――――赤が、視界を占める――――
燃える、燃える。
■■士郎の世界が燃えている。
或いは家の下敷きになった家族を助けてと叫ぶ人、或いは既に事切れた恋人を背負う人、或いは足が潰れ生きたまま火に飲まれる人、或いは、或いは――――
やがて、声も聞こえなくなった。
■■士郎もやがて火に飲まれるだろう。
いや、もう既に、■■士郎の心は、とっくに――――
『生きている…生きている…』
『ありがとう…』
その日、
――――赤が、廻る――――
士郎を救けた
働いているわけでもない。
家事もできない。
時々『旅行に行く』と家を空け、『ただいま』と家に帰ってくる。
どこに行っていたかは、聞けなかった。
帰ってくるたびに、悲しみと疲れが見て取れたから。
それすら誤魔化しきれなくなっていく彼を、少年は救えなかった。
それでも、魔法使いは、正義の味方は、
火は、理想は、『エミヤシロウ』に嗣がれた。
「……キリツグ?」
――――赤が、巡る――――
『…お母様』
あの日、お母様はいなくなった。
アインツベルンとしての役割を果たしたのだ。
お母様の記憶が、感情が、『アイリスフィール・フォン・アインツベルン』が流れ込んでくる。
悲しみは、ない、ないはずだ。
だってお母様はいつも私の傍にいるのだから。
でもキリツグは、あの男は、どこか遠くに行ってしまった。
私を、イリヤを置いて。
『……うそつき』
――――赤が、流れる――――
致し方のないことだ。
我々の望みのため。
悪の根絶のため。
…誰のため?
『ユスティーツァ!』
……見届けなくては
――――――――
夕暮れの教室、文句一つ言わずに押し付けられた作業に没頭する馬鹿と僕。
『おまえ、馬鹿だろ』
――――赤が、――――
『私には、お前を愛せなかった』
女は短刀を自らの首に突きつけ、
『いいえ、貴方は私を愛しています』
――――、呑まれる――――
『安心してほしい。私は君を優遇し、使ってみせる』
『私……オレと共にいる間だけ、君は化け物じゃあなくなるよ』
――――赤――――
『王は人の心がわからない』
――――
その姿ならば、たとえ地獄に落ちようと、鮮明に思い返す事ができるだろう
――――
ああ この人はきっと、何も裏切らない人なんだろうな
――――赤は、還る――――
『…この話には教訓がある』
『一度生まれたものは そう簡単には死なない』
ーーーーーー
「――――!」
目が冴え、覚める。
意識も徐々に輪郭を帯びてくる。
呼吸も荒く、べっとりとへばりつく汗が背中を這って気持ちが悪い。
急に布団から起きたものだから脳から血が引いて、また意識が落ちそうになる。
「ここは…俺の部屋?」
見回せばいつも見慣れた部屋。
だが俺は、確か昨日は、セイバーを、教会に、イリヤとバーサーカーと――――
――――ロボット
「――セイバー!」
「起きたのですか 士郎!」
部屋に急いで駆け込んでくるセイバー。
両手にうどんが載った平皿を持ちながら襖を開けて、サーヴァントとは随分と器用なものだ。
うどんを置いて俺の体調を確認しに身体に触れ――――いや近い!
「体調は……特に異常はないようですね。 おや、少し顔が赤く…」
「いやいやいや! もう大丈夫だ! ほら、こんなに動けるし!」
そう言いながら立ち上がり、ぶんぶんと手をふり足を動かしてみせる。
こちとら今日も元気に男子高校生。
他人に、女の子なら尚更、こちらのオトコノコがオトコノコしていることがバレでもしたら、例え体がまだ怠くても動けると思ったら動けるのだ、そうでなくてはならない。
是は、尊厳を守るための戦いである――――!
