銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー 作:りぶ大根
二人の間に流れる、重苦しい沈黙。
それを破るように、マクシミリアンが馬を進めた。
「ほう……近くで見ると噂通り、本当に美しい」
彼は軽く馬の手綱を引いた。
「高名な画家に描かせた肖像画が、飛ぶように売れたと聞きました。なるほど、納得だ。ふむ、私もぜひその画家に描いていただきたいものですなぁ」
男は芝居がかった仕草で首を振る。
「といっても、私には
「ええ。欲しいのでしたら」
セレスは、その挑発に微塵も動じない。
「それはありがたい」
マクシミリアンは嘲笑を深めた。
「そうだ。絵の題名は『疾風のマクシミリアン』というのはどうだろうか? 私なら帝都の貴婦人方に売れそうだろう。……ああ、そういえば今は王都も帝国のものだったな。王都でも売れるだろうか?」
「よく喋る殿方ですわね」
セレスは、冷ややかな微笑を浮かべて言い放った。
「もしかして、剣の腕より弁舌で出世された口ですか? ……そうね、貴方の肖像画には、もっと相応しい題名があります。『饒舌の貴公子』――。中々でしょう?」
瞬間、マクシミリアンの頬が引き
「な! 何を小癪な! 私の剣の腕を知らぬとは、さすが世間知らずのお嬢様だ」
彼は腰の剣を抜いた。陽光を受けて妖しい輝きを放つレイピア。
「私を舐めたことを後悔させてやる。帝国にこの人ありといわれた剣技、その目に刻むがいい!」
「銀光のセレスティーヌ、参ります!」
その名乗りに、マクシミリアンは鼻で笑った。
「ふっ。それがお前の肖像画の題名か?」
直後――。
空気を断つ一閃。
セレスの踏み込みはあまりに鋭く、誰の目にも捉えられなかった。
「な……っ!?」
結果は、あまりに一方的だった。
マクシミリアンのレイピアが宙を舞い、林道の石畳に甲高い音を立てて転がった。
唖然とするマクシミリアン。
屈辱に顔面を赤く染め、彼は背後の配下に向かって叫んだ。
「親衛隊! その生意気な女を、叩き潰せ!」
華麗な装備に身を包んだ親衛隊が、五人ほど躍り出る。
セレスが短く鋭い合図を送った。
即座にエミールと二人の騎士が駆け寄る。エミールは、左右の手に持った剣を静かに抜き放った。
セレスが襲いかかる二人を剣で迎え撃ち、エミールたちと目配せを交わす。
二人の連携は、研ぎ澄まされた刃のように正確だった。
セレスが崩し、エミールが断つ。
息の合ったコンビネーションの前に、親衛隊は成す術もなく次々と倒れ伏した。
「……確かに。一人でやるより、多人数の方が楽ね」
返り血を拭いながら、セレスはかつてない実感を込めて呟いた。
マクシミリアンを含む精鋭が瞬く間に無力化され、帝国軍の先頭集団は完全にひるんだ。兵たちが互いに顔を見合わせ、足が止まる。
このまま攻め続ければ勝てるかもしれない。だが、そのための犠牲になるのは御免だ――そんな空気が伝わってくる。
「お前たち、何をしている! あの小娘を早く殺せ!」
「うわぁぁっ!」
「ぎゃぁぁぁ!」
その時、後方から怒号が上がった。
「今度は何事だ!?」
「林に伏兵が潜んでいたようです! 左右から敵の別動隊が強襲してきました!」
「だからなんだ! 敵は兵を分けたのだぞ。なぜ押し返せん! 即座に各個撃破しろ!」
「隊列が間延びしている上、歩兵による予測不能な位置からの強襲で、騎兵が苦戦しております!」
敵がどこに潜んでいるか分からない恐怖。
それを聞いた先頭集団の帝国軍兵士たちの警戒は、左右の深い林へと向けられた。
その様子を見逃さず、セレスは小さく唇を動かした。
「いまね」
彼女は大きく息を吸い込むと、高らかに号令を発した。
「敵の動きが乱れています。全軍、前進!」
「押せぇぇッ!」
「聖騎士団、進め!」
