「ならば私は、辺境の魔女になりましょう」 作:なごりyuki
(か、体が重い……。それに眠いし、怠いぃ……)
決意も新たに高位魔法薬を精製し続け、魔力を大きく消耗したせいか。朝から頭の奥に鈍痛があった。
だが、冒険者ギルドと商業者ギルドの上層職員が、団体で私を訪ねてきてくれたとあっては青い顔はしていられない。身支度を整えて応接室に向かうと、さっそく感謝を伝えられた。
「グランハース伯爵の錬金魔法薬には、国選パーティのメンバー達も助けられております」
「回復薬にいたっては、神聖法術の治癒奇跡にも匹敵すると噂ですよ」
「解毒薬の方は、傷だけでなく肉体の清潔さまで保ってくれるとのことで、今では医療機関からも譲ってくれないかと、冒険者ギルドにまで問い合わせられる事態です」
にこやかなギルド職員達は褒めてくれるが、これは商談への前フリというか、“次回はさらに多くの魔法薬を用意してくれないか”という意図がある。
「私の錬金術がお役に立てれば幸いです」
私はいつも情けなく苦笑しながら、頭を下げるしかなかった。
これも、いつものことである。
「医療施設すべてには不可能ですが、引き続き、養護院を含む幾つかの福祉施設には、滋養薬などを提供させていただく予定です。今の私では、それが精一杯ですので」
通り一辺倒の遣り取りをこなし、結局は断る。この繰り返しだった。粘り強く足を運んでくる職員の皆さんには申し訳なくも思うが、これ以上の魔法薬を錬成するのは無理である。
不誠実な仕事になってしまうと分かっているなら、受けることはできないのだ。
「……そうですか。お忙しいところ申し訳ありません」
ギルド職員の人達が残念そうに、だが仕方がないというふうに苦笑してくれることにも、いつも助けられている。
「グランハース伯爵の滋養薬の御蔭で、養護院の子供達も健康に過ごせていると聞きます。神官や聖女達も感謝しておりましたよ」
「“聖気”を扱う治癒法術は、非常に精神消耗が大きいですからな。法術ではなく魔法においても、治癒や滋養を施すには術者の消耗ありき。日常的に扱うものではありません」
「法術であれ魔術であれ、きめ細かく子供達を癒すことには難しいものです。ですが副作用のない安全な滋養薬ならば、施術者も被術者も安心して服用できますから」
商売っ気や駆け引きのない言葉には、ギルド職員の人達からの仕事人らしい好意を感じた。私の錬金術が誰かの役に立っている実感をもらえて、純粋に嬉しかった。
「まだまだ未熟者ですが、皆さんからの信頼に応えられるよう最善を尽くします」
今度は苦笑ではなく、穏やかな真摯さで私は応じた。
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その後、各ギルドに戻っていく職員の人達を見送った私は、宮廷の庭園へと向かう。太子に薬を届ける時間が迫りつつあった。
ちなみに、私の周りを固めるように7人の護衛兵たちも付き従ってくれているので、ちょっと物々しいというか、仰々しい感じになっている。
(護衛兵の皆さんの凛々しさに負けないよう、私も居住まいを正さないと! 取り敢えず、依頼された魔法薬はちゃんと用意できたことだし、胸を張ろう)
騎士団とギルドに納める分の魔法薬は、既に宮廷魔術士達の薬効精査を受けて、全て“優良”と鑑定された。副作用もほとんどない、安全で高品質な魔法薬として認められたのだ。
“筆頭宮廷錬金術士”なんて大袈裟な肩書きの職位の私だが、それに相応しい仕事ができたことにはホッとした。徹夜した甲斐があった。
(殿下に御渡しする鎮静剤は、1本だけ鑑定待ちなのね。……珍しいなぁ。いつもなら鎮静剤は2本とも、すぐに結果を出してくれるのに)
王族に納める魔法薬については、熟練の宮廷魔術士が素早く鑑定してくれていた。だが今日に限っては、妙に時間が掛かっていたのが印象的だった。
私は定期的に、勇者病の鎮静薬2本を用意して殿下に御渡ししている。そのうち1本だけ鑑定が終わり、あとの1本は鑑定魔術の精査と解析が長引いていた。
「殿下がお待ちであるから、安全性が確認された鎮静剤1本を庭園に届けるように」と、私は宮廷魔術士から指示されたのだ。
ただ今日は、私に対する宮廷魔術士の様子が妙だった。額に薄らと汗を浮かべ、決して私と目を合わせようとしなかったのも印象に残っている。
だが、あの不自然さの理由を深く考える気力は、今の私には無かった。身体の重さと眠気が、集中力を侵食してくる。
(これを届けたら、少し休みたいけれど……)
