銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー   作:りぶ大根

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第26話 黒烏の仕掛け

ローゼンベルク王国ベスティア領。

国王の直轄地であるベスティア領の最大都市フルーランシュに、現在のグランゼイド帝国軍の占領軍司令部が置かれていた。

元々は王国の総督が政務を執っていた豪奢な館を、帝国軍が強引に接収した形である。

 

その大広間では、帝国の将軍たちがテーブルを囲み、占領政策における軍事会議を執り行っていた。

 

会議の最中、一人の隻眼で金属製の義手を付けた女性士官が静かに手を挙げ、発言の許可を求める。

上座で会議を仕切っているのは、帝国の猛将ディートハルトに次ぐ実力者と言われる宿将、エルンスト・フォン・ベルクマンであった。

 

ベルクマンは、その女性士官を露骨に不快そうに見据え、忌々しげに発言を許した。

「――何だね、エルム・クロウ」

 

大陸の神話に登場する『知恵の黒烏(エルム・クロウ)』。それは一つの固有名詞として皆の脳裏に沁みついているため、帝国の将軍たちは誰も彼女を単に「エルム」や「クロウ」とは呼ばず、自然とフルネームで「エルム・クロウ」と呼んでいた。

 

発言を許されたエルム・クロウ――かつて王国聖騎士団の副団長エレノア・クロムウェルは、感情の失せた声で告げた。

 

「私が独自に抱えている密偵の報告によると、ローゼンベルク王国軍の主力六万が、領都ルミナリアから()()ベスティア領に向けて出撃することが決定したとのことです」

 

「動き出すのは予想通りだが、思ったよりも早いな」

 

「さらに、先の王都侵攻で死んだと思われていたアドリアン王太子が存命しており、彼とロシュフォール侯爵を中心にルミナリアに臨時政府を置いているそうです」

 

その報告を聞いた瞬間、ベルクマンは深くため息をつき、露骨な嫌みを口にした。

 

「やれやれ……。ディートハルト将軍の下で王都の内務と治安維持をやっていたのは、他ならぬ貴殿ではないのかね? どうにも詰めが甘いようだ。未だに国王フィリップやランカスター公爵の遺体すら見つかっていないというではないか」

 

ベルクマンは肩をすくめ、さらに蔑むような視線を彼女に向けた。

 

「しかし、我が帝国を相手に戦っていたはずの国を裏切り、ただ情報を売っただけの亡命者に、大隊長および副軍団長の地位を与えるとはな。皇帝陛下も、一体何を考えておいでなのか……」

 

生え抜きの将軍たちにとって、外様であるエルム・クロウへの破格の待遇は面白くない。

あからさまな孤立の中、エルム・クロウの隣に座っていた一人の若い士官が、毅然(きぜん)とした声を上げて彼女を(かば)った。

 

「――ですがベルクマン将軍。彼女の指揮官としての能力、およびバルガ砦を一晩で落とした戦術の妙は、疑いようもございません」

 

(かば)った男の名は、マクシミリアン・フォン・カシュタイン。

かつてカイルの知略に嵌まり、セレスたち聖騎士団に手痛い敗北を喫した『疾風の貴公子』であった。

 

だが、会議の席でベルクマンに次ぐ発言力を持つブルーノ・ザイデン将軍が、下卑た笑みを浮かべて口を挟んだ。

 

「なんだ、マクシミリアン。貴殿はこのような王国出身の女が好みなのかね? まあ、元の器量は悪くなさそうだが……今の姿では見る影もないがな」

 

「そういう話ではございません!」

 

「そうムキになるな。ただの冗談だ」

ザイデンは鼻で笑い、手をひらひらと振って話を打ち切った。

 

帝国の将軍たちが彼女を嫌うのは、単に亡命者だからという理由だけではない。隻眼・義手という痛々しい姿もさることながら、何よりも「感情が抜け落ちた無表情」が、底知れず不気味に感じられるからであった。

 

実際、マクシミリアンにとっても、このエルム・クロウとの最初の出会いは、決して良いものではなかった。

 

 

時は遡る。

マクシミリアンが皇帝の命を受け、王都の北にある合流地点の街道へ、五千の兵を率いてやってきたその日。

 

「お前がエルム・クロウか。聞いてると思うが、俺がマクシミリアン・フォン・カシュタインだ。皇帝陛下の命により、一時的にお前の麾下(きか)へと入るが……俺は王国の裏切り者風情に、敬語や敬称を使うつもりは毛頭ないぞ」

 

