銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー 作:りぶ大根
ベスティア領での王国軍敗北という事実に、会議室の一同は唖然としていた。だが、沈黙を破ったのは困惑しきった伝令の声だった。
「……ま、まだ、続きがありまして」
カイルは最後まで聞かなかった非を詫び、辺境伯は無言で続きを促した。伝令は震える手で新たな書簡を開く。
「アドリアン王太子殿下、およびロシュフォール侯爵閣下の連名による緊急指令です。――セレスティーヌ団長に対し、聖騎士団全軍を率いて直ちに領都ルミナリアへ向かわれたし。我が軍が王都及びベスティア領にて敵軍に敗れた事態を重く見、今後の国策を左右する緊急軍事会議への出席、ならびに戦線の再編を命ずる、とのことです」
その場にいる全員が眉をひそめた。だが、指令はそれだけでは終わらなかった。
「――なお、メイルドック辺境伯閣下におかれましては、引き続きアルクリーズ城にて国境の守護に万全を期されたしとの仰せ。事態が沈静化するまで、その地を死守せよとの厳命であります」
「……それが最後か?」
辺境伯の低い問いに、伝令は「はい」と短く答えて頭を下げた。
中央は、メイルドック辺境伯のような経験豊富な宿将に口を挟まれたくないのだろう。適当な理由をつけて遠ざけ、彼らは勝ってもいない今のうちから、戦後の「椅子取りゲーム」に躍起になっている。
おそらくは王都や領地の奪還後を見据えた論功行賞――まだ敵軍がそこにあるというのに、自分たちの保身と体制の立て直ししか頭にないのだ。カイルはそう直感した。
「セレス様。王太子殿下からのご下知とあらば、行かぬわけにはいきませんね。王都奪還は遠のきましたが……」
「はい……」
承諾しつつも、セレスの表情には不安が滲む。
「ですが、聖騎士団への召集ということは……紅蓮騎士団やアルクリーズ兵、そしてエレフィン弓兵隊の皆さんは、連れて行けないのでしょうか?」
カイルは辺境伯に向き直った。
「閣下。今回のケースに『王国戦時動員条項』は適用されますか?」
「……ああ、もちろんだ。王都とベスティア領が占領され、国王陛下の安否もわからぬ非常事態だ。条項の適用に異論を挟む者はおるまい」
辺境伯がそう断言し、それを受けてフェリックスがニヤリと笑って言葉を継いだ。
「『諸将には道中の軍再編、および徴発の全権を一時的に委任する』ってやつだな。つまり、俺たちを『現地で徴発した部隊』という扱いにすれば、聖騎士団の連れとして公然と引き連れていけるわけだ」
カイルは満足げに頷いた。
「では、アルクリーズの兵を連れて行っても構わないのですね」
セレスが確認すると、辺境伯は彼女の目を見据え、静かに頷いた。
「無論だ。……この老骨の代わりに、殿下と王国をよろしく頼むぞ、セレスティーヌ卿」
◇
出立の準備が進む中、ミリアとフェリックスの話題は、帝国の「エルム・クロウ」という不吉な名を持つ士官のことでもちきりだった。
「エルム・クロウが何者であろうと、王国を攻め、王国の民を害した『敵』であることに違いはない。それに……さっきも言ったが、まだ確定したわけではないだろう?」
カイルが釘を刺すと、ミリアは小さく溜息をついて頷いた。
「そうね。今は目の前の、私たちにできることをやるしかないわね」
セレスたちの混成部隊の編成は、聖騎士団三千、紅蓮騎士団千、アルクリーズ兵四千、エレフィン兵五十。総勢約八千の軍勢となった。
白銀の鎧を纏い、凛とした姿で騎士たちの前へ歩み出たセレスの姿は、眩い光を放っていた。
見送る側に立つメイルドック辺境伯が、カイルに恭しく一通の封筒を差し出した。
「カイル殿。貴殿の依頼の品だ。……有効に使ってくれ」
「心得ております」
カイルは涼しい顔でそれを受け取ると、音もなく懐に収めた。
「皆の者!」
辺境伯の重々しい声が城塞に響き渡る。
「セレスティーヌ卿に続き、カイル・ヴァルデン卿。そして新たなる盟友たるエレフィンの勇士たちよ! 今こそローゼンベルクの大地から、帝国を追い出す時だ!」
