「ならば私は、辺境の魔女になりましょう」   作:なごりyuki

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第13話 暗がりに追い付かれて

 

 

 

 

 

 神官や聖女など、“聖気”を扱える者が扱える神聖法術の結界は、あらゆる属性攻撃に耐性を持ち、物理的な面では無類の頑強さを誇る。

 

 また強固なだけではなく、結界を展開する術者が認めた者ならば、結界内外に出入りするための空隙を成形することもできる。

 

 強力さと機能性を兼ね備えている法術ゆえに、魔獣の群れを討伐する際や、今回のように襲われた村や街でも、負傷者を収容したりする場合に用いられることが多い。

 

 だが、商館を守っていた結界が破られたとのことだった。

 

 この衝撃は大きい。

 

 聖堂に身体を横たえていた兵士たち、今まで落ち着いていて治癒魔法を扱っていた医術士たち、ワーウルフの群れの撃退と夜明けが近いという報せに喜んでいた看護女性たち。

 

 皆、一様に顔色を失い、狼狽え始める。恐慌状態になる一歩手前のような、恐れと動揺が渦巻いた暗いどよめき。

 

(ここも、安全ではなくなったということね……)

 

 展開していた膨大な量の錬金魔術式を解いて、私は石の床に手を着いた。

 

 震える手から、微かに立ち昇る湯気。すぐに立ち上がれない。かなりの魔力を消費した。息が切れて、汗が顎に伝う。石の冷たさが遠い。

 

 だが、かなりの量の魔法薬を錬成し、薬効強化の精製も終えることができた。さっきも数人の兵士が、ヴァルグ様が率いる町の防衛隊に運んでくれていた筈だ。

 

 聖堂に持ち込んだ素材も触媒も使い切ったし、私ができることは、恐らく全てやったはずだ。魔力も体力も限界に近い。

 

(私にも“聖気”があれば、結界を張り直せるのに)

 

 自分の不甲斐なさを思いながら、汗を拭って立ち上がったときだった。

 

 聖堂のなかに、慌ただしく兵士たちが駆け込んできた。この夜を戦い続けてきたのだろう。全員がワーウルフ・ゾンビの返り血を浴び、その上から土埃を被っていた。

 

「商館が魔法攻撃で狙われ、一部が崩落した……!」

 

 兵士の一人が、切羽詰まった声を発した。

 それは報告ではなく、新たな危機を伝えるためのものだった。

 

「この聖堂の結界も、次期に崩される!」

「建物自体を魔法で狙われては、全員が生き埋めになるぞ!」

「動ける者は、自力で聖堂の外へ……!」

「立て籠もるのは危険だ……!」

 

 兵士たちは私達に退避指示を出し、町の広場へ向かえと叫んだ。

 

「部隊をヴァルグ閣下が再編なされた!」

「町の通りにも、兵士たちを戻してある!」

「その指示に従い、護られながら非難せよ!」

「負傷者を担ぐぞ! 急げ!」

「応!」「応!」「応!」「応!」

 

 恐怖も惑いもない兵士達の毅然とした態度が、聖堂内で未だ動揺から立ち直れていない者達を動かした。

 

 神官と医術士達、それに看護女性たちも、兵士達と共に負傷者を担ぐことに手を貸し、または肩を貸したりしながら、聖堂の外へと向かう。

 

 私も手伝おうとしたが、足がもつれた。

 石の床に手を着く。疲労が限界まで溜まっていた。

 

「アリサ殿! どうか此方に!」

 

 そんな私の腕を掴んで立たせてくれたのは、蒸留水を持って来てくれた兵士だ。

 

「私も傷を負った人たちを支えに……」

 

「そのようにお疲れの様子では無理です。献身の御意思は崇高ですが、どうか今は、他の者にお任せ下さい」

 

 今のようなフラフラな貴女では、手伝いに行っても逆に迷惑になる。ぴしゃりと言外に言われた気がして、私は唇を噛んだ。

 

「貴女を御守りするよう、私はクゼル様からの命を頂きました」

 

 兵士は深く頷いてから、私の身体を支えながら聖堂の外へと向かってくれる。

 

「ヴァルグ様が率いる防衛隊が、広場に向かっています。そこに貴女をお連れするのが、今の私の任務です」

 

 その真剣な声に私は従った。聖堂から出たところで、別の兵士3人が私を護衛すべく駆け寄って来てくれる。

 

「アリサ殿!」

「広場に向かいましょう!」

「ヴァルグ閣下も、こちらに向かっております!」

 

 兵士達に導かれるような恰好で、私は町の中央道を目指して走る。

 

 魔力を消耗しきった身体が重い。速く走れない。もどかしい。脚がもつれそうになる度に、傍にいる兵士が支えてくれた。

 

「ぁ、ありがとうございます……!」

 

 私は必死に脚を動かしながら、白みかけた空を見上げた。雲間に溜まった微かな光。町を閉じ込めていた夜の闇も薄らいでいる。

 

 だが、早朝の冷え澄んだ空気には濃い血の匂いが澱んでいる。肌に粘つくような獣の匂いも、何かが腐ったような異臭も。

 