初対面の際、かつてセレスたちと戦う前のような自信は既に失われていた。ただ『もう後がない』という苛立ちを抑えきれずに言い放ったマクシミリアンに対し、 エルム・クロウは、静かに言葉を返した。

 

「そう。『疾風の貴公子』は、紳士な男だと噂に聞いていたのだけれど……違っていたようね。でも、私はそれで構わないわ」

 

「チッ……」

 

どこまでも余裕を崩さないその反応に、マクシミリアンは激しく不快そうに舌打ちした。さらに、彼女の神経を逆撫でするように、最も生々しい禁忌へと踏み込んだ。

 

「そういえば、先の王都強襲の作戦を立案したのはお前らしいな。……かつての同胞であり、元自国民であった者たちを、殺した気分はどうなんだ?」

 

マクシミリアンの容赦のない言葉に、エルム・クロウはただ感情の失せた瞳を見つめ返した。

 

「妙なことを聞くのね。……帝国人も王国人も、戦場に立ち、敗れれば等しく血を流して倒れる――それだけよ。そこに、何を感じると言うの?」

 

「帝国と王国が等しいだと!? はっ、さすがは国を捨てた亡命者だな。その言葉、我がグランゼイド帝国を軽んじていると受け取られても文句は言えまい? これを他の諸侯の耳に流されたくなくば――」

 

マクシミリアンが脅し文句を言い終わる前に、エルム・クロウは興味なさそうに背を向けた。

 

「好きにすればいいわ。それよりも、これから行うバルガ砦攻略の作戦内容を伝えるから。隊長たちを全員、私の天幕に集めて」

 

踵を返し、天幕へと入っていく細い背中を見送りながら、マクシミリアンはただ、怒りと困惑のままに吐き捨てるしかなかった。

 

「なんなんだ……あの女は……!」

 

 

天幕の内部。急ぎ集められた各大隊長や中隊長たちが簡易的な長卓を囲む中 、此度の作戦目標が、エルム・クロウの口から発表された。

 

「――これから我が軍はバルガ砦を陥落させ、そのままベスティア領に展開している王国軍主力の背後を突きます」

 

そのあまりにも無謀な作戦に、マクシミリアンは思わず椅子を蹴って立ち上がった。

 

「馬鹿なことを言うな! バルガ砦は堅牢な要塞だぞ。しかも王国兵四千が配備されている。我が方の兵力が五千程度あるとはいえ、まともに攻め落とすなど到底不可能だ!」

 

叫ぶマクシミリアンに対し、エルム・クロウはやはり、表情一つ変えないまま視線を返した。

 

「ディートハルト将軍も、先の王都(ローゼリア)占領の前は、私が何かを提案する度に貴方と同じように疑ってらっしゃったわ。だから私はその都度、自分の『首』を賭けて作戦を認めさせてきたの。――今回も、それと同じ条件では不満かしら? まあ、国を捨てた亡命者の首など、誰も欲しがらないかもしれないけれど」

 

「……っ」

 

自身の命を軽んじたその物言いに、マクシミリアンは息を呑んだ。そんな彼らの沈黙を見透かしたように、エルム・クロウは淡々と言葉を重ねた。

 

「――それはさておき。貴方がたは他ならぬ皇帝陛下の直命によって、私の麾下(きか)へと配属されたはずよ。この期に及んで私の方針に逆らうということは、皇帝陛下の御命令に背くという意味になるけれど。……それでも構わないのかしら?」

 

「くっ……!」

 

皇帝の名を出されては、マクシミリアンといえども引き下がるしかない。

悔しげに歯噛みし、彼女を睨みつけながら、辛うじて言葉を絞り出した。

 

「……分かった。まずは詳しい作戦の内容を聞こう。話は、すべてそれを聞いてからだ!」

 

「では、始めましょうか」

 

エルム・クロウは無表情のまま頷くと、天幕の奥へと視線を向けた。

「――ですがその前に。作戦の鍵を握る、皆さんに紹介したい『子』がいます」

 

「クェェ……」

彼女が指し示した天幕の隅。そこに置かれた特製の巣箱(ネスト)の中で、一羽の伝信竜(レグート)が、乾いた声で鳴いていた。

 

マクシミリアンは眉をひそめる。

「……伝信竜(レグート)か?」

 

「ええ。私と一緒にこの帝国へ亡命してきた、王国とこちらを繋ぐ『使者』よ」

 

――こうして、一晩でバルガ砦を陥落させた、エルム・クロウの恐るべき作戦が始まろうとしていた。

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