銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー   作:りぶ大根

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第24話 解放王の野心

カイルが叩きつけたカードは、ロシュフォール陣営の野心を完膚なきまでに粉砕した。

重苦しい沈黙の中、シャルル・フォン・ロシュフォール侯爵が重々しく声を上げた。

 

「――此度の軍事会議は、一度休憩といたしましょう。諸侯の方々は別室にてしばしの休息を」

 

侯爵の合図を受け、冷や水を浴びせられた諸侯たちは、逃げ出すようにぞろぞろと会議室を後にしていった。

セレスとカイルが退出したのを見届け、重厚な扉が完全に閉ざされる。

 

絢爛なる大会議室に残されたのは、アドリアン王太子と、ロシュフォール侯爵の二人だけだった。

 

「殿下。セレスティーヌ卿にご執心されるのは大いに結構ですが、我が娘シャルロットの機嫌を損ねるような真似は、少々ご遠慮願いたく存じます。ロシュフォール家は、新政府の最大の盾であることをお忘れなきよう」

 

釘を刺す侯爵の不遜な態度に、アドリアン王太子はふっと余裕の笑みを返した。

 

「分かっている、安心するが良い。其方の娘、シャルロットを我が正妃――第一王妃に迎えるという約束を違えるつもりはない」

 

「『第一』……ですと?」

 

ロシュフォール侯爵の眉が、不快げにぴくりと跳ね上がった。

 

「まさか殿下、あのセレスティーヌをも、王妃として宮廷に迎えるおつもりですか」

 

「何が悪いのだ? 向こうにとっても決して悪い話ではあるまい。まあ、幼い頃から救国の英雄に憧れて軍人などやっている娘だ、今すぐ大人しくなるとは思わんが。この戦争が終わった暁には、第二王妃として我が手元に娶ってやっても良いと考えている」

 

「……」

 

ロシュフォール侯爵は何も言わず、ただ値踏みするように王太子を凝視する。その冷徹な沈黙を見透かしたように、アドリアン王太子はさらに甘い言葉を重ねた。

 

「案ずるな、シャルル侯。行方不明となったランカスター公爵が握っていた王都や直轄地の権益は、セレスティーヌを我が妻にすることで、必然的にすべて王家へと回収される。……そして、その回収した利権を、そのまま其方に譲渡してやろうと言っているのだ。文句はあるまい?」

 

王太子は楽しげに喉を鳴らし、長卓の地図を指先でなぞった。

 

「周囲から『ロシュフォール家がランカスターの財産を強奪した』と風評を流されるより、『しかるべき手続きを経て、王太子より直々に割譲された』という名目にする方が、其方にとっても都合が良かろう?」

 

ロシュフォール侯爵にとっては、実利としての権益さえ手に入れば名目などどちらでも良かった。だが、目の前で王太子がいたく得意げな顔をしているため、敢えてその自尊心をへし折るような愚は犯さず、大人しくその言葉に従ってみせる。

 

「――承知いたしました。その温情あふれる御言葉、このシャルル、生涯忘れることはございません 」

 

ロシュフォール侯爵は、ようやく満足したように頭を下げた。ランカスターの利権の割譲という極上の餌を前に、娘の立場は「第一」であれば十分だと政治的に妥協したのだ。

 

(――ただし、仮にあの小娘が第二王妃の座に収まったとしても、万が一にも王太子殿下の子を宿すことなどなきよう、裏でしかるべき『注意』を払わねばならんな)

 

将来的な禍根を摘むための冷酷な計算を、侯爵はその老獪な脳内で、すでに静かに完了させていた。

 

ロシュフォール侯爵は一度言葉を切り、今度はより生々しい『権力の核心』へと踏み込んだ。

 

「ところで殿下。そろそろ国内外に対し、フィリップ・ローゼンベルク国王陛下の『崩御』、ならびにアドリアン殿下の『新王即位』の報を発信してはいかがでしょうか。新体制の正統性を知らしめる方が、何かと軍を動かしやすくなりますが」

 

「いや、未だその時ではない」

 

アドリアン王太子は、即座に首を振った。

 

