案内人は今日も帰ってくる 作:メめ
山に入って約5分。山が人を拒絶し始めた。
それは、もちろん。
「タチ、去れ!」
「帰レ! カえれ!」
「来ルな、人間。帰れ」
「多くないすか」
「口の前に手を動かしてね」
私たちに対してだ。
怪異化し始めた山木霊達が、半ば暴走気味に私たちへ威嚇する。
頭に被る頭骨を揺らしてカタカタと音を鳴らし、その音があたりに響き渡る。
山木霊の威嚇音は、他の怪異を呼び寄せる特性を持つ。山木霊を止めない限りこの音は止まず、予定にない怪異との戦闘が発生する恐れがある。
怪異が寄ってくる前に、嶺方さん、岸辺さんと共に山木霊を簡易封印。あるいは討伐を行う。
しかし、山木霊は際限がないように湧いて出てくる。
そもそも、山は山神とその配下である山木霊や、山神に降った怪異たちの棲家。
山が大きければ大きいほど。山神が強大であれば強大であるほど、多くの怪異を従えている。
ましろの言っていたここの山神は、かなり強大な存在だったと見て良い。
いくら封印したり、討伐してもキリがない。
何処からともなく現れて、カタカタと威嚇音を鳴らし続ける。
「札を切ります! 嶺方さんは式を式符に戻して、岸辺さんは、私のところまで下がってください!」
「「了解」」
辺りに身分けの符札を。術者と同じ気配を放つ符札を遠くに進行方向の逆側に投げ、身隠しの陰符札で私と嶺方さんたちの気配を隠す。その時に、嶺方さんの七人岬は式符に戻して霊力を隠させる。
「ドコ、だ」
「アそこ。行ッだ」
「アッこ、ここ! ダ!」
「サっタ。違う、移動」
「オエ。追ェエ!」
私たちのいない場所へ。ただ気配を追って別の場所へ移動する山木霊たち。
山木霊は、数は多くても一体一体の知能は高くない。
どれだけ不審で、明らかにおかしくても、山木霊は比較的簡単に騙せる。
居なくなったのを確認してから、二人の身体状態を確認する。
「戦闘での身体不調はありますか?」
「問題ないよ」
「身体機能に異常はなしっす」
……念のため、癒しの御札を使っておこう。
体力とある程度の傷なら治るし、保護も付け直そう。
癒しの御札を使って二人の体調の回復の促進と、護りの御札を使って肉体の保護を行う。
「一応念のため、回復と保護の貼り直しをしておきました。ただ、3人分となると数が足りません」
何度も何度も戦闘できるほどの装備じゃない。
欲を言えば、こちらに冴木さんみたいに殲滅力のある人が欲しかったけど、あまり采配に文句は言えない。
それに、冴木さんは現戦力で考えるなら最高戦力。私の元に回せるだけの余裕はない。
「了解。じゃあ、身隠しが焼き切れる前に移動しなきゃね」
「はい。ただ、今は相手の領域なので注意して進みましょう」
「今回の相手は山の主っすからね。気をつけていきましょう」
緩やかでも登りだから足場も悪いし、体力もいる。
しかも慎重にいかないと、また山木霊に気が付かれる。
あれだけの山木霊が集まってくるのは想定外だった。
身隠しは、目的の小屋に着くまでの間ずっと効果を持続させていたほうがいいだろう。
辺りを見回しながら、たまに寄り道もしながら目的地へ歩いていく。
身隠しは、焼き切れたその都度貼り直して効果を持続させ続ける。
地形を見て回りながら小屋を目指し。小屋に到着した。
ただ、その頃には、身隠しの陰符札の手持ちはなくなっていた。後戻りは、できなくなった。
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目標だった小屋は、外から見てもわかるほどおかしなことになっている。
小屋の外は白く染まって、近くに行けば行くほど周辺の空気は冷えている。
「おっとぉ? これは、まずいことになってない?」
「みたいですね」
小屋の外壁に向かって、自分の血の付いたヒトガタを投げつけて様子を見る。
ヒトガタが白くなった外壁に当たっても、ヒトガタに変化はなさそうだ。
肌感的に、かなり濃い霊力を感じる。
とても冷えていて、寒空の下で、肌が冷えて縮んだような痛みを感じる。
きっと、検温機を使えば、小屋の周囲だけ氷点下に達しているかもしれない。
霊力と護りの御札で、身体を保護しながら外壁に触れる。
