銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー   作:りぶ大根

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第36話 決着

セレスたちから少し離れた場所で、帝国の伝令がエルンスト・フォン・ベルクマン将軍に声をかける。

「閣下。ドルクハルト様が敵将と下馬して、一騎打ちを始めたようです」

 

「ほう。妙な空気が漂っていると思ったが、そういうことか」

ベルクマン将軍は落ち着いた声で答えた。

 

「どうやら相手はセレスティーヌらしいですが、いかがなされますか?」

 

「ふ。奴が下馬したということは、本気ということだ」

ベルクマンは視線を正面へ向ける。

 

「我々は敵将エーベルバッハに集中すればよい。ここまできたらドルクハルトの邪魔をするわけにはいかん」

 

「はっ!」

 

 

セレスはドルクハルトの大剣を見つめた。

白銀の鎧を静かに脱ぎ捨て始める。

 

あの巨剣を受ければ、どのみち鎧ごと叩き潰される。ならば少しでも身軽な方がいい。

 

ドルクハルトは微動だにせず、ただその様子を見守っていた。その隙を突くような無粋な真似をする男ではなかった。

 

セレスは軍用コットントップスの首元の紐を隙間なくきつく結び直すと、剣を再び握り締めた。

 

「お待たせしました」

 

「銀光のセレスティーヌ、参ります!」

 

ドルクハルトは白い歯を見せて笑った。

「来い!」

 

セレスの初撃は、迷いのない一直線の突きだった。

鋭い一閃をドルクハルトは大剣の腹で事も無げに弾く。

 

直後、片手で大剣を振り上げ、下から斬り裂くように薙ぎ払った。

セレスは後方へ跳ぶ。まるで宙返りのような動きで刃をかわし、着地と同時に鋭い突きを放った。

 

先ほどフェリックスの猛攻を防いだ時と同じように 、ドルクハルトは大剣を盾のように操り、その連撃をことごとく受け止める。

続けざまに頭上から大剣が振り下ろされた。

 

セレスを真っ二つにせんとする兜割り。

 

ズゥン!

 

轟音と共に大地が震えた。

セレスは紙一重で身をかわす。

 

大剣が叩き付けられた地面には、亀裂が走っていた。

普段は流麗な剣技を見せるセレスだが、鎧を脱いだ今は違う。

 

その動きは野生の豹そのものだった。

しなやかに駆け、跳び、牙を突き立てる隙を探し続ける。

 

カイルには、その姿が捨て身にしか見えなかった。

(やはり……俺一人でも行かなくては)

愛用の剣へと手が伸びる。

 

その動きを見たミリアは、小さく息を吐いた。

「カイル。セレス様が貴方に『ヒルデガルドになる方法』を尋ねたとき、何て答えたか覚えてる?」

 

「……?」

唐突な問いに、カイルは手を止めた。

 

「忘れたの?」

ミリアは静かに言った。

「『勝利の代償として、ヒルデガルドは多くのものを捨てた。平穏、安らぎ、そして人間らしい心。最後に残ったのは血塗られた栄光と、底知れない孤独だけだった』」

 

カイルは反射的に言い返した。

「だ、だからこそ! セレス本人ではなく俺が――」

 

「カイル」

ミリアは遮る。

 

「貴方、まだ分かってないのね」

そして優しく微笑んだ。

「貴方はもう、セレス様の一部なのよ」

 

「……!」

 

 

セレスには周囲の喧騒が遠のいていくように感じられた。

水中にいるときのような感覚だ。

 

しかし、五感のすべては、大剣が空気を切る音。踏み込みの音、ドルクハルトが発するすべての音に集中していた。

 

突きではなく、剣を後ろに構えたままドルクハルトに向かっていく。

ドルクハルトは防御ではなく、大剣で迎撃する。

 

セレスは咄嗟に判断する。

(横薙ぎ!)

 

常人なら後ろ退くか跳んで避ける高さであった。

しかしセレスは倒れ込むほどの前傾姿勢で、大剣の下をくぐる。

 

ドルクハルトはそのしなやかな動きに驚愕する。

 

セレスの地面すれすれの攻撃に対して、膝蹴りでセレスの顔面を狙う。

膝の金属がセレスのこめかみ付近をかする。

セレスはそこから跳ぶように真上に向かって剣を突き上げる。

 

ドルクハルトの顎の下に剣先が届こうかというときに、ドルクハルトは反射的に左手を差し出した。

 

「ぐっ!」

剣先が手のひらを貫き、血が飛び散る。

 

セレスは剣が手のひらに食い込み、抜けなくなったのを見て、咄嗟に腰の裏の短剣を抜き、首を狙った。

ドルクハルトは残った右手で短剣を受けた。

 

