毒蝶と巨躯   作:kamiomiya

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13話 野生の序列

蝶屋敷の静かな朝。

 

静寂を破る、場違いな声が響いた。

「しのぶ~~~!」

「遊びに来たぞ!朝飯~~~!」

 

伊之助は、

いつものように猪頭を揺らしながら庭へ踏み込んだ。

その瞬間――足が止まる。

大木の枝から、だらりと垂れ下がる二本の脚。

全身は葉に隠れて見えない。

力なく揺れるその影は、あまりにも――異様!

 

「……っ!?」

 

伊之助は一気に駆け寄った。

そこで目に飛び込んできたのは――

首を吊った大男の死体……

 

「し、しのぶ!!!!!!!」

「あ、あれ!!!!」

「く、く、首……つ、吊って……る……!!」

 

背後で、くすりと微笑む気配。

 

「伊之助くん、よく見てください」

 

言われるままに男の正面へ回り込む。

――枝から垂れた“紐”を歯で噛み。

――そのままぶら下がり熟睡している。

 

異様。

非常識。

そして、明らかに――人のはず……

デカイ…鬼?

 

「……なんだ、こいつ!?」

 

しのぶは伊之助を試すように口元を緩めた。

 

「炭治郎くんは彼と立会い、」

「そして"敗北"しました」

「さて、伊之助くんの"野生"は……」

「彼、ジャックに通用しますかね?」

 

しのぶは反応を愉しむように目を細めた。

 

「面白えェェェ!!!」

 

伊之助は即座に吠えた。

 

「やってやるよ!!」

 

その騒ぎに男が目を開け、軽やかに着地する。

 

「……なんだ?」

 

低く掠れた声。

 

「この猪頭は朝食か?猪を喰えって話か?」

「しのぶ!」

「なら、さっさと捌いて新鮮なうちに喰っちまおう!」

 

しのぶの笑みが消え、

伊之助の前に冷ややかな声が落ちる。

 

「目の前にいるのは人間ですが、」

「彼は"下弦の鬼、伍"を一方的に蹂躙してます」

「それ故に一切の手加減は無用」

「万が一にも手心を加えたと判断されれば、」

「伊之助くん!」

「あなたの命はありません!!!」

 

しのぶの声が伊之助の甘さを切り捨てる。

 

「……いいですか!」

「目の前にいるのは"鬼"」

「"鬼"なんです!」

「"絶命"しようと、」

「"再起不能"になろうと」

「"五体不満足"になろうと――」

「一切!気にする必要はありません」

「"鬼"として討伐する覚悟がなければ、」

「確実に死ぬのは――」

「伊之助くん!あなたです!!」

 

しのぶの警告が庭の空気を凍りつかせた。

 

「起き抜けのアップだ」

 

ジャックの口元に獲物を弄ぶような笑みが浮かぶ。

 

「遊んでやるよ、ウリ坊」

 

次の瞬間、巨躯が動く。

 

ジャックの拳が走る。

踏み込み、体重を乗せた一撃。

 

だが――当たらない!掠りもしない!

 

伊之助は風のように避ける。

野生の勘が危険を先読みする。

 

(……遅い。遅すぎる)

 

強い。

確かに強い。

だが致命ではない。

過去に戦った鬼の方が遙かに強い!

 

伊之助は日輪刀を振るう。

何度も、何度も――致命の軌道で。

それでも、ジャックは倒れない。

 

否、――怒りで震えていた。

 

「ウリ坊!」

 

ジャックの口元が侮蔑を滲ませて吊り上がる。

 

「俺はデカいだけで攻撃も遅く欠伸が出そうだろ?」

 

さらに間合いに踏み込む。

 

「額に痣のある小僧もな……」

「お前と同じ思考だったよ。」

「俺の攻撃は遅い……」

「過去の鬼に比べると俺は弱すぎる……」

「こんなデカブツと立会う意味は無いとな!」

 

伊之助の眼が見開かれた。

胸の内を…

事実を…

見透かされた――。

 

「前の奴は"木刀"だったが、」

「お前は"真剣"を使って、まだ俺を倒せねえのか?」

 

刃を見下ろし吐き捨てる。

 

「しのぶからは"殺せ"と言われなかったかい?」

「俺を鬼として認識してねえのか?」

「だからか……お前の刀身には殺意がねえ!」

「そんなもんは竹刀以下だ!」

 

ジャックの眼から嘲りが消えた。

 

「お前の、その野生はな……」

「猪だ、熊だ、その程度だよ!」

 

ジャックの眼差しが、

獲物の息の根を止める瞬間を愉しむ獣のそれへと変わる。

 

「俺が知ってる野生は違う…」

「"ピクル"だ!」

 

――恐竜を捕食していた太古の野生。

その薄ら笑いを見た瞬間。

 

伊之助の視界が――裏返り、捕まった!

高身長から高速の落下。

 

――ボディスラム一閃。

 

炭治郎と全く同じ技。

受け身を取る暇も覚悟もない。

衝撃が全身を内臓を揺さぶれ、

地面に叩きつけられる。

大地が穿たれ、息が消え、肺が潰れ、

目の前が白く染まり世界が遠のく。

 

野生の勘が初めて"死"を具体的に描いた。

 

ジャックが見下ろす。

「……ウリ坊。まだ、やるかい?」

 

その問いは、挑発でも慈悲でもなかった。

野生における生存競争の継続確認だった。

 

朝の光は変わらず柔らかい。

だが、その庭だけが、確かに戦場だった。

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