案内人は今日も帰ってくる   作:メめ

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「退魔師さん。あんたも、避難するんだよ」

「あなたはまだ若いんだから、死ぬんじゃないよ」

 

 到着した移送車に村の住民の方々を乗せる時、そう声を掛けられた。

 この村から離れたくない。と、言う人達も多くいたけど、一応納得してくれたのか渋々ながらもみんな乗り込んで隣の町へ運ばれて行った。

 

 私は、移送車が見えなくなるまで避難する人たちを見送った。

 

「お疲れさん。コーヒー要るか?」

「いえ、一息つくのはもう少し先にします」

「息詰まる会議が始まるってのに、後回しにしていいのか?」

 

 移送車を見送っていると、後ろから声をかけられた。

 気怠そうで、やる気がなさそうな声。

 

 対策課の制服である黒スーツに、赤い腕章に書かれている『第四課』の三文字。

 

「会議前に一息ついたら、しばらく気を張れない気がして」

「モチちゃんが、無理に気を張り続けてる必要もないとは思うがね。ほら、あそこのミネちゃんを見てみろよ」

 

 気怠気な四課の職員さん。冴木義人さんが、離れたところで座って板チョコを食べている嶺方寧々さんの方に視線を向ける。

 

 嶺方さんの側には、深く編笠を被り、錫杖を持った人型の式神が六人待機している。一息はついていても、警戒は怠っていない。

 あんな器用に私は息をつけない。

 

「まっ、そう言わずに。肩の力抜けって」

「ひゃっ」

 

 冷たい! 

 冷たい缶コーヒーが首に当たって変な声が出ちゃった。

 

 振り返りながら距離をとって、冴木さんの方を向くと、冴木さんがニヤリと笑ってコーヒーを差し出していた。

 

「奢りだ。昨日の夕方からずっと考え事してんだろ? ちょっと気を抜きすぎるぐらいで文句言う奴はいねぇよ」

「でも……」

「気張りすぎて、神経磨耗させるのは良くない。今は1人じゃねぇんだ。四課のやつが、俺含めて8名いる。三課の佐藤優と、大塚のおっさんから報告も聞いてるから、今回は精鋭揃いだ。神霊が出て来てもちゃんと対処してやるからよ。

 ちったぁ、四課を信用して安心しろ」

「信用してないわけじゃないんですが……」

 

 信用してないわけじゃない。四課の人たちの強さ、実力は、元四課の私が良く知っている。

 ……だけど、これから死ぬかもしれないと思うと怖い。運が悪ければ気を張っていても、死ぬ時は死んでしまう。

 

 そんな死地にこれから行く。そんな作戦を今から立てるのに、一息つけと言うのは私には出来ない。

 

「知ってるよ。俺たちの実力を信用してんのは。

 悪い悪戯をしたな。詫びだ、受け取ってくれ」

「……ごめんなさい。気を使わせちゃって」

「いい、いい。気にすんな。三十路おっさんに構ってくれるJKは希少なんだ。死ぬかもしれねぇおっさんの話に付き合ってくれよ」

 

 冴木さんは、笑っていた。

 第四課の〝生き残り〟は、やっぱり強い人だった。

 

「……でも、もうそろそろ38歳になるんですよね?」

「おう、アラサーからアラフォーにランクダウンだ」

「それはランクダウンなんですか?」

「かぁー。若い子はいいねぇ。もう、おっさんになったら年々体にガタが来ちまう。これをランクダウンと言わずしてなんと言うのか、俺は知りたいね」

 

 冴木さんがそう言って肩を落とした。

 でも、歳をとるって悪いことなのかな……。いや、私がまだ子供だからそう思えるだけなのかもしれない。

 だけど、冴木さんは38歳まで生き残っている。気持ちはわかるけど、それをランクダウンと言うのは、少し違う気がする。

 

