案内人は今日も帰ってくる   作:メめ

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ねえ、いいでしょ

 

 

 

 

「『慌てず進んでくださーい。避難員の指示に従って進んでくださーい』」

 

 役所から借りた拡声器を使って、駐在の警察官と避難誘導を続ける。

『この土地から離れたくない』『先祖代々ここに住んでいるから、ここから離れたくない』そんなご年配の方々への説明は役人さんに頼んだ。

 

「退魔師さんは逃げんのかい」

「みなさんの避難が終わり次第すぐに避難しますよ」

「若いんだから、早く逃げるんだよ」

 

 避難誘導中に、ご年配の方々からそんな声をかけられながら誘導を続ける。

 避難先は隣の田舎町にある集会所。

 だけど、この村には高齢者が多くいるから、徒歩での移動は難しい。

 なので、対策課の所有する避難・護送用の大型車両を手配した。山から離れた場所で合流して、乗り込んでから避難所へ向かうことになっている。

 

 ただ、ここは田舎。管轄の支局や最寄りの局ともそこそこ離れている。そのせいで、まだ到着にはもう少し時間がかかるらしい。

 

「退魔師さん!」

「はい、何かありましたか?」

 

 振り返ると、避難誘導を手伝ってくれていた地元の消防団のおじさんが、少し慌てた様子で私の方へ走って来ていた。

 

「怪異だ。怪異が出やがった」

「なっ!」

 

 そんな。だって、まだ日が高い昼間の筈。

 確かに、昼間に活動できる怪異はいるけど。態々昼間に暴れる怪異はいない。

 昼間は力が弱くなるし、存在も安定しない。かなり不安定な状態になる。

 そんな状態で暴れたり、無理に出現してでも自分の力を維持しようと動くなら。

 

 百鬼夜行の前触れかもしれない。

 

「今は、襲って来やがる様子はないが。いつ暴れられるかわからねえんだ」

「わかりました。発生場所は何処ですか」

「村の山側だ。羽佐間の婆さんを背負ってなんとか逃げたが、五、六分は前だ。移動もそこまでしてねえと思うが、気をつけてくれ」

 

 山側か。今の状態の山と近いなら、怪異が現れてもおかしくない

 

 スマホで怪異対策課へ通報を入れて、自分の霊力を身体の強化と機能補助に回して、山側にある民家へ走って向かう。

 避難が済んでいるなら人的被害は出ないだろうけど、怪異の動きは基本的に読めるものじゃない。

 

 走って近づけば見えてくる、揺ら揺らと動く影。

 前傾姿勢で二足歩行。頭は鹿の頭骨を被った様な見た目。腕はだらりと垂れて、私を認識したのか頭部らしき場所が痙攣した様に震え、カタカタカタッと音を鳴らす。

 

「接敵、対処します」

「……」カタッ! カタカタカタカタカタカタ! 

 

 符札と御札の両方を構えて出方を伺う。

 

 だけど、怪異は私に視線を向けてそこにいるだけで霊力にも動きは見られない。

 ただそこに顕現している。

 ただそこに姿を現して、立って私に対してカタカタカタッと威嚇音を鳴らしている。

 

『やっほー!』

「……?」

『山ガァ、あレてルー!』

 

 人の言葉? いや、違う。

 

『あれッ。てルヨ山。山がアッ、れてヨ』

 

 音が不自然だ。

 話している。というよりは、まるで音を切り貼りしている様に聞こえる。

 

『アレっ!? あー、ア゙ーッ! 伝エッ、わってナイ?』

 

 響く様な音。大きな音を再現している様な。

 音の切り貼り。大きな音。

 

『アッ、あ゙ぁ。ドうシヨ』

「……会話が出来るの?」

(つた)わッた。ヨカっタ』

 

 言語を理解している程の知性がある。そして、怪異特有の嫌な気配もある。

 

 そして、このタイプの怪異と私は出会ったことがある。

 山に現れて、山に棲む生物の亡骸の頭骨を頭に被り、切り貼りした様な音を発する怪異。

 

「……山木霊(やまこだま)

『山、アれた。危険。ニゲる! 逃ゲデッ!』

 

 山木霊(やまこだま)

 山の神の使いで、対策課で管理している個体も多くいる。

 おそらく、この怪異も山木霊の一種なのかもしれない。

 

『ヒメが! 怒った。起キタな!』

「……山神ですか?」

『ちガウ! 長、違ウ!』

 

 ヒメ。山木霊がヒメと呼ぶ存在が怒っているから、逃げた方がいいと警告しているのかな。

 

