銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー   作:りぶ大根

23 / 29
第23話 宿将の血判

王太子の言葉が終わるや否や、会議室には諸侯による阿諛(おべっか)の歓声が湧き起こった。

誰もが降って湧いた五千の精鋭の山分けを前に、その目をギラギラと貪欲に輝かせている。

 

歓声と欲望が渦巻く中、カイルは表情を変えず、諸侯の中でロシュフォール侯爵派に属している者を冷徹に判別していた。

 

(半分より上か……)

 

完全に侯爵の手の平の上。この場にいる者たちの過半数が、ロシュフォールの利権に群がっている。カイルは脳内で、きわめて客観的にルミナリア宮廷の不都合な勢力図を弾き出していた。

 

手足をもぎ取られ、ルミナリアの檻に幽閉されんとするその絶望的な沈黙を、最末席から響いた凛とした一喝が、鋭く切り裂いた。

 

「――お待ちください、王太子殿下! ロシュフォール侯爵閣下!」

 

白い軍服を着たセレスが、勢いよく長卓の席から立ち上がった。

その涼やかな青い瞳には、ロシュフォール陣営の威光に怯む色など微塵もない。

 

「なんだ、セレスティーヌ卿。我が差配に何か不服でもあるのか?」

 

アドリアン王太子は甘い微笑みを浮かべたままだが、その声音には明確な不快感が混ざっていた。

 

(せっかく、この私が其方を庇ってやったというのに)

 

その瞳の奥には、そんな身勝手な独占欲が透けて見えている。

 

「不服などという言葉では足りません。聖騎士団をここまで立て直すまで、私だけでなく様々な人の努力と協力がありました。それを、戦線の再編という名目で一方的に解体し、没収するなど……あまりに横暴ではありませんか!」

 

セレスが真っ直ぐに正論を叩きつけると、長卓のあちこちから、冷ややかな失笑が漏れ聞こえた。

 

「これだから世間知らずのお嬢様は困る」

「ここは士官学校ではないのだぞ」

「軍の再編は新政府の、ひいては王太子殿下の正当な権限だぞ」

 

ロシュフォール陣営の諸侯たちが、口々にセレスの「青さ」を嘲笑う。

 

カイルはローゼンベルク王国という国家には忠誠を誓っているし、それはこれからも変わらないであろうが、この王太子と取り巻きの連中はどうにも好きになれなかった。

 

というより、王太子を含めて、全員がロシュフォール侯爵の都合の良い手駒に過ぎないのだろう。カイルは脳内で、かなり不敬に当たる冷徹な分析をしていた。

 

「……失礼。先ほど『新政府』という言葉が聞こえましたが、それは一体何のことでしょうか? 国王陛下の安否はいまだ不明のはずですが」

 

カイルが長卓の末席から静かに言葉を投げかけると、広間の空気がピキリと凍りついた。

 

まだ国王が崩御したわけでもないのに、しかもローゼンベルクが国家としてそれを認めていない以上、自分たちの権力基盤を「新政府」と呼ぶのは、不敬にあたる。

 

ロシュフォール侯爵がすかさず強引に言葉を挟んだ。

 

「キース伯爵の口が滑ったようだ。『臨時政府』の言い間違いだろう」

 

「これは。失礼、申し訳ない」

 

話を振られたキース伯爵がわざとらしく頭を下げたが、その顔には笑みが浮かんでおり、申し訳なさそうな様子など微塵もなかった。

 

カイルが明確に発言したのを見て、上座のアドリアン王太子と、隣にいるロシュフォール侯爵が何やら小声で短い言葉を交わした。

 

やがて、王太子は値踏みするような視線をカイルへと向けた。

 

「……君がヴァルデン卿か。セレスティーヌ卿が色々と世話になっているらしいな」

 

確かに彼女を一人前の将へ育てるために世話をしている自覚はあるが、なぜ初対面の王太子から、さも身内気取りでそんな言葉を投げかけられねばならないのか。

 

(――よし、この男を嫌いになることを決めた)

 

カイルは表情一つ変えないまま、内心でそう冷徹に断じた。

 

上座のアドリアン王太子は、カイルの冷ややかな沈黙をどう受け取ったのか、さらに優しげな声音を重ねてみせる。

 

「私は、君の上官であるセレスティーヌ卿のことを思って言っているのだよ。戦いに不慣れなままウィンドル平原の初戦に挑んで大敗し、もしかしたらそこで彼女は命を落としていたかもしれない。ランカスター公爵の大事なご令嬢だ。お父上が未だ行方不明であるのなら、これ以上危険な前線には出ず、ここルミナリアにいた方が安全だ」

 

「――私は、安全など求めていません」

 

セレスが長卓を鋭く見据え、毅然と拒絶の言葉を返した。

 

だが、その至極真っ当な反論に対し、ロシュフォール侯爵が横槍を入れる。

 

「セレスティーヌ卿! 王太子殿下は貴殿の身を心から心配して仰ってくださっているのだ。今の言葉は、流石に殿下に対して無礼であろう」

 

「ですが……!」

 

セレスが言葉を続けようとしたが、それをアドリアン王太子が芝居がかった手際で、優雅に制してみせた。

 

「シャルル侯。そう責めるな、セレスはそれだけ愛国者なのだ。私はその不屈の心こそを愛おしく思う」

 

ついに「セレス」呼ばわりか……。

 

長卓の末席でそれを見届けていたカイルの内心は、もはや急速に冷え切っていた。

大義名分や戦線の再編などと言いながら、結局のところ、目の前の男たちは自分たちの都合で兵力を没収し、セレスを私的な所有物としてルミナリア宮廷に幽閉したいだけなのだ。

