案内人は今日も帰ってくる   作:メめ

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ねえ、聞いてるの?

 

 

 

 

「でねー、この辺は冬になると雪遊びが楽しいんだよねー」

「へえ、よく来るの?」

「ううん。滅多に来ないし、来てもここじゃなくて麓の方だったかな〜。昔からあるお団子が美味しくてたまに来てた」

 

「ボク、人間みたいに見た目が変わるわけじゃないから、あまり長くは通えないんだよねー」そう言いながらも、この山の麓の村にある団子を食べに来ていたらしい。

 そして、久しぶりに食べに来たら私の気配を察知してここまでやって来たのだという。

 

「ここに、こんなモノがあったなんて知らなかってたよ」

「山に入った事はないの?」

「うん。この山の山神ね、第二次世界大戦の時に死んじゃったんだよ。

 山火事で山が燃えてさ。草木が焼けた時、一緒に焼けて死んじゃったゃ。

 だから今もここ、あんまり安定してないんだよね。

 山に依存されても困るし、私は入ったことない。

 わざわざこに来る用事もなかったからね」

 

 第二次世界大戦ね。……確か、日本本土の野山も空襲被害に遭っている。そして、場所的にこの山にも被害が出ていても不思議じゃない。

 

 ……もしかして、この山は異常の記録がそもそもないんじゃなくて。異常の記録が戦災で消失したやつかな。

 

 戦争の時に情報が焼けて無くなった。でも、戦争を生き残った人たちの口伝とか記憶の中にある情報で、記録を再構築したり。残っていた情報をかき集めたっていう資料は対策課の過去記録にある。

 戦後混乱期には軍部からの圧力で怪異情報はかなり厳しく規制されて、軍事利用もされていたって聞いている。

 

 軍にとって有用だった怪異の情報は今でも多く残っているけど、有用でもなかったモノは焼けて無くなっていてもおかしくはない。

 そう考えると、山神が不在であるこの場所は軍事利用も出来ないし、情報復旧の優先度が低かったから情報が復旧されず。今日に至ると考えられる。

 

「ねえ、ましろ」

「ん? どしたの?」

「ましろは、この辺の伝説とか伝承って詳しい?」

 

 長く生きているましろなら、何かがわかるかもしれない。

 この円陣に封印されている。今まさに暴れ出ようとしている存在のことを、何か知っているかもしれない。

 

 私の問いに、ましろは困った様に首を傾げて頭を悩ませた。

 

「うーん。ボクがこの辺に来る様になったのって、本当に戦後ぐらいだからなぁ。その時からのやつならわかるんだけど。

 そもそも、山の主である山神が死んじゃってるからさ。その伝承とか、伝説も行方知らずなんだよね」

「じゃあ、どうして山神が死んだことを知ってるの?」

「それはママと桃食べてる時に来てたからね。本人から直接聞いた」

 

 ママ。

 ましろが時々口にする単語だ。

 固有名詞なのか、種族名なのか、それとも役職のようなものなのかは分からない。

 ただ、今の口ぶりからすると、焼け死んだ山神とも面識があったらしい。

 黄泉川付近にいる鬼や送り神と同種の存在か、それとももっと上位の何かなのか。情報が少なすぎてまだ判断はできない。

 だけど、これだけはわかる。

 ママという単語が、ましろの中では特別なモノであると言うこと。

 ましろは、ママの話をするときは少し寂しそうに話す。表情に陰がさして、寂しそうな顔をする。

 

 ……そんな顔のましろを見ていると、私も少し寂しくなる。

 

「そうなんだ。……じゃあ、その時に山神様から聞いたこととかない?」

「うん。ないよ」

「ないか……」

「ないね。

 そもそも、みんなママに顔を合わせに来てるだけだからね。少し話をした山神。たしか、白山上乃神だったかな? って神様が珍しいかな」

 

「死んだ神様は、みんな口を閉ざすからねー。珍しかったよ」そう言うけど、怪異なのに黄泉付近に行ったり、黄泉人と交流できる君も大概変なんだけどね。

 

「あっ、そうだ。お仕事終わったらお団子食べに行く?」

「ふふ、いいねそれ」

「やった。誰かと並んでお団子食べるとね、いつもより美味しく感じるんだよー」

 

 ふふ。可愛いなぁ。…………いけないいけない。今はまだ仕事中。

 ましろと居ると気が抜けちゃうなぁ。

 

「早く陽奈の仕事終わらないかな〜」

「そうだね。早く終わればいいね」

 

 あと20分はかかると思うけどね──

 

 ピリリッ! ピピピリリリッ!! 

