銀光のセレスティーヌ ー 虚像の聖騎士と風変りな軍師 ー   作:りぶ大根

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第4話 英雄の真実

庭園の中心で二人は対峙した。

 

夕日を弾くセレスの白銀の鎧は、カイルの麻服と鮮烈な対照をなしていた。

 

「始めましょう」

剣を握ったセレスは、先程とは異なり自信のある表情で告げた。

「『銀光のセレスティーヌ』の実力をお見せします」

 

最初の一閃は圧巻だった。

 

バキィッ、と空気を破るような打突音。

カイルはセレスの木剣を受け止めたものの、その凄まじい衝撃に後ろへと押し込まれた。

(なるほどな。噂通り凄まじい剣撃だ)

 

セレスの剣筋は芸術品のように美しく、的確に相手の急所を捉えていく。カイルは木剣でそれを辛うじて防ぎ、受け流すのが精一杯に見えた。

 

(ここまで受け流すなんて。でも、やはり私の方が強い……)

 

しかし剣が木屑を散らす中で、セレスは違和感を覚えた。

(この人、攻撃するつもりはない……?)

 

そう感じた刹那、カイルはセレスの強撃を受け流した反動を利用し、不自然なほど大きく後ろへと跳んだ。

距離を離すためではない。――それは「合図」だった。

 

「――っ!?」

 

直後、無防備になったセレスの背後から、激しい殺気が突き刺さる。

音もなく忍び寄っていた二人の男たちが、一斉に飛び掛かってきた。

 

「!」

 

咄嗟の判断で一人目の剣を弾き、その首筋を柄で打ち据える。

続けざまに二人目が剣を振り下ろした瞬間、左手で鞘を掴み、その腹部へ一撃を叩き込んだ。

 

「さすが『銀光のセレスティーヌ』殿。だが終わりです」

 

逃げ場を塞ぐような声に、咄嗟に振り返る。

その瞬間、低く傾いた夕日が視界を真っ白に焼き付かせた。

 

(しまっ――)

 

視界が眩んだコンマ数秒。

喉元に、木剣の剣先が触れる。

 

「勝負ありだな」

 

カイルの声が、冷たく響いた。

セレスは地面に片膝をつき、肩で荒い息を吐きながら彼を激しく睨みつけた。

「卑怯よ……っ!」

 

「これが『(いくさ)』というものだ」

カイルの瞳は、氷のように冷徹だった。

 

「勝つためなら、多方向から襲う方が理にかなっている。姿を隠してな。貴女の剣術は、一対一なら無類だろう。多勢を相手にしても、ある程度は凌げる。……だが」

 

カイルは一歩踏み出し、見下ろすように言い放った。

「それはあくまで『個』の戦いに過ぎない。戦場では何の意味も持たん。そんなことも理解せずに士官学校首席とは、笑わせるな」

 

セレスは、屈辱に唇を噛みしめた。

 

「……来るがいい」

カイルは背を向け、城内の一室へと彼女を案内した。

 

 

そこは、古い書庫だった。

天井まで届く本棚には、古ぼけた羊皮紙の書物がびっしりと詰まっている。

 

「ヴァルデン家には代々、軍事顧問が蓄えてきた記録がある」

 

彼が松明を灯すと、暗がりに棚の一角が浮かび上がった。

「ヒルデガルド・フォン・シーデルランドに関する記録は、ここだ」

 

そこには、数百冊に及ぶ分厚い帳簿が並んでいた。

セレスは、思わず息を呑む。

 

「まさか……実際の、戦闘記録なの?」

 

「正確には、公式が隠蔽した非公式の記録も含まれているがな」

カイルが一冊の書物を取り出した。

「これが、最も詳細な『北方戦役』の記録だ」

 

セレスは、震える手でそのページをめくった。

敬愛する英雄の名が連なる、その記述を――。

 

『バルトリナ砦攻略』

 

◆二月十八日

ヒルデガルド将軍は砦周辺の村落に工作員を放ち、食糧倉庫に放火。同時に、家を失った大量の難民をあえて砦内へと追い込み、守備兵五百名ごと極度の飢餓状態に陥らせる。

 

◆同日夜

偽りの投降交渉で北門を開放させ、伏兵六十名を突入。守将オーストロフの身柄を拘束し、これを人質として利用せり。

「砦を明け渡さねば人質の首を刎ねる」と通告。僅か二時間にて開城。

 

「…………っ」

 

セレスの指が、止まった。

これが、自分の憧れた英雄の姿なのか?

 

「こんなの……嘘よ。ありえないわ……!」

 

「嘘ではない。これが戦争だ」

カイルは、残酷なまでに淡々と言い切った。

 

「貴女が理想としてきた『聖女将軍(ヒルデガルド)』は、ただの建前だ。本当の彼女は、勝つために手段を選ばない、冷酷な作戦立案者だった。それだけのことだ」

 

「じゃあ、私の……私の目標は……」

 

「ただの幻想だ」

 

鋭い言葉が、セレスの胸を貫いた。

書庫の床に座り込んだ彼女の肩が、激しく震えている。

 

「どうして……誰も教えてくれなかったの……」

頬を、涙が伝う。

「父上も、先生方も、みんな……!」

 

「ランカスター公爵は、貴女を『鎧を着ただけの貴族令嬢』として扱いたかったのさ」

 

カイルは、淡々と真実を突きつける。

「娘が民衆から『聖女将軍(ヒルデガルド)の再来』と崇められれば、舞踏会で踊るだけの令嬢より、よっぽど政治的価値が出る。もとより戦場に行かせるつもりなどなく、適当な婚姻を結ぶまでの、都合の良い『駒』にするつもりだったんだろう」

 