「帝国に領土を押され、王都すら失っている現状のまま、私が国王を名乗るなど愚の骨頂だ。そんな不名誉な王の座など欲しくもない。……あの傲慢なる帝国軍をこの大地から完全に追い返し、我が手で王都を奪還したその瞬間にこそ、私は真の王として戴冠されるべきなのだ」

 

王太子は両手を広げ、まだ見ぬ栄光に陶酔するように、誇らしげに言い放った。

「失われた王国を救い出す、新時代の王。さしずめ『解放王アドリアン・ローゼンベルク』だ。これほど民衆を狂熱させるにふさわしい、完璧な二つ名はなかろう?」

 

長卓の隣でその姿を冷ややかに見つめながら、ロシュフォール侯爵は傲慢な脳内で、もう一つの確信を抱いていた。

(この御方が王座へと就いた暁には、早々に後宮へと籠もってもらい、淫蕩な暮らしに(ふけ)ってもらうのが一番良いかもしれんな……)

 

御しがたい名君よりも、虚飾と快楽に溺れる暗君の方が、操る側としては都合が良い。

侯爵は仮面のような微笑みを浮かべたまま、王太子の自尊心をさらに煽るように言葉を重ねた。

 

「……まさに殿下にふさわしい、偉大なる二つ名にございます。では、その栄光のあかつきには、この私めが『解放王の摂政』として政務をお支えするということで、よろしいですかな?」

 

「もちろんだとも、シャルル侯。ただし、そのためには其方にも相応の協力をしてもらうぞ。我が『解放王』としての神話を完成させるため、全力を尽くせ。……分かっているな?」

 

「――御意。すべては殿下の御心のままに」

 

侯爵は丁寧に従順の意を示した。

 

「ふふっ。……『解放王アドリアン』と『戦女神セレスティーヌ』の肖像画が、王宮の広間に並んで飾られている光景を思い浮かべてみよ。後世に語り継がれる、最高の絵になるかもしれんぞ」

 

王太子は満足そうに深く頷くと、長卓の椅子から立ち上がり、衣服のシワを優雅に伸ばした。

 

「よし、では休憩は終わりだ。我が『解放王』としての第一歩を刻むべく、まずは帝国に奪われた直轄領ベスティアを奪還する算段を話し合わねばならん。諸侯を呼び戻せ」

 

こうして、ルミナリア宮廷の醜悪な密談は幕を閉じ、軍事会議が再開される。

セレスやカイル、そしてロシュフォール陣営の諸侯たちが再び大広間へと戻り、長卓の席へと着いていった。

 

上座に戻ったアドリアン王太子は、先ほどまでの凍りついた微笑みを消し、諸侯の前に毅然とした表情で地図を見下ろした。

 

「では、此度の奪還作戦を発表する。現在、王都(ローゼンベルク)、ならびに東から北東方面のベスティア領が帝国の占領下にあるが、我らはまず全力を以てベスティア領を取り返す。……一刻も早く王都を奪還したいのは山々だが、ベスティア領に敵の大軍が待機している以上、王都攻略中に背後を突かれる危険性があるからだ」

 

王太子が堂々と語ったその進軍方針は、一見すれば至極真っ当な作戦だった。

 

だが、長卓の最末席でそれを聞いていたカイルの思考は、全く別の『不都合な真実』を瞬時に弾き出していた。

(――まあ、軍事的な定石としては正解だが。……邪推が捗るな)

 

カイルは表情一つ変えないまま、冷ややかに上座の王太子を見つめた。

 

もし、万が一にでも、先の王都侵攻で行方不明となったフィリップ国王陛下やセレスの父であるランカスター公爵が、今も王都のどこかに潜伏して生き延びていたとしたら――。

 

(要するに、先に王都へ乗り込んで、あの二人を救い出したくないだけだろう。……戦争終結前に、本物の王が戻ってこられては邪魔でしかないからな。救うなら最後ってことか)

 

ただ、純粋な軍事戦略として見れば、先にベスティア領へ出陣するという判断そのものは間違いではない。

カイルは、あの御仁の毒にあてられて自分まで性格が悪くなってしまったのかと、内心で静かに自嘲した。

 

