「ならば私は、辺境の魔女になりましょう」   作:なごりyuki

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第5話 悪意の檻、解錠と処刑

 

 

 

 

 宮廷警備兵の詰め所には、牢を備えた尋問質が併設されている。

 

 今では殆ど使われていないせいか、黴臭い空気が澱んでいた。鉄の檻には錆が浮かび、作りも簡素なものだ。

 

 だが実際に囚われる立場になれば、返って惨めさを倍増させる。

 

 牢の中で膝を抱えて座り込んだ私は、石の床を見詰めていた。この数日の間、同じ問いをぐるぐると捏ねまわし続けている。

 

 なぜ、私が精製した勇者病鎮静剤から毒が?

 

 なぜ、工房にあるはずのない毒薬が見つかったのか?

 

 あの日に限って鑑定魔術に遅れが出ていたことも怪しい。

 

 2本の鎮静剤のうち、1本を私が殿下に御渡しする間に、鑑定を終えていない残りの一本に毒を混ぜたのではないか。

 

 ロレンス殿下を毒殺するためではなく、あくまで私を嵌めるために。牢に入れられた今では、そうとしか考えられなかった。

 

 当然、私の念頭には宮廷貴族たちの姿があった。

 

 彼らならば、宮廷魔術士たちに金品の賄賂や昇進をちらつかせ、或いは何らかの方法で脅しつけて、密やかに指示を出すことも可能だろう。

 

 だが今までの彼らは、聞こえよがしに私の陰口や嫌味を口にすることはあっても、ここまで直接的に陥れようとしたことはなかった。

 

(……違うわ。そうじゃない。宮廷貴族の方々が、何かを企んでいるという証拠もない。疑うのは間違ってる。そもそも……)

 

 私は嵌められたのだと叫び、今までに他の貴族からされた仕打ちを訴え、彼らこそが怪しいのだと大声で疑ってみたところで、何の解決にもならない気がした。

 

 むしろ、より深みに嵌っていくことは容易に想像がついた。

 

 だから私は、自分はやっていないのだと、無罪を主張するより言葉がない。

 

 誰が、どういった理由で、私を罪人に仕立てあげるような罠を仕組んだのか。この牢の中では探りようがない。ただ無力なまま、囚われているしかないのだ。

 

(私は、そこまで破滅を望まれるような存在なの……?)

 

 私のことを忌避するだけに留まらず、容赦なく陥れようとする明確な悪意が、この宮廷内に存在している。その事実は恐ろしく、悲しくもあった。

 

(父さん……。これから私は、どうなるの……?)

 

 油断すると涙が零れそうになる。奥歯を噛み締めて堪えた。薄暗い石造りの牢の中は、やはり冷たい。私を世界から隔離するように、硬い静謐に浸されている。

 

「グランハース伯」

 

 不意に、牢の向こう側から声が届いた。

 顔を上げる。地下牢まで降りてきた、ロレンス殿下だった。

 

「改めて訊くが」

 

 庭園でお会いした時とは違い、今の殿下の表情には、私のことを探るような警戒と疑念が浮かんでいる。

 

「其方は、余が服用する薬に毒を盛ったのか?」

 

 そう問うてくる殿下の声音に、失望と落胆が無いことが救いだった。

 

 この牢に入ってからも、どれだけ同じ問いをぶつけられただろうか。その全てに対して、私は同じ言葉で応えている。

 

「いいえ。私は、そのようなことは決して」

 

 私は牢の鉄棒に縋りつくことはせず、ただ自身の潔癖を示すように、居住まいを正して殿下の瞳を見詰め返した。ともすれば、無礼ともとられるほどに真っ直ぐに。

 

「父の名を穢すような真似を、私は決していたしません……!」

 

 握り締めるように紡いだ私の声は、頼りなく震えていた。

 

「……うむ。そうであろうな」

 

 一方の殿下は鷹揚に頷いて腕を組み、軽く鼻を鳴らしてみせた。

 

「其方が余を毒殺するつもりならば、もっと上手くやっているはずだ」

 

 小さく笑った殿下に私は何も言えずに、石の床に手を付いて深く頭を下げる。

 

 そのときだった。ロレンス殿下の背後で、「暫くの間、この牢には誰にも近づけるな。宮廷内の何者であってもだ」という声が響いた。

 

「グランハース伯。私の力が及ばす、申し訳ありませぬ」

 

 硬い足音と共に現れたのは、額に汗を浮かべたイフリル伯だった。

 

「いえ。私の方こそ、このような事態を招いてしまって……」

 

 私が頭を下げようとしたところで、イフリル伯の手に何枚かの書類があることに気付く。

 

(あれは、裁判の書類かしら……)

 

 背筋に寒いものが伝って、気付けば私は唾を飲んでいた。ロレンス殿下が、イフリル伯から紙の束を受け取って捲っていく。

 

「諸卿はなんと言っている?」

 

「殿下に毒を盛った者など、すぐにでも……」

 

「処刑せよ、ということか」

 

 檻の向こうで交わされる言葉を聞いて、私は息が上手くできなくなる。

 

 自身が短命であることは受け容れて生きてきたし、残りの人生で父の誇りを守り、共に生きていくつもりだった。

 

 だが、裁判にかけられて罪人として処刑されるということは、ただ私が死ぬだけではない。

 

 父が残してくれた全てを汚されて、壊されてしまうということだ。それは心の底から震えあがるほど、恐ろしいことだった。

 

「私は殿下の薬に、決して毒など盛っておりません!」

 

 たまらず、私の口からは悲鳴のような声が出ていた。

 

「分かっておる。だが、証言が幾つか出てきているのだ」

 

 私は眩暈と寒気を覚えた。

 

 証言……?