 

 あ、電話来た。解読終わったのかな。

 

 スマホの画面を確認すると、『三課 大塚明紀』と表示されている。

 

「もしもし、望月です」

『もしもし、怪異対策第三課の大塚明紀です。第二課の望月陽奈さんの番号で合ってますか?』

 

 低音の年齢を感じる渋みのある声。大塚さんだ。

 

「合ってますよ。今日は非番じゃないんですか?」

『あってるか。よかった。非番のはずだったんだがな、残業してたら帰り損ねたんだよ』

「……もしかして、またラボで寝てたんですか?」

『…………まあな』

 

 長い間が空いて大塚さんが応えた。

 この感じだと、また家に帰っていない期間が続いているんだろう。

 

「良い加減帰らないと、また奥様にお小言を言われますよ」

『今回こそはと思ったんだがな。

 まあ、そんなことはいい。オレがたまたま居たから大した時間もかからずに解読できたんだ。運が良かったな。望月ちゃん』

「大塚さんは専門分野ですからね」

 

 大塚明紀。第三課の職員兼研究員のお爺さん。

 勤務歴が長くて、術式系の専門家。居てくれたことはありがたいし、助かることには助かるんだけど家に帰って休んで欲しい。

 

『でだ。雑談はお互い生き残ってからにしよう。本題だ。

 望月ちゃんの送った円陣についてなんだが、随分と悪質なモンだ。

 見て分かる三重構造の術式だが、不自然に型式も年式も違う』

「型式と年式が、ですか?」

『ああそうだ。一応、術式陣毎に分離、再現したやつを端末に送る。確認してくれ』

 

 ピコンッ。

 

 スマホの通知が小さくなって、三課のメッセージサーバーに三枚の画像が送られて来た。

 送られてきたのは円陣の画像が三枚。

 一枚一枚分離して描かれてあって、全て用途は違うモノなのは専門家じゃない私でもわかった。

 

「用途が違うことは素人目でもわかるんですけど、型式が違うといいますと?」

『一枚目の術式は、封印術式だ。式の形状。……そうだなぁ、術の構築方式が古い術式だ。大体1世紀ぐらい前に使われてた術式だな。

 用途はおそらく、力の維持。神性持ちの存在の力を落とさない様に組まれた術式だ。

 だから、構築論。……神主とか、巫女さんたちが使う構築のやり方だ』

「他の二つは違うんですか?」

『ああ。他二つは、呪術式だ』

 

 呪術式。

 呪術師や祈祷師さん達が扱う事が多い術式系統。

 

『式の構築方から考えられるのは、2枚目が拘束。3枚目が呼び込みだ。

 この二つは、構築のやり方が10年近く前に考案された奴に近い』

「近い、と言う事は。違うところがあるんですか?」

『そうだな。わかりやすく言えば、式の繋ぎ方が雑すぎる。そして、不要で意味不明な文言や、文字が術式内に組み込まれている。

 はっきり言って、式として成立しているのがおかしいぐらいだ。

 おそらく、呪術師や祈祷師じゃない。一般のオカルトマニアが書き足したものだろう』

「という事は」

『ああ、がっつり違法行為だ。事が起これば。

 ──いや、本来安定していたはずの術式に、術式を書き加えていつ破綻してもおかしくない状態に悪化させている。こんな円陣を放っておいている時点で厳罰は避けられない。

 円陣加筆者は、準テロ行為として捜索されることになるだろうな』

 

 危険行為を行なっているわけだしね。

 

 準テロ班の追跡となると、私のお役目はここまでかな。……本来なら。

 

『円陣についてはこんぐらいだ。

 これは、勝手な憶測だ。聞き流してくれて構わないが、今回は通報者がいたんだろう? おそらく、その通報者に何か思惑があるんだろう。現場にいるなら、周囲に警戒し続けろ。それか、直ちに帰還した方がいい。

 いくら望月ちゃんが元四課の人間だったとしても、中に何が入っているのかわからない。今のうちに退いておかないと、生きて帰れないかもしれんぞ』

「かもしれませんね」

 

 戦闘は出来ないことはない。けれど、得意な訳ではない。

 それに、ましろの情報を考えるなら。相手は伝説級の存在。運が悪ければ死んだ山神の分御霊か、死骸を操る怪異。神霊系の複合型である可能性もある。

 間違っても単独でなんとかできる相手じゃない。

 

 でも、今この場を離れるのは難しい。

 