『アッ。ア゙ア゙ッ。アーッ、ああアァぁぁあア゙!!』

「っ!」

 

 山木霊が黒い霊気を身に纏い始めて、絶叫して頭部を抑えて激しく頭を振る。かなり怪異化は進行しているようだ。衝動を抑えてでも、避難警告をしにきたらしい。

 

 ……ごめんなさい。完全に堕ちる前に、

 

「……山木霊と遭遇しました。フェーズⅢの怪異化症状、霊気汚染を確認。介錯します」

『アゥあーだ!』

 

 符札に霊力を込めて、怪異化しかけている山木霊に複数枚投げる。

 そして、周囲を囲む様に御札を投げて設置。

 

「陰魔となりしモノ。祓除せん! 炎符陣域『炎葬』」

 

 陣地形成のための御札が囲む内側が強く燃え上がり、山木霊を焼き祓う。

 絶叫を上げないということは、怪異化し切る前に焼けたということなんだろう。

 

『かん、シャ申ス』

「……ごめんなさい。私には、これしかしてあげられなくて」

 

 怪異の霊力に反応して燃え上がっていた炎がおさまると、山木霊の姿は消えていた。そして、円陣の内には山木霊の核になっていたであろう霊力を帯びた石ころが転がっていた。

 

「……対処終了。山木霊の介錯が終了しました。存在核を回収します」

 

 手袋をつけて、山木霊だった小石を拾い上げる。

 そして、手持ちのハンカチで丁寧に包み込んで御札を貼る。これで外から干渉されて、怪異として再形成されることはない。

 

「ちゃんと、山に帰してあげるからね」

 

 だから、今は粗末に扱うことを許してください。

 

 外部干渉処理を済ませた小石を民家の前に置く。

 今連れて行くのはリスクが大きい。相手は暫定山神級。この山を支配できるほどの存在。

 山木霊の様に、土地由来の存在の核を持ち歩けば不要な怒りを買うことが多い。

 特に、今の様に荒れた状態であればあるほど逆鱗に触れやすくなってしまう。

 

 他に怪異。山由来の怪異が出現してないか見回りをしておこう。

 山の怪異は山から降りてくる様に現れるし、擬似的な仕切を作って、怪異の侵入量の調整もしておかないと。

 

 一時防衛のための御札と符札はまだある。……だけど、戦闘となるとやっぱり心許ない。

 戦闘を回避するためにも、色々やっておかないと。

 

 ……? 

 

 不意に感じた視線。

 御札に霊力を込めて辺りを警戒する。

 場所はわからない。だけど、確かに視線を感じた。近くも遠くもない。怪異からの視線なのか、人からなのかもわからない。

 

 ……とりあえず、〝身隠し〟を使っておこう。

 御札をしまって、身隠しの陰符札を取り出して自分の体に貼って、霊力を込めて使う。

 視線を感じたのは一瞬だけ。

 だけど、作業中に乱入されるととても困る。

 

 身隠しの陰符札が焼き切れるまでに仕切作業を終わらせよう。

 

 もう一度、霊力を身体の強化と機能補助に回して山際まで走る。時間はあればあるだけいい。第四課が来てくれれば。

 

 ……だからましろ。待っててね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────―

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……。

 やっぱり、残っちゃうよね。

 

 うん。知ってる。

 知ってるんだよ。

 

 キミは絶対に残る。後悔をしない様にって言って、止まる。

 死ぬつもりはないって、いつもいうけど。危険に首を突っ込んで行く。

 

 人間はわからない。

 死にたくないなら関わらなければいい。

 死にたくないなら、無知であり続ければいい。

 

 怪異の被害で死ぬのも、寿命で死ぬのも、病気で死ぬのも、本質的には何も変わらない。命が終わるのはいつだって自然の理の中にある。

 

 なのに、人間(キミ)はいつも未知へ立ち向かう。

 未知を既知に変えるなどという、神秘への冒涜をなおも続ける。理解出来ない。

 

「……ボクは人間だったことがないからわからないけどさ。オマエならわかるのかな」

 

 封印陣ごと吹き飛ばして、今にでも暴れ出しそうな山の代行者に聞いてみた。

 

 だけど、山の代行者は答えない。

 でも、それも仕方がないこと。

 

 穢れを削ぎ落として自然に近くなって、人と自然の境界を越えて自然に帰化した。なのに、穢れを溜めさせられて、怪異の雑念に飲まれ、汚染まで受けている。

 

