銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー   作:りぶ大根

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第28話 地図にない裏道

――時は戻り、現在。

ベスティア領の最大都市、フルーランシュ占領軍司令部の大広間。

 

長いテーブルを囲む会議の席で、マクシミリアンはエルム・クロウの功績を堂々と主張していた。

堅牢と謳われたバルガ砦を、彼女が一晩で無傷で落としてみせたからこそ、ベスティア領からローゼンベルク王国軍を速やかに撤退させることができたのだ、と。

 

だが、テーブルに並ぶ生え抜きの将軍たちは、一様に不快げな沈黙を保つばかりだった。

 

彼らとて、内心ではそんなことは百も承知なのだ。

だが、新参の亡命者に過ぎない女の功績など、プライドが邪魔をして褒め称えるはずもない。目配せを交わすと、互いの顔を見合わせて薄ら笑いを浮かべ、口々に白々しい主張を並べ立てた。

 

「確かに、王国軍を撤退させる手間は少し省けたかもしれんがな」

「うむ。何も彼女が動かずとも、最終的には我々の軍勢だけで、容易に勝利を収めていたはずだ」

 

口々に言い訳を並べる将軍たちの姿を見かね、テーブルの最上座からエルンスト・フォン・ベルクマンが言葉を挟んだ。

「――まあ、それ以上の不毛な言い争いはやめ給え。エルム・クロウ卿の働きによって我が軍の行軍が数歩進んだこと、それに対する『ご苦労だった』という言葉くらいは伝えておこう」

 

ベルクマンがそうやって形式的な労いで場を取り繕うと、将軍たちもこれ以上頑なに否定し続けては自らの器量を問われかねないと察し、一斉に白々しく同調した。

 

「そうですな。うむ、ご苦労であった」

「――それが裏切りによる成果だとしても、結果を出したことだけは認めてやろうではないか」

 

(一カ月も睨み合いだけして戦況を膠着させていたくせに、よく言う……)

マクシミリアンは内心で深く吐き捨てる。

 

そんな大広間の冷ややかな視線を浴びながらも、エルム・クロウは眉一つ動かさず、沈黙していた。

 

ベルクマンは喉を鳴らして居住まいを正すと、本題へと切り込む。

 

「――我がグランゼイド帝国軍は、本国からの増援一万、およびカシュタイン家が率いる五千を加え、計六万五千。対して、ルミナリアで再編成を終えたローゼンベルク王国軍は六万。……此度の合戦、数では我が方が上回っている」

 

ベルクマンの言葉を受け、先刻マクシミリアンへ侮蔑を向けていた男――ブルーノ・ザイデン将軍が、自信に満ちた笑みを浮かべて声を張った。

「その敵の六万とやらは中小の領主から無理に掻き集めた寄せ集めの混成軍らしいではないですか。我ら勇猛な帝国の前には、ただの烏合の衆! 恐れるに足りませぬな!」

 

大広間に将軍たちの傲慢な同調の笑いが広がる中、エルム・クロウが静かに、しかし遮るように冷徹な声を落とした。

「――恐れながら。今回の戦において、我が部隊は本隊の前線には加わりません」

 

「何だと……?」

 

ザイデン将軍が不快げに眉をひそめる。エルム・クロウはテーブルを見据えたまま、淡々とその絶対的な正統性を口にした。

 

「私はあらかじめ、皇帝陛下より『我が軍勢の意志による自由な単独行動権』を直々に拝領しております。本隊の指揮下には入りません」

 

その毅然とした態度に、将軍たちは一瞬だけ言葉を詰まらせた。

元より彼らは、亡命者である彼女の部隊を前線に出して手柄を立てさせるつもりなど毛頭なく、後方に予備兵力として遊ばせておく算段だった。そのため、彼女の申し出自体に異論はなかった。

――しかし、新参者が自分たちを飛び越え、皇帝直々にそこまで優遇されているという事実が、彼らの狭い器量にはどうしても収まらなかったのだ。

 

「ふん……好きにするがいい。だが、下手に動いて墓穴を掘ることのないようにな?」

「そうだ。勝手な単独行動で、我ら本隊の足を引っ張るような醜態だけは絶対に許されんぞ」

 

吐き捨てるようなザイデン将軍たちの嫌みに対し、エルム・クロウは眉一つ動かさず、無表情のまま静かに(こうべ)を下げた。

 

「――では。私どもは準備がありますので、これにて失礼いたします」

 

エルム・クロウが淡々と告げて席を立ち上がると、マクシミリアンもそれに追随するように椅子を引く。二人は宿将たちの射抜くような視線を背中に浴びながら、堂々と大広間を後にした。

 

 