兵士たちの上げた勇壮な
「わ、私は後方にて指揮を執る。お前たちはここを死守せよ!」
マクシミリアンは無様に踵を返し、生き残った親衛隊二人と共に、セレスとは逆方向へ逃げ出した。
「くそ、忌々しい……っ!」
部下の報告通り、後方の部隊は左右からの挟撃を受けていた。事態は想像以上に深刻だった。
突然、林の中から王国軍の兵士が数名、マクシミリアンたちに襲い掛かる。
親衛隊の二人は不意打ちに反応できず斬り伏せられ、マクシミリアンも必死に応戦するが、衝撃で馬から転げ落ちる。
襲撃者をどうにか斬り伏せたものの、優雅だった装飾は泥にまみれ、見る影もない。
息を切らしながら再び騎乗したマクシミリアンの脳裏に、ついに「敗北」の二文字がよぎった。
分断、挟撃、不意打ち、そして殲滅。
いや、その前に自分自身の命が危うい。
彼は錯乱したように叫びながら、戦場を駆け抜けた。
「全軍撤退! 撤退だ! 反転して退却せよ!」
その号令は波紋のように広がり、四千の帝国軍は秩序を失い、後退を開始した。
それを見届け、カイルが静かに呟く。
「上手くいったな。予想より被害は抑えられそうだ」
カイルは即座に周囲の兵へ命じた。
「深追いはするな。敵の退路は開けておけ。今回の目的は、あくまで奴らを撤退させることだ」
セレスに合流したカイルは、少し決まり悪そうに頭をかいた。
「不本意だが……セレス、今回はお前の個人技が功を奏したようだな」
「戦場で通じること『も』ある、ということでしょうか?」
セレスが意地悪そうに微笑む。
「……あまり過信されても困る。マクシミリアンが挑発に乗らなければ、これほど鮮やかには決まらなかったはずだ」
釘を刺すカイルに、セレスは可笑しそうに肩をすくめた。
「わかっています。カイルとの手合わせがあったから、無茶はしませんでした」
「そうだ、何事も応用だ。一つの戦術に固執することはない。……まあ、その言葉は、俺自身に向けられるべきだったらしいな」
二人は、晴れやかな顔で笑い合った。
◇
聖騎士団は帝国軍を退けた後、南西のベルモス方面へと進路を取っていた。
「頃合いか……皆、聞いてくれ」
カイルが足を止め、地図を広げた。指先で二つのルートをなぞりながら、言葉を続ける。
「マクシミリアンはおそらく報告するだろう。『聖騎士団は城塞都市ベルモスへ向かった』とな」
「では、途中で辺境伯領へ進路を変えるのですね?」
セレスが尋ねる。
「半分は正解だ。……だが、本隊はそのままベルモス方面に向かってもらう」
カイルは淡々と説明を始めた。
「ミリアに聖騎士団の本隊を任せ、帝国の注意を引き付けてもらう。そしてメイルドック辺境伯領へは、セレスと俺とエミール、そして護衛の騎兵のみ――二百名程度で向かう。スピード重視の別働隊だ」
「そこまで入念な偽装が必要なのですか?」
エミールの問いに、カイルは真剣な眼差しを返した。
「今回のように、帝国の情報網は侮れない。聖騎士団がベルモスに向かったという『事実』を、敵の目に焼き付けておく必要があるんだ」
「本隊の補給はベルモスで行うの?」
ミリアが確認を入れる。
「いや、それでは合流が遅れる。補給班だけをベルモスへ向かわせろ。本隊は途中のベルモール大橋で転進し、川沿いの最短ルートで辺境伯領を目指す」
カイルは地図の一点を指で叩いた。
「物資は足りている。ベルモスへ向かった補給班は、後から合流させればいい」
「……何か、企んでいるわね?」
ミリアの追及に、カイルは不敵に笑った。
「布石だよ。いずれ役に立つだろう。ともあれ、
「急ぐぞ!」
カイル、セレス、エミール、そして選抜された二百の騎兵が、一路メイルドック辺境伯領へ。
ミリア率いる聖騎士団本隊は、砂塵を上げて城塞都市ベルモス方面へ。
一行は二手に分かれ、それぞれの運命へと駆け出していった。