたベルトを切り裂き、アリウス生を蹴り飛ばした。
そして、隊長がアリウス生を受け止めたのを見届け、爆弾を抱え込むと、自身の翼で更に自分ごと覆い隠した。
「補佐殿!!」
隊長の叫びと同時に起きた二つの爆発の中で、少女は自らの不備を恥じ、そして、
――失敗しましたね。私とした事が……
熱と衝撃、爆音で消えいく意識の中、少女はポケットから転がり落ちたオルゴールに後悔した。
「あ、え………」
そして、ミサイルの直撃で皆と散り散りになりながらも合流した彼女は見た。
爆風に飲み込まれるパテル隊と、爆発に倒れる少女。
間に合ったと、そう思っていた。
なのに、現実はこうだ。
焼け焦げ、破れた制服と無傷の体で引き摺る様に倒れ動かない少女に歩み寄る。
「先輩?」
何時もなら、淑女たる者、常に身嗜みをと怒られる。
なのに、その声が聞こえない。
「皆?」
あの頑丈なパテル隊も動かない。
失敗して凹んでいる時に、声を掛けてくれる隊長も小さなアリウス生を庇う様に抱き抱えて倒れ動かない。
「なん、で……」
少女の側に着き、両膝を着いて手を伸ばす。
迷った時に引いてくれた小さな手は、力なく彼女の手の中で曲がり、手にしていたオルゴールが地に落ち、一瞬だけ歪に歪んだ音色を立てて黙る。
何時も整っている制服と翼も爆風と熱で無残な姿となっている。
「せんぱい……」
力強く、何時も前を見ていた目は閉じて開かない。
「あ、あぁ? あ、あぁぁぁ……っ!!」
彼女は動かない少女を抱き抱え、慟哭した。
力の限り、どうする事も出来ない感情をどうにか処理しようと、喉が張り裂けんばかりに雄叫びを挙げた。
自分が居れば、こうはならなかった。
何故、一緒に行動しなかった。
自責の念で、喉だけでなく身体ごと張り裂けそうになる。
なんで、どうしてと慟哭と自問する中でミメシスは着実に彼女達を包囲していた。
「あ? ……今、嗤ったか?」
その包囲の中、彼女の耳に確かに届いた嗤い声。
それは周り、ミメシスから聞こえた。
「嗤ったか? この人を、この人達を、お前達が嗤ったのか……?!」
絶えず聞こえる嘲笑、それに彼女の限界が訪れた。
「
赦さない。
ヘイローに罅が走る程の怒り、それに伴う理不尽な暴力がトリニティに顕現した。
本編後モチベがあればトリニティバカンス 『あなた』初めての海&遭難レイダース
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