「ならば私は、辺境の魔女になりましょう」   作:なごりyuki

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第12話 祈りは届かず

 

 

 

 

 

「はぁ……! はぁ……!」

 

 夜の暗がりに落ちた町の中を走りながら、私は息を弾ませて聖堂に向かう。

 

「神官たちが結界護符を張り出してくれるから、聖堂の中は安全だと思うよ」

 

 決して走るのが速くもない私に、クゼル様が並走してくれていた。

 

 彼は大きな鞄を担いでいる。施設工房から持ち出してきた、小型の錬金用魔導具や薬瓶、触媒が入っている。結構な重さがあるはずだ。

 

 それなのにクゼル様の足音が全く聞こえないし、頭が上下に動かない。不気味な程に静かだ。隣にいるのに、まるで気配がしない。

 

「防衛のための兵士もいるし、アリサ嬢が精製してくれた薬もある。今晩と明日ぐらいなら、持たせることができると思うんだけどなぁ」

 

 暢気な口振りのクゼル様は、緊張感のない表情で周りを見回している。不真面目とさえ見える態度だが、それは寧ろ、異様なまでの落ち着きの証なのだろう。

 

(この人はきっと、物凄く場馴れしているのね。魔獣との戦うことにも、襲われることにも)

 

 町を取り囲むようなワーウルフの遠吠えが、明らかに近づいてきていることが分かる。だが、泰然としているクゼル様の存在は、隣にいる私のことも落ち着かせくれた。

 

 行く手に聖堂が見えてくる。

 

 装飾された杖を手にした神官達が、詠唱を重ねていた。聖堂の扉、壁面に張り付けられた神聖護符が、乳白色の術陣を浮かび上がらせている。

 

 内側に人々を守るための結界だ。

 

「神官の皆も張り切ってるねぇ。アリサ嬢の薬の御蔭で、元気になれた御蔭だ」

 

 全く呼吸を乱さないクゼル様は軽口を言いながら、此処まで持ってくれた鞄を渡してくれる。

 

 また遠くで、そして近くで、ワーウルフの吼え声が響く。それに、剣撃の音。怒号。号令。戦闘の熱気が、暗がりの向こうから流れ込んできている。

 

 血と傷、濃密な死の気配が、夜のなかに立ち込めていく。

 

 私のことを神官達に預けたクゼル様は、その闇の向こうへと、顔色ひとつ変えずに紛れて行こうとしている。

 

「はぁ……! はぁ……! クゼル様……ッ!」

 

 息を切らせる私は、その背中に向けて呼ぶ。

 

「ここまで、ありがとうございます……! ヴァルグ様と共に、どうか御無事で……!」

 

「うん。ちょっと行ってくるね~」

 

 近くの店に買い物に行くみたいな気軽さで、クゼル様はヒラヒラと手を振ってくれた。

 

「ヴァルグの旦那、べらぼうに強いからさ。俺は適当に頑張ることにするよ」

 

 いい加減なことを言いながら、だが、音もなく身を翻して駆けていく彼の速さ、身のこなしには、やはり尋常ではないものが滲んでいた。

 

 あとに残された私は、聖堂護衛を任された兵士に連れられ、中へと通される。安静を要する負傷者たちと共に、この夜を耐えねばならない。

 

(今の私に、できることを)

 

 聖堂の隅に鞄を下ろした私は、工房から持ってきた魔導焜炉、各種触媒などを取り出して並べる。

 

 ポーチに入れていた聖晶石の欠片をハンカチに包み、脱いだ靴で叩いて砕く。聖結石の粉末は“聖気”を含み、錬成した魔法薬の効果を高めてくれるのだ。

 

(私なら、できることは……)

 

 裸足のまま石床に膝をついて、一つ息をついたときだった。

 

 私が錬金魔術を行使しようとするのを見て取った兵士の一人が、備えていた蒸留水を桶で運んできてくれる。

 

「どうぞ、こちらをお使い下さい」

 

 誠実そうな兵士は、何かを託そうとするような目で私を見ていた。

 

「ありがとうございます……!」

 

 私はありがたく桶を受け取ったところで気付く。傷を負い、疲れて、聖堂内に身を横たえている人達が、私に目を向けていた。

 

 縋るような、赦しを乞うような眼差しだった。

 

 まだ完全に回復しきってはいない彼らが感じているのは、この夜を遣り過ごさねばならない不安と、ゾンビ化したワーウルフの群れによる襲撃の恐怖。

 

 それらの感情が、ありありと浮かんだ目。目。目。目。怯えて強張った眼差しの束が、私に殺到してくる。

 

 心が麻痺したままで良かったと思う。普通の私ならば受け止めきれない類の視線だったかもしれない。

 

 