「――ただし、セレスティーヌ卿。其方の聖騎士団と四色の軍勢には、我が主力六万の背後を守る後衛部隊ならびに万が一の際の『殿(しんがり)』を命じる。六万の命を繋ぐ重要な役目だ。……異論はあるまい?」

 

アドリアン王太子は、さも慈悲深い兄のような笑みを浮かべて難題を突きつけてきた。

 

王太子とロシュフォールの考えは、セレスに前線で華々しく活躍する機会を奪い、手柄の立たない地味な仕事に押し込めようという、目に見透いた嫌がらせだ。

王太子に限っていえば将来の第二王妃を失いたくない気持ちもあった。

 

セレスが悔しげに唇を引き結んだ瞬間、長卓の末席からカイルが、静かに首を横に振って目配せを送った。

 

(今は大人しく、その命令を呑んでおくべきだ)

 

軍師の意図を察したセレスは、深く息を吐き、毅然と頭を下げた。

 

「――承知いたしました。王太子殿下のご命令、しかと承ります」

 

「うむ。期待しているよ、セレス」

 

満面の笑みで満足そうに頷く王太子の合図で、ようやく長きにわたる軍事会議が終わりを告げた。長卓を囲んでいた各諸侯は、それぞれ自軍の編成のために足早に会議室を散らばっていく。

 

重苦しい宮廷の空気からようやく解放され、ルミナリア城のテラスへと移動したセレスとカイルを、待機していたミリアが厳しい表情で出迎えた。

 

「お疲れ様でした、お二人とも。……それで、首脳部の決定はどうでした? やはり、北東のベスティア領の奪還ですか?」

 

「ああ。……だが、俺たちの聖騎士団が前線に出ることは許されなかった。命じられたのは、輸送部隊の護衛と、万が一の際の『しんがり』だ」

 

カイルは手すりに寄りかかり、遠くの街並みを眺めながら、やれやれと肩をすくめた。

 

「王太子殿下はどうやら、セレスを戦場で活躍させたくないらしい。……それから、帝国との戦いに勝てたとしても、この国の行く末が心底心配になったよ」

 

「カイル……」

 

セレスは困ったように眉を下げた。王太子の歪んだ本性を目の当たりにした軍師の言葉には、深い呆れが混ざっていた。

 

「ただ、後方を任されたのは、我らにとって悪い話ではないかもしれない。王太子殿下やロシュフォール侯爵は、後方にいれば聖騎士団にこれ以上の出番はなく、手柄も立てられずに埋もれていくと思っているのだろうがね」

 

カイルはそこで言葉を切り、冷徹な軍師の瞳で北東の方角を見据えた。

 

「浅はか極まりない。今回のグランゼイド帝国との戦争で、王都にしろ、バルガ砦にしろ、我が王国軍はすべて裏をかかれて大敗しているんだ。それなのに『新政府』とやらの連中は、ベスティア領を未だに『自国の領土』の感覚でいる。……あそこはすでに、完璧な敵地だ。俺は後方が安全だなどとは、微塵も思わんよ」

 

カイルは手すりから身を起こし、吐き捨てるように言った。

その現実主義の正論に、セレスとミリアは深く得心がいったように、小さく声を揃えて返事をした。

 

「「そうね」」

 

「よし。話はここまでだ、宿営地に戻って出陣の準備をするか!」

 

カイルが踵を返そうとした、その時だった。

白の軍服の裾を翻し、セレスがいたずらっぽく微笑みながらカイルの袖を引いた。

 

「――待って、カイル。宿営地に戻る前に、街の屋台でルナとエミールに、ルミナリア名物の川魚のハーブ串焼きを買っていきたいんだけど」

 

さっきまで息の詰まる宮廷の檻で必死に戦っていた総大将は、今や、留守番をしている同年代の仲間たちを気遣う、優しい一人の少女の顔に戻っていた。

 

そのあまりに微笑ましい提案に、カイルとミリアは顔を見合わせ、呆れ混じりの笑みを浮かべながら大きく頷いた。

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