二郎インスパイア店のまぜそば好きです。

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ゆけゆけ! 我らが放課後二郎部!

 トリニティ総合学園の放課後は、常に優雅な紅茶の香りと、お嬢様たちの朗らかな笑い声に包まれている。

 

 しかし、そんな美しき学び舎の片隅に全生徒から畏怖され、関わりあいたくない異端の集団が存在した。

 

 

 その名は『放課後二郎部』。

 

 

 お洒落なカフェでマカロンやパフェを嗜む一般的な女子生徒たちとは一線を画し、ひたすらに「ラーメン二郎」を貪り食うこと、そしてその極限の味を求めて各地の店舗を食べ歩くことだけを目的として設立されたトリニティ最底辺の狂気的な集団である。

 

 夕暮れ時の部室には、本来あるべきティーセットの代わりに、巨大な寸胴鍋のミニチュアや、黄色い看板を模した手作りのポスターが堂々と掲げられていた。

 

 その不気味な空間の真ん中で、杏山カズサは机に深く突っ伏し、長いため息を吐き出していた。

 

「(……なんで。なんで私は、こんなところにいるんだろう……)」

 

 カズサの頭の中を占めるのは、ただそれだけの激しい後悔だった。

 

 かつてトリニティの裏路地を支配し、『キャスパリーグ』の名で恐れられた伝説のスケバンだった彼女が、なぜこれほどまでに打ちひしがれているのか。

 

 原因は、今まさにカズサの目の前で、満面の笑みを浮かべながら熱心に「二郎巡回ルート」の地図を眺めている少女、栗村アイリだった。

 

 

 すべては、あの初夏の日から始まった。

 

 

 喧嘩に明け暮れ、心も体も荒みきっていたカズサは偶然立ち寄った場所でアイリを見かけた。

 

 その時のアイリは、何かとても美味しいものを食べているかのように、心から幸せそうに笑っていた。

 その…あまりにも可愛くて、やわらかくて、暖かみのある笑顔にカズサは一瞬で心を奪われてしまった。

 

「あんな素敵な女の子になりたい。彼女の側にいれば、私も変われるかもしれない」と、そんな淡い憧れを抱いたカズサは、アイリが新しく部活を立ち上げると聞いた瞬間、活動内容すら確認せずに勢いだけで入部届を提出した。

 

 

 それが、『人生最大の間違い』だった。

 

 

 アイリが「もっとたくさんの人に二郎を好きになってもらいたいから!」という純粋かつ狂気に満ちた理由で設立したその部は、お洒落なスイーツとは対極に位置する脂とニンニクの魔境だった。

 

 カズサの胃袋は、極めて人並みである。

 いや、女の子としては普通、あるいは少し小食な部類に入るかもしれない。

 

 そんな彼女にとって、山のように盛られたモヤシとキャベツ、厚さ数センチの豚の塊、そして牙を剥くような極太のわしわし麺は、ただの暴力でしかなかった。

 毎日がフードファイト。胃壁が悲鳴を上げ、肌からはニンニクの臭いが染み出しそうになる恐怖の放課後。

 

「(辞めたい。今すぐ退部届を叩きつけて、普通の女子高生に戻りたい……!)」

 

 心の中で何度そう叫んだか分からない。

 しかし、カズサにはそれができなかった。

 

 もし自分が辞めてしまったら、あの天使のような、いや、天使の皮を被ったアイリがどれほど悲しむか。

 彼女の涙を想像すると、どうしても胸が痛んで、ずるずると活動を続けてしまう。

 

「ねえ、カズサちゃん。聞いてる?」

 

 不意に、優しくおっとりとした声がカズサの鼓膜を揺らした。

 

 顔を上げると、アイリがキラキラとした大きな瞳でカズサを見つめていた。

 

「今日ね、トリニティの商業区に、新しく『ラーメン二郎 トリニティ店』がオープンしたんだよ! これはもう、部員として行くしかないよね!!」

 

「……ああ、うん。そうだね。新しいお店、できたんだ……」

 

 カズサの声は完全に死んでいた。

 

