「ならば私は、辺境の魔女になりましょう」   作:なごりyuki

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第9話 錬金術士として

 

 

 

 

 

 

 

 

 まずは工房を浄化した私は、そのあとクゼルと共に倉庫に向かい、放置されたままの素材を確認した。

 

 商品となりそうな魔法薬は全て持ち出されていたが、防腐処理が行われた魔獣の骨、牙、眼球や、この町の特産品であるハーブ、薬用果実を乾燥させたものが残っていた。

 

 また、使いかけで砕かれた聖晶石など、錬金術において重要な触媒も置き去りにされていた。

 

 この施設で働いていた錬金術士たちは、逃げるときに相当に慌てていたのかもしれない。いや、すぐに換金できそうなものを選んで持っていったのなら、逆に冷静だったのか。

 

(いずれにせよ、これだけの量と種類があれば……)

 

 ヴァルグ様を見送ってから数時間後。夜の気配が忍び寄ってくる頃には、すでに数種類の薬が用意できつつあった。

 

 傷の回復を促す治癒薬。体力回復の滋養薬。

 解毒薬。止血薬。痛み止め。魔力回復薬など。

 

 精製したそれらの魔法薬は、宮廷で居た頃に錬成、精製したものに比べて薬効は劣る。錬金素材は良質だが、急ぎで用意したものには必ず品質に限界がある。

 

 これも父から教えて貰ったことだった。

 

 それでも限界まで薬効を高めるべく、私は作業台に並べられた薬瓶の列と向き合い、一つ一つに掌を翳して魔力を編み込む。

 

 精神的かつ魔術的な、膨大な精密作業だった。

 

 呟くように錬金用の詠唱を紡ぐたびに、私の手と薬瓶の間には光の線が奔り、薬液に灯った微光が魔力を帯びながら熟していく。

 

 また別の作業台の上には、私の錬金術による薬効強化と完成を待つ魔法薬が、ずらっと塔を為している。床に並べられた無数の魔導焜炉の上に、火を受ける薬瓶の数々。

 

「……マジで凄いねぇ、アリサ嬢。流石は錬金魔術士だ。もうこんなに薬を錬成しちまうなんて」

 

 工房の入り口付近から、クゼル様が素直で真面目な感嘆の声を挙げていた。

 

「これだけあれば、今も治療を待つ負傷者を癒せそうだよ」

 

 ほっとしたように言う彼も今まで、倉庫から山盛りの素材を運んでくれたり、忙しなくやってくる部下に指示を出したりしていた。今もそうだ。

 

「ん。……あぁ、分かった。彼女の護衛は俺が……、んん? 近隣の町に詰めてる冒険者連中と私兵の到着まで、2、3日必要?」

 

 クゼル様の傍に兵士の一人が駆けつけてきて、何事かを話している。

 

「まぁ、この町も山間だ。それぐらいは仕方ねぇ。まぁ、なんとなるか。彼女がいなけりゃ、ちょっと笑えなかったかもしれねぇが」

 

 ――あちらの女性は、いったい……?

 

「んん? あぁ、ヴァルグの旦那が引き抜いてきた、民間の錬金術士さんだよ」

 

 軽やかに嘘を話すクゼル様が、兵士との遣り取りを終えて此方に歩み寄ってくる。長身なのに猫背で、何となくだらしない歩き方だ。

 

「忙しいところ悪いね、アリサ嬢。ちょっくら聖堂の方へ行こうか。ヴァルグの旦那からの指示だ」

 

 現在、負傷した騎士と住民たちは、聖堂と商館に分かれて治療を受けている。比較的重症な者は聖堂に、軽傷な者は商館で応急処置を受けていると聞いた。

 

「はい。では、すぐに」

 

 私は額と頬を流れる汗を拭い、作業を中断して手袋を嵌めた。少しだけ息が切れている。魔力を使い過ぎたか。でも、大丈夫。

 

 一つ息を吐いてから、用意してあった薬瓶を木箱に詰めた。木箱には細かく仕切りが設けられており、瓶を固定できるようになっていた。

 

「薬は俺が持つよ。ぶっ続けの作業で疲れたでしょ?」

 

 木箱を持ち上げようとしたところで、後ろからやってきたクゼルがひょいと持ってくれる。

 

「つっても、まだまだこれからだけどね。……渡した滋養薬、まだ残ってる?」

 

「はい。さきほど、少しだけ頂きました。まだまだ頑張れます」

 

「頑張り過ぎは禁物だよ。それを見張るのも俺の役目だから」

 