溜息と欠伸を飲みこんだところで、遠巻きに私を眺めてくる男性貴族たちが、ヒソヒソと言い合うのが聞こえた。
「飾り爵位のくせに、堂々としおって……」
「ええ。気に入りませんなぁ」
「今から殿下に愛想を振り撒きに行くのだろう」
「摂政であるロレンス殿下の寵愛を受ける肚か」
「あのような陰気臭い容貌で、笑わせる」
「忌々しいグランハース家の生き残りめ」
「卑賎な血は宮廷には要らぬ」
(……やっぱり宮廷内だと気が休まらないわね)
私は俯いて足を速めるが、彼らの声は忍び寄る影のように纏わりついてくる。
「あれの父親は、元々平民ですからな」
「左様。珍しい薬で陛下の機嫌を買っただけの下衆よ」
「親と子に伯爵籍まで与え、それを宮廷内に置くとは」
「名誉貴族の、実質的な世襲ではないか」
「えぇ。嘆かわしい前例でございます」
「まこと、陛下も御戯れが過ぎる」
聞きたくなくても聞こえてくる。王宮内の静寂のなかで、彼らの声はよく通った。足早に私は歩く。逃げるように。だが背後からは、また別の集団からの声が這い寄ってくる。
「しかし、殿下の勇者病に効く霊薬は……」
「えぇ。今は、あの娘にしか精製できぬそうで」
「それも、誇張された喧伝の一部でしょう」
「違いありませぬ。薬の精製など、他の者でも可能なはず」
「陛下も殿下も、あの小娘を重用し過ぎですな」
「まったく。父と共に死ねばよかったものを」
「しかし、あの娘。……
「えぇ。えぇ。いずれ、近いうちに死ぬはずです」
遠慮のない言葉が突き刺さってきて、私は唇を小さく噛んだ。
こういった悪意は散々浴びてきたが、今でもまだ慣れない。古くからの宮廷貴族ある彼らは、徹底した血族原理主義者であり宮廷主義者たちだ。
彼らにとって宮廷とは、選ばれた血脈により機能し、国が動き、その権力は盤石であるべきなのだ。自らの利益のためにも、その構図を彼らは連綿と維持してきた。
だからこそ、父は異物として危険視された。
田舎地方の零細錬金術士でありながら、その能力を陛下に求められて宮廷に招かれた父に、自分達の利権が脅かされることを恐れ続けていた。
そして今の宮廷貴族たちは、以前と変わらぬ忌避と嫌悪を、父のあとを継いだ私にも注いでいる。
グランハース伯爵。
その爵位の実体は名誉貴族だ。政治に関わる権力はほとんど持たない。筆頭宮廷錬金術士という名誉職位に付随した爵位でもある。
だが私の父にとっては、自身が磨いてきた錬金技能が王族に評価された証であり、無上の栄誉だったはずだ。
そして父が亡くなったあとの私は、その爵位を継ぐことを陛下から許された。本来なら名誉貴族は一代だけのものだが、本当に特別で特殊なことに、私は父と同じ爵位を与えられた。
父から学んだ錬金魔術と、勇者病鎮静薬を錬成できる手腕を認められて、今は私も宮廷貴族の末席にお邪魔している。
とはいえ父も私も、他の貴族達のようなタウンハウスや別荘、屋敷を持たず、使用人も雇っていない。
私の生活の場は工房と、併設された宿直室と、宮廷から少し離れたところにある文官たちの宿舎だ。
厳重な護衛を付けて貰っている私だが、実質的に見れば、宮廷に勤める一介の錬金術士である。ただ役職と責任だけが、私という人間を貴族として規定しているような状態だった。
曖昧な立場にある私だが、今でも、いや今だからこそ、王族のために薬や魔導具を拵え続けていた父への尊敬を日々深めている。
それでも、やはり悪意のある言葉には傷つく日々だった。
「……あのような心無い言葉は、無視してよろしいかと」
傍にいた護衛兵の一人が、私にだけ聞こえる声で呟いた。そのあとに、他の護衛兵たちも囁くように続く。
「我らは皆、閣下のご献身を承知しております」
「えぇ。グランハース伯爵閣下は御立派でございます」
「爵位後継を陛下がお許しされたことが、その何よりの証」
「血筋ではなく、実在的な高貴さを実践されておりますゆえ」
「こうして護衛させて頂く任務は、我々の名誉でございます」
潜められた彼らの声はそれぞれに真剣で、優しい口調だった。私は頭を下げそうになるのを堪えて、ゆっくりと息を吐き出す。
宮廷通路の冷たい空気が、少しだけ和らいだ気がした。
「……ありがとうございます」
彼らにだけ聞こえる声で小さく礼を述べた。
父を尊敬する想いも、その名誉を守りたいという想いは本物だ。偽りはない。
だが、やはり私は貴族には向いていないのかもしれないと思うのは決まって、こんな風に宮廷内の冷たさに打ちのめされるときだった。
(でも、大丈夫。ちょっと休めば、私はまだ頑張れる)
軽く息をついて、私は宮廷の中庭に向かう。