「でも、ちょっと今回はまだ帰れそうになくて」

『なんでだ。まさかとは思うが、何か異変か?』

「はい。現在、円陣が暴走状態に近い様で」

『……そうか。テレビ通話は可能か?』

「わかりました。カメラを向けますね」

 

 スマホのテレビ通話を起動して、部屋を物理的に凍て付かせるほどの冷え、背筋が凍る様な怪異特有の霊気が満ちた小屋の中にカメラを向けた。

 

 小屋の床には霜が降っていて、古くなっていた床が白く染まっている。

 その部屋の中心で白い冷気を纏って、淡く発光する円陣。

 外カメ越しに円陣を確認する大塚さんの顔が険しくなった。

 

『起動。いや、術式の封印領域が飽和状態になって内圧高くなっている。

 暴走じゃない。こいつは術式のオーバーフロー。術理破綻が起きかけてるな。

 おそらく、術式の許容量を既に超えているのを。術式が変な成立の仕方をしているせいでバランス機能が死んでいる。

 そのせいで、許容を超えても溜め込み続け、爆発寸前だ。今すぐその場を離れたほうがいい。爆発も時間の問題だ』

「わかりました。大塚さんは、第四課に通報をお願いします。

 私は、地域管轄の役所と駐在所で近隣住民の避難誘導を開始します」

『了解した。四課に通報と、三課では術式解除班の采配。五課にも連絡をしておく。こっちの事は任せろ。

 望月ちゃん。アンタは自分の成すべきことを為せ。

 生きて会おう。健闘を祈る』

「はい。生きて会いましょう」

 

 通話が切れて、スマホに山の麓にある役所の番号を入力して、すぐにでも通話を掛けられるように耳に当てる。

 

「ましろ、山を降りるよ」

「うん。仕事はもうおしまい?」

「やる事が変わっただけ。手伝ってくれると嬉しいんだけど」

 

 人手はあるだけ、私はありがたいけど……。

 

 ましろは怪異。

 人間に対して害意が見られない。かなり友好的なだけで、協力を取り付けられたと言う話はあまりない。

 

「うーん。…………そうだ!」

 

 名案を思いついたと言いたげな顔で私の顔を見ながら、ましろが笑いながら言う。

 

「じゃあ、約束してよ」

「どんな約束?」

「ボクと一緒に帰ってくれる? 帰ってくれるなら、ボクが手伝ってあげる」

 

 一緒に帰る。

 ……難しい話だ。

 

「ねえ、ましろ。それって、今。私がましろと家に帰るってこと?」

「うん。一緒に帰ってくれるなら、ボクは陽奈に協力する。帰ってくれないなら協力しない」

 

 ましろの目が見開かれていて、瞳孔が大きく開いている。

 金色の瞳が妖しく光を放っている。

 にんまりと笑っているけど、その姿からはかなり強い威圧感があって、すぐ近くにいる私の背中に冷や汗が流れる。

 

 ましろはいたって真面目なんだと思う。

 思い上がりかもしれない。でも、ましろは私を生き残らせようと動く事が多い。

 私に生きていてほしい。そう取れるような。私に向ける好意的な行動は多く見られる。

 

 私も死にたいわけじゃないし、ましろと一緒の時間は私も好き。

 だけど、今は仕事中。私はこの仕事を放棄して生き残ったら、きっと後悔する。

 死にたくない。死にたくないけど、今ましろから協力を得るために帰って、ましろから協力を得られたとしても、多くの被害者が発生する。

 ひどいと、怪異の瞬間的大量発生。百鬼夜行が発生する可能性もある。

 

 避難無しで百鬼夜行が発生したとなれば、被害規模は計り知れない。おそらく、麓の村は壊滅的な被害を被ることになるだろう。

 

「……ごめんね。私はまだ帰るわけにはいかないの」

「……」

 

 私は帰らない。

 

 ましろが協力してくれないと言うなら、私は協力を得られなくてもいい。

 

「……そっか。……じゃあ、ボクは帰るよ」

「うん。……じゃあね、ましろ」

 

 契約は不成立。協力は取り付けられなかった。

 

 ましろから発せられた威圧感は消えて、ましろが目を閉じて悲しそうに後ろを向いた。

 

「…………陽奈。昨日の約束は、忘れないでね。

 あと、ちゃんと帰ってきてね」

 

 そう言うと、ましろの赤いマフラーが大きく揺れて──姿を消した。

 

「……うん。生きて帰るよ」

 

 家に、ちゃんと帰るから待ってて。ましろ。

 

 急いで山を降りながら、市役所に連絡して、近隣住民の避難誘導をしなきゃ。

 

 私は市役所に向けて電話をかけた。

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