あなたがトリニティでやってはいけない事リスト   作:装甲アッサム春雨

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あるラーメン屋の一角で、その少女はただ呆然とテレビを見上げていた。

「どうなってんだよ」
「いくらゲヘナでもここまでやるか?」

映っているのは、エデン条約締結の式典会場だった場所。
だが、そこは今や混沌の坩堝であった。 

「ちょっと、食事中にテレビを見ないの。はしたないわよ」
「あれ? おーい? どうしたの?」
「ねえ、何かあったの?」

共に一杯のラーメンを四人で分けあっていた中で、少女は箸を取り落とした。

「え?」
「ちょっ、ちょっとどうしたのよ一体?!」

確かに見たのだ。あの日、助けてくれたお礼に鉢植えを贈った彼女が爆発に飲まれ、地下に沈んでいく瞬間を。

「す、すすすすすみません! わわ、私行きます!!」
「は? ちょっ、待ちなさい! ハルカ!!」

少女、便利屋68のメンバー伊草ハルカはトリニティに向けて走り出した。


二十八冊目

「……返す、とは?」

「言葉の通りだが、その前に少し話をしよう。言葉とは、人を人足らしめる最も尊いものだ。そうは思わないか?」

「概ね同意しましょう。それで話とは?」

「まあ、そう急くな。そうだな……。君は〝あれ〟をどう見ている?」

 

意味を計りかねる言葉に、少女は考える。

そして、それを見越してか。目の前の女は一度頷くと言葉を並べ始めた。

 

「ふむ、少々抽象的過ぎたか。やはり、今の私では言葉が出んな」

「どういう意味でしょうか」

「そのままだ。今の私は欠片だ。実体すら持てない神秘の欠片に過ぎない。だから、君に精神力で勝てるとは思ってない」

「ふむ……」

 

やはり、意図を計りかねる。

だが、目の前の女が誰なのか。少女は大体の検討がついた。

 

「それで、〝アラサカ〟様。返す、とは一体なにを、そして〝あれ〟とは一体誰を指しているのでしょうか」

「ほう、私を知っていたか。いや、〝あれ〟を手にした以上は当然か。しかし、君も判りきった事を聞く」

 

そう言うと、アラサカは指を鳴らす。

すると、何も無かった空間に一つ。旧式のブラウン管がポツリと現れた。

アラサカがそれを蹴りつけると、画面が砂嵐になり暗転した後、ノイズ混じりの映像を映し出した。

 

『■■■■■■■■……!!』

「これは……」

「なんと不恰好な。ベアトリーチェめ、私を使うどころか〝あれ〟の目覚めすら満足に出来んとは」

「……あの子に何をしたのですか?」

「〝あれ〟の本当の姿だよ。いや、不完全にも程があるがね」

 

画面に映る彼女の姿は全身がドス黒い影で覆われ、目だけが型で抜かれた様にぽっかりと開き、蛇の如く口の裂けた顔。尾も影に覆われてなお、甲殻と尾鰭は凶悪になっている。

それにティーパーティーの制服に古代の神官の法衣や王族を思わせるローブが合わさり、荘厳さと禍々しさを兼ねた神代の怪物としか形容出来ないものだった。

だが、その異質の最たるものはそれではない。

 

「千の神秘、その末端の顕現だけか。あの程度を恐れるとは、見ているだけで腹立たしい」

 

少女はアラサカの言葉に無言で、画面に映る彼女の変化を観察する。

彼女の異質の最たるは、ヘイローから伸びた左右の竜頭だ。

蛇の如く鎌首をもたげ、うねる様にして彼女の両肩の辺りで傅くそれらは、彼女の意思に従い破壊を振り撒いていた。

左の竜頭が腮を開けば、ミメシスを焼く炎を吐く。

しかし、その炎すら尋常ではない。炎に焼かれたミメシスはただ焼け焦げるのではなく、炎に触れた箇所から膿み腐り爛れ崩れていく。

右の竜頭が砂塵の混じった吐息を吐けば、その吐息に触れたミメシスはそこから色が褪せ、石像へと姿を変えて砂となって散る。

 

『■■■■■■■■■■!!』

 

そして、影に覆われた彼女が咆哮を挙げれば、その咆哮に呼応するかの様に雷がミメシスを焼き尽くす。

だが、ミメシスもただやられるだけではない。

その炎と吐息、雷を数で押しきり、弾丸の雨を彼女に浴びせ、覆い尽くす影が剥がれ落ちる。

しかし、その数と反撃すら意味を為さない。

剥がれ落ちた影は地に落ちると、彼女を模した様々な姿となりミメシスに襲い掛かる。

ただ一人で万にも迫るミメシスを彼女は圧倒していた。

 

「…………」

「驚くのも無理はない。あれは〝名もなき神々〟の時代から千の神秘と血筋を連綿と紡ぎ積み上げ織り上げてきた〝悪竜〟だ。君が見てきたものは、ただの側面でしかない」

 

