「ならば私は、辺境の魔女になりましょう」   作:なごりyuki

11 / 15
第11話 明滅

 

 

 

 

 

「アリサ嬢。聖堂と商館での首尾は聞いている」

 

 施設工房に戻ったところで、ヴァルグ様は2人の兵士を従えて待っていた。

 

「用意してくれた滋養薬は、夜番の冒険者にも配らせて貰った。皆、効果の高さに驚いていたぞ」

 

「は。微力ながら、私もお役に立てれば光栄です」

 

 私がヴァルグ様に一礼すると、後ろに控えていた兵士達も私に礼を返してくれた。どうやら彼らも、私に敬意を表してくれているようだった。

 

「こちらこそ礼を言う。町の住民も救われたことだろう。……だが、状況は更に悪化するかもしれん」

 

 眉間を絞ったヴァルグ様は、クゼル様にも目線を向けた。

 

「……町の防壁上を警邏していた冒険者が、山の中に不自然な明かりを見つけてな。火や炎ではなく、明確に魔術の光だったそうだ」

 

 ヴァルグ様の声には、嫌悪と怒りが色濃く滲んでいる。

 

「クゼルの部下に、捜査に向かって貰った。町がこの有り様だからな。夜の山中で魔術を使おうとしている者の存在など、見過ごせるわけがない」

 

「えぇ。話は聞きました。それで黒フードの連中を3人、とっ捕まえましたってね。……が。全員が歯に仕込んでいた毒薬で自害。身元を割れる所持品は無し」

 

 軽薄に応じるクゼル様が、懐から何かを取り出した。

 先程のペンダントのようだ。

 

「いつもの如く、そいつらが身に付けていたのがコレってわけです」

 

 人間の頭蓋骨。その口の部分から、赤ん坊が這い出ている姿が彫られている。グロテスクで不気味だが、どこか厳粛な雰囲気のある造型だ。

 

(初めて見たわ。話だけは聞いたことあったけれど、あれが邪教徒の証なのね)

 

 私は背筋に冷たいものを感じながら、クゼル様が手にしたペンダントを見遣る。

 

 辺境で密かに広がる邪教は、悪魔を崇拝する。

 

 信奉によって悪魔を召喚して世界を滅ぼし、その後に残った地上においてこそ、人々は新たな自由と平等を得られるというのが教義らしい。

 

 こういった破滅主義的な教義が人を惹きつけるのは、悪魔が実在したという事実があるからだろうか。

 

 かつて“勇者”と呼ばれた者達は、大陸に跋扈していた数多くの悪魔を討ち取り、平和を齎した。彼らは人々から推されて指導者となり、大陸諸国を統治した。

 

 現在までに統合と吸収が進み、大陸は王国と帝国に二分されている。

 

 王族、皇族たちは勇者達の末裔である。そして王族の祖先である一人の勇者は、ある強大な悪魔を討った際に呪いを受けていた。

 

 その呪いこそが、古より歴代の国王を苦しめ、今もロレンス殿下を苛んでいる“勇者病”だ。

 

 魔力暴走を度々引き起こす勇者病は、高熱と苦痛を身体に齎す。

 

 この苦悶を癒す術を求めた歴代の王たちは、苦痛緩和の治癒魔術の開発や、特効薬の錬成を臣下に命じたものの、長い間どれも完成には至らなかった。

 

 だが前国王の代になって、私の父に白羽の矢が立った。

 

 若い田舎錬金術士だが、腕は確かだと評判だった私の父は、宮廷に招かれ鎮静剤の錬成に成功。前国王からの深い感謝のもとで、父は“グランハース”の伯爵位を与えられる。

 

(その名を継ぐことを許されたのに、私は……)

 

 父が授かった栄誉と誇りを守れなかった。

 

 その事実が、私の足元からジワジワと這い上がっている。まだ遠くにある現実感と悲痛が、腕を広げて近付いてくるような感覚だった。

 

 私はきつく目を閉じる。手を握り締める。追い縋ってくる恐怖を振り払おうとしたところで、ヴァルグ様が鼻を鳴らした。

 