 新店舗のオープンなど、彼女にとっては死刑宣告の執行日が決まったようなものである。

 

「もう、カズサちゃんったら元気が無いなぁ。もしかして、最近の暑さで夏バテ気味? でも大丈夫だよ! 二郎はビタミンもミネラルも豊富だから、実質的に最高の健康食品だし、あの濃厚なスープは効率的な水分補給になるからね!」

 

 アイリはいつもの柔らかな笑みを絶やすことなく、とんでもない暴論を口にした。

 

「それにね、熱いスープでカロリーは全部揮発してるし、お野菜もたっぷりだからカロリーのない水と同じだよ! だから、どれだけ食べてもカロリーゼロなんだよ!」

 

「馬鹿か、お前は!」

 

 カズサは我慢できずに、机を叩いて鋭いツッコミを炸裂させた。

 

 あまりのイカれた暴論を、さも世界の常識かのように語るアイリの頭の構造が、カズサにはどうしても理解できなかった。

 

「どこをどう解釈したらあのドロドロの豚骨醤油スープが水分補給になるんだよ! 塩分と脂質の塊だろ! カロリーゼロなわけないじゃん、成人病まっしぐらだわ!!」

 

「えへへ、カズサちゃんは心配性だなぁ」

 

 アイリは全く堪えた様子もなく、ふんわりとした空気を漂わせている。

 

 ブチ切れツッコミでもまるで暖簾に腕押しとなるような感覚こそが、カズサを最も疲弊させる要因だった。

 

「ふむ……。アイリの言う通り、二郎とは宇宙であり、生命の循環そのものだ。そこにカロリーという矮小な概念を持ち込むこと自体、ナンセンスだと言わざるを得ないね」

 

 部室の隅で、幼いながらも端正な顔立ちの少女――柚鳥ナツが、腕を組んで深く頷いた。

 彼女の目は、何かもっと遠くの、哲学的な真理を見つめているかのようだった。

 

「私はね、この二郎という高次元の芸術の研究に、我が生涯のすべてを捧げると心に誓っているんだ。トリニティの退屈な授業よりも、あの黄色い看板の向こうにある真実の方が、よっぽど価値がある」

 

 ナツは真剣そのものの表情で、自らの野望を語り始めた。

 

「私の将来の夢は、このキヴォトスに新たな風を吹き込むこと。そう、二郎インスパイアの至高のラーメン店、『ラーメンナツジロウ』を開くことさ。カズサ、その時は君を永久無料のトッピング名誉顧問に任命しよう」

 

「(……こいつ、『本物』だ。ファッションじゃない……本物の…狂人だ……!!)」

 

 カズサはナツからそっと目を逸らし、心の中で激しくドン引きしていた。

 

 ナツの語る「ロマン」や「哲学」のベクトルが、完全に二郎の油でギトギトにコーティングされていることに恐怖すら覚える。

 

「ちょっと! 無駄話してる暇があったら、さっさと準備しなさいよ! 開店初日なんだから、早く並ばないとロットが乱れるでしょ!」

 

 背後から、キャンキャンと吠えるような高い声が響いた。

 

 金髪のツインテールを激しく揺らしながら、小柄な少女――伊原木ヨシミが、苛立った様子で地団駄を踏んでいた。

 ヨシミは、単純に二郎の味が大好きだからという理由だけで入部した、この部活におけるもう一人の主戦力だった。

 

 しかし、彼女もまた、ナツとは全く『ベクトルの違う狂人』だった。

 

 その狂気の全貌がどれほど恐ろしいものであるかは、カズサも後々、嫌というほど思い知らされることになる。

 

「ほら、行くわよカズサ! 遅れたら承知しないんだからね!!」

 

「分かった、分かったから引っ張るなって……」

 

 ヨシミに制服の袖を引かれ、カズサは重い足取りで部室を後にした。

 

 

 

 

 

 ――数十分後。

 

 トリニティの洗練された商業区の一角に、不自然なほど異質な黄色い看板が鎮座していた。

 

 

 『ラーメン二郎 トリニティ店』。

 

 

