銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー   作:りぶ大根

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第10話 林道の戦い

二人の間に流れる、重苦しい沈黙。

それを破るように、マクシミリアンが馬を進めた。

 

「ほう……近くで見ると噂通り、本当に美しい」

彼は軽く馬の手綱を引いた。

「高名な画家に描かせた肖像画が、飛ぶように売れたと聞きました。なるほど、納得だ。ふむ、私もぜひその画家に描いていただきたいものですなぁ」

 

男は芝居がかった仕草で首を振る。

「といっても、私には(つて)がない。……もしや、貴女の紹介状があれば描いてもらえるかな?」

 

「ええ。欲しいのでしたら」

セレスは、その挑発に微塵も動じない。

 

「それはありがたい」

マクシミリアンは嘲笑を深めた。

 

「そうだ。絵の題名は『疾風のマクシミリアン』というのはどうだろうか? 私なら帝都の貴婦人方に売れそうだろう。……ああ、そういえば今は王都も帝国のものだったな。王都でも売れるだろうか?」

 

「よく喋る殿方ですわね」

セレスは、冷ややかな微笑を浮かべて言い放った。

 

「もしかして、剣の腕より弁舌で出世された口ですか? ……そうね、貴方の肖像画には、もっと相応しい題名があります。『饒舌の貴公子』――。中々でしょう?」

 

瞬間、マクシミリアンの頬が引き()った。

「な! 何を小癪な! 私の剣の腕を知らぬとは、さすが世間知らずのお嬢様だ」

 

彼は腰の剣を抜いた。陽光を受けて妖しい輝きを放つレイピア。

 

「私を舐めたことを後悔させてやる。帝国にこの人ありといわれた剣技、その目に刻むがいい!」

 

「銀光のセレスティーヌ、参ります!」

 

その名乗りに、マクシミリアンは鼻で笑った。

「ふっ。それがお前の肖像画の題名か?」

 

直後――。

 

空気を断つ一閃。

 

セレスの踏み込みはあまりに鋭く、誰の目にも捉えられなかった。

 

「な……っ!?」

 

結果は、あまりに一方的だった。

マクシミリアンのレイピアが宙を舞い、林道の石畳に甲高い音を立てて転がった。

 

唖然とするマクシミリアン。

屈辱に顔面を赤く染め、彼は背後の配下に向かって叫んだ。

「親衛隊! その生意気な女を、叩き潰せ!」

 

華麗な装備に身を包んだ親衛隊が、五人ほど躍り出る。

 

セレスが短く鋭い合図を送った。

即座にエミールと二人の騎士が駆け寄る。エミールは、左右の手に持った剣を静かに抜き放った。

 

セレスが襲いかかる二人を剣で迎え撃ち、エミールたちと目配せを交わす。

二人の連携は、研ぎ澄まされた刃のように正確だった。

 

セレスが崩し、エミールが断つ。

息の合ったコンビネーションの前に、親衛隊は成す術もなく次々と倒れ伏した。

 

「……確かに。一人でやるより、多人数の方が楽ね」

返り血を拭いながら、セレスはかつてない実感を込めて呟いた。

 

マクシミリアンを含む精鋭が瞬く間に無力化され、帝国軍の先頭集団は完全にひるんだ。兵たちが互いに顔を見合わせ、足が止まる。

 

このまま攻め続ければ勝てるかもしれない。だが、そのための犠牲になるのは御免だ――そんな空気が伝わってくる。

 

「お前たち、何をしている! あの小娘を早く殺せ!」

 

「うわぁぁっ!」

「ぎゃぁぁぁ!」

 

その時、後方から怒号が上がった。

 

「今度は何事だ!?」

 

「林に伏兵が潜んでいたようです! 左右から敵の別動隊が強襲してきました!」

 

「だからなんだ! 敵は兵を分けたのだぞ。なぜ押し返せん! 即座に各個撃破しろ!」

 

「隊列が間延びしている上、歩兵による予測不能な位置からの強襲で、騎兵が苦戦しております!」

 

敵がどこに潜んでいるか分からない恐怖。

それを聞いた先頭集団の帝国軍兵士たちの警戒は、左右の深い林へと向けられた。

 

その様子を見逃さず、セレスは小さく唇を動かした。

「いまね」

 

彼女は大きく息を吸い込むと、高らかに号令を発した。

「敵の動きが乱れています。全軍、前進!」

 

「押せぇぇッ!」

「聖騎士団、進め!」

 