 

(これ以上、この醜悪な出来レースに付き合う必要はないな)

 

カイルは静かに、自らの懐にあるメイルドック辺境伯からの書類へと、そっと手を伸ばした。

 

「――王太子殿下、ならびにロシュフォール侯爵閣下。大変素晴らしい『ご心配』ですが、少々現実の戦況と、王国軍の規律を無視されたお話が過ぎるようですな」

 

カイルは静かに席を立ち、長卓の最末席から上座へと歩み出た。

 

ロシュフォール陣営の諸侯たちが不快げに眉をひそめる中、カイルは懐から取り出した一通の厳重な封筒を、大理石の長卓の上へと滑らせた。

 

「なんだ、それは」

 

ロシュフォール侯爵が冷酷な目で書類を睨みつける。カイルは不敵な笑みを深くし、長卓の全員に聞こえるような通る声で言い放った。

 

「アルクリーズ城の主、アルベルト・フォン・メイルドック辺境伯閣下からの、正式な『全軍揮下入(ぜんぐんきかにゅう)の誓約書』にございます」

 

「……何だと?」

 

侯爵の表情が、初めて微かに強張った。

 

カイルは滑らせた書類を指先で叩き、静かな声で読み始める。

 

「そこにあるのは、辺境伯閣下直筆の署名と血判です。内容を要約いたしましょう。――『我がメイルドック辺境伯領の全軍、ならびにアルベルト・フォン・メイルドック自身は、これよりの全作戦において、聖騎士団長セレスティーヌ・フォン・ランカスター卿の麾下《きか》に加わるものとする。なお、メイルドック辺境伯領の防衛はメイルドック本人が、聖騎士団副官として任務にあたる』」

 

一瞬、会議室の時間が完全に停止したかのような、圧倒的な静寂が広間を支配した。

 

「な、……そんな出鱈目(でたらめ)な話があるかぁっ!」

 

ライネルは椅子を蹴立てて立ち上がり、顔を真っ赤にしてカイルを指差す。

 

「メイルドック辺境伯といえば、先王の時代から王国を支えてきた最長老の宿将ぞ! その閣下が、ウィンドル平原で大敗したばかりの、聖騎士団団長の配下に下るなど……絶対にあり得ん! 偽書だ、それは明らかな偽書だ!」

 

ライネルは粗野な人間ではあるが、メイルドック辺境伯を同じ軍人として非常に尊敬していた。

だからこそ、その絶対的な憧れが、後ろ盾のないセレスの配下に自ら志願して就いたという現実が、到底信じられなかったのだ。

 

醜く取り乱して怒鳴り散らすライネルに対し、カイルは鼻で笑い、冷ややかに追撃した。

 

「偽書かどうかは、そこに押されている辺境伯家の本物の印章を、侯爵閣下の目で確かめてみれば済む話でしょう。……ライネル将軍、閣下は『国境の死守』を王太子殿下より厳命されました。だからこそ、老骨に代わって王国を救う本物の『戦女神《エイリーン》』に、自らの誇りと全軍の指揮権を託されたのですよ。これに、何か不服でも?」

 

「しかし、指揮系統が……」

 

ライネルが歯噛みしながら反論する。

 

公爵家の娘とはいえ、未だ家督を継いでいない軍属の人間に、同じ軍属であり、かつ地位も上である辺境伯が揮下に加わるなど、王国の常識ではあり得ないことだった。

 

だが、カイルはローゼンベルクの軍人であれば、絶対に否定できない伝説の人物の例を引き合いに出した。

 

「――救国の英雄である聖女将軍(ヒルデガルド)は、まだ子爵だった頃に、彼女の指揮官としての能力に感化された上位の爵位を持つ者たちが次々と傘下に加わったではないですか? あれは誤りだったと、ライネル将軍は仰るのですか?」

 

「……っ」

 

歴史的先例の提示に、ライネルは完全に言葉を失い、長卓に拳を震わせたまま沈黙した。

 

本来、王太子という権限をもってすれば、この場で強引にその書類を「無効」と命じることもできなくはない。

 

だが、ライネルの言った通り、メイルドック辺境伯は長年国を守り続けてきた宿将だ。この不安定な時期に、正当な理由もなくその意思を握り潰せば、ここにいる半数の諸侯たちから「軍政に対する能力が不足しているのでは?」と疑われ、命じるには、あまりにも分が悪すぎた。

 

アドリアン王太子は、深く椅子の背にもたれかかり、凍りついた微笑みのまま静かに口を開いた。

 

「……わかった。認めよう、セレスティーヌ卿」

 

カイルはどう見ても王太子に向けるべきではない、皮肉に満ちた不敵な笑みを浮かべ、頭を下げた。

 

「ご理解、感謝致します。アドリアン王子」

 

あまりの衝撃に会議室の空気が張り詰めていたこともあり、カイルがさらりと「王太子」の尊称を抜いたことに、その場にいる誰も気が付かなかった。

 

アドリアン王太子とロシュフォール侯爵は、隠しきれない明確な敵意の目を剥き出しにして、長卓の末席に立つカイルを鋭く睨みつけた。

 

その凄まじい視線の火花を横で見つめながら、セレスは、すとんと胸に落ちるものがあった。

 

(――ああ、だから、この人は軍を追われたんだわ)

 

非の打ち所がない正論と、圧倒的な実力。それらを持ち合わせているからこそ、目の前の権力者たちの不都合な欺瞞を容赦なく叩き潰してしまうのだ。

 

カイル・ヴァルデンという男が、かつて軍属を外され、辺境のヴァルデン領で隠遁生活を余儀なくされてきた本当の理由が、セレスには今、よく分かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。