「この町を襲ったワーウルフのゾンビ共も、邪教の者達が用意した尖兵の可能性が高い。……忌々しいことだ」

 

 静かだな、斬りつけるような烈しい声。

 

 ヴァルグ様の冴えた美貌に浮かぶ明確な怒りには、貫禄のある威圧感が備わっている。控えていた兵士達と共に、私も息を呑んでしまう。

 

 クゼル様だけが平然として、顎を撫でていた。

 

「ワーウルフ共を操ってるのも、悪魔由来の邪術ってやつですかねぇ」

 

「これだけ邪教徒どもが力を増しているのは、どこかで召喚された悪魔が力を授けている可能性もあるな」

 

 奥歯をゴリゴリと噛みながら、ヴァルグ様は床を見詰めている。憎む何かを思い出したのか、思い出したことで火が付いた怒りを抑えているのか。

 

「もしくは、召喚ではなく復活したとか?」

 

 思案顔のクゼル様は泰然としたままだ。

 

「影に潜んだまま邪教徒どもに力を与えて、操って、何かを企んでたりして」

 

「冗談にしては笑えんな。俺が全て斬ってやろう」

 

「あ、あの……」

 

 私は、そこで小さく手を挙げた。

 

「なぜ邪教徒は、この町を狙うのでしょうか?」

 

 王都で過ごしていた私には、辺境についての知識はあっても、それは流動性のない古いものでしかない。邪教についても知らないことばかりだ。

 

「この町を狙う特別な理由など、邪教徒の者どもには無いだろう」

 

 腕を組んだヴァルグ様が低い声を洩らし、不味そうな苦笑を浮かべたクゼル様が肩を竦める。

 

「まぁ強いて言えば、この町が割とデカいからかな。邪教徒の奴等は、人間の死体を欲しがるからねぇ」

 

「し、死体……、ですか?」

 

 無造作なクゼル様の言葉に、私は身を硬くして俯く。無意識のうちに記憶を掘り返していた。

 

「まさか、でも、……あれは」

 

「そ。冒涜の石」

 

 クゼル様が薄い笑みのまま指を鳴らした。

 

「賢者の石の親戚みたいなモンだし、アリサ嬢も聞いたことがあるでしょ?」

 

「は、はい。ほとんど伝説や伝承の域を出ないものだと思ってましたが」

 

 悪魔召喚を、人類で最初に成功させたのは錬金術士だった。

 その錬金術士が作り出したとされる、存在してはならないアイテム。

 

 ――冒涜の石。

 

 悪魔の持つ力を増幅させる、一種のパワーストーン。

 錬成するための素材となるのが、無数の死体だと言われている。

 

 そこで私は、はっとした。

 

「生活に使う水や食糧庫などを、今からでも調べた方がいいのでは……!?」

 

 町を暴力によって蹂躙されることは恐ろしい。だが、誰も気づかないよう静かに毒を撒かれていたりする方が、もっと取り返しがつかないような気がした。

 

 私が魔法薬精製に使用したのは、施設内に保存されていた蒸留水だ。町の井戸など、そういった場所の水を汲んでいなかったので気付くのが遅れた。

 

「あぁ。その点については問題ない」

 

 私が抱いた浅い危惧など、ヴァルグ様はお見通しのようだった。

 

「辺境各地の町村、市街には、クゼルの部下を含め、監視用の冒険者を複数配置してある。邪教の者どもが住民に紛れ込めんよう、日常的にな」

 

「許可を得た人間以外には、町の衛生管理は任せない体制を取らせてたからねぇ。ヴァルグの旦那の方針で、彼方此方の見張りもだいぶ増やした。その御蔭で」

 

 軽やかな口調のクゼルが、私に向かって片目を閉じて見せる。

 

「農業用水、飲料用水、食料を扱う施設全般にも、毒を仕込まれてる形跡は無かったよ。魔導具による検査でも異常反応は出てない。安心して」

 