 

「そ、それは、どのような」

 

「其方が怪しげな薬瓶を、錬金作業着に隠すところ見た気がする……、或いは、怪しげな商人から何かを買っているところ見たかもしれん、などと言う者がおるのだ」

 

 どれもこれも曖昧で、裁判に呼び出す程度のものではないが……。そう言い足したロレンス殿下の声が、やけに遠い。私は足元が無くなるような気持ちだった。

 

「あ、ありえません! 私が工房で扱う薬品も触媒も、備品も、全て正規の商会を通してあります! 何かを隠して買い込むことなど、決して……!」

 

「安心せよ。分かっている」

 

 ロレンス殿下は、地下牢に誰も降りてこないか、入り口に人の気配がないかを確かめるように振り返った。それからイフリル伯と目を見交わし、声を潜める。

 

「余は其方の身辺に、鼠を数匹撒いておったのだ。これは、余とイフリル伯しか知らん」

 

「え……」

 

 鼠とは確か、王族の命令で暗躍している特殊な兵士だったはず。

 

「わ、私は、ずっと監視されていたのですか?」

 

「其方を守るためだ。そして、宮廷に悪事を働かんとする者を捕らえる目的もあった。過去に2度、其方は命を狙われたことがあろう」

 

「は、はい。確かに」

 

 一度目は、父と共に工房に向かう途中の宮廷内。突然、錯乱状態になった文官が、隠し持っていたナイフで私に斬りかかってきたのだ。

 

 咄嗟に私を庇ってくれた父が、身体の複数個所を刺されて亡くなった。その後を、文官は自らの首をナイフで掻き斬って自死。

 

 二度目は、私が錬金術士として工房を任されるようになった頃。宿舎に帰ろうとしたところで、敷地に侵入してきた浮浪者の集団に襲われた。

 

 このときはイフリル伯が護衛兵をつけてくれていたので、私は無事だった。

 

 ただ襲ってきた浮浪者たちが、正気を失ったような半狂乱だったのを強く覚えている。彼らはやせ細っていたが、物凄い怪力を発揮して兵士たちを手古摺らせていた。

 

「其方に襲い掛かった下手人どもは皆、何らかの洗脳を施された形跡があった。おぞましい話だが、何者かが宮廷に害をなそうと企んでいるなら許す訳にはいかん」

 

 思案顔になったロレンス殿下が続ける。

 

「その尻尾を掴んでやろうと考え、鼠を撒いた。其方の周囲で妙な動きをする者がいないか、調べさせておったのだ」

 

「鼠から報告では」

 

 イフリル伯が、殿下のあとを継いだ。

 

「グランハース伯が怪しい者どもと繋がっておらず、毒薬を買う、もしくは毒物を錬成するための危険な薬品、触媒を取り寄せていたという事実は無いと」

 

「イフリル伯が其方につけた護衛兵も、同じように証言している」

 

(よ、よかった……。私の無実を証明してくれる人がいるのね)

 

 私は胸を撫で下ろすが、事態はもっと深刻だった。

 

「だが問題は、其方を罪人にして、そのまま処刑に持って行こうとする意志の存在だ」

 

 重々しい口調のロレンス殿下が、眉間の皺を深める。

 

「其方を死に追いやろうしている者は、この数日で偽証者を用意したのだろう。だが、曖昧な証言をしている者達一人一人を拷問するわけにもいかん」

 

「仮に、グランハース伯の無罪を法廷で勝ち取ったとしても……」

 

 言い淀んだイフリル伯が、石の床に視線を落としていた。その悄然とした姿を見て、私は自分の置かれている状況を理解する。

 

(あぁ、そうか……)

 

 後ろから刃物を突き付けられているような、絶望的な心細さを感じた。

 

(これからも私は、また宮廷内で命を狙われる可能性が高いということね)

 

 無意識のうちに、私は膝の上で拳を握り固めていた。牢に入れられたときのまま嵌めていた手袋が、ぎゅぎゅっと硬い音が鳴らす。

 

 私は呪いによってではなく、もっと直接的な悪意で命を脅かされ続けなければならないのか。 誰が、何の為に、私の死を望んでいるのだろう。

 

 答えの出ない問いに押し潰されそうになったとき、ロレンス殿下が牢に歩み寄ってきた。

 

「陛下にも話は通してあるが、今回の騒ぎは、宮廷内の人間を管理しきれていない余の責任だ。余に尽くしてくれた其方にも苦しい思いをさせて、すまぬ」

 

 殿下は蒼い瞳で、静かに私を見下ろしてくる。

 

「このような状況は想定していなかったが、其方を生かす道は用意してある。……イフリル伯」

 

 呼ばれて、何かを察したように表情を引き締めたイフリル伯が殿下の脇を通り過ぎ、私を囚えていた牢を開けてくれる。私は驚いて、すぐには動けなかった。

 

「では今夜、私も手筈通りにガルコードに向けて出発します」

 

 潜められた声で言いながら、イフリル伯は私の手を引いて立たせてくれた。牢から出ながら、ふと思う。ガルコード。王国辺境方面にある、重罪人の処刑場だったはずだ。

 

「其方の意思は、敢えて聞かぬ」

 

 ロレンス殿下は険しい声で、苦しそうに微笑を浮かべていた。

 

 そしておもむろに、そっと手を伸ばして、私の頬を撫でた。涙の痕を拭ってくれたのかもしれない。あまりに優しい手つきで、私は驚く。

 

「ともすれば其方は、前グランハース伯の誇りと共に死ぬとも言い出さん。故に、これは余の命として受けよ」

 

 大事なものを手渡すように、ロレンス殿下は私を真っすぐに見据えて口を開く。

 

「裁判は待たぬ。其方を処刑する」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







5話まで読んで下さり、ありがとうございました!
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