案内人は今日も帰ってくる 作:メめ
ましろとご飯を食べた翌朝。
私は、早急に準備をして調査任務地へ向かう。
来たのは隣の県の山中にある、いつからあるのかわからないポツンと建っている一軒家。
古い木造で移動中に色々調べてみたけど、特別何かあるわけでも、いわく付きというわけではない。なんの変哲もない土地。なにか特別な伝承があるわけでもないし、伝説があるわけでもない。
それに、この周辺で高位の怪異が出現した、目撃したという報告はない。
専門の測定器やら霊気の振れ幅の確認。怪異の集まり具合や、近隣で大きな事件があるのかの聞き込みも必要だし。……政府に届けが出ていないだけで、生まれつき霊力の強い人間が生まれていて、潜伏している可能性もある。
でも、非届けの潜伏者の捜索は私の仕事じゃないし。だけど、第一課の人と仲良くするって考えれば、少しでも情報を集めてた方がいいし。……はあ、やることが多いよ。
山の中にある獣道を歩いて進んで、中腹あたりの少し平らになっている場所に建てられた一軒の小屋。
手入れがされている様子はないし、かなり年期が入っていること。そして、人が離れてかなりの年月が経っているんだろうことが窺える。
昨日も来たけど、入り口と思われる扉の鍵は壊れているから、入ろうと思えば誰でも入ることができる状態ということもあって、未登録の宗教者も簡単に出入りできたんだろう。
太陽が昇っている今の時間なら、比較的安全だし。測定器で測っても異常値は基本的に出ない。昨日は夕方の段階でそこまで数値は出なかったから、怪異としての脅威度も良くて中程度で、逸話級あたりかな。
ただ、警戒しなくちゃいけないのは日が沈むとどうなるか。
太陽が昇っている時間帯だと、怪異は弱体化している。それもあって、自己を保つためにまず姿を表さないし、表すことができない。
例外的に活動する怪異もいるけど、そんな怪異はかなり強い個体。伝説級以上の存在ぐらいで、伝説級怪異は、姿を隠していたとしても数値で居場所がわかるから昨日の夕方時点での測定で、数値に出ているはず。
しかし、そんなことはなく数値も異常値は出なかった。となると、そんなに高位の怪異はここにいない。
そもそも、〝怪異発生の兆候〟と言う未知のワードの方が気がかりで首を傾げたくなる。
現代でも、怪異発生の瞬間というものは確認されていない。
発生の原因はわかっている。発生する条件もわかっている。
それなのに、発生の兆候や発生の瞬間にどうなるのか。と言うのは未だに資料がない。
怪異は、気がつけば発生しているもので。原因も条件も常に揃っているからとどれだけ警戒していても、発生の瞬間は誰もわからない。
気がつけば後ろにいて、背後を取られている。なんてことも結構ある。
この通報者が何者なのか。これが分かればいいんだけどなぁ。一応、匿名性確保のために通報者の情報が守られるから情報がない。明らかに何か知っていそうでも、現段階では情報を得られない。
小屋の入り口を開けて、外から様子を伺う。
外から見える感じだと、特に違和感はない。
でも、空間の広さが建物と合わないことなんて良くあること。
御札を投げ入れて、そのまま封じていた術を解放する。すると、御札が燃え上がって、小屋の中を明るく照らした。
屋内の空間が広くなっている様子はない。けれど、燃え上がる御札の明かりが照らしている場所には、何やら円陣が描かれている。
どんな効果のある円陣なのかは、近づいて見ないとわからない。宗教者が描いたものであるなら、宗教的な何かなんだろうけど……。解読は1人じゃ難しそう。
とりあえず、写真を撮って、三課に送って調べてもらわないと。
形代符札の状態を確認しながら中に足を踏み入れる。
……何か異常が起きているわけではなさそう。
不意打ちで怪異から襲われたりしているわけでもないから、今はなんともないんだろう。やっぱり、嫌な気配。怪異特有の気配は感じない。
本当に、あるかもわからない兆候があるだけなのかもしれない。
通報があった以上、タチの悪い悪戯だったとしても未知を未知のままにしておくことは組織的にできない。
でも、この感じだと。怪異調査というよりは、未登録の宗教者や潜伏している非届け者の情報集めが、今回の主な仕事になりそうだ。