と、そこまで言ってアラサカが画面から振り向くと、少女はティーセットを構えたテーブルと椅子に腰掛け、無言で紅茶を嗜んでいた。

 

「……どうぞ」

「これはこれは……、相伴に預かろう」

 

アラサカは今の自分を過信していない。

今の自分は本体から切り出された欠片に過ぎず、その力も思考も本体の足元にも及ばない。

だがそれでも、過信はないが自負はあった。

少女の精神力には勝てないまでも、場の提供と呼び出しで主導権はこちらにある。そう思っていた。

 

「ふむ、漫画等の創作でありがちですが、想像すれば出てくるものですね」

「……驚いた。香りと味まで再現しているとは……」

「解りますか?」

「ああ、私としては珈琲の方が好みだが、紅茶も嗜む」

 

差し出された椅子に座り飲む紅茶は、味と香りだけでなその温度と質感、カップの重さまでも再現されていた。

 

 

――まさか、ここまでの強さとはな

 

 

まだ主導権はこちらにあるにしろ、ここまでの精神力とは予想を遥かに越えていた。

アラサカは静かに紅茶を楽しみながら、ただ少女の出方を待った。

 

「それで話は戻りますが、返すとは?」

「ん、ああ。簡単な話だ。あれを見れば解る通り、〝あれ〟は君達の手に余る。それに元々は私のものだったのだ。この機会に返してくれ。君も〝あれ〟の教育などと煩わしい事から解放されるだろう」

「お断りします」

 

静かにカップをソーサーに置き、少女は簡潔に確固たる意思を以て断言した。

 

「何故? まさか君は〝あれ〟をトリニティで飼えると? 〝あれ〟は……」

「まず最初に、あの子は物ではありません。一人の権利と人格を有する人です」

「いいや、〝あれ〟は作品で〝悪竜〟だ。この私〝悪神〟と対を成し、私が使うべきものだ」

「いいえ、違います。あの子は〝0番スラム〟から来たトリニティがティーパーティーの一員にして淑女であり、私共と歩む仲間です」

「何をバカな事を。あれを見ただろう? 例え〝あれ〟を君が受け入れたとして、周りはどうか。〝あれ〟を受け入れられる器があると……」

『ギィィヤハハハハハハハハ!』

 

アラサカが少女を否定しようとした最中、ブラウン管から異様な哄笑と散弾の銃声が響き渡った。

 

『■■■■■■■■■?!』

『どうした?! お前は人だろう! なんだその様は!?』

 

直接関わる事は無くとも彼女の事を気に掛け、少女と同様に彼女に確かな未来を夢見た正義実現委員会委員長剣先ツルギが、両の手にショットガンを携え、荒れ狂う彼女へと突貫していた。

 

『何が起きたか判らんが、丁度いい。あの日の決着を着けてやろうじゃないか!』

 

戦線を食い破り、半ば強引に到着したツルギは満身創痍と言ってもいい有り様だったが、それでも全身に力を漲らせ自慢の回復力で傷を塞ぎながら彼女に肉薄していく。

 

「流石はツルギ委員長です」

「有り得ん。ただの生徒が〝あれ〟に抵抗出来る筈が……」

 

立ち上がり呆然と画面を見るアラサカに、少女は毅然と言い放つ。

 

「ただの生徒ではありません。彼女は剣先ツルギ、トリニティの武力の象徴です」

「だとしてもだ。何故、大した神秘も無い生徒が〝あれ〟の前に立てる」

「解りませんか?」

「理解出来ん」

「そうでしょうね。ただ一人、絶対者として君臨してきた貴女には理解出来ないでしょう」

『委員長さん。避けろよー!』

 

少女が紅茶を飲む姿を照らすブラウン管では、荷物を載せた軽トラックが彼女に追突し、大爆発を引き起こしていた。

 

『塵塚、お前……』

『おうおう、カタコンベぶち抜く為に組んだ爆弾だが、これならアリウスもぶち抜けるか?』

『やったぜ隊長! これなら尾っぽちゃんもすっきり目覚めるよ』

『■■■■■■■■■■?!』

『なわけないか!!』

 

当初から彼女と良好な関係を築き、ほぼ毎日を過ごしていたトリニティ器物保全部の塵塚アヤコと御手洗ショウコが、廃車予定の軽トラックに特製爆弾を満載にして彼女に突っ込ませていた。

寸でのところで避けたツルギからの冷たい視線を他所に、保全部はいそいそと次の爆弾の準備を進めている。

 

「……器物保全部、トリニティの屋台骨を支える見えない立役者の二人です」

「嬉々として爆弾を放り投げてる奴らがか?」

「あれでも腕は一級品ですので。そして、貴女はあの子を飼うと申されましたが、あの子は人です。獣ではありません」

「……あれのどこが人だ。あの破壊を振り撒く姿を誰が人と見る」

「私共です。そして破壊を振り撒くとも申されましたが、おかしいですね。誰もあの子から傷を得ていませんよ?」

「なにを……」

 

