蝶屋敷の静かな朝。
静寂を破る、場違いな声が響いた。
「しのぶ~~~!」
「遊びに来たぞ!朝飯~~~!」
伊之助は、
いつものように猪頭を揺らしながら庭へ踏み込んだ。
その瞬間――足が止まる。
大木の枝から、だらりと垂れ下がる二本の脚。
全身は葉に隠れて見えない。
力なく揺れるその影は、あまりにも――異様!
「……っ!?」
伊之助は一気に駆け寄った。
そこで目に飛び込んできたのは――
首を吊った大男の死体……
「し、しのぶ!!!!!!!」
「あ、あれ!!!!」
「く、く、首……つ、吊って……る……!!」
背後で、くすりと微笑む気配。
「伊之助くん、よく見てください」
言われるままに男の正面へ回り込む。
――枝から垂れた“紐”を歯で噛み。
――そのままぶら下がり熟睡している。
異様。非常識。
そして、明らかに――人のはず……デカイ…鬼?
「……なんだ、こいつ!?」
しのぶは涼しい顔で言った。
「炭治郎くんは彼と立会い、」
「そして"敗北"しました」
「さて、伊之助くんの"野生"は……」
「彼、ジャックに通用しますかね?」
しのぶが珍しく挑発する。
「面白えェェェ!!!」
伊之助は即座に吠えた。
「やってやるよ!!」
その騒ぎに男が目を開け、軽やかに着地する。
「……なんだ?」
低く掠れた声。
「この猪頭は朝食か?猪を喰えって話か?」
「しのぶ!」
「なら、さっさと捌いて新鮮なうちに喰っちまおう!」
――その立会い前に…
しのぶは伊之助を呼び止め淡々と説明した。
「目の前にいるのは人間ですが、」
「彼は"下弦の鬼、伍"を一方的に蹂躙してます」
「それ故に一切の手加減は無用」
「万が一にも手心を加えたと判断されれば、」
「伊之助くん!」
「あなたの命はありません!!!」
冷たく…そして重く断言する。
「……いいですか!」
「目の前にいるのは"鬼"」
「"鬼"なんです!」
「"絶命"しようと、」
「"再起不能"になろうと」
「"五体不満足"になろうと――」
「一切!気にする必要はありません」
「"鬼"として討伐する覚悟がなければ、」
「確実に死ぬのは――」
「伊之助くん!あなたです!!」
空気が張り詰める。
「起き抜けのアップだ」
ジャックが笑う。
「遊んでやるよ、ウリ坊」
――立会い、開始。
ジャックの拳が走る。
踏み込み、体重を乗せた一撃。
だが――当たらない!掠りもしない!
伊之助は風のように避ける。
野生の勘が危険を先読みする。
(……遅い。遅すぎる)
強い。確かに強い。だが致命ではない。
過去に戦った鬼の方が遙かに強い!
伊之助は日輪刀を振るう。
何度も、何度も――致命の軌道で。
それでも、ジャックは倒れない。
否、――怒りで震えていた。
「ウリ坊!」
ジャックが低く笑う。
「俺はデカいだけで攻撃も遅く欠伸が出そうだろ?」
さらに間合いに踏み込む。
「額に痣のある小僧もな……」
「お前と同じ思考だったよ。」
「俺の攻撃は遅い……」
「過去の鬼に比べると俺は弱すぎる……」
「こんなデカブツと立会う意味は無いとな!」
伊之助の背筋が凍る。
「前の奴は"木刀"だったが、」
「お前は"真剣"を使って、まだ俺を倒せねえのか?」
刃を見下ろし吐き捨てる。
「しのぶからは"殺せ"と言われなかったかい?」
「俺を鬼として認識してねえのか?」
「だからか……お前の刀身には殺意がねえ!」
「そんなもんは竹刀以下だ!」
一瞬、空気が変わる。
「お前の、その野生はな……」
「猪だ、熊だ、その程度だよ!」
ジャックの目が細く光る。
「俺が知ってる野生は違う…」
「"ピクル"だ!」
――恐竜を捕食していた太古の野生。
その薄ら笑いを見た瞬間。
伊之助の視界が――裏返り、捕まった!
高身長から高速の落下。
――ボディスラム一閃。
炭治郎と全く同じ技。
受け身を取る暇も覚悟もない。
衝撃が全身を内臓を揺さぶれ、
地面に叩きつけられる。
大地が穿たれ、息が消え、肺が潰れ、
目の前が白く染まり世界が遠のく。
野生の勘が初めて"死"を具体的に描いた。
ジャックが見下ろす。
「……ウリ坊。まだ、やるかい?」
その問いは、挑発でも慈悲でもなかった。
野生における生存競争の継続確認だった。
朝の光は変わらず柔らかい。
だが、その庭だけが、確かに戦場だった。