スマホで円陣の写真をいくつか撮影して、第三課の人に連絡を送る。気がつけば見てくれるだろうし、そこから解読してくれるかな。
手が空いてるといいけど……。
ピコン。
あ、通知きた。
──────
三課 三輪
『調べとく。
一、二時間ぐらいかかるかも。
待ってて』
──────
三輪さんが調べてくれるらしい。
──────
三課 上野
『おー、謎解きじゃー。手空いてるし、儂も混ぜてー』
三課 田園
『二徹目ー。テンション高めに参りましょう』
三課 柴崎
『みんな寝ろよ。こう言うのは俺に任せていいから』
『にしても、面白そうな円陣だ。解読のしがいがありそうだ』
──────
……みんな手が空いてたんだね。と言うか、寝てないなら寝て欲しいんだけどなぁ。
屋内は薄暗くて、日の光が入ってこない。そのせいか、少し埃っぽくて。少しジメッとしている。
そう言った場所が怪異の好む環境であることには違いない。
でも、ここに怪異は確認できていない。
──『山はね。人と自然の境界なんだ』
──『あとね、山は、土地とはちがって、霊そのものだったりする。
だから、山は気が乱れたり。悪いものが出ると、敏感になる。
だから、今でも山でみんなが迷うんだよ』
──『それに悪くなってる山は、人が大嫌いだから気をつけてね。食べられちゃうかも』
ましろが昨晩、私に言っていたこと。
きっと、あの言葉には何かの意図があって。何か意味のある助言なんだとは思う。
でも、山が人に害を及ぼす霊に転化。怪異化していたとして。霊力の大きさに関係なく、存在規模と脅威度を考えると、御伽級であることは確定する。
そうなると、第四課に対して早急に情報を渡して動いてもらう必要がある。
となると、やっぱり情報集めが必要で……そして、この小屋に留まらず。山全体を調べなきゃいけない。
今持っている装備的に、御伽級ならギリギリ調べられる最低限のモノはある。
だけど、かなりギリギリだ。御伽級以上。伝承級の可能性が出ると、かなり難しい任務になる。
そして、そんな難易度になるとこの任務で私は死ぬ。最悪、死に体で情報を持ち帰ることが出来れば御の字。
「……どうやって生き残ろうか」
約束しておいて、『死んだから約束守れなくてごめん』なんてことを私はしたくないし、するつもりもない。
死にたくはないし、死ぬ気もない。
一度撤退……。違う。撤退して整えるような時間は既に過ぎている。
円陣も何が意味があるモノだとすれば、解読結果を待ってから動きを決めよう。
とりあえず、周囲を探索して。人の出入りを探ってみよう。痕跡があるのであれば人の出入りを規制して、怪異化の原因の解明が必要。
自然由来の怪異は存在するし、実際に山由来の怪異も存在する。
でも、山そのものが怪異化したと言う話は聞いたことがない。
犬歯で皮膚を小さく噛み切り、形代に血を付けて円陣へ投げ入れる。
円陣は特に反応を示さないし、起動している感じもない。
屈んで円陣を近くで観察する。
ぱっと見だと、構造は三重接続型。結構大掛かりの陣なのかな。
詳しくはないけど、陣が三つ重なって描かれているように見えるし、陣が大掛かりになればなるほど術式が複雑なモノだったりする。
そして、術式は複雑になればなるほど繊細になるけど強い効力を持つようになる。
複雑になれば解読も難しくなるし、時間がかかるのも仕方がない。
陣を形成するために使われた素材も、それを調べるための機材は持っていないからわからないけど。第三課なら考察を立てて色々教えてくれるだろうし、私は見回りに行ってこよう。
小屋の中。円陣の中に入れた形代はそのままにして、小屋の入り口を閉め。界閉の御札を使って入り口を閉じ。内部と外部を隔離して結界、擬似領域を形成する。戸が閉じられている間は誰も入れないし、誰も外へ出られない領域にしよう。
そうすれば、領域内で活発化する怪異を炙り出せるし、可能性としては低い。けど、その可能性がある以上、その線を潰しておきたい。
それに炙り出しは、しばらく擬似領域を作っておけばいいだけだから、その間に小屋の周囲を調べてしまおう。