「そうですか、よかったです。 一応消化の良いものとしてうどんを持ってきたのですが」
突然の奇行に特に言及することはなく、うどんを俺に差し出す。
そうか、聖杯ってのはうどんが消化に良いって知識をサーヴァントに差し出してるのか…
…いやまて。
「セイバー! このうどん誰が――――」
「あら、思ったより元気そうじゃない」
突如として耳に届いた声に、俺は襖に顔を向ける。
ひょこっと顔だけ覗かせて、俺が何ともないと分かって姿を見せたのは――――
「……遠坂?」
「おはよう、衛宮くん。 その様子じゃ大丈夫そうね」
そう言いながらクツクツと笑う遠坂。
確かに第三者から見れば先ほどの俺の行動は笑われるに値するだろうが、よりによって遠坂に見られたのか。
今なら普段の一成の気持ちも分かる気がする。
「さ、グダグダしている暇はないわ。 ランサーにアインツベルン、あのロボット、それに学校にも何か異物が混じってるみたいだし…… ほら、遠坂の同盟者ならぼさっとしてないでパキパキ動く」
そう急かす遠坂に押されて、うどんを持ったまま部屋から出る。
布団は…あとで洗濯にでもかけとこう。
ふと、廊下を三人で歩いてる途中、先程気になったことを遠坂に尋ねる。
「そういえば遠坂、このうどん誰が作ったんだ?」
匂いから分かる。
出汁の取り方、うどんのゆで時間、病人用の最適な温かさ、全てが逸品の域。
これを遠坂がやったのだとしたら、本格的にこのミス優等生が恐ろしくなったくるのだが…
だが、遠坂はなんてことなく作り手の名を告げる。
「ああ、それアーチャーが作ったのよ。 あいつ家事全般できるみたいだし。 頼んだとき凄い嫌そうな顔してたけど」
何だったのかしらね~、と言いながら廊下をスタスタ進む遠坂。
…あの気障っぽい男が、俺のために?
背筋に寒いものが過ぎるのを感じながら居間へと向かう。
そこには既に調理器具を片付け、すまし顔かましてる赤い外套の男が一人。
何で我が家の台所事情を把握しているのか、これも聖杯の知識かとプライバシーの侵害を肌に感じながらうどんをすすった。
何故か悔しいが……俺が作るよりうまいと思われる。
ふと、アーチャーと目が合うとフッと笑われた。
……やっぱ俺、こいついけ好かないかも。
でも、うどんはやっぱり美味しかった。
それにしても、俺はなんで会って間もない奴らのことを、
ーーーーーー
「バーサーカー……」
油断はなかった。
だって、バーサーカーは最強だから。
現にあの場では、バーサーカーは終始戦いの主導権を握っていたと言えるだろう。
イリヤとてマスター二人にサーヴァント一騎の援護ありでも彼女らを圧倒していたのだ、アインツベルン最高傑作は伊達ではない。
だが、最後の光、あのロボットの閃光が全てをひっくり返した。
バーサーカーを通して。
倒れたセイバーのマスターも同じだろう。
あの『赤』が。
「違う…うるさい!」
苦痛には慣れている。
肉体的にも精神的にも、あの城で散々鍛えられたから。
でも、この苦痛は知らない。
近いのは、クスリだろうか。
意識がどこかに持っていかれる感覚。
聖杯の器として、ではない。
イリヤスフィール・フォン・アインツベルン、一人の
彼女に残るのは、空虚と情念。
「キリツグ……」
そしてあの憎き男の、情けない顔、悟ったような顔、遠くを見る顔、最後の顔。
誰の記憶――あの少年の?
あれが、あの男の、母が愛した男の、父親の最後だと言うのか。
いや、それよりも彼は、キリツグは私を見捨ててはいなかったのか――――
「違う…違うもん… キリツグは…イリヤを……」
藻搔き苦しむ少女の傍の巨人はただ佇むだけ。
忠誠あれど、それだけでは主人の苦悩を癒すことは叶わない。
ただ主人を護る、その一点のみが彼元来の武器。
どれだけ狂化に犯されようと、大英雄は揺るがない。
アインツベルンの城は変わらず人々を拒み続ける。
ーーーーーー
「……ごちそうさま」
「ごちそうさまでした、アーチャー」
「お粗末さまです、ね? アーチャー?」
「君が言うのかね」
なんだかんだおかわりまでしてしまった。
というか、隣のセイバーが三杯…いや四杯もいった。
人は見た目にはよらないとは正にこのこと。
アーチャーは俺に対しては終始しかめっ面だったのに対し、セイバーには、彼女を見る目は、そう
