銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー   作:りぶ大根

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第12話 軍議のゆくえ(2)

セレスの宣言が放たれた瞬間、大広間は水を打ったような静寂に包まれた。

幕僚たちは互いに顔を見合わせ、信じられないといった様子で立ち尽くしている。

 

「……馬鹿な!」

一人の幕僚が思わず叫び、すぐに己の非礼に気づいて頭を下げた。

「失礼いたしました、セレスティーヌ卿。……ですが、あまりに突拍子もない。公国と帝国は、つい先日まで国境紛争で血を流し合っていた仲ですぞ。そんな両国が手を組むなど、到底ありえません」

 

カイルは、教え子が期待通りの回答をしたことに満足し、後は任せろと言わんばかりに説明を始める。

「先日の紛争は、帝国の勝利で終わった。領土割譲や賠償金の代わりに、帝国が協力を求めたとしてもおかしくない。しかも『公国が勝ち取った分は、公国の好きにして良い』と言われたら、協力する可能性はある」

 

カイルは地図上の王国と公国の国境線に指先を滑らせた。

「王国と公国の『中立』についても同じだ。不可侵条約を結んでない以上、それは単に『今は戦争をしていない』という状態を表しているにすぎない」

 

「……ですが」

 

「国同士なんてそんなものだ。利害が一致すれば『昨日の敵は今日の友』さ」

 

黙っていたメイルドック辺境伯が口を開く。

「なるほどな。一理あるかもしれん。だが今の帝国の情勢を考えれば、出兵できる数は八千から一万が限度であろう」

「公国軍をそれに加えれば最大一万四千。アルクリーズ城に一万を超える兵士に籠城することを考慮すれば、ちと足りない。追い詰められているならともかく、そのような作戦を立てるであろうか?」

 

カイルは辺境伯の問いに答える。

「確かに、そのまま城にぶつかってはこないでしょうね」

 

辺境伯は確信した表情で言った。

「敵が兵糧攻めをしてくると言うのであろう? 無尽蔵ではないが、このアルクリーズ城にはそれなりの蓄えはある。さらに、定期的に南の街ラウルズから物資を補給している」

 

「……!」

辺境伯も、さすがに気が付いた。

「輸送隊が狙いか? いや、だがしかし……」

 

カイルは言葉を継ぐ。

「協力といっても、公国軍が帝国と共に城を囲むわけではありません。彼らの狙いはあくまで街道の封鎖――ラウルズとこの城を結ぶ補給路の切断です。北の帝国軍には、そこまで手が届きません」

 

「……閣下。今はまだ兵糧に蓄えがあっても、『もう次はない』と兵たちが悟ればどうなるか。士気は一気に崩壊し、敵は指一つ動かさず、我らが干上がるのを待つだけとなります」

 

年配の幕僚が慌てて言った。

「で、では、街道を押さえに来た公国軍を迎撃しに行けば良いのではないか?」

 

「その場合、アルクリーズ城の兵の半分が必要となるでしょう。帝国軍としては、一万のうち半分の五千をもって、城から出兵した王国部隊を街道で公国軍と挟撃すれば良いわけです」

 

「……」

 

「そして残りの半分は、アルクリーズ城を囲み、無理に攻めずに牽制のみをする。城に残った五千は必然的に籠城を強いられるわけですから、それで十分事足ります」

 

幕僚はなおも食い下がる。

「そ、そうだ、聖騎士団はどうしたのだ? ここに向かっているのであろう?」

 

「私たちは王都奪還のために兵をお借りに来たのです。消耗戦のようなことをして、無駄に兵を減らしたくありません」

 

「何を、この青二才が! セレスティーヌ様の御顔を立てて、目をつぶってやっていたものを!」

 

辺境伯は手を挙げて幕僚を制した。

「カイルと言ったな……では、何か考えがあるのか?」

 

「物資輸送用の馬車と、アルクリーズ兵の鎧を二百着ほどお貸しください」

カイルは平然と言い放った。

 

辺境伯は驚きを隠せない。

「馬車と鎧だと? 兵ではないのか?」

 

