「ならば私は、辺境の魔女になりましょう」   作:なごりyuki

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第10話 蠢く者の影

 

 

 

 

 商館に運ばれたあと、毒によって衰弱していた住民は子供も含む12人。

 

 癒えない身体の疲れと、精神的な消耗が引き金になったのか。市販されていた解毒薬を服用、または解毒軟膏を傷口に塗って一時は回復したものの、容体が急速に悪化したらしい。

 

 応急処置にあたっていた医術士や、看護役の女性達もオロオロとしていた。苦しんでいる者達を前に打つ手がなく、無力感と絶望感に飲まれそうになっている様子だった。

 

「此方を使って下さい……!」

 

 数名の神官達と共に商館に到着した私は、持ってきた解毒薬を手渡しながら、すぐに飲んでもらうようにと伝える。それから聖堂のときと同じく、薬効強化の結界を張った。

 

 クゼル様は私の護衛として付き従いながら、自分の部下であるらしい冒険者風の男性、あるいは兵士達に指示を出して、施設工房から必要な魔法薬を持って来てくれていた。

 

 おかげで、私は商館内に留まっての錬金魔術作業に集中できた。

 

 安息効果のある香を焚いて、運んできてくれた滋養薬を更に強化、安静状態にあった住民達だけでなく、商館に詰めていた兵士や冒険者にも飲んで貰う。

 

 私が用意した魔法薬がちゃんと効いてくれた以上に、駆けつけてくれた顔なじみの神官や聖女達の存在が安心感を齎したのだろう。

 

 毒に苦しんでいた住民たちも顔色を取り戻し、今では静かな寝息を立てている。

 

(……ひとまずはこれで、今晩は乗り越えられるはず)

 

 疲労と安堵を抱えながら、私は商館の外に出た。

 

 クゼル様から貰っていた滋養薬を一口飲んで、大きく深呼吸をする。頭を振った。

 

(ううん。違うわ。まだ何も終わってない。この夜に魔獣の群れが襲ってきたら、どうなるか分からないもの)

 

 忙しく動いている兵士達、そして冒険者たちの気配が、傷ついた夜の町に満ちている。ヴァルグ様の指示のもと、彼らが私たちを守ってくれているのだ。

 

 それを再認識しながら、私は夜空を見上げた。

 

 曇った夜空から、ぬるい風が降りてきている。星は見えない。額から頬を伝い、顎から滴る汗を拭う。かなりの魔力を消耗した。鈍い熱が頭に澱んでいる。

 

 その感覚すら、どこか他人事に感じた。私はまだ現実感を取り戻せていない。自分が何を失ったのか実感することを拒むように、心は麻痺したままだった。

 

(今の私はただ、父さんの言葉を実践しようとしてるだけよね。“ユリカ”であった時間を、どうにか延長しようとするみたいに……)

 

 まだ馴染みきらない『アリサ』という新しい名前を持て余しながら、空疎な自嘲と共にそう思ったときだった。

 

「あの……! 錬金術士様!」

 

 背後から声を掛けられた。

 

 商館の方を振り返ると、女の子が此方に向かって駆け寄ってくるところだった。

 

 肩までの茶髪と、利発そうな顔立ち。10歳を過ぎたぐらいだろうか。既に労働を知っているのだろう手足は健やかで、私を見上げてくる眼差しにも素朴な力強さがある。

 

「先ほどは両親と弟たちを助けて下さって、ありがとうございましたっ!」

 

 息を弾ませた少女が、勢いよく頭を下げてくれる。私は少し慌てた。

 

「あなたの御家族を回復に導いたのは、治癒法術を実践して下さっている神官様を含め、医術士や魔術兵の方々ですよ。私はただ、その一助として魔法薬を届けただけですから」

 

「で、でも神官様たちは、錬金術士様のおくすりの御蔭だと教えてくださいました! おくすりが無ければ、私の家族はきっと助からなかっただろうって」

 

「そう、ですか……」

 

 少女の熱心な口振りに気圧されながら、ゆっくりと私は頷いた。

 

「あなたの御家族を癒せたならば、私も光栄です」

 

 本心から私が言うと、少女は胸の前でぎゅっと手を結んだ。私を見詰めてくる。

 

「錬金術士様! どうか、この町にずっと残って下さいませんか!」

 

「えぇっ」

 