「ランクダウンじゃなくて、ランクキープはどうでしょう」

「おっさんのままってか?」

「まだおじいさんじゃないから、まだおじさんってことで」

 

 まだ、おじさん。まだ、おじいさんじゃない。

 

「……モチちゃん。それはアリだ。いいね、ランクキープ」

「おじいさんまで、ランクアップするまで頑張りましょう」

「だな」

 

 立ったまま、私と冴木さんは話をしていた。

 なんでもない雑談だけど、私は少し気が緩んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冴木さんと話をして5分ぐらいした頃。渡された無線から作戦会議を村の集会所でやるとのことで招集されて、今回の怪異対処について会議が開かれた。

 

 第三課と第七課は、今回の怪異を仮称『山の怪』として、局所的甚大な脅威として伝説級〜神話級の怪異として仮置きし、対話可能なら共存協定。敵対的なら討伐。

 

 そして対象が神霊であった場合は、再封印を行うのが今回の対処。

 

「三課と七課の作戦はこうなっている。……そこで、神霊か否かの判別は望月陽奈。君がやるように三課から指名が来ている。出来るか?」

 

 まあ、そうだよね。私に回ってくるよね。

 だって、私以外に任せるなら、他の二課の人間が来るはずなんだから。他の二課の人が来ていない時点でこうなることは予想できていた。

 

「はい。了解しました」

「四課の岸辺隆二、嶺方寧々の2名は、望月陽奈の補助に周り、対象怪異と接触のための露払いを頼む」

「了解」「りょーかい」

「三課の考察によれば、封印が破られるのはやくても夕刻。遅くても夜には破れると予測されている。

 そして、この案件では百鬼夜行の発生も予測される。百鬼夜行で発生する怪異の即時対処。各自、警戒を怠らぬように動くように」

「寿さん。やることはわかったが、救護班は何処に?」

 

 作戦会議の進行役兼、今作戦の指揮官。三課の寿千尋さんに対して、冴木さんが質問を投げかけた。

 

 第五課、救護班の人たちの場所の把握を忘れてはいけない。

 冴木さんの質問に寿さんが答える。

 

「五課の救護班。そして、三課の現場解析班はここ、村民集会所を拠点に置き、支援を行う。他に質問はあるか?」

「以上、特にありません」

「冴木クンの他に、質問がある者はいるか。……よろしい。いないのであれば、作戦会議を終了とする。

 各自配置へ付け。我々は英雄ではない。我々は勇士ではない。

 無茶はするな。無理もするな。些細なことでも異変を感じれば報告せよ。

 

 全員、5体満足で生きて帰るぞ!!」

「「「「「「「「「「「「「「「「了解!」」」」」」」」」」」」」」」」

「では諸君、健闘を祈る!」

 

 作戦会議が終わり、配置場所へ向かう。

 

 まずは、嶺方さんと岸辺さんの二人と合流して。挨拶をして、お互いに装備を確認しあってから山に入ろう。

 嶺方さんと組むのは久しぶりだし、最近式神にしたらしい怪異についても聞いておきたい。

 岸辺さんは1年前に配属された人だし、少し色々心配だからフォローに入れるように見ておかないとね。

 

「怪異接触班の人ー。集まってくださーい」

 

 私の呼びかけに、応じて嶺方さんと岸辺さんの二人が集まってくきた。大方の作戦会議は終わった。

 今度は、こっちの情報交換と、動き方の調整をしておきたい。

 

「お久しぶりです、嶺方さん。岸辺さんは初めましてですね」

「お初にお目にかかります!」

「うん。陽奈ちゃん久しぶり〜」

 

 溌剌系の好青年な岸辺隆二さんと、ダウナー系ゆるふわ女性の嶺方寧々さん。

 

 嶺方さんと一緒に組むのは半年ぶりぐらいかな。

 半年前の任務でかなり重傷を負ったって言ってたけど、大丈夫なのかな。

 