セレスは、否定できなかった。

彼の語る言葉が、あまりに冷酷な「真実」であると、本能が理解していたからだ。

 

書庫の隅で蹲るセレスの姿は、痛ましかった。

銀の髪は乱れ、誇り高き聖騎士団長の面影はない。

 

そこにはただ、挫折した一人の少女がいた。

 

「カイル」

見かねたミリアが、厳しい声で咎める。

「やり過ぎよ。もっと、別の言い方が……」

 

「真実から目を背けて、どうする」

カイルは冷静だった。

「このまま幻想に囚われていれば、また同じ過ちを犯すだけだ」

 

セレスは、ただ黙って、唇を血が滲むほどに噛みしめた。

 

憧れの英雄が残忍な策略家だったという事実。

そして何より、自分がその英雄の偽物に過ぎないという現実が重くのしかかる。

 

「それで……貴女はどうするんだ? 理想の聖女将軍(ヒルデガルド)の伝記や、戦女神(エイリーン)の絵本を抱えて一生終えるか?」

 

セレスは目を閉じた。

王都での出来事が脳裏によぎる。

 

かつて自分が守ると誓った、弱き者たちの悲鳴。助けを求める掠れた声。

 

助けたかった。

必死に剣を振るい、人々へ手を伸ばした。

だが、そんな個人の武勇など、燃え上がる王都の絶望の前ではあまりに無力だった。

 

何が『銀光』か。

目の前の敵を斬り伏せることはできても、その背後で消えゆく悲鳴を止めることすら叶わなかったではないか。

 

真実を知った今、自分には無理だと逃げ出せば、この後悔からは解放されるだろう。

けれど、その先に待つのは、一生消えることのない「自分への失望」だ。

 

(……それに、愚かな私を信じてくれた人々に報いたい)

 

セレスは、カッと目を見開いた。

 

「カイル様、教えてください! 帝国軍を倒す方法を! 真のヒルデガルドになる方法を!」

 

「帝国を倒す方法を教えるのは構わない」

 

カイルは頷いた。

「だが貴女を真のヒルデガルドに変えようとは思わん」

 

彼の言葉にセレスは眉をひそめた。

「なぜですか? それが勝利の鍵なら……」

 

「俺はヒルデガルドのやり方全てが正しいとは思っていないからだ」

 

カイルの声に珍しく感情が滲んだ。

「彼女もまた、歪んだ英雄だった」

 

「こちらは記録ではなく、彼女の日記だ」

彼は日記のある箇所を指さした。

 

◆ 8月22日

敵将を処刑。

命乞いをする彼の瞳が、今も焼き付いて離れない。

人としての心はとうに悲鳴を上げている。だが将として、私はその声を殺す。

私が人でなくなることで、この国が守れるのなら、喜んで怪物になろう。

負けるわけにはいかない。絶対に。

 

「……こういう矛盾が、彼女を蝕んでいったんだ」

 

カイルは静かに日記を閉じた。

「勝利の代償として、彼女は多くのものを捨てた。平穏、安らぎ、そして人間らしい心。最後に残ったのは、血塗られた栄光と、底知れない孤独だけだった」

 

「……」

セレスは黙って聞いていた。

 

「大切なのは貴女自身のやり方を見つけることだ」

カイルは真剣な眼差しで言った。

「ヒルデガルドの方法を知ってなお、彼女のように堕ちない道を進む。それこそが真の超越ではないか?」

 

「私には……そんな道が見つけられるかどうか」

 

「最初は俺の言う通りに行動しろ」

 

カイルは不敵に笑った。

「経験を積みながら、自分だけの戦い方を見つければいい」

 

セレスはゆっくりと立ち上がり、埃を払った。

「わかりました」

 

その瞳には再び光が戻っている。

「カイル様の指示に従います」

 

「カイルでいい。『様』なんてつけるな」

彼は少し照れたように視線を逸らした。

その様子を見届け、セレスが書庫を後にする。

 

 

残されたのは、かつて恋人だった二人だけだ。

士官学校時代、二人は将来を誓い合った仲だった。

 

しかし、カイルには父の決めた縁談――母方の遠戚の娘との結婚が待っていた。

 

カイルは男爵家と縁を切るとまで言った。だが、ミリアは身を引いた。

 

その後、カイルは男爵家に戻り、両親に言われるがまま妻を娶った。

だが、その妻も結婚してすぐに流行り病で息を引き取った。

 

静寂が戻った書庫で、ミリアが小さく呟いた。

「意外と面倒見がいいのね」

 

カイルは肩をすくめた。

「頼まれたんだから仕方ないだろう」

 

「セレス様を連れてきた私が言うのも何だけど……断ると思っていたわ」

 

「正直言えば迷ったさ」

カイルは窓の外へ視線を向けた。

「だが彼女には何かがある。このまま朽ち果てるには惜しい才覚だ」

 

「昔からそういうとこ、あるわよね」

ミリアの表情が柔らかくなる。

「困ってる人を見過ごせない」

 

「勘違いするな」

 

カイルは咳払いをした。

「合理的判断だ。王国の未来を考えれば、戦力を遊ばせておく余裕はない」

 

ミリアは悪戯っぽく、けれどどこか切なさを滲ませて微笑んだ。

「ええ、分かっているわ。……ありがとう、カイル」

 

カイルはふっと短く笑った。

「今度は最後まで付き合ってもらうぞ。ミリア」

 

二人の間に流れる沈黙は、もはや以前のような重苦しいものではなかった。

 

窓の外では、激しかった一日の終わりを告げるように、夕陽が山嶺へと沈んでいく。

二人はしばらく、その光景を黙って眺めていた。

 

そして、セレスとカイル。この二人が後に、王国にどのような運命をもたらすのか。

新たな英雄の物語が、今、静かに幕を開けた。

 

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