 開店初日ということもあり、店の前にはいくつかの行列ができていたが、その大半は物珍しそうに眺める一般の生徒たちだった。

 

 しかし、放課後二郎部の4人が一歩その敷地に足を踏み入れた瞬間、周囲の空気が張り詰めた。

 

「ここが、新たな聖地か……。良いね、店内に漂う豚骨の不飽和脂肪酸の香りが、私の細胞を刺激するよ」

 

 ナツが鋭い視線で店構えを品評する。

 

「さあ、券売機だよ! カズサちゃん、何にする?」

 

 アイリに促され、カズサは恐る恐る券売機の前に立った。

 

 彼女の目的はただ一つ。最も量が少なく、生存確率が最も高い『小ラーメン』のボタンを押すことだった。

 

「(よし、小ラーメン……これなら、なんとか押し切れる……!)」

 

 カズサが指を伸ばし、プラスチックのボタンに触れようとした、その瞬間だった。

 

 

 ガシッ、と。

 

 

 細く、柔らかいはずのアイリの手が、カズサの手首を完璧な精度で掴んだ。

 

「……っ!?」

 

 驚いて隣を見ると、アイリが少し潤んだ瞳で、じっとカズサを見上げていた。

 完璧な上目遣い。守ってあげたくなるような、可憐な少女の表情。

 

「カズサちゃん……お揃いに、しよう?」

 

「え、あ、いや……」

 

「お揃いが、いいな……?」

 

 アイリは微笑んでいた。

 

 しかし、カズサの手首を掴むその手には、およそお嬢様学校の生徒とは思えないほどの、恐ろしい怪力が込められていた。

 

 ミシミシ、と骨が軋むような感覚。

 

 アイリはそのまま、カズサの自由を奪った腕を誘導し、券売機の最も凶悪なエリアへと押し付けた。

 

 

 ガコン、と重い音が響く。

 

 

 発券されたのは、青いプラスチックの札――『大ラーメン』。

 

「(コ、コイツ……マジか!? 力づくで大ラーメンを押させやがった……!!)」

 

 カズサの顔からサァッと血の気が引いていく。

 

 普通の女子高生なら2食分、いや3食分に相当する麺量が確定した瞬間だった。

 

「えへへ、よかった。これでみんな一緒だね!」

 

 アイリは何事もなかったかのように微笑み、自分の『大ラーメン』の札を嬉しそうに掲げた。

 ナツとヨシミも当然のように大ラーメンの札を手にし、4人は店員の案内でカウンター席へと着席した。

 

 

 店内は独特の緊張感に包まれていた。

 

 厨房の奥では、大柄な店員が巨大な平ザルで麺を湯切りしている。

 

 そして、ついにその時が訪れた。

 

「大ラーメンの方、ニンニク入れますか?」

 

 店員の無機質な問いかけに対し、まずアイリが迷いなく口を開いた。

 

「全マシマシで!」

 

「私も全マシマシ」と、ヨシミが続く。

 

「世界の境界を超えるために、全マシマシを要求するよ」と、ナツが哲学的に答えた。

 

 

 そして、店員の視線がカズサへと向けられる。

 

 カズサが恐怖に震えながら「あ、あの、ニンニクなしで、あとのトッピングは、いらなーーー」と言いかけたその瞬間。

 

「この子も全マシマシでお願いします!」

 

 アイリが横から爽やかに、しかし遮る余地のない圧倒的な声量で割り込んだ。

 

「ちょっと、アイリ……!?」

 

「はい、全マシマシ4丁!」

 

 店員の威勢の良い声と共に、カズサの生存ルートは完全に閉ざされた。

 

 

 目の前に運ばれてきたのは、もはや料理とは呼べない、何かの前衛的な建築物だった。

 

 極厚のチャーシューがそびえ立つ壁のようになり、その頂点からは大量の背脂と刻みニンニクが、マグマのようにドロドロと流れ落ちている。

 丼の底からは、濃厚な醤油と豚骨の香りが、文字通り暴力を伴ってカズサの嗅覚を殴りつけてきた。

 

「(絶望だ……。目の前に、純然たる絶望が鎮座している……)」

 