 いきなりの申し出に、また私は慌ててしまう。

 

「この町にいた他の錬金術士は皆、私たちを捨てて逃げてしまいました。お薬を作れる人が、もう居ないんです」

 

 思い詰めたような尊敬の眼差しで見上げてくる少女は、手袋をした私の両手を握った。痛いぐらいの力だった。

 

「もしも無理でしたら、いつか、私のことを弟子にしてください! 私の名前はアルと言います! 何でもします! ですから、どうか……!」

 

「えぇと……」

 

 アルと名乗った少女の懸命な訴えに、私はすぐに応じられなかった。

 

 弟子を取る錬金術士というものは組合を通し、徒弟制において技術の継承を行うものだ。薬品の精製や販売にも当然許可が必要である。

 

 そもそも私は、自分の意志でこの町に留まることさえ選べない。『アリサ』という名前を貰っただけの、本来なら存在しない人間なのだ。

 

「わ、私は……」

 

 一体、どう応えればいいのか。アルに見上げられたまま、私はオロオロとしてしまう。

 

「あんまり無理は言っちゃいけないよ、お嬢ちゃん」

 

 いつの間に現れたのか。全く気付かなった。

 

 高身長を猫背にしたクゼル様が、私の傍に立っていた。アルもびっくりしたように肩を跳ねさせている。

 

 いや、もしかしたら私やアルが気付かなかっただけで、すぐ近くで私の護衛をしてくれていたのだろうか。だとすれば、クゼル様は気配を消すのが異常に巧いのだ。

 

「そのお姉さんは、レジルカの領城でお仕事をすることになってる。だから、この町にも残れないし、お嬢ちゃんを弟子にもできないんだ。残念だが」

 

 クゼル様は穏やかながら、有無を言わせない口振りだった。アルは少し怯えた顔になって、私の腰に隠れるように身を寄せてくる。

 

「そう、なんですか?」

 

 縋るような目で見上げてくるアルに、私は曖昧な苦笑で応じるしかなかった。

 

「えぇ。ごめんなさいね。アル」

 

「いえ……。無茶なことばかりお願いしてしまって、ごめんなさい」

 

 一方的に感情を昂ぶらせていた自分を恥じるように、アルは素直に頭を下げた。そして、すぐに背を向けて商館の中へと駆け戻っていってしまう。

 

「アル!」

 

 追いかけようとしたときには、もうアルの小さな背中は商館の中に入ってしまって、もう見えなかった。

 

 振り返ると、クゼル様はバツが悪そうに指で頬を掻いていた。

 

「どうにも、子供の相手は苦手でねぇ。もうちょっと優しいお兄ちゃんを演じるべきだったかなぁ」

 

「いえ、私だけでは、あの少女に、……いえ、アルに納得してもらえる応答はできませんでした」

 

「まぁ正直なところ、あの女の子の気持ちも分かるよ。……こんなことを言うのは不謹慎だけど、アリサ嬢がいてくれて助かってる」

 

「少なくとも私も、クゼル様に助けていただいています。今も、それに聖堂や商館でも」

 

 言いながら私は、手袋をした手を組み合わせた。

 

 商館で薬効強化の結界を展開する際も、手袋を外した私の手を他者の視線から守るべく、クゼル様が壁となってくれたのだ。

 

「まぁ、俺は突っ立ってただけだよ」

 

 私の手袋をチラリと見たクゼル様は肩を竦めるが、実際のところ、クゼル様も忙しく部下に指示を出して、この町の内外の状況把握に努めていたはずである。

 

 その証左として、今もクゼル様の傍に冒険者風の男性3人が駆け寄ってきて、何かを耳打ちした。それに、何かペンダントのようなものを渡している。

 

「あぁ。……やっぱり邪教従どもの仕業か」

 

 表情を険しくしたクゼル様は鼻を鳴らして、ペンダントを手の中で眺めていた。一礼をした冒険者風の男性達が慌ただしく走り去っていく。

 

 取り残された私達を包む暗がりが、さらに濃くなった気がした。

 

「……工房に戻ろうか。アリサ嬢」

 

 軽薄な口振りのクゼル様は、忙しくて参っちまうねぇと苦笑している。

 

「ヴァルグの旦那が待ってるみたいだよ」

 

 

 

 

 

 






10話まで読んで下さり、ありがとうございました!
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