司令部から連なる長い廊下に出た瞬間、マクシミリアンは抑えきれなくなった不満を露わに声を荒らげた。

「おい、エルム・クロウ! なぜ言い返さない?! 亡命者という立場上、言いづらいのは分かるが……俺たちがバルガ砦を落とさなかったら、将軍たちは今頃まだベスティア領で睨み合いを続けていたんだぞ!」

 

憤慨するマクシミリアンに対し、エルム・クロウは足を止めることなく、不思議そうに小首を傾げた。

「なぜ、貴方がそこまで怒っているの?」

 

「そ、それは……っ!」

動揺したマクシミリアンは一瞬だけ言葉を詰まらせ、少し顔を赤くしてぶっきらぼうに言い訳を並べた。

「お前が侮辱されるということは、お前の麾下に入った我がカシュタイン家の部隊ごと侮辱されているのと同じだからだ。……子爵家嫡男としての面子に関わる」

 

「そう。ごめんなさい。それは悪いことをしたわね」

 

「いや、別にお前に謝ってほしいわけじゃない。」

マクシミリアンは自分との温度差がある返答に困り、慌てて話題を変えるように声を張り上げた。

 

「そうだ、それより見返してやるためにも次なる一手だ。まさか、また王国軍の『背後』を狙うつもりか?」

 

「ええ、その通りよ」

 

「……っ、本当にやるのか!?」

マクシミリアンは半ば冗談のつもりだった。思わぬ即答に驚きつつも、「ま、まて」と慌てて言葉を重ねる。

「ルミナリアからベスティア領へ向かう王国軍主力の前線を迂回するなら、クレス山脈を越える国境ルートしかない。あの険阻な山を軍勢で強行突破するつもりか?」

 

エルム・クロウはなだめるように言った。

 

「慌てないで。うちの部隊は貴方の精鋭を含めて騎兵が中心よ。山越えなんて無理な真似はさせないわ。――代わりに、クレス鉱山で再整備された迂回用の山道を使うの」

 

「山道……?」

 

「ええ。あくまで山道だから行軍の速度は出せないけれど、鉱石の輸送用に使われていただけあって馬車も通れるわ。ここからなら正面の主力六万に一切気取られることなく、その背後へ回り込める。――後方に置かれたセレスティーヌたちの聖騎士団が、敵の兵糧を含む補給物資を守っているらしいから、そこをピンポイントで奇襲するわ」

 

マクシミリアンは驚愕のあまり、どこか的外れな問いを口にする。

「まさかお前、実はその鉱山で働いてたとかいうオチなのか?」

 

エルム・クロウは、マクシミリアンが冗談を言っているのか本気で驚いているのか量りかねたが、すぐに真面目な声音で首を振った。

 

「違うわよ。王都を占領している間に、王立地誌院や鉱山管理局の重要書類をいくつか『拝借』しただけ。出回っている地図には載っていない道だけど、計算上はベスティア領とロシュフォール領の境目あたりに直接、抜けられるはずだわ」

 

彼女は前方の暗闇を見つめ、確信を込めて呟く。

「たぶん、セレスティーヌの側にいる『あの軍師さん』も、この隠されたルートの存在までは知らないはずよ」

 

「……カイル・フォン・ヴァルデンとかいう、あの男爵家の男か。お前、奴を知っているのか?」

 

マクシミリアンが忌々しげにカイルの名を口にした瞬間、エルム・クロウはわずかに視線を細め、静かに言葉を返した。

あのバルガ砦の夜以降、彼女はマクシミリアンに対してだけ、必要以上に言葉を飾らずに話してしまうことがあった。

 

「ええ。私の知る限り、誰よりも優秀な軍師よ」

 

「ふん。そうかよ」

 

余計な評価を返されたマクシミリアンは、激しく不機嫌そうに顔を背けた。

そんな彼の子供っぽい反応を流しながら、エルム・クロウは冷酷な軍人の目に戻った。

 

「――王国内に潜伏している仲間の情報によると、後方には聖騎士団およそ八千。こちらの兵力ほうが少ないから、戦いは一撃必殺か、一撃離脱になるわね。……できれば此度の奇襲で、セレスティーヌの首を取りたいわ」

 

感情の消えた瞳の奥の奥に、憎悪にも似た炎が燃え上がっているのを、マクシミリアンは見た。

それはあの日、バルガ砦の城壁の上でほんの僅かに見せた微笑みとは対極にある、彼女の魂の深淵に燻る執念そのものだった。

 

エルム・クロウはマクシミリアンへと鋭く視線を戻し、一切の猶予を許さぬ口調で告げる。

「急ぐわよ、マクシミリアン。――ここからは、時間との勝負よ」

 

その冷徹な横顔には、かつてないほど強固な決意が刻まれていた。

 

――その後すぐ。エルム・クロウとマクシミリアンが率いる別動の騎兵隊は、帝国軍の本隊に先んじて、静まり返るフルーランシュの街を密かに出発したのだった。

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