だ、例えば憧れや慈しみ、愛しさ、まるでもう会えなかったはずの人が生きている、そういった感情が籠っているように、恐らく俺だけが感じていた。
「はいはい、それじゃ今後のことについて、ブリーフィングといきましょうか」
益々サーヴァント、主にアーチャーの謎が深まるが、遠坂の呼びかけに思考を一時中断。
セイバーが食器をシンクに置きに帰ったころには全員が各々の位置で姿勢を整えていた。
「現状までで確認したサーヴァントは私達のセイバー、アーチャーの他にアインツベルンのバーサーカーとランサー。ランサーのマスターは不明。あと恐らく柳洞寺に妙な霊脈の流れ… 多分キャスターかしら? だとしたら厄介なことになるわね」
「柳洞寺? どうしてだ?」
あの寺には一成もいるし、彼の家族、修行僧だって暮らしているはずだ。
それがサーヴァントの根城、これから戦場になるかもしれないなら見逃すことはできない。
「あそこはね、冬木でも最大の霊脈の、その真下に位置する場所でね、そこをキャスターが陣取ったとなるといくら最弱のサーヴァントと言われても一筋縄ではいかない戦法を、現代じゃ考えられない大魔術を効率よくばんばん仕掛けてくるかもしれないのよ。 セイバーやアーチャーにはある程度の対魔力があるとしても、キャスターが馬鹿正直にサーヴァント戦をするとは思えないし、魔力という点に関して言えば一番厄介な陣営に渡っちゃったかもってこと」
「対魔力に関しては心配なく。 この身、よほどの事がない限り魔術を通さぬ体ゆえ。 重要なのは召喚されたのは誰かと言う点でしょう。 キャスターと言えど、魔術に多少関わった逸話が残っているだけで、魔術の腕は三流のサーヴァントが召喚されることもありますので」
やけに実感を持って話すセイバーの表情にはどこか苦々しさがあった。
「それとランサーですが、宝具をゲイ・ボルグと… 真名はアイルランドの光の御子、クー・フーリンかと」
「クー・フーリン!? よりにもよってケルト神話の大英雄がランサーなの!?」
「
あの時とは、俺がランサーに心臓を刺された夜のことだろうか。
ふと、気になっていたことを遠坂に尋ねる。
「そういえば遠坂、どうしてあの夜、学校でランサーと戦ってたんだ?」
「…衛宮くんにはまだ話してなかったわね。 あの夜、というかあの学校に何があったのかを」
一つ、間を置いて茶を飲む遠坂。
飲み終えた後の彼女の顔から部屋にも少し緊張が走る。
「あの日、私は少し違和感を覚えたのよ。 それこそ私のような魔術師でないと気づけないような小さな違和感をね。 …衛宮くんは匂い、お香と聞いて何を思い浮かべるかしら?」
「何を言うかと思ったら、急だな。 そうだな…」
そう言われた俺は仏壇、義父である切嗣に目を向ける。
遺影の前には毎朝、それこそつい先ほども焚いた線香の煙が、細々と天井に昇っている。
そして切嗣と言えば、出会った当初や、彼のコートを羽織った時に鼻についたあの――――
「線香とか、煙草とかかな」
「日常に近い匂いと言えばそれくらいかしら。 でも歴史、魔術まで視野を広げると話は別で、そういった匂いに関する行為っていうのは多くなってくるのよ」
確かに線香も故人のための、一種の宗教的な行為の一つだろう。
今よりも身体性が重視されてきたのなら、我々が感じやすい匂いは重要な要素の一つと言える。
「中でも有名なのは大麻かしら。 ハシシとも呼ばれるそれで若者を眠らせ、やがて従順な暗殺者へと仕立て上げる。 そのハシシはやがて形を変え、ある言葉の語源となった、それが…」
「アサシンってことか」
聞いたことはある。
十字軍やモンゴル軍、外部からの脅威に抗っていた時代の中東で、暗殺を以て民草に秩序をもたらさんとした教団、その代表とも言えるのが、ハシシのお香だろう。
「今回学校に仕掛けられたのはそれなのよ。 しかもご丁寧に屋上にね。 焚かれていたお香も恐らく対魔術師のそれかしら。 脅威なのはそのお香を認識するまで匂いじゃなくて魔術的な結界の類いだと思わされていたってところ。 アサシンのマスターはよほど人をおちょくるのが好きみたいね」
「そして、そのハシシの香を壊した矢先にこちらを観察していたランサーと戦闘、と言ったところだな」
つまるところアサシンに、そのマスターに明確な目的もなく、ただ遠坂の挑発のために仕掛けたという事か。
…本当にそうだろうか?
