「ならば私は、辺境の魔女になりましょう」   作:なごりyuki

16 / 17
第16話 宮廷、消えない影と気配

 

 

 

 

「なに……?」

 

 倦怠と関節の鈍痛に苛まれながら、ロレンスは手元にある書類から顔を上げる。

 

 高熱に浮かされた頭には、寝不足と痛みが充満していた。軽い耳鳴りがしている。勇者病の発作で、この一週間はまともに眠れていない。

 

「処刑場の墓場が暴かれていただと……?」

 

 宮廷内にある、ロレンスの執務兼小会議室。そこに集めた宮廷貴族たちを前に、ロレンスは眉を顰めていた。議席についていたイザベルも、不審そうにロレンスを見遣った。

 

 辺境付近で隆盛しつつある邪教。その教徒と思しき者達の姿が、最近になって王都周辺でも確認されるようになった。被害も出ている。

 

 この賊徒どもの対策を纏めるべく、イザベルも含めた諸卿を集めたのだ。そして、思わぬ報告が入った。傍に控えたイフリル伯が補足する。

 

「は。元グランハース伯……罪人ユリカの棺桶が、地中より掘り起こされていたようです」

 

「……遺体はどうなった?」

 

「棺桶はこじ開けられており、中は空だったと」

 

「何者かが持ち去ったということか」

 

 顎に手を当てたロレンスは、思考を巡らせる。

 

 棺桶に納められていたのは、肉の人形――ユリカ本人の肉体的な特徴を備えた、精巧な身代わりだったと聞いている。仮に検められても問題はない。

 

(ユリカが辺境領に移った痕跡も入念に消しているはずだ。認識阻害の魔導具も用いたと聞いている。生存を悟られることはないだろうが)

 

 ロレンスは、勇者病の鎮静剤に毒を盛られそうになったと憤慨する芝居を打った。裁判を待たずにユリカの処刑を強引に決めるためだ。

 

 そしてその処刑も、激怒に任せた太子の命ということで、僻地の処刑場にまで夜間に連行し、そのまま執行させたことにしている。

 

 余計な口出しをしてくる者は、諸共に処してやるという怒りを演じるのは、なかなか骨が折れた。

 

 だが、そういった激情家な姿を見せた御蔭か、宮廷内での下らない派閥争いも静かになるという益もあった。本気で怒った太子は、問答無用で人の首を刎ねると恐れられたのだろう。

 

 王都内でも、ユリカの罪状と処刑された事実はすぐに広まった。稀有な才能を持ったユリカを頼りにしていたギルド、騎士団員たちも、驚きと失意に打たれていた。

 

 事態を十分に調査せず、ただ怒りに任せてユリカを処したとして、一部ではロレンスを避難している者も少なくないようだ。

 

 だが、その程度のことは織り込み済みだった。

 

 これからも命を狙われ続けるユリカのことを思えば、どこかに逃がす以外に手は無かった。

 

 ロレンスの父である国王陛下も、宮廷内に隠れている悪意からユリカを遠ざける方が、よほど益になると信じていた。

 

 ユリカの父である前グランハース伯には、勇者病の鎮静剤を用意して貰った恩もある。御蔭で、発作に苦しんだ前国王、現国王も、今では勇者病を克服しているのだ。

 

(そして私も、ユリカが精製する魔法薬にどれだけ助けられたことか……)

 

 彼女が居なくなって、その存在の大きさをロレンスは痛感している最中だった。

 

 イザベルが用意した聖女隊は、ロレンスの勇者病の症状を和らげるべく、強い鎮静効果のある神聖法術を日夜施してくれる。

 

 だが、まるで拷問のように長引く高熱と倦怠感に苛まれている今では、偉大な神聖法術であっても、ユリカが錬成してくれた鎮静剤に比べると不十分だと感じざるを得ない。

 

(この“勇者病”の苦痛を克服させてくれたと考えれば、父上は前グランハース伯には深く感謝したことだろう。娘のユリカを逃すことに協力的であったことも頷ける)

 

 王族が受けた恩に報いることには、現国王も納得している。その意向のもとで、ロレンスは、イフリル伯と共に各所に手を回した。

 

 死体と血痕の細工も十全であるとイフリル伯からは聞いているし、辺境領内での身元も用意した。王都から離れれば離れるほど、ユリカという人間の輪郭は消えるはずだ。

 

 ユリカを辺境まで送っていったのも、古くより辺境領主に仕えてきた暗殺部隊『土蜘蛛』の隊長と、その部下たちであるという。

 

(余程のことがない限り、ユリカに危害は及ばない。……レジルカは人の出入りも激しく、人口も多い。領城でも町でも入って紛れてしまえば、もはや手出しもできんだろうが)

 

 ユリカの逃亡自体が成功していることは、ロレンスも確信している。だが一方で、処刑されたとされるユリカの墓が暴かれることも事実だった。

 

 この事態が意味することは明白だ。

 

 本当にユリカの処刑が執行されたのか。そしてユリカが間違いなく死んだことを、改めて確認しようとする者が存在する。

 

 そのためには、魔獣が出没するような僻地の墓場さえ暴くのだ。

 

 この件の首謀者は執拗で、執念深い。ユリカが生きている可能性や痕跡を見つければ、必ず探し出して命を奪いに動くだろう。

 