形代なら、怪異が発生して食べられても私に害はないし。それで釣り出せるなら、そのまま形代を経由して私が単独で対処ができる。報告書が減って助かるから、出来ればそっちの方がありがたい。
小屋から出て、入り口の扉を閉める。
御札・符札入れから、界閉の御札を取り出して──
「やめておいた方がいいと思うよ」
──取り出すモノを御札を呪符に変えて、拘束符を4枚取って後方に振り返りながら投げつける。
すぐ後ろにいた怪異に向かって、呪符が飛んで行って囲むように取り巻いた。
投げつけたのは、拘束呪符。
霊力そのものに反応して、その場に縛り付けるというもの。
だけど、その怪異は埃でも払うように拘束呪符を払い落とした。
「驚かせちゃった? ごめんね、陽奈」
「……」
よく見知った姿をしている。でも、姿を化かして近づいてくる怪異は沢山いる。
「……昨日、何食べた?」
昨日は、私とオムレツを食べた。
「? ……ああ。昨日はオムライスを食べたね」
「じゃあ、私は誰?」
私は望月陽奈。如月学園高等部の2年生、17歳。
「陽奈は陽奈だよ」
……うん。ましろだ。
「……うん。本物みたいだね」
「あはは。ボクに化けれる物好きなんて、いないと思うけどね」
そう言いながら笑う。ましろに、私は肩の力が少し抜けてしまった。
この気配と、この話方。
「ましろ。私のこと好き?」
好き。
「? うん、それがどうかしたの?」
そして、私への好意が当たり前であると言うように首を傾げて、不思議そうに私を見るあの目。
間違いない。ましろだ。
狡猾な怪異でも、感情面は当人を模倣しきれない。
私が〝好き〟と言う単語を頭に思い描いた時点で、怪異は私に対して露骨に好意があるように振る舞う。
そして、普通の怪異は〝好奇心〟や〝不思議〟と言うものを持たない。わからないものには興味を示さないのが怪異だ。
「ましろが特殊で助かるよ」
「あれ、ボク褒められてるの?」
「褒めてるよ、ましろ」
「そうかなぁ。なんか、含みがあるように聞こえたけど。まあいいや」
ため息をついて、肩を落とす。
そういった行動も怪異はしない。いや、しないことはないけど。感情面を正しく模倣できないように、こういった表現の模倣もあまり得意ではないのが怪異。
ましろは、怪異としてもかなり多くの例外要素を持った存在なおかげで、人間と同じような判別方法が適用しやすくて助かる。
……まあ、神出鬼没なせいで、物理的な距離とかの論理思考は通用しないけど。その他が適用できるから、他の怪異よりは判別がつけやすくていい。
「閉じようとしたでしょ。そこ」
ましろが、小屋の入り口を指差して言った。
「うん。調べるのに、閉じたほうがいいかなって。と言うか、なんでましろはここに」
「ボクがなんでここにいるかは、ちょっとその辺に置いといてだよ。あの円陣に贄を入れて閉じるのは良くないよ」
「贄?」
贄……贄ね。……もしかして、私の血がついた形代のことかな?
「私の血がついた形代のこと?」
「うん。形代で、陽奈の血がついてるでしょ? そう言うものでも、怪異が好んで食べるのは知ってるよね」
「うん」
その習性を利用しようと思ったからね。
「そう言った怪異は、霊力が強めの人の血があると寄ってくるし。円陣の中に閉じ込められてる怪異を強くして、外に出たいよーって衝動を強くしちゃうんだよ」
「閉じ込められてるの? というか、円陣の術式読めるの?」
「うん。怪異は閉じ込められてるし、円陣の術式も読めるよ」
「伊達に長く生きてないからね」ましろはそう言って、私の閉めた扉を開け、中に入っていく。
円陣に変わった様子はないし、形代に変化もない。
なのに、なんでだろう。
小屋の扉を開けて外に流れ出てくる異常な程冷たい風。小屋の中がとてつもなく冷えていて、春終わりの今の季節とは合わないほど冷え切っている。
「ありゃりゃ。やっぱり元気になってるみたいだね」
「……地雷踏んじゃったかぁ」
判断を誤った。気が抜けていた。そして、別の要因に思考を割きすぎてしまった。完全に活性化しているわけではないけど、昼間でも動ける程度。
力の現象化が可能なら、伝承級の怪異。あるいは、御伽級呪霊のどちらか。
測定器を起動して、専用の形代に霊力を込める。もう一度指を噛み切って血をつけてから、小屋の中に投げ入れた。
パキパキパキッ!
