銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー 作:りぶ大根
数日後。
アルクリーズ城に帰還したセレスたちを待っていたのは、城門まで迎えに来た士官の興奮した声だった。急ぎ会議室へ向かってほしいという。
カイルは状況を察し、エミールにルナたちエレフィン族の新規メンバーを託した。
「エミール。彼らを聖騎士団と紅蓮騎士団の面々に紹介しておいてくれ。後のことは任せたぞ」
四人が急ぎ会議室の重い扉を開けると、そこにはメイルドック辺境伯をはじめ、重臣や幕僚たちが高揚した面持ちで揃っていた。
「セレスティーヌ卿、カイル殿! よくぞお戻りで。吉報にございます!」
一人の幕僚が声を弾ませて報告を読み上げた。
「アドリアン王太子殿下がご健在であらせられました! 現在はルミナリアへ逃げ延び、ロシュフォール侯爵の庇護下におられるとのことです!」
ルミナリア。歴史こそ
「……アドリアン王太子殿下」
セレスが小さく呟く。その横顔に過った複雑な陰影に、カイルとミリアは即座に気づいた。
「どうした、セレス?」
カイルが耳元で低く問うと、セレスは視線を落としたまま首を振った。
「いえ……ご無事で、何よりです。……国王陛下や私の父は、ご一緒ではないのですか?」
「いえ。殿下と共に逃げ延びたのは、数名の重臣のみとの報告です」
「そうですか……」
微かな落胆を隠せないセレスを察してか、メイルドック辺境伯が話題を変えるように口を開いた。
「そういえばセレスティーヌ卿。エレフィン族の弓兵を味方に付けたそうだな。貴殿らには、驚かされてばかりだ」
すると、フェリックスがカイルの方を向き、意地悪げに口角を上げた。
「カイルよ。お前、あいつらを連れてくる時『これで千人力だ』って言ってたよな。あれは比喩だよな? 流石に五十人で、俺の紅蓮騎士団と同じ働きができるとは思えねえんだが」
「まあ、そうだな。戦いは基本的に数だという私の持論は変わらない。千対五十なら、相手が誰であれ勝負になどならないだろう」
カイルは淡々と、まずは現実を突きつけた。
「だが、これが五千対五千の平原戦で、片方に五十名のエレフィン弓兵がいたとしよう。彼らの役目は、敵の歩兵を掃討することではない。長射程を活かした、敵の隊長クラスへの精密な狙撃だ」
カイルは指を一本立て、宙に戦術図を描くように動かした。
「一瞬で指揮系統を混乱させ、敵陣を瓦解させる。それが決まれば、結果的に六千対五千と同等の戦果を叩き出せる可能性がある」
「なるほど、暗殺に近い運用ってわけか」
フェリックスが納得したように呟くが、カイルはすぐに首を振った。
「実際の戦場では敵も指揮官を狙われることは無論警戒するし、射手が肉薄すれば返り討ちに遭う危険も伴う。だから、これだけで勝てるなどという幻想は持っていない」
カイルは言葉を締めくくった。
「あくまで、勝つ確率を上乗せするための『
「カイル!」
セレスが少し怒った口調で、カイルを鋭く窘めた。
「エレフィン族の皆さんを『部品』呼ばわりするのは、聖騎士団長として許しません!」
「いや、決して軽んじているつもりでは……」
珍しく恐縮するカイルの姿に、ミリアとフェリックスは顔を見合わせ、楽しげにニヤニヤと笑みを浮かべるのだった。
メイルドック辺境伯が、面白そうに目を細めて口を開いた。
「なるほど、色々と考えているのだな、カイル・フォン・ヴァルデン男爵。……人が悪いな貴殿も、今の今まで隠しておくとは」
カイルは、やはりバレていたかと言いたげな、苦い顔を浮かべた。
「いやあ、隠していたわけではありませんよ。普段からヴァルデンをあまり名乗らないもので、自分でも忘れていただけです」
「ふっ。そういうことにしておこう」
辺境伯は軽く笑い飛ばすと、居住まいを正してセレスに向き直った。
「で、本題だ。セレスティーヌ卿。貴殿の願いである、アルクリーズ城の兵の件だが」
辺境伯は地図を見下ろし、現実的な数字を口にする。
「公国軍を退けたとはいえ、帝国がどう動くかは未知数だ。六千の兵はこの城の守りに残したい。よって、貸し出せるのは四千。どうかな、ヴァルデン卿」
「『それで十分です』とは言えませんが、妥当なところだと思います」
「相変わらずだな、貴殿は」
二人がそんなやり取りを交わしていた時、会議室の扉が勢いよく開いた。
現れた伝令は、重鎮たちが揃う室内の空気に一瞬恐縮したが、辺境伯の「構わん」という言葉に促されて叫んだ。
「ベスティア領にて、王国軍主力が敗北いたしました! 一万の兵を失い、南のルミナリアまで撤退したとのことです!」
「なんだと!?」
室内に衝撃が走る。カイルは激しく悔しげに机を叩いた。
「戦局が動いたか……クソッ、俺の読みが甘かった。詳細は?」
「帝国軍五千が王国軍を背後から急襲。不意を突かれた我が軍は前後からの攻撃に防戦一方でしたが、なんとか被害を抑えつつ撤退した模様です。ただ、最初の急襲と撤退中の追撃で、一万近い損害が出ております」
「帝国軍の動きは?」
カイルが鋭く問いかけると、伝令は報告の先を続けた。
「ベスティア領に留まっており、占領政策に切り替える模様です」
カイルの表情に焦燥が滲む。
(まずいな。王都と直轄領のベスティア……。王国の北部から北東部をほぼ抑えられた。近々、あの地を帝国領として宣言するかもしれん)
「おいおい、背後から急襲だって!?」
フェリックスが声を荒らげた。
「あそこには王国の堅牢なバルガ砦があるはずだ。そこを素通りさせなきゃ背後は突けねえぞ!」
「……電光石火、一晩で落とされたようです。そこから一気に王国軍の背後へ……」
伝令は息を切らしながら、信じがたい戦況を報告した。
「ひゅう……。帝国にもとんでもねえ人材がいるもんだな」
フェリックスが皮肉混じりに口笛を吹く。
「不謹慎よ、フェリックス!」
ミリアが鋭く注意するが、伝令の次の一言がまた全員を脅かせた。
「部隊の大半は青い旗印に一角獣の紋章、マクシミリアンの部隊だったようです」
「……あの過大評価野郎の仕業かよ」
吐き捨てるフェリックスに対し、カイルは咎めるように言った。
「一度倒したくらいで、敵を舐めてかかるなという良い教訓になるな」
伝令は困惑した様子で補足した。
「いえ……指揮を執っていたのはマクシミリアンではなく、エルム・クロウと名乗る者だったようです」
「
カイルが呟くと、神話と共に育ったセレスも静かに頷いた。なぜかその名を聞いただけで、得体の知れない悪寒が駆け巡る。
「……その指揮官は女性の士官のようですが、隻眼、金属製の義手で、ただならぬ雰囲気だったとか」
その瞬間、ミリアとフェリックスの顔から一気に血の気が引いた。
「女性士官で、隻眼、義手……。まさか、エレノア先輩? そんな馬鹿な……」
カイルの顔にも、隠しきれない苦渋が滲み出す。
「確定はできんが……
三人の脳裏に、かつてエレノア・クロムウェルという先輩候補生が、士官学校を去る際に見せた満面の笑みが蘇っていた。
カイルの表情は暗く、沈んでいた。
それは、セレスが今まで一度も見たことのないものだった。