 カズサの手が、箸を持ったままガタガタと震える。

 

「よし、いただきまーす!」

 

 アイリの合図と共に、狂宴が始まった。

 

 驚くべきことに、アイリとナツは、その巨大な山の頂に躊躇なく箸を突き立て、猛烈な勢いで食べ進めていく。

 

 そして何より異常だったのは、カズサの隣に座る伊原木ヨシミだった。

 

「美味ぇっ! 美味ぇなぁおい!!」

 

 ヨシミは、普段の小動物のような可愛らしさを完全にかなぐり捨てていた。

 髪を振り乱し、獰猛な獣が獲物を引き裂くかのような勢いで、極太の麺をゾボボボボッ!! と凄まじい音を立てて口の中に吸い込んでいく。

 

「豚が最高にジューシーじゃねえか!! スープの乳化具合も完璧だわ!! ガツガツいけるぜクソッタレが!!」

 

 口の周りを脂でギトギトに光らせながら、凄まじい形相で丼を睨みつけるその姿は、まさに飢えた野犬。

 

 『トリニティの狂犬』……その異名は伊達ではなかった。

 

 厨房の店員はヨシミのあまりの気迫に完全に硬直しており、周囲の一般客たちは「……ヒッ」と短い悲鳴を上げてドン引きし、席を離れようとしていた。

 

「(……これが、トリニティの狂犬。食べる姿が完全に世紀末のそれじゃん……)」

 

 カズサは隣の恐怖映像から目を背け、自分の丼に視線を戻した。

 

 意を決して麺を引っ張り出し、口に運ぶ。

 

 確かに味は美味しい。ガツンとくる旨味と、小麦の風味。

 

 しかし、あまりにも重い。

 数口食べただけで、胃の中にコンクリートを流し込まれたかのような強烈な満腹感がカズサを襲った。

 

 徐々に、カズサの箸が止まる。

 

 山はまだ、半分も崩れていない。

 その瞬間、カズサの隣から、刺すような殺気が飛んできた。

 

「……あぁ?」

 

 ヨシミの動きが止まった。

 彼女の目は完全に血走り、額には青筋が浮かんでいる。

 

「おい、カズサ。何の手を止めてんだよ、あぁん!?」

 

 ヨシミの声は、地獄の底から響くようなドスの効いたものに変わっていた。

 

「新店オープンっていう神聖な場所で、何日和ってんだ!! 箸が止まってんじゃねえかよ!! このクソボケにゃんにゃんがよぉ!! 二郎神様に失礼だろうが!! 死ぬ気で啜れよ、オイ…! なんとか言えよ、この根性なしがぁ!!」

 

 口汚く罵りながら、激しくブチ切れるヨシミ。

 普段のツンデレな態度は微塵もなく、そこにあるのは純粋な暴力衝動だけだった。

 

「ひっ……!」

 

 カズサが恐怖に身を縮めると、今度は反対側から、信じられないほど穏やかな声が飛んできた。

 

「めっ、だよ、ヨシミちゃん。カズサちゃんが怖がってるじゃない」

 

 アイリだった。

 

 アイリは、カズサが憧れたあの天使の笑顔を浮かべながら、ゆっくりとカズサの顔を覗き込んできた。

 

 

「でもね、カズサちゃん。ヨシミちゃんの言うことも、一理あるんだよ?」

 

 

 アイリの目が、笑っていなかった。

 

 その瞳の奥には、ドス黒い無限の深淵が広がっているかのように見えた。

 

「カズサちゃん、二郎でのお残しはね……ギルティ中のギルティなの。お店の人への冒涜だし、命をくれた豚さんへの裏切りだよ。そんなことをする人はね……この世界に、存在の価値なんてないの」

 

「ア、アイリ……?」

 

「もし、もしも残しちゃったらさ……カズサちゃん、明日から空気吸えないね♪」

 

 悪魔そのものの言葉が、いつもの爽やかなトーンで吐き出された。

 

 アイリの背後に、巨大な死神の幻影が見えた気がして、カズサは完全に凍りついた。

 