 地面が軽く揺れた。内臓が押し上げられるような感覚だった。魔法攻撃か。遠くで戦闘の気配。すぐ近くには、慌ただしい足音。息遣い。悲鳴に近い声。

 

「邪教徒の魔法が飛んでくるぞ!」

「雷撃と火の弾だ!」

「逃げろ逃げろ……!」

「さぁ、早く……!」

「こっちだ!」

「くそ……! 家族と逸れちまった……!」

「こっちの道が塞がってる!」

「建物が崩れてるんだ!」

「近道が出来ねぇ、向こうを回るぞ!」

 

 町の中央道に出ようとしたところで、商館から逃げてきた人たちと合流した。彼らは傷の具合が軽い者達だったのだろう。足取りもしっかりしているし、老人や子供を背負っている。

 

 商館から広場に向かう人々の波を守るべく、隊列を組んだ兵士たちも並走していた。

 

「取り乱すな!」

「邪教徒共は、我らの仲間が抑えている!」

「広場まで逃げれば、邪教徒共の魔法攻撃は届かん!」

「火の手は魔術兵が抑えている!」

「落ち着いて非難を! 押し合うな!」

 

 逃げていく人々の間に、兵士たち大声が割り込むように響く。私を護衛してくれる兵士達が、周りを見ながら苦い表情を浮かべていた。

 

「建物の崩落から住民を守るには仕方ないが……」

「あぁ。ワーウルフ共が侵入していては危険だ」

「邪教徒側の数は減らしたが、まだ油断はできん」

「クゼル様の隊が、今は防壁内外を護ってくれている筈だが」

 

 彼らの緊迫した遣り取りを聞いていた私は、視界の隅の見覚えのある少女を見つけた。

 

 彼女は怯えたようにきょろきょろとしながら、慌てて人の流れに従い、ときおり、路地裏を覗き込むような仕種をしている。

 

 避難しながら、誰かを必死に探しているふうでもある。

 

「アル……!」

 

 私は声を張って、少女の名を呼んだ。

 少女が――アルが此方を振り返って、足を止めた。

 

「無事だったのね、良かった……!」

 

 護衛してくれる兵士と共に、私はアルに駆け寄った。しゃがみ込んでアルの両肩に触れて、彼女の身体に傷がないかを確かめる。

 

「私は大丈夫です。ちょっと膝を擦りむいただけです。で、でも」

 

 利発そうで可憐なアルの顔が、くしゃくしゃに歪んでいく。あっという間に、彼女の瞳に涙の膜が張った。

 

「此処に来るまでに、ぉ、お父さん、お母さんたちを逸れてしまって」

 

 そうだ。今しがた私が感じた大きな違和感。この少女が、なぜ一人なのか。

 

「商館から出て、た、建物が崩れた道を、幾つも、曲がっているうちに……」

 

 話している最中からアルの声が震えはじめて、しゃくりあげる。

 

 さっき商館の方から逃げてきた住民の一部が、家族と逸れたのだと喚いていたのを私は思い出した。

 

 同じようにアルも、この混乱の中で家族と逸れてしまったのだろう。今からアルの家族を探しに行くという考えが頭を過るが、それが難しいことも理解できていた。

 

「アリサ殿……!」

「その子の両親は、他の兵士が見つけてくれるでしょう!」

「防衛隊の兵士も町に戻りつつありますゆえ……!」

「まずは広場お急ぎください!」

 

 私を護衛してくれる兵士達の方が、アルのことも護ろうとしてくれている。現実的な覚悟を携えた彼らの言葉に従うより、私にできることなどない。

 

「アル、一緒に行きましょう! 此処にいては危ないわ!」

 

 私はアルの目を見据えて、手を握る。

 

「貴女の御家族も、きっと広場に向かっているはず!」

 

「は、はい……!」

 

 涙を兆して揺れる瞳のまま、唇をきゅっと噛んだアルは私に頷いてくれる。私の手を握り返してくれる。

 

 また遠くで、魔法攻撃の炸裂音が響く。振動が辺りの建物を揺らす。熱を帯びた風が這ってくる。あの魔法攻撃の射程外に、まずは逃げなくてはならない。

 

 兵士の一人がアルを背負うと申し出たが、アル自身が断った。

 

「私は大丈夫です……! 走れますから!」

 

 大人びた遠慮と気丈さだが、私の手を握り返してくるアルの小さな手は震えていた。

 

(凄く強い子なのね。私も見習わないと……!)

 

 アルの手を繋いだまま、まだ夜の暗さが残った町の中央道を走った。アルの手の体温と、私の手の体温が交じり合う。まるで、互いの孤独を分かち合うように。

 

 両親と逸れ、ただ無情で不当な状況に放り出されてしまったアル。

 

 両親を失い、罪の濡れ衣を着せられて、王都の外に追放された私。

 

 勝手なことだが、私とアルは似ている気がした。

 

 周りにある力場に翻弄されるという意味で、浅ましい親近感を抱きそうになっている自分に気付く。

 

 そのときだった。

 

 GUUUuuuuuuRRRRRR……!!

 

 おぞましいほどに獰猛な唸り声が、斜め上から聞こえてきた。

 

 

 

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