「ぐぅっ!」

短剣はその掌をも貫通した。

 

ガラン。

 

支えを失った大剣が地面へ落ちる。

セレスは素早く後方へ飛び退いた。

 

ドルクハルトはもはや大剣を握れない。

 

「勝負はつきましたね」

 

ドルクハルトは掌に刺さった短剣を乱暴に引き抜き、鮮血が滴り落ちた。

「……そうだな。さあ、首をはねるがよい」

 

「いえ、抵抗できない人を殺す趣味はありません」

 

「生き恥をさらせと?」

 

「たった一度の敗北で、ですか? それを言ったら、私はウィンドル平原で死んでいたはずです」

 

「……」

 

その言葉に、ドルクハルトは何も返さなかった。

 

次の瞬間。

「うおおおおおっ!」

 

セレスティーヌ軍から大歓声が上がった。

 

「勝ったぞ!」

「セレス様が勝った!」

 

一方、帝国軍には動揺が走る。

「まさか……ドルクハルト様が負けるとは」

「あり得ん……」

 

兵士たちはざわめきながら、ベルクマン本隊の方へと後退を始めた。

 

ドルクハルトはゆっくりと愛馬へ歩み寄る。

傷ついた両手では手綱を握ることすら苦しかったが、それでも何とか鞍へと跨った。

その背へ向かって、セレスが声を掛ける。

 

「ドルクハルト殿!」

 

ドルクハルトが振り返る。

 

「……貴方が、今までの人生で一番強い人だったわ」

 

一瞬だけ目を見開き、やがて苦笑した。

「セレスティーヌ殿。貴殿はいくつになる?」

 

「十八ですが?」

 

「『今までの人生で一番強い』か……」

 

ドルクハルトは空を見上げ、そして豪快に笑った。

「わっはっはっは! まだまだ世界は広いぞ」

その笑い声は戦場に響き渡る。

 

「もっと鍛えるのだな」

そう言い残し、ドルクハルトは馬首を返した。

 

ドルクハルトとの戦いを終えたセレスの元へ、カイルはゆっくりと歩み寄った。

紙一重でかわしているように見えたが、いくつもの浅い傷が刻まれている。

 

「セレス……お前」

 

いたたまれない気持ちでそれを見つめるカイルに対し、セレスは少しだけ困ったように眉を下げて笑った。

 

「これが、私なりの『勝利のための手段』です」

そして小さく頭を下げる。

「心配をかけたことは、ごめんなさい」

 

ミリアが肩をすくめた。

「カイル、貴方の負けよ」

 

「……そうらしいな」

カイルは降参だと言わんばかりに両手を軽く上げ、自嘲気味に苦笑した。

 

その瞬間。

 

「セレス姫さまぁぁぁ!」

 

ルナがボロボロと大粒の涙を流しながら、猛烈な勢いで正面から飛びついてきた。

不意を突かれたセレスは思わずよろめき、その小さな身体を慌てて受け止める。

 

セレスは思わずよろめく。

「ル、ルナ?」

 

「うぅぅぅ……よかったですぅ、ご無事で、本当によかったですぅ……!」

 

胸に顔を埋めて子供のように泣きじゃくる少女を、セレスは優しく抱きしめ返した。ルナはルナなりに、セレスが選んだ覚悟を理解していたからこそ、必死に涙を堪えて耐え続けていたのだ。

 

その様子を少し離れた場所から見ていたルークとエミールは、顔を見合わせ、同時に肩をすくめて息を吐いた。

「ルナは、ずっと泣きそうでしたからね」

「我慢してた反動だろうな」

 

その空気を吹き飛ばすようにフェリックスが笑った。

「へっ! セレスだけにいいとこ見せられてたまるかよ!」

槍の残骸を肩に担ぐ。

「セレスティーヌ軍は、これからだぜ!」

 

ミリアが即座に突っ込んだ。

 

「貴方、その槍折れてるじゃない」

 

「うるせぇ!」

 

周囲から笑い声が上がった。

 

ルークがカイルに馬を寄せ小声で確認する。

「よろしいでのですか? 捕虜にして人質にする手もありますが」

 

「ああ、そうだな。だが、今回はこれでいい」

 

ルークは小さく笑った。

「承知しました……」

 

(俺は散々偉そうなことを言っていたが、結局セレスを信じていなかったんだな……)

カイルは地面に置かれていた白銀の鎧を拾い上げる。

 

土埃に汚れたそれを軽く払うと、無言のままセレスへ差し出した。

セレスは少しだけ目を丸くした後、微笑んだ。

 

「ありがとう。カイル」

 

カイルは肩をすくめる。

「早く着ろ。次の戦いが待ってる」

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