「そのアサシンのマスターに思い当たりは?」
「ランサーと同じく分からないわ。 そもそも冬木にいる魔術師なんて貴方みたいにポンポン湧いてくるわけでもないし、アサシンの特性上、マスターは滅多に姿を現さないでしょうし」
「なるほど。 ですが所詮は暗殺者。 戦闘で遅れを取ることはありません」
「警戒すべきはもちろんマスターの暗殺だが、なに、私の目がある限りはそう簡単にやらせはせんよ」
そうしてランサー、アサシンの対策を詰めていく内に、本題へと入っていく。
「では、バーサーカー、ヘラクレスと、あの人型兵器は――――」
「十中八九サーヴァントだろうな。それ以外に説明がつかん。 これなら、バーサーカーはまだやりようがある。 マスター、真名、居場所諸々が割れている以上、対策も取りやすい。 まあ、だからとどうなる相手ではないがな」
そう自信がある顔で断定するアーチャー。
だがセイバーの斬撃やアーチャーの狙撃に動じず、ライダーの赤い光ですら唯一動けたサーヴァントだ。
マスターも同じく、俺たちを圧倒していた
「問題はあのロボットのサーヴァント、ライダーについてだ。 ロボットについては恐らく宝具だ。 だがあの直前までどこにいた? 何故わざわざ乱入したのか。 何故最後になってセイバーを、いや、最後までセイバーを狙わなかったのか。 …考えられるのは、ライダーのマスターはこちらを知っている人物ではないか、ということだ」
アーチャーの考察を聞いた遠坂の両目が見開らかれる。
瞳の奥には焦りと怒り、悲しみなどが言い表せないモノが渦巻いていた。
そしてそれは俺にも電波し、ありえない仮説へと俺を導かせる。
「…誰か、心当たりがあるのか?」
「…そうね、一人だけ、それも衛宮くんも無関係じゃないってところ」
――――聞きたくない。
胸の奥が囁く。
表情の暗い遠坂を見て俺の中の誰かが言う。
でも、ここで聞かないと、誰かを救えない。
――――本当か?
――――俺が、本当に救いたいのは
「ライダーのマスターはね――――」
ーーーーーー
ピンポーーーーン
ーーーーーーー
・・・
「す、少し見てくるよ」
「あ、ちょっと!」
逃げるように玄関へと足を運ぶ。
――――誰から?
遠坂は、誰の名を告げようとしていた?
――――そんなはずはない
俺は、誰を想像した?
――――違う
ならどうしてこんなにも胸が締め付けられるのか。
――――
震える手で鍵を開ける。
――――戸を開くと、そこには、誰よりも待ち望んだはずの、
「さく――」
――突如、首根っこを掴まれ投げ飛ばされる。
剣と剣がぶつかり金属音が玄関に響く。
片方は青く光るダガーナイフ、もう片方は陰陽二振りの短剣。
「――――まさかここまで
「……」
そうぼやく赤い背中の先には、同じく『赤い』人影。
だが相手は構えを取らずに、ただこちらを見据えているような――――
「士郎。 申し訳ありません。 後ろへ」
すぐにセイバーも駆けつけ、鎧を纏い俺を守るように立つ。
一対二、サーヴァント戦において、しかも三騎士の内、二基と相対してもなお、『赤』のサーヴァントは揺るがない。
「――――それで? わざわざここまで何の用かしら? ライダーのサーヴァント?」
遅れてやってきた遠坂の声には少し棘を感じる。
アーチャーも主人に応えるように今にも襲い掛からんとしている。
一触即発、張り詰めた空気が玄関を支配する。
先に動いたのは――――圧倒的不利にいたはずの、ライダー。
「何てことはない。 遠坂凛、お前の妹についてだ」
「……どこでそれを?」
「情報収集に関しては
桜が、妹?
何が何やら、赤髪の少年を置いて話は進む。
「単刀直入に、
だが、そんな少年もこの戦いの潮流に巻き込まれていく。
己の真意を未だ見出せぬまま。
歯車は変わらず動き出す。
例え一部が錆び、朽ち果てようとも。
ーーーーーー
――――よもや、蛇蝎磨羯の類とは…
足リナイ
――――皆とここに居ろ
足リナイ
――――お前、本来のアサシンか!
足リナイ
――――
赤ガ、足リナイ
ーーーーーー
「先輩…」
胸が焦がれる。
だってあの人に会えないから、ずっと会っていないから。
「センパイ…」
胸にぽっかり穴が空く。
日常が欠けた日々、料理もしないし犯されも学校にも行かないと私が誰かが見失っていく。
「せんぱい…」
胸が締め付けられる。
誰かが、例えば姉さんが、先輩と一緒にいる、私の位置にいるかもと思うと心の奥がぎゅーーっとなる。
「……先輩」
未だ火は灯らず。
目の前には果てなき虚。
虚は全てを呑み込む。
誰も彼も知らぬまま『黒』は蠢く。
更新遅れてすみません。
次回、ようやく621の性別決定!
評価、感想お待ちしております。
主人公のイメージは?
-
成人男性
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成人女性
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口リ
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ショ夕
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