兵士たちの上げた勇壮な(とき)の声が、林を激しく揺らした。

 

「わ、私は後方にて指揮を執る。お前たちはここを死守せよ!」

マクシミリアンは無様に踵を返し、生き残った親衛隊二人と共に、セレスとは逆方向へ逃げ出した。

 

「くそ、忌々しい……っ!」

 

部下の報告通り、後方の部隊は左右からの挟撃を受けていた。事態は想像以上に深刻だった。

突然、林の中から王国軍の兵士が数名、マクシミリアンたちに襲い掛かる。

親衛隊の二人は不意打ちに反応できず斬り伏せられ、マクシミリアンも必死に応戦するが、衝撃で馬から転げ落ちる。

 

襲撃者をどうにか斬り伏せたものの、優雅だった装飾は泥にまみれ、見る影もない。

息を切らしながら再び騎乗したマクシミリアンの脳裏に、ついに「敗北」の二文字がよぎった。

分断、挟撃、不意打ち、そして殲滅。

いや、その前に自分自身の命が危うい。

 

彼は錯乱したように叫びながら、戦場を駆け抜けた。

「全軍撤退! 撤退だ! 反転して退却せよ!」

 

その号令は波紋のように広がり、四千の帝国軍は秩序を失い、後退を開始した。

それを見届け、カイルが静かに呟く。

「上手くいったな。予想より被害は抑えられそうだ」

 

カイルは即座に周囲の兵へ命じた。

「深追いはするな。敵の退路は開けておけ。今回の目的は、あくまで奴らを撤退させることだ」

 

セレスに合流したカイルは、少し決まり悪そうに頭をかいた。

「不本意だが……セレス、今回はお前の個人技が功を奏したようだな」

 

「戦場で通じること『も』ある、ということでしょうか?」

セレスが意地悪そうに微笑む。

 

「……あまり過信されても困る。マクシミリアンが挑発に乗らなければ、これほど鮮やかには決まらなかったはずだ」

 

釘を刺すカイルに、セレスは可笑しそうに肩をすくめた。

 

「わかっています。カイルとの手合わせがあったから、無茶はしませんでした」

 

「そうだ、何事も応用だ。一つの戦術に固執することはない。……まあ、その言葉は、俺自身に向けられるべきだったらしいな」

 

二人は、晴れやかな顔で笑い合った。

 

 

聖騎士団は帝国軍を退けた後、南西のベルモス方面へと進路を取っていた。

 

「頃合いか……皆、聞いてくれ」

カイルが足を止め、地図を広げた。指先で二つのルートをなぞりながら、言葉を続ける。

 

「マクシミリアンはおそらく報告するだろう。『聖騎士団は城塞都市ベルモスへ向かった』とな」

 

「では、途中で辺境伯領へ進路を変えるのですね?」

セレスが尋ねる。

 

「半分は正解だ。……だが、本隊はそのままベルモス方面に向かってもらう」

カイルは淡々と説明を始めた。

「ミリアに聖騎士団の本隊を任せ、帝国の注意を引き付けてもらう。そしてメイルドック辺境伯領へは、セレスと俺とエミール、そして護衛の騎兵のみ――二百名程度で向かう。スピード重視の別働隊だ」

 

「そこまで入念な偽装が必要なのですか?」

エミールの問いに、カイルは真剣な眼差しを返した。

 

「今回のように、帝国の情報網は侮れない。聖騎士団がベルモスに向かったという『事実』を、敵の目に焼き付けておく必要があるんだ」

 

「本隊の補給はベルモスで行うの?」

ミリアが確認を入れる。

 

「いや、それでは合流が遅れる。補給班だけをベルモスへ向かわせろ。本隊は途中のベルモール大橋で転進し、川沿いの最短ルートで辺境伯領を目指す」

 

カイルは地図の一点を指で叩いた。

「物資は足りている。ベルモスへ向かった補給班は、後から合流させればいい」

 

「……何か、企んでいるわね?」

ミリアの追及に、カイルは不敵に笑った。

 

「布石だよ。いずれ役に立つだろう。ともあれ、伝信竜(レグート)での定期報告は忘れるな」

 

「急ぐぞ!」

 

カイル、セレス、エミール、そして選抜された二百の騎兵が、一路メイルドック辺境伯領へ。

ミリア率いる聖騎士団本隊は、砂塵を上げて城塞都市ベルモス方面へ。

 

一行は二手に分かれ、それぞれの運命へと駆け出していった。

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