 相変わらず気安いクゼルのあとに続き、私は施設の外に出る。既に日は落ちて、夜の気配が町を静かに浸していた。魔獣たちが蠢く時間が、もうじき始まる。

 

 

 ▼▼▼

 

 

 普段なら信仰の場として祈りを捧げるはずの聖堂は、今は野戦病院のような雰囲気だった。

 

 ワーウルフ・ゾンビの襲撃によって負傷した騎士たちが、長椅子や床の上に寝かされている。

 

 血が付いたままの包帯を巻いている者。苦悶の表情で瞑目し、荒い息を繰り返す者。痛みのせいか頻りに歯軋りをしている者。毒に苦しみ、濁った呻き声を洩らす者。

 

 叫び声や怒号こそないものの、苦痛に満ちた沈黙が彼方此方で膨れ上がっている。

 

 苦しむ負傷者たちに治癒魔法による手当をしているのは、ヴァルグ様が引き連れてきた辺境の魔術兵たちと、医術士、そして看護士だろう。

 

 神聖法術による治癒を施しているのは、この聖堂の神官と聖女たちだ。

 

 苦しむ負傷者たちの間を忙しく行き来している彼らも、強張った目つきをしている。顔色も悪く、明らかに疲労しているふうだった。

 

(きっと優秀な方ばかりだろうけど、これだけの負傷者を癒すのは簡単ではないわ)

 

 治癒系統の魔法、そして神聖法術による治癒は偉大な御業だ。

 

 傷を癒し、痛みを消し、失われた血を再生させることで、幾人もの命を救ってきた。人が扱える奇跡であるというのが、女神聖教の教えでもある。

 

 ただ、治癒魔法も、より上位に位置するとされる神聖法術も、大きな消耗を術者に強いる。治癒魔法を唱え過ぎた魔術士が、医療現場で昏倒することも珍しくなかった。

 

(莫大な“聖気”を持った神官、歴史に名を残した大聖女なら、この聖堂で苦しむ人達を一度に癒すことができるだろうけれど)

 

 そんな上位の神聖法術を扱える者は、王都の中央教会にもいない。結局のところ、現実的な技術としての治癒魔法、治癒法術は、決して万能ではないのだ。

 

 だからこそ、錬金魔法は進化していきた。魔法薬や魔導具は完成さえすれば子供でも魔術の恩恵を行使できるし、医療や生活の場においても重要な役割を持っている。

 

「忙しいところ悪いな、みんな。ちょっと聞いてくれ」

 

 聖堂に入ったところで、床に木箱を置いたクゼル様が手を挙げた。

 

「もう伝えられてるだろうが、ヴァルグの旦那が錬金術士を連れてきてくれた。それでコレが、彼女が精製してくれた各種魔法薬だ」

 

 引き締められたクゼル様の声は、よく響いた。魔術兵や神官たちの注意を手繰るように、クゼル様は頭上に伸ばした手を軽く振っている。

 

「ただいま紹介していただきました、錬金術士のアリサと言います」

 

 私も聖堂を見まわして、クゼル様の後に続いた。

 

「お持ちしました魔法薬には、滋養薬、魔力回復薬などもありますので、救護にあたられている皆さんも、どうかお使い下さい」

 

「おぉ……。私達の滋養薬まで御用意を」

「ありがたいことです」

「えぇ。助かります」

「魔力消費が著しいと、体力も削れますからな」

 

 神官達や医術士、そして魔術兵達がホッとしたような顔つきになった。短い遣り取りを小声で交わしながら私に頭を下げ、木箱に詰めてきた薬瓶を次々に取り出していった。

 

「此方は、痛み消しですか」

「滋養薬と、毒消しもありますな」

「しかし、これは……」

「どの薬も、このように澄んだ魔力の微光を」

「薬液が湛えた魔光は、高品質の証ですが」

「えぇ、これほどの輝きは初めて見ましたな」

 

 彼らが言い合う様子を眺めていたクゼルが、唇の端を持ち上げていた。

 

「評判がいいねぇ。流石はアリサ嬢」

 

「いえ、魔法薬が上手くできたのは私の力ではなく、あの施設に残っていた素材が良質だったからです」

 

「あらら。素直じゃないねぇ」

 

 肩を竦めたクゼル様に言われて、私は曖昧な笑みを小さく返した。それから鞄に入れてきていた大きめの薬瓶を取り出す。

 

「あの、クゼル様。今から薬効強化の結界を施したいのですが、構わないでしょうか?」

 

「へぇ、この聖堂内に?」

 