とても冷たい。そして、触れた指に少しつくけど溶けて水滴に変わる。
「これは、ただの霜でしょうか」
ただの霜。
霊力も霊気も感じない。ただの霜だ。
だからこそ、おかしい。
小屋一つを覆い尽くすほどの低温が発生している。
これだけの冷気を放ちながら、周囲の木々は枯れていない。
気温も、山の環境も、そのまま。
なのに小屋だけが凍りついている。
そして、今は冬が終わった春始め。
全体的に気温が低くなることはあっても、局所的な冷え込みなんてことにはならない。
「……強い自然に対する干渉力。日はまだ高いし、夕暮れまでも少し時間がある。
それから考えられるのは──」
「〝神霊〟っすか」
私の憶測に被せるように、岸辺さんがそう言った。
神霊。
ましろの話が本当なら、既にここの山神である管理者は死んで、今は黄泉に居る。
神霊は、一度死ねば暫くの間は帰ってこない。
その〝暫く〟は、いつまでなのかは決まっていないから、いつ帰ってくるのかはわからない。
だけど、ここの山神が死んだのは第二次世界大戦中の話。
運が良ければあと数年。遅くても、あと50年は帰ってこない。
「うーん。規模で考えるなら神霊ではない。
だけど、……いや。専門家がいるんだし、教えてよ。陽奈ちゃん」
嶺方さんが私に視線を投げる。
それに追従するように岸辺さんの視線も私に移ってくる。
正直な話をすると、私の専門ではない。
あくまでも、種類の考察や判断は三課の仕事。二課の専門ではない。
だけど、この現場から考察できることはある。
「……あくまでも、現場情報からの考察ですけど──」
まず、正体につながるであろう根拠として、自然への干渉能力。
一部の怪異は、特性として気温を一時的に下げることはできても、条件として自分が存在している閉じた領域の中のみ。山の一部に霜が降る程の気温低下はできない。
「──つまり、普通の怪異じゃ説明がつかないんです」
そして、閉じたら危険。ということは、領域を塗り替える特性があることが考えられるため、自力で領域を持ち、管理できるほどの存在であるということ。
最後に円陣の挙動との噛み合い。
普通なら、術式の効果で怪異を呼び込んで、封印内で擬似的な蠱毒の壷を行ったとしても、弱って弱体化してしまう。
神霊に近い存在は繊細だ。怪異を倒し続ければ穢れが溜まってそのまま死滅してしまう。それも、そもそも山神がいないのだ。神霊由来なのであれば、形も保てない。
しかし、小屋の中にある円陣は機能し続けている。
となると、穢れを受け止めた上で溜め込むことができる存在。
「自然への干渉力。怪異の穢れに対する耐性。円陣の挙動から、考えられるのは神霊ではなく。
アガリビトじゃないでしょうか」
吐き出す息が白く、ただ風もない山の無音。
私の視線の先にある白く冷たい霊気は放ちながら、禍々しさを増していく三重構造の円陣。
嶺方さんは顎に手を当てながら考え始め、岸辺さんはイマイチピンと来ていないようで首を傾げている。
「陽奈ちゃん。神霊じゃない根拠は?」
「円陣の術式については聞いていますよね」
「うん。聞いてるよ。でも、神霊。山の神は、比較的穢れに強いし。最悪を考えるなら、候補としてあげてもいいんじゃない?」
確かに、神霊の中でも、山神と海神は比較的に穢れには強い。
だけど、封印されなければいけないほど弱っている状態となると話は別。穢れに耐えるほどの余裕はないはず。
それに、ましろからの情報もある。
「案内人からの情報もありますので。報告はしているはずですが……」
「案内人、ね。確かに、あの怪異なら色々知っていそうだけど、鵜呑みにしていいの?」
嶺方さんの疑問はもっともだ。
だけど、これは勘的なものもある。
「案内人は、私に対して嘘を言ったことがありませんから」
少なくとも私の知る限り、ましろは嘘をついたことがない。そして、約束を破ることもなかった。
なにより、ましろが嘘をつく必要がない。嘘をつくなら、私を返すために。私を欺くための嘘をつくはずだ。
だって、ましろは私を安全な場所へ帰したいと思っているから。
「……陽奈ちゃんがそう言うなら聞いておいてあげるよ。
でも、相手が怪異なのを忘れちゃダメだよ」
「はい」
ましろが怪異であることを忘れたことはない。