「半年前に、かなり重傷を負ったと聞きましたが大丈夫ですか?」

「もちのろん。って言いたいけど、万全ではないかな」

 

 嶺方さんが、白シャツの第二ボタンまで外して左首筋辺りを私に見せる。

 

 そこにあったのは、首筋から胸あたりまでの大きな傷跡。皮膚が少し盛り上がっているから、かなりの深傷だったことが見てわかる。

 

「おかげで、リハビリには手間取るし。体力は落ちるし、おしゃれの幅が減るしで萎えるよー」

「でも、生きててよかったです」

「命あっての物種だからねー」

 

 傷跡は大きい。多分、肺か心臓も傷が入っていることだろう。

 あまり強い負荷のかかる運動は避けた方が良さそうだ。

 

「岸辺さん。体調はどうですか?」

「万事良好! 一山二山なら、完走は余裕っすね」

 

 あまり現場に出たことがないのか。

 それとも、ただの軽口なのか。……まあいいや。

 

「わかった。じゃあ、身体に不調はないんだね」

「うっす。柔軟に筋トレ、体力作りに徹底した健康管理でいつでも万全っす」

 

 あー、体調管理をガッツリやってる体育会系の人か。

 なら、軽口とかじゃなくて本音なんだろうなぁ。

 

 視線の揺れもないし、嘘を言っているような気配もない。本当に元気だからの発言か。

 

「現場に出てどれぐらいかわかる?」

「勤務三ヶ月経ってからは、集団作戦に3回。単独だと10回は超えてると思います!」

 

 集団で3回、単独で10回程度ならある程度の現場慣れはしてるかな。

 

「ただ、今回は最低でも伝説級とのことなので、そこまで高位の怪異経験はありません!」

「……なるほど」

 

 ……なるほどね。

 一応、四課の対象報告にはだいたい目を通してるし、私の記憶の中にある岸辺さんの評価はタフさ。

 怪異相手にも折れず、立ち向かえる不屈さと。それを可能にする身体の耐久性。

 

 伝説級は、普通の怪異達とは一線を画す危険度ではあるけど。その折れない精神とフィジカルがあれば食いつけるだろう。ってところかな。

 

「了解。……では、今回の配置として。私が先導。岸辺さんが受けの前衛。嶺方さんは、後方支援と索敵をお願いしてもいいですか?」

「了解!」

「はーい」

 

 小屋までは私が先導して、突入も形代を多く持ち歩いている私がする。

 対話のための時間稼ぎは岸辺さん。その岸辺さんのフォローは嶺方さん。

 

 こんな感じの配置でいいかな。

 

「嶺方さん。今手持ちの式神をお聞きしても?」

「今手元にいるのは、七人岬と鏡童子かな」

「鏡童子。ですか」

 

 七人岬がいるのは知っていた。さっきの警戒中に使っていたから。

 だけど、鏡童子かぁ。

 

「……相性悪そうですね」

「ほんとだよ。でも、一瞬気を逸らすぐらいにはなるだろうから安心していいよ」

「いないよりはマシな手札ですね」

 

 鏡童子かぁ。

 本当に、今回は相性が悪そうだ。七人岬もそうだけど、山に関連がないのはありがたい。だけど、関連がなさすぎて扱いにくそう。

 

 でも、

 

「戦力は把握しました。──みんなで、生きて帰りましょう」

「はい!」「はーい」

 

 生きて帰ろう。

 そして、日常に戻って生きよう。

 

 私達は山に向かって歩き始めた。

 

 日は高い。日没まで時間はある。

 早めに現場に行って少しでも地形を二人に共有しておきたい。

 

 山の中は不穏な気配で満ちていて、今の山を計器で計ったら恐ろしい数値が出るに違いない。

 

 木々のざわめきが、通り抜ける風鳴りが、『入ってくるな』、『立ち去れ』と警告の発しているように聞こえた。

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