彼は腰の剣を高く掲げた。
「聖騎士団の白き盾! 紅蓮騎士団の
「うおおおおおおおおおおおっ!!!」
地を揺るがすような雄叫びが轟き、騎士たちの瞳に闘志が燃え盛る。
「……ちと、大げさすぎましたかな? セレス様」
芝居がかった演説を終えた辺境伯が、セレスにだけ聞こえる声で茶目っ気たっぷりに囁いた。セレスは微笑み、深々と頭を下げた。
「アルベルト様……本当に、ありがとうございました」
「セレス様。貴女は若くして、大きな使命を背負われた。この戦いは、貴女の真価が問われる試練となりましょう」
辺境伯は彼女の肩を、励ますように力強く掴んだ。
「だが、私は信じております。貴女こそが、本当の
出陣の刻が来た。
色彩豊かな軍団が東門より、続々と進発していく。
聖騎士団の白銀が先導し、紅蓮騎士団の深紅がそれに続く。中核をアルクリーズ兵の碧色が固め、最後尾にはエレフィン族の深緑が鮮やかな彩りを添えた。
◇
アルクリーズ城を出て数刻。
「見事な眺めですね」
セレスとカイルに、一人の騎士が馬を寄せた。
新たに一行に加わったアルクリーズ兵四千を束ねる大隊長、ルーク・バーナードである。
生真面目を絵に描いたような男であるルークは、カイルが団長である公爵令嬢セレスティーヌを「セレス」や「お前」と呼ぶたびに、驚愕の表情を浮かべていた。
それに対し、セレスはにこやかに返す。
「良いのです、ルーク。私はカイルの弟子ですから」
「二番弟子ですけどね」
エミールがすかさず横から口を挟むと、セレスは苦笑した。
「相変わらず、細かいわね」
そんなやり取りを楽しそうに眺めていたルナが、セレスに行き先について尋ねた。
「セレス姫様、領都ルミナリアってローゼンベルク王国の『集落』みたいなものですか?」
「うーん。そうね、ルナにわかるように言うと……。エレフィンの族長の親戚が持っている広い土地が『領』で、その中心にある大きな家がルミナリア、という感じかしら」
「だからセレスティーヌ様は『族長の親戚の娘』みたいな立場なんだよ」
エミールが補足すると、ルナはさらに首を傾げた。
「じゃあ、セレス姫様の『領』はあるの?」
「ランカスター公爵家は少し特殊なのよ」
ミリアが教えるように言葉を添える。
「自領を持たない代わりに、王都と直轄地の権益を預かっているの。いわば王国の心臓部を任されている家系ね。ああ、ごめんなさい。ルナには難しいわね」
「だから公爵閣下は年中王都にいるし、王族に近すぎると揶揄されるわけさ」
フェリックスが軽口を叩くと、ミリアが鋭く「フェリックス!」と制した。
ランカスター公爵家が常に王都にいたからこそ、今回の強襲で被害に遭い、家族全員がいまだ行方不明なのだ。
「……すまねえ」
「いいえ、気にしないで」
セレスは寂しげに微笑んだが、その瞳の奥には拭いきれない陰りがあった。
カイルはそっと彼女に近づき、皆に聞こえないよう声を潜めた。
「ところでセレス。王太子殿下の話が出た時、様子がおかしかったが……何かあるのか?」
セレスは
「まだ、王都が無事だった頃……私の肖像画が街に出回ったあたりから、殿下から贈り物が届くようになったの。それまでは妹のルチアに届いていたのだけれど、次第に私への物が増えていって、ルチアへは届かなくなって……」
「……正直に言っていいか。王太子殿下には失礼だが、あまり聞きたくない話だな。俺の得意な範疇ではない」
カイルは少し顔を
「とりあえず、ルミナリアに行って殿下の様子を見てからだ。手に余るようならミリアと一緒に考えよう」
「堅苦しいところは苦手だなあ」
「『堅苦しいところ』やらも、きっとあなたのこと苦手だと思うわ」
後方ではフェリックスが呑気にぼやき、ミリアたちと他愛もない雑談に
その様子を隣で見ていた大隊長ルークは、一人神妙な面持ちでいた。
(……この方々は、いつもこんな感じなのか? )
それぞれの想いを乗せて、軍勢は進む。
目指すは、ローゼンベルク王国第二の都市――ロシュフォール侯爵領、領都ルミナリアである。