「そ、そうですか。取り乱してしまい申し訳ありません」

 

 私は胸を撫で下ろしたものの、邪教徒の危険さ、容赦の無さを思い知ったような気分でもある。

 

「冒涜の石に関する文献は幾つかある。だが、どれもこれも信憑性が低いものばかりだ。アリサ嬢の言う通り、伝承や迷信の類だと言われた方が納得できる。だが」

 

 鋭く目を窄めたヴァルグ様が、施設工房の窓から外の闇を睨んだ。

 

「冒涜の石が御伽噺の産物であれ何であれ、今まで邪教徒どもが辺境の町村で跋扈してきたのは現実だ。領民の血と傷は見過ごせん」

 

「今回みたいに、魔獣をゾンビ化して従わせてるなんてのは、まぁまぁ由々しき事態ですからねぇ。俺も、部下達に色々と走って貰ってますよ」

 

「その御蔭で、近隣町村にも連絡がついた」

 

 ヴァルグ様は、後方に控えていた兵士2人から紙の束を受け取った。各地の町長、村長からの手紙だろうか。

 

「各町村に詰めている私兵と冒険者を、この町に派遣させる準備も整った。明後日には、60名程度が到着する予定だ。この増えた兵力を用いて、この町から住民を移動させる」

 

「まぁ町を守るよりも、住民を守ることの方が重要ですからねぇ。……受け入れ先は?」

 

「ニーシス村、リョーディク、ルマディトの町だ」

 

「ふぅん。住民たちに徒歩移動をしてもらうにしても、現実的な距離だ」

 

「住人全員分の馬車など用意できんからな。負傷者を運ぶだけで精いっぱいだ。それと、アリサ嬢」

 

 紙の束を手早く捲ったヴァルグ様が、私を見据えてくる。

 

「貴女には引き続き、魔法薬の精製を頼みたい。兵士達を、それに住民たちを十分に癒すには貴女の力が必要だ」

 

 力強い眼差しで断言してくるヴァルグ様は、私という人間を信頼してくれている様子だった。一切迷いのない言葉が、ぐっと私の胸を押してくれる。

 

「は。何なりと」

 

 私は身体に力を入れ直したが、その力みを察したのだろうクゼル様が軽く笑った。

 

「アリサ嬢。頑張り過ぎちゃ駄目だよ~。っていうか、明後日はアリサ嬢にも移動して貰うんですよね?」

 

「あぁ。彼女にはお前と共に、レジルカに向かって貰う。そこでシンシアに会って、これからのことを聞いて貰うつもりだ」

 

 これからのこと。その言葉の意味を深く受け止めるのも、レジルカに移ってからでいい。私は彷徨いだしそうになる意識を握り締めたときだった。

 

『WAOOOOOOOOO……NN――!!』

『AOOOOOOOOOO……NN――!!』

 

 狼の遠吠えが、町を包囲するように響くのが聞こえた。

 

「……来たか」

 

 ヴァルグ様が表情を引き締めて、控えていた兵士達に短く指示を出した。兵士達は敬礼をするや、慌ただしく駆け出していく。

 

「お客さんですねぇ。……それも、かなり多そうですよ」

 

 窓の外に広がる夜を、軽薄な苦笑と共に眺めるクゼル様。眠そうな目つきだが、その瞳には剣呑な光が蹲っている。

 

「明後日まで、向こうは待ってくれないっぽいですねぇ」

 

「夜に紛れる知性が奴らにもあるのか。それとも邪教徒の狡猾さか。まぁいい、斬り捨てるだけだ」

 

 忌々しそうに溢すヴァルグ様は手にした大刀を握り直し、工房の外に向いながら鼻を鳴らした。

 

「クゼル。アリサ嬢を聖堂に連れていけ。そのあと、俺の元に来い。お前も戦闘に出て貰うぞ」

 

 冷厳と告げるヴァルグ様の、大刀を握る手からは蒼い魔力が漏れている。刀とヴァルグ様の肉体が呼応するような、脈動にも似た淡い明滅だった。

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。