 宮廷内に何らかの悪意が燻ぶっている心積もりはしていたが、その予想を超えて、ユリカ個人に対する深刻な殺意が潜んでいるようだ。

 

「……しかし、その理由はなんだ」

 

 頭痛と耳鳴りに耐えながら、ほとんど無意識にロレンスが呟く。

 

 それを聞いていた一人の諸卿が、「もしや……」と忌まわしいものを口にするように声を潜めた。

 

「あのユリカという罪人の墓を暴いたのも、邪教徒の仕業なのでは?」

 

 この発言を聞いて、他の諸卿達が興味深そうな顔になった目を見合せた。

 

「えぇ。以前も、小さな町の子供が数名、攫われそうになったとか」

 

「小規模な商隊が襲われたり、練度の低い冒険者も狙われておるそうですが」

 

「邪教徒どもは魔獣も人も襲って、その死体は全て持ち去るとも聞きます」

 

「左様で。なんとも不気味な」

 

「死を集める邪教徒共は、ゾンビを操る邪術を使うとも聞きますなぁ」

 

「おお。なれば、重罪人の死体を持ち去ろうと考えるかもしれませぬ」

 

「邪教徒は、悪魔と共に“魔女”も崇拝していると聞きますぞ」

 

「ならば、あの錬金術に聡い娘が墓から甦り、“魔女”として奉られている可能性も」

 

 諸卿たちは、好き勝手なことを口々に言い合う声。

 

 イザベルは唇の端を小さく噛んで、痛みを堪えるように俯いていた。公爵家の名代として王都に身を置いている彼女は、今では聖務省の中枢にいる。

 

 実践的な神秘を管理し、教会の運営を司る立場にあるイザベルは、重罪人として処刑されたユリカを表立って庇うことはできないのだ。

 

「みなさま方」

 

 イザベルの心情を汲んだのだろう。そこでイフリル伯が重々しく咳払いをした。それだけで、奇妙な方向に盛り上がっていた話し声はピタリと止んだ。

 

「ああいった罪人の話は、そのあたりでよろしいかと」

 

 内大臣として宮廷に入ったイフリル伯も、かつては武功貴族として名を知られた人物だ。その眼光と低く抑えた声には、ぬくぬくとした諸卿たちを黙らせるには十分な威圧感がある。

 

「うむ。余を毒殺しようとした女の話など、聞きたくもないからな」

 

 この場の面々を睥睨してから、不機嫌を示すように鼻を鳴らす。これも演技だが、ユリカを処刑した実績の御蔭で効果的ではあった。諸卿たちが顔を強張らせて静かになった。

 

「首を刎ねた罪人の死体が何処へ消えたのか、その調査は必要だろう。だが、より問題なのは邪教の賊徒どもの方だ。放ってはおけん。ゲホッ……! ガハッ……!」

 

 血の咳が出た。慌てて席を立とうとする諸卿とイザベル、傍に寄ろうとするイフリル伯を手で制して、ロレンスは続ける。

 

「軍務卿はギルドと連携し、町村や街に配置している防衛人員を拡充する手配を。農部卿と商部卿は、各地の農場と港を守護するに足る人員数を協議したのち、軍務卿へ報告せよ。あとは――」

 

 手の甲で口許の血を拭い、集まっている面々を見渡す。ロレンスの指示を受けた諸卿たちが次々に頭を下げるなかで、イザベルが立ち上がった。

 

「では私は、中央に偏りがちな神官と聖女を、各地の聖堂に配属できるよう準備して参ります。必要であれば、聖堂騎士隊の用意も」

 

「あぁ。頼む」

 

 深い礼の姿勢をとったイザベルは、退室する際にロレンスを振り返った。棘のある眼差しだった。

 

「殿下。治癒法術隊の聖女達は、別室に控えておりますゆえ。どうか、御無理をなされませんよう」

 

 冷えた声だった。

 

「……うむ。わかっている」

 

 ロレンスは短く応じて、イザベルの背中を見送った。大事な友を処刑したのだ。あの冷淡な態度も頷けた。もう何日も、イザベルとは会話をしていない。

 

 ロレンスは諸卿たちに向けた指示を続けながら、ユリカが処刑されたと聞いたときのイザベルの態度を思い出していた。

 

「公爵家の者として、婚約者として、私には殿下が御無事であったことが全てで御座います」

 

 友人であったユリカを、罪人として失うという痛ましい件を受け止めても、イザベルは悲しげに表情を強張らせただけで、怒りを見せなかった。

 

 ユリカを処刑したロレンスを責めることもしなかった。憎悪や恨み、不審、怒りなど、イザベルは幾つもの想いや言葉を飲み込んでいたことだろう。

 

 公爵家の名を背負う彼女は自らの使命に誠実であり、感情に流されなかった。ロレンスの勇者病の発作を抑えるべく、聖女達により治癒法術隊を編成して派遣してくれた。

 

 聖女達ユリカが精製した鎮静剤には及ばないものの、こうして体力を維持できているのはイザベルの貢献によるところが大きい。

 

(いずれ、イザベルにだけは真実を打ち明けてもいいかもしれんな。だが、それにしても)

 

 思考を蝕んでくる頭の痛みと吐き気を堪えながら、傍に控えるイフリル伯に、辺境に使者を出すように指示を出す。そして改めて、気味の悪い疑念に向き合う。

 

(ユリカが狙われる真実は、いったい何なのだ?)

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。