 もう言語も忘れちゃってるかもしれない。

 

「憐れだねぇ。可哀想に」

 

 山の存在としての人への恨み。この仕打ちをした人への恨み。主だった山神を殺した人間への恨み。雑念を送り続ける怪異への恨み。

 恨みに飲まれて、怪異と混じりすぎて、自分の纏う神性も薄れて怪異に堕ちているだろう〝アガリビト〟。

 

「……本当は、どちらにもなれなくなった不具なオマエをどうこうするのはボクの管理範囲だし、どうにでもできるんだけどさ。今回は人間が頑張るみたいだし、オマエは人間になんとかしてもらうといいよ」

 

 きっと悪い様にはされない。彼らは優秀だからね。

 

 封印陣から冷たい霊気が放たれて、ボクのマフラーが凍てつく。

 でも、表面が凍てつくだけでボクにはなんら被害はない。肉体が多少凍っても、霊力で即座に修復できる程度の被害だ。目くじら立てて怒るまでもない。

 

 仮にもアガリビト。山に帰化した人から成る神霊級の存在。

 怪異化して封印が解ければ、それに感化された怪異がその場で発生、姿を現して暴れるだろう。

 

 それについてはなんとも思わない。村がどうなろうと、土地がどうなろうと知ったことではない。でも、陽奈が巻き込まれるのはボクとしては気分が悪い。

 約束は守ってもらわないと困る。ボクたちは約束は守る存在だから。

 

 …………あ、そうだ。ちょっとだけ影から手伝ってあげよう。

 そうしよう。

 

 ちょうどお腹も空いてきていたし、強いやつだけを間引いておこう。

 避難が必要そうな達のところに行って、先に警告しておこう。

 

 忙しくなるね〜。

 

「あ、オマエは安心していいよ。オマエみたいな木っ端をどうこうする気は今のところないし、オマエ程度なら祓い屋が数人群がればなんとでもなるだろうしね」

 

 たかだか神霊級。神霊には遠く及ばないんだから、祓い屋には勝てないよ。彼ら、意外と強いよ〜。

 

 ──…………。

 

 ああ、まだ話せるのか。……にしても、「人間の小僧め」ね。

 

 ふふ。あははっ! 

 

「身丈も知らないおのれの癖に、面白いことを言うね」

 

 格の違いもわからなくなるほど、人の話も覚えていられないほど、頭がやられていたんだね。ますます可哀想になるよ。嗚呼、あはれあはれ。可哀想なおのれだ。

 

 でも、ボクは寛大だから許してあげる。ボクはその辺の野蛮な奴らとは違うからね。

 

「ああ。でも、さっき来てた人間の女の子に手を出すなら、ボクはオマエを殺すよ」

 

 ボクは別にいいけど、陽奈に手を出すのはダメ。許さないから。

 

 オマエが死んだら、山はどうなるんだろうね? 

 オマエが大好きな山神のために守ろうとした。維持しようとした山は死んで行くだろうねぇ。

 ボクにはどうでもいいことだし。それが嫌なら、喧嘩を売る相手は選ぶ事だね。

 

「じゃあね、アガリビトさん」

 

 さって、ボクはボクで動こうか。

 

 怪異はいっぱいいるみたいだし、バレない程度に摘み食いさせてもらお〜っと。

 あ、天狗じゃん。いただきまーす。

 

 遠くで飛んでいた鳥に化けて飛んでいる天狗との距離を詰めて、急造した手で叩き落とし、叩き落とした先に生やした口で受け止めて中に引き摺り込んだ。

 口の中で喚いてうるさいし、噛み砕いてしまおう。どうせ怪異化するなら、ボクのご飯になってね。

 

 ……うん。美味しくない。天狗のくせに弱かったか。ざんねん。

 でも仕方がないか。霊域としては弱いし、代行者が弱いんだから、弱い奴しかいないか。

 

 ここじゃ、お腹いっぱいにはならないかな。

 

 後ろから飛びかかってきた山霊蛇(やまかがち)を、造った手から生やした口でそのまま捕まえて食べる。

 弱いせいでこいつも美味しくない。食べれば食べるだけ消耗するし、味も良くない。

 

 食べ応えがありそうなのがいない。

 あーあ。早く陽奈と帰って、陽奈のご飯が食べたいなぁ。

 

 お、人の気配が増え始めた。陽奈の知り合いの祓い屋たちかな。早く終わらせて、陽奈を解放してよね。

 

 じゃないと、ボクが全部終わらせちゃうぞ♪

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