カイルは理由を説明する。

「兵をそれなりに出せば『公国軍を迎撃する意図がある』と敵には見えます。そうすれば、公国軍も帝国軍も即座に臨戦態勢を執るでしょう」

 

辺境伯は頷く。

「先ほど其方が言った、挟撃の話のことだな」

 

「はい。なので今回は『定期的な輸送隊とその護衛』と思わせます。そうすれば、王国側が公国の駐屯理由を文字通りに受け取ったと、敵は油断するはずです」

 

「……なるほど。ならば公国軍は、街道と物資の両方を奪いに動くか。それも、馬車が空になる行きではなく、獲物が詰まった『復路』を狙ってな」

 

「その通りです。聖騎士団兵二百名が輸送隊に偽装して罠を仕掛けます。ただ、我らの白い鎧は目立ちすぎる。そこで、アルクリーズ軍の碧色の鎧をお貸しいただきたいのです」

 

「それについては相分かった。しかし、その罠とはいったい?」

 

「説明しましょう」

 

軍議は続いた。

辺境伯と幕僚たちは、カイルの語る奇策に、真剣な眼差しで耳を傾けたのであった。

 

 

セレス一行が出立して二日目。

 

アルクリーズ城の巨大な石壁の上。

メイルドック辺境伯は、地平線を睨みつけながら低く呟いた。

「……来たか」

 

石壁の向こうには、鉄黒の鎧を纏った一万の帝国兵が展開していた。

草木に覆われた平原を埋め尽くす彼らの重厚な歩みは、城内に重苦しい圧力をもたらしていく。

 

城壁の一角で、若い衛兵が震える声で呟いた。

「あの数……まるで黒い絨毯だ」

 

隣の年長の兵士が唾を飲み込む。

外様(そとざま)の参謀殿の指示らしいが……本当にこのまま籠城でいいのか?」

 

「カイルとか言ったな。まあ閣下も認めたんだ。今は指示を待つしかない」

 

彼らの眼下では、帝国軍が一定の距離を保ったまま、彫像のように動かず城を監視していた。

 

攻撃を仕掛ける気配はない。

だが、その沈黙こそが『一歩でも外に出れば食い殺す』という無言の威圧となって城を包んでいる。

 

「……俺でも籠城策をお勧めするわ。これは」

年長の兵士が吐き捨てるように言った。

 

その視線の先では、黒い軍勢が不気味な静寂を保ったまま、城をじっと見据えていた。

 

 

アルクリーズ城の南の街、ラウルズ。

 

白銀の鎧を手慣れた動作で身に着けていく、セレスの姿があった。

「……よし」

 

彼女が最後の一押しをして兜を被ろうとした時、カイルがやってきた。

「結局、アルクリーズ軍の碧の鎧は使えなかったのか」

 

「ええ」

セレスは困ったような顔をした。

「女性兵士用がほとんどなくて……あっても、胸のところがキツくて」

 

「……はぁ?」

 

「本当に窮屈だったの。困ったものよね、エミール」

 

その声に反応して、横に控えていたエミールは顔を真っ赤にして俯いた。

「……知りませんよ、そんなこと」

吐き捨てるように言い、踵を返して倉庫の奥へ消えた。

 

カイルは鼻を鳴らした。

「まあいい。とにかく帰り道は馬車の中に隠れていろ。目立つ真似は避けろよ」

 

彼は大きな麻袋を馬車に積み込み始めた。

 

「それより、カイル」

セレスが尋ねる。

「兵糧とか通常の物資はいいの? わざわざこれだけを運ぶの?」

 

「ああ」

カイルは淡々と答えた。

 

「なるべく軽くしたい。今回は『獲物を餌にして、狩人に罠をかける』だけだからな」

 

その時、空を切り裂いて伝信竜(レグート)が二匹。

それぞれ別々の方角から、翼を休めるように舞い降りてきた。

 

それを見たセレスが、弾んだ声で尋ねる。

「来たのね?」

 

「ああ。士官学校時代の悪友たちが、ようやく集合だ」

カイルは伝信竜(レグート)が運んできた報せを確認し、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

ほどなくして、輸送隊は静かに出立した。

ラウルズとアルクリーズ城を結ぶ街道を、北へ向かって――。

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