投げ入れた形代が急速に凍り、砕け散る。……測定出来てるかな。
測定のやり方は、反応への時間と、形代に干渉した際にぶつけられた霊力量を測定器で測るで大体の力がわかる。
反応は投げ入れられた瞬間。込められた霊力量は……250魄ね。となると、……現時点で御伽級上位から伝説級の間。
「ましろ。怪異としての意見が欲しいんだけどさ」
「なに?」
「今の円陣の中にいる怪異って、覚醒どころか今は干渉状態なんだよね?」
「うーん。そうだと思う。だから、円陣から飛び出て顕現するってなったら。規模としては5倍。出力なら10倍ぐらいはあるんじゃないかな」
今の規模の5倍となると……範囲は円陣を中心に考えても半径15mにはわかりやすく影響が出る。
そして、出力が10倍ともなれば範囲内にあるものが全て凍りつくであろうことが考えられる。
「理由は?」
「霊気の密度が高いから、規模はあまり広くならないけど。かなり色々混ざってるみたいだし、それを放出する。全部排出するかもって考えれば出力はかなり高くなると思うよ」
なるほどね。
「形代は破棄したほうが良さそうかな」
「それがいいかもね。あと、扉は閉じないで開けておいたほうが今は安定するかな」
扉を閉じてはいけない。と言うことは、領域内で脅威になるタイプなんだろう。
そして、閉じていれば閉じているほど力を増して顕現しやすくなる。境界が閉じていれば強くなっていく。
厄介だ。
右手で指刀印を結んで、円陣の方にある形代を指す。
「我、汝との縁を別つ。汝、只の紙と成れ」
そう唱えると、形代から私の血がじわじわと消えていって。霊力も何も込められていない紙に戻った。
「……よし。じゃあ、帰ろうか」
私が形代を解除すると、ましろはそう言って踵を返した。本当に帰るつもりなんだろう。
「? 陽奈?」
「ごめんね。まだ、仕事中だから帰れないんだ」
まだ私は仕事中。
せめて、円陣のことが何か分かってからじゃないと流石に撤退は難しい。
いや、現時点でましろの情報を持ち帰って報告するだけでも有益なんだと思う。
円陣の中に怪異がいて、小屋の扉を閉めると活性化して暴走する可能性がある。
測定器とましろの見解。そして、半活性状態の現状での現実干渉。心霊現象の度合いから、最低でも伝承級、伝説級が想定される。
小屋の座標も、怪異がいる場所の特定も出来ている。不十分ではないけど、十分でもない。
そして、干渉が出ているから帰るというのは撤退理由として弱い。
「どうして帰らないの?」
「多分、このまま帰ることもできるし。誰も責めないと思う。でもね。少しでも情報を持ち帰らないと、死人が増えるからさ……」
私の所属する第二課。通称怪異特定班。
持ち帰る情報が多ければ多いほど。実体験を伴った正確な情報であればあるほど、第三課の考察の確実性が高くなって。第四課の人が対策、対処に当たりやすくなる。
そうすることで、死人を抑えることができる。
だから、私は情報不足で人を殺したくない。
悔いは残したくない。私が後悔したくない。
それに、もう少ししたら三課の人から解読結果が来る。
今は、陣の様子見をしながら解読の結果を待って。それから撤退で良い。
現場に留まっていないと三課が欲しくなった、必要になった情報を即座に届けることが出来ない。
「だから、私はもう少しいるよ」
「……そっか。じゃあ、ボクも今は一緒にいようかな」
「帰らないの?」
珍しい。
帰る選択肢を出した後に、ましろが留まるなんて。
「うん。昼間だからね」
ましろが帰らないと言うことは、ましろも自力で対処出来る程度ではあるんだろう。
正直なところ、ましろの戦闘能力は未知数。
便宜上。性質から、分類が伝承級幽霊に区分されているだけで、上層部。特に、課長たちはましろを警戒している。
ましろの実績としては、神霊を単独で処理したであろうと言う記録がある。だけど、逸話級の亡霊とは戦わず逃げている記録もある。
怪異としての相性というのもあるんだろうけど、最大値と最小値の両方を持ってるせいで未知数。
中央値が当てにならないせいで大凡の戦闘力もわからない。
だから、おそらく。今回の怪異はましろと戦闘になっても、相性差でましろは問題なく勝てるんだろう。
そんな余裕があってこその珍しい第3の選択肢『同伴』なんだろう。
「ふふ、じゃあ。少しお話しする?」
「うん! なんの話する?
あっ、そうそう。この辺に美味しいお団子屋さんがあってね」
雑談を提案をしてみると、ましろは嬉しそうに食いついてきた。
小屋の中への警戒はそのまま、私はましろと雑談して解読結果を待った。