あなたがトリニティでやってはいけない事リスト 作:装甲アッサム春雨
あと、もうそろそろセクシーフォックスがボカンします。
ナギサ様よりあなたの教育係を拝命し、案内されるままに向かった先で、正義実現委員会に捕縛されたあなたに初めて会った時は、本当に獣としか表現出来ない有り様でした。
ただ怒りのままに暴れ、周囲に暴力と恐怖を振り撒くだけだったあなたは、牢に捕らえられ拘束されても尚、その怒りを抑える事すらせずただひたすらに暴れ続けていました。
あの時のツルギ委員長の警戒とハスミ副委員長の焦りは今も覚えています。
なにせ、特別製の筈の檻にあなたの尾が叩き付けられる度に軋み、揺れて悲鳴をあげていましたから。
ここだけの話、私はあなたを見た時、卒倒しそうになりました。
このような獣地味た娘が何故、トリニティ総合学園に入れたのか。
何故、ナギサ様はあなたの教育を私に任命したのか。考え出せば切りがありませんでした。
しかし、ナギサ様とツルギ委員長から受け取った資料を見て、私は理解しました。
あなたは望まれて、願われてここに来たのだと。
トリニティ自治区にあるスラム、先代ホストに見出だされ推薦という形と、次代のホストの盾という名目で入学し、自身が生きてきたスラムとはまったく違う世界で、あなたは必死で自身の身を守ろうとしていただけ。
この事について、私共は誠に申し訳なく思います。
ですが、先代ホストもナギサ様達もあなたを苦しめる為に、何の教育も施さずにあなたを投げ捨てたのではありません。
言い訳に聞こえるでしょうが、間が悪かったのです。
先代ホストは表向きは悪名高い評価ですが、今の腐敗を切り捨てる切っ掛けを作ったのも、先代ホスト達なのです。
自分達の代では出しきれぬ膿を、ナギサ様達の代で出しきる為に先代は悪名を背負い、時期を待つエデン条約の為に足元のスラムを減らし、そこに住まう人々を掬い上げる為に、あなたはその切っ掛けに望まれ選ばれたのです。
ただ申し訳ないのは、急な改革を推し進めた先代とナギサ様達の反対派によって、あなたに関する資料の一部が失われ、対応が後手に回ってしまいました。
気付いた時には、あなたは既に要注意生徒となってしまっていました。
あなたは前述した様に、ただひたすらに未知の世界で自身を守ろうとしただけなのに。
しかし、あなたの教育係を任命された手前、あなたから逃げる事は淑女として出来ぬ事。
ですが、あなたの力はツルギ委員長が警戒する程に強大で、私はその力の前では贄に過ぎませんでした。
興奮して尾を叩き付け続けるあなたに私が出来る事は少なく、どうすればあなたの怒りと憎しみを晴らす事が出来るのか。
私はツルギ委員長の様に強くも、ハスミ副委員長の様に聡明でも、ナギサ様達の様に賢明でもありません。
私はただ淑女たらんとするだけの弱い存在にしか過ぎません。
そんな私が出来る事は一つ、同じ牢に入りあなたと向き合う事です。
ツルギ委員長達の制止を振り払うのは苦労しましたが、私はあなたの教育係であり淑女です。
一度任命された役目と怯えるあなたを放り出すのは、淑女のする事ではありません。
何度叩き付けられ、噛み付かれ様とも、それらは私があなたを諦める理由にも、あの場から立ち去る理由にもなりません。
しかし、本当に苦労しました。
あなたときたら、容赦がありませんでしたから。
だからこそ、私の手を取ってくれた時は本当に嬉しかったのですよ。
まあ、それからが大変でしたが……。
血塗れの私とあなたを半狂乱で包帯で巻こうとするツルギ委員長達や、騒ぎを聞き付けたミネ団長が壁を破壊して乗り込んで来たり、挙げ句の果てには包帯だらけの私を見て、ナギサ様が卒倒する始末。
淑女としてはしたないところを見せてしまいましたが、それからの事を考えれば些事ですね。
ええ、本当に……。
言葉遣いは勿論、当たり前のテーブルマナーすら知らず、トリニティの常識すら知らない。
勉学も出身を考えれば当然ですが、平均以下。
いえ、勉学についてはあの出身で平均以下に納めたあなたを褒めるべきですね。
しかし、少し目を離せば水路に潜り魚を獲り、木に登れば木の実を齧り、一瞬で姿を消しては何かしらの問題を起こすか、その渦中に巻き込まれている。
なかなか気の抜けない日々でした。
ですが、あなたは私の言葉に懸命に応えようとしてくれました。
お稽古から逃げ出すのはいただけませんが、それでもあなたは変わろうとしていました。
変化を受け入れ、自身を変える事は辛く恐ろしい事です。
それでもあなたはそれを選びました。それは私の言葉ではなく、あなたの意思です。
その事を私はとても誇らしく思います。
これから先も、あなたには様々な苦難が待ち受ける事でしょう。
ですが、臆する必要はありません。
あなたは立派な淑女なのですから。
「先輩~」
と、そこまでを紙面に書き記し、万年筆を置くと机の前にある自室の窓から顔が覗いていた。
「……どうしました?」
「ナギサ様がお呼びだ、です」
「そうですか」
「うい」
言いつつ風を入れる為に半分だけ開けていた窓を全開にすると、するりと蛇の様に彼女が部屋に入ってくる。
この部屋は二階だが、大方尾で体を持ち上げて来たのだろう。
若干の頭痛を覚えながら、便箋を封筒に仕舞い引き出しに片付け、彼女に向き直る。
「先輩? ナギサ様が……」
「ええ、聞こえていますよ。しかし、あなた。今、何処から来ました?」
「…………」
「目を背けない。何度も言っているでしょう? 窓から部屋に入るのは淑女のする事ではありません、と!!」
「ぴぃっ!」
肩を竦めて、背を向けて丸くなる。尾鰭を向けてくるのはせめてもの抵抗のつもりだろうか。
初めて会った頃と比べたら、随分と丸くなった。
「……はぁ、お説教は後です。ナギサ様はなんと?」
「えと、シャーレ?に先生?が来るから会議をする、です」
「畏まりました。では、行きますよ」
軽く髪を直し、制服の帽子を被り鏡で角度を確認する。
淑女たる者、身嗜みには常に注意しなくてはならない。
後ろで覗き込んでくる彼女も、そこは覚えたのか若干の甘さはあるが及第点だった。
「先輩、先生って……」
「以前、連邦生徒会の方が仰っていた方の事でしょう」
隣に立つ姿は手を前に揃え、尾も揺らさず引き摺らない様に軽く上げている。
「もう少し背筋を伸ばしなさい。件の先生が着任されれば、私達も事務官として関わる事になるのですから」
「は、はい」
「宜しい」
僅かな成長、しかしそれは確かなものだ。
その事を嬉しく思いながらも顔には出さず、少女は彼女を引き連れ、主の待つ場所へと向かった。