(傷ついた人達を癒すだけでなく、今まさに戦っている人達のために、私ができることは……)

 

 私は、私にできる戦いを。

 

 小さな声で、だが声には力を籠めて短く詠唱して、私は両腕を広げる。

 

 持ってきていた細身の薬瓶、十数本が宙に浮かぶ。空間に固定された薬瓶には、私の魔力によって象られた魔法円が幾層にも嵌っている。

 

 複数の魔法薬を同時錬成し、精製し、その薬効を高めるための特殊術式。自らの命を削りながら錬金魔力に変換させて、生産効率を極限まで高めるための外法。

 

 その反動も大きく、使用後は高熱が出て、暫くは身体が使い物にならなくなる。

 

 前グランハース伯爵である父が編み出し、最後まで私に教えなかった業。独学と鍛錬によって、私はそれをコピーした。父が知ったら、きっと怒るだろう。

 

 だが、この錬金術式を発動させている間は、手袋を外さなくても、十分に魔法薬に干渉できる。それは私にとっては、隠れた利点だった。

 

 ただでさえ不安に耐えている人達の前で、“悪魔の呪い”が刻まれた私の肌を晒すことは避けた方がいい。

 

(この場に父さんが居たなら、きっと同じことをするはず)

 

 未だに内面が麻痺しているからこそ、理性と身体が働く。自分の心に追い縋ってこようとする何かを、私は必死に振り払いたかったのかもしれない。

 

(とにかく……。目の前の一歩に専心するんだ。父さんみたいに)

 

 ゾンビと化したワーウルフの群れ、邪教徒の悪意が、町を掌握しようする夜の中。

 

 聖堂の隅に陣取った私は、無心に錬金魔術を行使し続けた。

 

 負傷者の心身に安らぎを与える香液、滋養薬を錬成。今もワーウルフと戦ってくれている兵士たちを癒すべく、解毒、浄化、傷を塞ぐ回復薬、強壮剤なども錬成していく。

 

 聖堂を防衛している兵士達、負傷者、その手当をしている医術士、忙しく看護に回る女性たちに見守られながら、或いは祈られながら、私は魔法薬を精製する。

 

「此方、いただいてまいります!」

「では、我らは此方を……!」

「治癒薬、つかわせていただきます!」

 

 慌ただしく駆けこんできた兵士たちが、私が精製した魔法薬を運んでいく。または、傷ついた兵士達も運び込まれてくる。血の匂い、苦痛の呻きが聖堂に流れ込む。

 

 何度か、ビリビリと聖堂が揺れる。魔法攻撃の炸裂音。衝撃。聖堂の中でも短い悲鳴が上がる。朝の気配が遠いまま、戦闘の気配がすぐ近くにある。

 

「はい……! 魔法薬のラベルは張ってありますので、御間違いなきよう……!」

 

 兵士たちに応じる私の声は、まるで別人のように力強い。

 

 どれぐらい時間が経っただろうか。

 

 気付けば、私は汗だくだった。暑い。いや、熱い。身体が燃えるように。聖堂まで走ってきたときよりも息が上がっている。

 

(この熱さは、すぐに悪寒に変わるわ。それまでに、できるだけ薬を用意しないと)

 

 この町に来る途中で、クゼル様から受け取っていた滋養薬を飲み干す。周り浮かび上がった薬瓶を魔法円で支えながら、私は視線だけで周りを見遣った。

 

 少しだけ驚く。

 

 医術士や看護女性だけでなく、回復傾向にあった負傷者が、新たに運び込まれた負傷兵に声を掛けて励ましていた。誰もが手当を手伝い、支え合っていた。

 

(この夜を生き抜くために、皆が力を合わせてるんだ)

 

 力強い優しさが漲る光景に、私も勇気を貰った。

 

 そのうち、兵士が負傷して運ばれてくる間隔が短くなった。魔法攻撃の振動、衝撃も間遠になる。兵士の報告が入った。

 

 ワーウルフの数を大きく減らし、ヴァルグ様が率いる防衛隊が優勢になったこと。クゼル様が率いる機動部隊が、逃げ出したワーウルフの掃討に入ったこと。夜明けが近いこと――。

 

 それを聞いて、聖堂に詰めている兵士も、負傷者も、医術士も、皆が安堵の表情になる。もう安心だ。今夜を超えることができた。

 

 私も、そう思った。

 大間違いだった。

 

「今、兵士から報告が……! 邪教徒が、結界妨害の邪術を……!」

 

 次に聖堂に駆け込んできたのは、神官だった。

 

「商館に張られていた神聖結界が……破られました!」

 

 慌て切った神官の甲高い声が、震えながら響く。

 私の脳裏には、アルの姿が浮かぶ。

 

 

 

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