「はい。結界とは言っても、外側からの脅威を防御するものではなく、内側に発生した魔術効果を増幅させる類のものです」

 

「ほーん……。了解。ちょっと神官さんに聞いてみるよ」

 

 気軽な様子で頷いたクゼル様は、魔法薬を手に神聖法術を唱えつつあった高位神官に説明し、薬効強化の魔術を編むことの了承を得てくれた。

 

 神官とクゼル様に礼を述べてから、私は神殿の隅の方へと移動した。

 

 錬金魔術を編むべく魔法円を展開させようとしたところで、私を護衛してくれるクゼルが、後ろから手元を覗き込んでくる。

 

「魔法薬効果に限定して干渉するので、この魔法自体が直接、人体に影響することはありません。負傷している方々にも、余計な負担をかけることもない筈です」

 

 クゼル様に説明しながら、乾燥させた薬効ハーブを数種類と聖晶石の粉末、すりおろした薬効果実を大匙で3杯を、用意した薬瓶に入れる。

 

 これらは全て、工房施設にあったものを使わせて貰っている。

 

 薬瓶を床に置いて、そこに液体滋養薬を注いだ。そのあと、私が手袋を外そうとしたところで、クゼル様が影になるように立ってくれる。

 

 私の黒々とした手を見下ろし、彼は黙って頷いてくれた。

 

「……ありがとうございます」

 

 私は屈んだままで頭を下げてから、左手の指先をナイフで切る。血の雫を薬瓶に落としながら、私は詠唱を始める。右手を薬瓶に翳す。

 

「祈りの声。神秘と深遠から響き合う声よ。溢れる恵みにこそ宿り給え――」

 

 私の声に応えて、血が混ざる薬瓶に蒼い光が灯った。微光は薬瓶を透かして溢れ、石の床に魔法円が描かれた。立ち昇る魔力の煌めきが、聖堂の空気に塗されていく。

 

 私の魔力を編み込まれながら変質した、薬瓶の中身。鮮やかで深い蒼が渦を巻いている。無数の花の香りを溶かしこんだような芳香が溢れ、この聖堂を優しく浸していた。

 

 錬金魔術は、魔術によって発生する現象に“薬”の姿を与える。

 

 そして錬金魔術の奥義は、“薬”の姿を取った魔術を素として、さらに発展した魔術を編み込むことを可能にする。

 

「……すげぇ。建物の中なのに、風を感じるんだけど」

 

 非実在の何かに触れようとするように、クゼル様が中空に掌を伸ばしていた。

 

 聖堂の隅の置いた薬瓶は、香炉が煙をくゆらせるような風情だ。だがそれは煙ではなく、薬から発せられる微細な粒子であり、魔力の拡散である。

 

「潤みのある優しい風だねぇ。それに、いい匂いだ」

 

 嘆息のようにクゼルが呟いたときだった。

 

「お、おぉ……!」

「痛みが、痛みが引いていく……!」

「身体の熱と怠さが、嘘みてぇに……!」

「今、使って貰った薬の御蔭か!?」

 

 背後で張りのある声を上げるのが聞こえてきた。振り返ると、今まで呻いていた負傷者たちの何人かが身体を起こしている。

 

(よかった……。魔法薬も、この結界も、ちゃんと機能してる。でも一時的なものだから、ずっと維持することはできないわ。素材にも限りがあるし……)

 

 安堵はしても緊張感が解けないままの私は、自分の傷口に治癒魔法をかけてから手袋を嵌める。

 

 宮廷にいた頃とは全く違う時間と危機の中で、私は未だに現実感を捉え切れずにいた。結果的に王都から追放された動揺のまま、目の前のことに必死なせいか。

 

 私の心の中では理性は働いていても、ほとんど感情は動かない。

 

(……今は、そっちの方がいいわ)

 

 自分の心に向かい合うことも、何かを後悔することも後回しだ。今はできそうにない。

 

 聖堂の扉が慌ただしく開かれ、数人の兵士達が息せき切って駆けこんでいたからだ。

 

「治癒法術を扱える神官殿は、商館にも頼む!」

「毒の所為か、容体が急変した住人が何人か……!」

「解毒薬もあれば、此方にもどうか……!」

 

 彼は商館の警護に着いている兵士たちだろう。必死な声が聖堂内に木霊する。

 

「休む間もないけど、次は商館に向かおうか」

 

 冷酷なほどに落ち着き払ったクゼル様が、私を見て頷く。

 

「アリサ嬢の力が必要みたいだよ」

 

 

 

 

 

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