「ならば私は、辺境の魔女になりましょう」 作:なごりyuki
「うむ! 錬金魔術も随分と上達したな、ユリカ!」
私が試作した滋養薬が品質鑑定され、その証明用紙に目を通した父は喜んでくれた。
「汎用素材を用いて、これだけの薬効を持たせることができるなら大したものだ。これなら、王都の錬金術士試験にも問題なく合格できるだろう」
宮廷内の特別工房の一画にテーブルセットを設置して、一息入れるために淹れた茶に口を付けた父は、証明用紙から私に視線を上げた。
ふっくらとした体型の父は、性格も温和で優しく、理知的で、大きな丸眼鏡が良く似合っている。
クライン・フェル・グランハース。
宮廷貴族であり、筆頭宮廷錬金術士でもある父は元平民だった。
王家が苦しむ“勇者病”。その鎮静薬を錬成できる腕を見込まれ、今は宮廷の工房に身を置いている。
父が名誉貴族として宮廷に引き留められているのは、父自身の野心によって成り上がった結果というよりも、その錬金魔法技術を純粋に求められ、評価された結果だった。
他の宮廷貴族諸卿から見れば、元平民の父が王族から重宝されていることは面白くないようだったが、その肩書通り、父は王国内でも最高峰の錬金術士なのだった。
「試験結果は良かったけど、私じゃまだまだ父さんには敵わないわ」
テーブルに突っ伏した私は、降参するように溢した。錬金魔法の修行を続けているからこそ、父の偉大さを肌で感じる日々だった。
「私に適わなくともいい。まだユリカは錬金術士見習いだが、錬成した魔法薬や魔導具には、誰かを助ける力がある。そのことの方が優劣や名誉よりも、よっぽど大事だ」
「そりゃあ、そうだけど……」
今の私は錬金魔法技術を認められ、宮廷内での父の錬金業務を手伝っている。
「イザベル様も、お前が錬金術士になったら、“聖気”を使えるようになる魔法薬を用意してもらおうと、うきうきとしていたぞ」
「冗談に決まってるよ。いくら公爵家様の御注文でも、そんな魔法薬は作れないって。父さんが一番理解してるはずでしょ」
「ははは。確かに。……だが、神聖法術を魔導具に吹き込むことならば可能らしいぞ。隣の帝国では、神官や魔術士が研究していたはずだ」
「魔導具の製作はともかく、神聖法術に関しては教会の管轄だよ。魔術と法術は別物だし。……というか、やっぱり父さんでも無理なの?」
「あぁ。残念だが“聖気”に関しては、生まれつきの体質によるところが大き過ぎる」
「生まれつき、か……」
私は突っ伏していた顔を上げて、手袋をした両手を組み合わせた。祈るように。
「すまんな。無神経な言い方をした」
父が私の手袋を見てから、堪え切れなかった悲しげな色を苦笑に混ぜたのが分かった。そして、その迂闊さを父は後悔したように目を伏せた。
「ううん。私の方こそ、ごめん」
父に苦しそうな笑みをさせてしまったことが、少しだけ辛かった。できるだけ明るい声で話題を逸らした。
「あのさ、父さんみたいな宮廷錬金術士になろうと思ったら、まだまだ試験を受けないといけないんだよね?」
「あぁ。試験もそうだが、錬金魔術と知識の研鑽、魔力操作の鍛錬を積むしかない。倦まず、弛まずにな。地道な努力が必要だな。……だが、もっと大事なことは」
父は穏やかに、私を諭すように苦笑する。
「お前が誰かに求められる人間になることだ。どれだけ立派な肩書を持っていても、孤独になって孤立すれば無力だ。誰とも繋がらない者は、人間的な力を何も発揮できない」
「うん。わかってる。私はただ――」
「父である私の名誉を守ろうというのだろう? 嬉しいことだが、お前の人生に私の肩書が影響を与えることになる。お前は、お前らしく生きればいい」
大事なものを手渡すような言い方だった。
笑みのまま歯を食いしばるように頬を強張らせた父の視線が、再び私の手袋を撫でる。
「私が教えた錬金術が、その助けになればいいとは思う。だが、私のために生きようとしてはいけない」
「……うん。でも、私は父さんのことを尊敬してるし、男手一つで育ててくれたことも感謝もしてる。何より私は、父さんのことが大切だから」
漂い始めた感傷的な空気に任せて、私は本心からの言葉を継いだ。
「私も宮廷錬金術士になって、父さんを手伝いたいんだ」
「……今でも十分に助けてもらっているがな」
椅子に凭れた父はゆっくりと息を吐き出して、照れ笑うようにはにかんだ。
「私の方こそ、お前には感謝しないといけないぐらいだ」
「だったら、あんまり夜遅くまで解呪魔法の研究をしてないで、早めに寝てね?」
「……気付いていたのか?」
「私の所為で父さんの体調が崩れたら、泣くに泣けないもん」
「大丈夫だ。お前の命を悪魔から買い戻すまでは、私は研究を続けるつもりだぞ」
私が言うと、父は参ったように、だが嬉しそうに笑ってくれた。それから少ししてからだった。父が殺されたのは。
第一話を読んで下さり、ありがとうございました。