言っているとは繋がらなかった。

そう、アラサカが知る彼女ならまず最初にツルギを殺し、保全部を屠り去っている。

なのに、ツルギは傷を負っていないどころか、戦線を食い破る際に負った傷が完全に塞がり、保全部にも炎も吐息も雷すら届いていない。

それどころか、トリニティのいまだ形を残す建物にすら、よく見れば破壊が及んでいない。

 

「まったく、もう少し遣りようがあったでしょうに」

「有り得ん。〝あれ〟が、〝悪竜〟が破壊を選ぶだと……」

「あの子を〝悪竜〟などと呼ばないでいただきたい。そして、あの子は淑女です。……二度と〝あれ〟などと物扱いをするな! この無礼者……!!」

 

消えていた椅子とテーブル、その事に気付いたアラサカは頬に走る衝撃に鑪踏んだ。

 

「大人しく聞いていれば、〝あれ〟だの〝悪竜〟だのと! いい加減にしなさい! あの場に貴女の知る〝悪竜〟は居ません!」

「ふざけるな! 〝あれ〟は〝名もなき神々〟が遺した遺産だ! 私には〝あれ〟を使う権利がある!」

「お黙りなさい! あの子を使うなどと無礼な! 恥を知りなさい! まず第一に、あの子はその事を了承したのですか?! いえ、あの子が自身の権利を明け渡す様な事を言う筈がありませんし、貴女の事は蛇蠍の如く嫌っていました。全ては貴女の勝手な押し付けに過ぎません」

「黙れ! 〝あれ〟は私が使うべき力だ!」

「違います。あの力も全てあの子のものです。他の誰のものでもありません」

「ならお前はなんだ!? 〝あれ〟を調教し洗脳し、淑女とやらに染め上げたお前は、〝あれ〟を所有していないと言えるのか!?」

「言えます。まず、私は教育を施しました。これはあの子がトリニティで生きていく術です。……もし、あの子が〝0番スラム〟に戻りたいと言えば、私はあの子を送り出しましたし、違う生き方を望めばその知識を与えます。あの子の人生と未来は、あの子だけが権利を有するものです」

「……〝あれ〟を受け入れられると?」

「当然です。私はあの子の教育係です。あの程度、受け入れられず何が出来ましょうか。そして、我々はそれが出来るからトリニティなのです」

 

毅然と言い放ち、言いたい事は終わったと少女はアラサカに背を向ける。

 

「何処に行く」

「あの子を迎えに行きます。そして、お説教です」

 

そう言い残し、少女は目を閉じる。

そして、再び目を開けるとそこには自身の腕に添え木と包帯を巻く救護騎士団と、体中にテーピングと包帯をきつく巻き締めるパテル隊の姿があった。

 

「……状況を」

「まだ動いてはいけません!」

「いえ、向かいます」

 

少女は寝かされていた担架から身を起こすと、一人静かに佇む背中に呼び掛けた。

 

「隊長、準備の程は」

「パテル隊各員、突入準備万事抜かり無く」

「宜しい。では、あそこで迷子になっているあの子を迎えに行きます」

「はっ!」

 

救護騎士団の制止を振り切り、少女達は咆哮を挙げて暴れ狂う彼女へ向けて突貫を開始した。




突発的プロフィール
蒲郡イコ
所属¦トリニティ総合学園
学年¦二年
趣味¦フラワーアレンジメント、アロマ、ミニチュア収集
身長¦約178cm

パテルゴリラ隊の隊長にして、トリニティ随一タフネスを誇る。そのタフネスはミカのちょっと本気パンチ五発を耐える。
元々はパテル分派首長の座を狙っていたが、ミカの武力と政治手腕に心酔し、ミカの下に就く事を決め、パテル分派隊の隊長となった。
先輩とは学年が同じで趣味が近く、プライベートでは割りと砕けた口調で話す。
そして、パテル分派隊自体がヘルメット団やスケバン一歩手前の跳ね返りで構成されている事もあり、『あなた』に対しては寛容に接している。
また、レスリング部の助っ人に呼ばれる事も多く、キヴォトスレスリング界でのあだ名は〝絶望〟。
元来ハスキーな声質だが、極稀にCV稲田徹みたいな声が出る。

アラサカ・デッドコピー
先輩に接触したアラサカ本体から切り出された神秘の欠片に宿っていた人格。
アラサカ本人ではなく、その能力や人格もかなりマイルドになっている。
先輩に正面からは勝てないと理解していた為、『あなた』の暴走を見せて現実を思い知らせようとしたが、先輩メンタルの異常性を見抜けずご覧の有り様になった。
ある筋の一説では、アラサカも『あなた』と同じ出自であり、無用な弱い神秘を切り離したものだとされている。

一日ルーティン

  • 先輩
  • 『あなた』
  • 保全部
  • ナギサ
  • ミカ
  • セイア
  • 蒲郡
  • 鴨下
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