「(……この女、狂ってる。ナツやヨシミみたいに分かりやすい狂い方じゃない。心の底から、本物の悪魔だ……!!)」

 

 目の前の少女に対する、純然たる恐怖。

 

 明日から空気が吸えない――それが比喩でも何でもなく、物理的な手段を伴って実行されるであろう確信が、カズサの生存本能を激しく刺激した。

 

 残したら、死ぬ。

 この女に…消される。

 

 

 カズサの脳内で、何かがブツリと切れる音がした。

 

 

 恐怖の限界を超え、感情が完全に投げやりになる。

 

「――分かったよ!! 食べればいいんでしょ! 食べればっ!!」

 

 半ばヤケクソ気味に叫んだカズサは、再び箸を握り締めると、目の前の肉の塊を引きちぎり、無理矢理口の中へと詰め込んだ。

 

「オラァッ!!」

 

 極太の麺を、味わうこともなく喉の奥へと押し込む。

 胃袋が破裂しそうなほどの悲鳴を上げているが、アイリのあの笑顔を思い浮かべるだけで、咀嚼する顎の動きを止めることはできなかった。

 

 「そうそう! その意気だよ、カズサちゃん! やっぱりカズサちゃんは、私の最高の親友だぁ!」

 

 アイリは満足そうにパチパチと手を叩き、自らの丼に残ったスープをぐいっと飲み干した。

 ナツもまた、「ふむ、カズサの魂が二郎と共鳴を始めたようだね。素晴らしい」と呟きながら完食していた。

 

 死闘だった。

 

 カズサは涙目で麺を口に放り込み続け、最後の一本のモヤシを胃袋に収めた瞬間、丼をカウンターに激しく置いた。

 

「……ごちそう、さま……」

 

 その場に崩れ落ちそうになるのを、なんとか持ち前の身体能力で踏みとどまる。

 

 完食はできた。生き残ることはできた。

 しかし、カズサのHPは完全にゼロだった。

 

 

 

 ――店を出た後。

 

 トリニティの美しい街並みを照らす街灯の下で、カズサは一歩も動けなくなっていた。

 

 お腹が不自然なほどに膨らみ、胃が重すぎて足が地面に張り付いたかのように動かない。

 呼吸をするだけでも、ニンニクと豚の脂の香りが口から漏れ出し、強烈な吐き気が襲ってくる。

 

「うぅ……、動け、ない……。マジで、無理……」

 

 街路樹に寄りかかり、今にも地面に頽れそうなカズサを見て、アイリがトコトコと歩み寄ってきた。

 

「もう、カズサちゃんったら。お腹いっぱいで動けなくなっちゃうなんて、可愛いなぁ」

 

 アイリはカズサの前に背中を向け、少し屈んだ。

 

「ほら、おんぶしてあげるから。乗って?」

 

「え……? でも、私、重いし……」

 

「大丈夫だよ! こう見えて私、力持ちだもん!」

 

 アイリは振り返り、本当に嬉しそうに、あのやわらかくて暖かみのある笑顔を浮かべた。

 その笑顔を見た瞬間、カズサの胸の中に、ほんの少しだけ、温かいものが戻ってきたような気がした。

 

 確かにこの部は狂っているし、アイリの言うことは暴論ばかりで、ヨシミは化け物みたいになる。

 それでも…こうして自分を気遣ってくれるアイリの優しさだけは、嘘ではないのだと。

 

「……じゃあ、失礼するね」

 

 カズサは観念して、アイリの背中にそっと体重を預けた。

 

「よいしょっと。うん、カズサちゃん、全然軽いや。もっとたくさん二郎を食べないとダメだね!」

 

「……これ以上食べたら、本当に死ぬから……」

 

「えへへ、明日はどこのお店に行こっか?」

 

「(……頼むから、明日は休ませてくれ……)」

 

 アイリの背中に揺られながら、カズサは心の中で静かに祈った。

 

 ニンニクの臭いが漂う夕暮れのトリニティを、放課後二郎部の4人(※カズサを除く)は、それぞれの狂気を胸に抱きながら、ゆっくりと歩んでいくのだった。


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