「あの、なんか、空気悪くありません? というか、アガリビトってなんすか?」
「岸くん。だいぶ前に教えなかったっけ? まあいいや。アガリビトって言うのは、人間が怪異化した存在だよ」
「ってことは、亡霊とか、幽霊ってことっすか? でも、亡霊とか幽霊で高位っておかしいと思うんっすけど」
岸辺さんが首を傾げながら唸る。
嶺方さんの説明が悪いけど、認識としてはおかしくない。
「陽奈ちゃん。代わりに説明頼める?」
「はい。
岸辺さん。アガリビトというのは、幽霊ではなく。厳密には呪霊と悪霊の複合型に分類されるんですよ」
アガリビト。
人間が、自然に帰化した存在。
アガリビトは、神霊由来の存在の中でも極めて高い穢れへの耐性。許容量を持っている。
元が人間である以上、人間と同等な程には穢れに強い。
円陣の封印領域内で怪異と殺し合いをしても、自分のうちにある穢れを全て祓い落としているアガリビトなら、普通の人間ほどの許容量だとしても、数十年は穢れを溜め込むことができるだろう。
「アガリビトって、すごいんすね。
見分け方ってあるんですか?」
「もちろん、ありますよ」
見分け方は勿論ある。
あるからこそ、きっちりと区分が分けられている。
……時間はまだあるし、説明しながら小屋の周りに呪符と御札で二重の陣を組んで、対話の場を予め作っておこう。
嶺方さんには、陣形成の
岸辺さんは、アガリビトについての解説もあるから、今は私の警護としてついてきてもらおう。
「今から結界を張る準備をするので、岸辺さんは私についてきながら解説を聞いてください」
「うっす。よろしくお願いします」
「はい。では、解説をはじめますね──」
小屋を中心に、三角形を書くように歩いて角にあたる場所に霊力を込めた呪符と御札を置きに向かう。
その間、岸辺さんにアガリビトについて追加の解説をする。
アガリビトは神霊によって導かれ、人間が長い年月をかけて自然と一体化し、完全に調和した存在。
その自然神霊の管理する区域に縛られる代わりに、神霊を代行する者となり、神霊の代わりに動き回ることができる。
そのため、神霊ではなくても、神霊のような自然への干渉能力を持っている。
しかし、その自然への干渉能力も神霊には遠く及ばない。
この山の山神。神霊が自然干渉を行えば、山は吹雪となる。山特有の突風と落石、地滑りによって対策課の面々は一掃される。
「なるほど。アガリビトは神霊に近い、すごい怪異ってことっすね」
「まあ、はい。大体は合っています。
今回はそれくらいの認識で問題ありません」
細かいところは色々違うけど、解説するのは今じゃない。
今回は討伐に来たわけじゃないし、必要以上に情報を与えれば混乱させてしまう。
小屋の周りを一周回って、嶺方さんの立っている位置まで歩いてくる。
「おかえり。はい、呪符と御札」
「ご苦労様です。持たせてしまって」
「いいのいいの。今の私の手持ちじゃ、索敵と警戒しかできないからさ。気にしないで」
呪符と御札を嶺方さんから受け取って、2枚に私の霊力を通して、地面に置く。
これで、呪詛や穢れを浮かせる効果を持つ呪暴の呪符と、空間に浮いた呪詛や穢れを清める禊ぎの御札で結界内を浄化する。
これなら完全に怪異化していない限り、対話が出来るレベルにまで穢れは除去できるだろう。
「何してるんすか?」
「穢れで暴走するなら、穢れを祓うことで対話が出来る可能性を使っているだけですよ」
「でも、俺らの仕事って、あくまでも判別っすよね。神霊なのか、怪異なのか」
そう。
今回の私たちの任務は、神霊か否かの判別。そして、その情報を持ち帰ることが、私たちの今回の仕事。
「なら、アガリビトだって確定してるなら。このまま帰っても良いんじゃ」
岸辺さんは不思議そうにそう言う。
まあ、実際はそうだ。
状況と情報的に、アガリビトである可能性は極めて高い。
しかし、実際そうもいかない。
「自然に連なる怪異だと、生態上確かめておかないといけないことがあってねぇ。
岸辺くんさぁ。なんで、今回の対象の仮称が『山の怪』なのか考えたりした?」
「いえ、全然考えてなかったっす。なんか、意味があったんすか?」
……大丈夫なのかな。この人。
私は頭を抱えたくなった。