ザ・ダイハード・マスターピース   作:EXTERMINATION

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第70話 止まない雨

雨は止んでいた。

 

だが、街はまだ濡れていた。

 

首都高速の路面には焼け焦げたタイヤ痕が残り、

ガソリンスタンド跡地からは黒煙が細く立ち上っていた。

 

夜通し続いた消火活動の末、炎そのものは消えていた。

 

だが。

 

爆発が残した熱だけは、まだ街の隅にこびりついていた。

 

ニュースでは、一晩中同じ映像が流れていた。

 

首都高速での大規模多重事故。

 

市街地でのカーチェイス。

 

ガソリンスタンド爆発。

 

教会での武装集団による銃撃事件。

 

報道では、全てが曖昧に処理されていた。

 

詳細不明。

 

関係者確認中。

 

警察が捜査中。

 

真実は何一つ語られない。

 

次世代型人工心臓の存在も。

 

堀北鈴音の病も。

 

二階堂麗華の病も。

 

綾小路清隆と朝霧海斗が互いへ銃を向けたことも。

 

全て伏せられていた。

 

だが。

 

隠されたからといって、なかったことにはならない。

 

砕けたガラス。

 

燃えた車。

 

教会に散った薬莢。

 

そして。

 

壊れかけた友情。

 

それらは確かに、昨日そこにあった。

 

大学病院。

 

堀北鈴音は病室の窓際に座っていた。

 

外は晴れている。

 

昨日の雨が嘘のように、空は高かった。

 

だが、鈴音の表情は晴れていなかった。

 

手元にはスマートフォン。

 

画面にはニュース映像が映っている。

 

炎上するガソリンスタンド。

 

横転した車両。

 

遠くから撮影された教会。

 

その映像を、鈴音は何度も見ていた。

 

何度見ても、胸の奥が重くなる。

 

扉がノックされた。

 

「どうぞ」

 

入ってきたのは綾小路清隆だった。

 

昨日の教会で負った傷は応急処置されている。

 

肩口に包帯。

 

頬に小さな擦過傷。

 

だが、顔色はいつも通りだった。

 

それが鈴音には腹立たしかった。

 

「来たのね」

 

「ああ」

 

「ニュースを見たわ」

 

綾小路は黙った。

 

鈴音はスマートフォンの画面を伏せる。

 

「昨日、海斗さんと戦ったの?」

 

「ああ」

 

「銃で?」

 

「ああ」

 

「勝ったの?」

 

「決着はつかなかった」

 

鈴音は小さく笑った。

 

悲しい笑みだった。

 

「そう。あなたたちらしいわね」

 

綾小路は何も言わない。

 

病室に沈黙が落ちた。

 

心電図の音だけが規則的に響く。

 

鈴音は窓の外へ視線を戻した。

 

「ねえ、綾小路くん」

 

「何だ」

 

「やめなさい」

 

静かな声だった。

 

怒鳴っているわけではない。

 

責めているわけでもない。

 

だからこそ、重かった。

 

「私は、そんなことのために生きたいわけじゃない」

 

綾小路は答えなかった。

 

鈴音は続ける。

 

「私が死にたくないと言ったから、

あなたは動いてくれている。分かっているわ。感謝もしている」

 

そこで言葉が一度止まる。

 

「でも、昨日のニュースを見て思ったの」

 

鈴音は振り返る。

 

その目には怒りよりも苦しみがあった。

 

「あなたが海斗さんと撃ち合って、街が燃えて、

関係のない人たちまで巻き込まれて、それでも私が助かるのだとしたら」

 

鈴音の声が震える。

 

「私は、その命をどう受け取ればいいの?」

 

綾小路は鈴音を見る。

 

「堀北」

 

「答えて」

 

「今は答えを持っていない」

 

「あなたが?」

 

鈴音は少しだけ皮肉に笑う。

 

「珍しいわね」

 

「そうだな」

 

「でも、逃げないで」

 

鈴音ははっきり言った。

 

「あなたは私を助けようとしている。でも、その先で海斗さんが壊れたら?

麗華さんが死んだら?彩さんやツキさんが傷ついたら?

昨日みたいな事故がまた起きたら?」

 

綾小路は沈黙する。

 

鈴音は拳を握った。

 

「私は、それでも生きたいと思ってしまう。だから自分が怖い」

 

「生きたいと思うことは悪くない」

 

「それは前にも聞いたわ」

 

「なら何度でも言う」

 

「問題はそこじゃないのよ」

 

鈴音は目を伏せる。

 

「生きたいと思うこと自体は悪くない。

でも、そのために誰かが壊れていくのを見て何もできない自分が嫌なの」

 

綾小路は椅子に座った。

 

少しだけ距離を置くように。

 

だが、逃げるようにではない。

 

「お前が止めろと言っても、海斗は止まらない」

 

「あなたもでしょう」

 

「ああ」

 

「なら同じね」

 

鈴音は深く息を吐いた。

 

「あなたたちは似ているわ」

 

「海斗にも言われた」

 

「でしょうね」

 

鈴音はわずかに笑った。

 

だがすぐに表情を戻す。

 

「似ているからこそ、どちらも退けない」

 

「そうだ」

 

「最悪ね」

 

「ああ」

 

鈴音は手元のシーツを握る。

 

「綾小路くん」

 

「何だ」

 

「私はまだ死にたくない」

 

その言葉は、小さかった。

 

だが、嘘ではなかった。

 

「でも、あなたがあなたではなくなるくらいなら」

 

鈴音はそこで言葉を止めた。

 

言い切れなかった。

 

あなたがあなたではなくなるくらいなら、自分は死んでもいい。

 

そう言いたかったのか。

 

言えなかった。

 

死にたくないという本音が、それを止めた。

 

鈴音は自嘲気味に笑う。

 

「ごめんなさい。私は綺麗なことを言えるほど強くないみたい」

 

「それでいい」

 

「またそれ?」

 

「ああ」

 

綾小路は静かに言った。

 

「綺麗な言葉を言う必要はない」

 

鈴音は彼を見る。

 

「なら、あなたも綺麗なことを言わないで」

 

「言っていない」

 

「いいえ。あなたは今、二人とも助ける方法を探すと言い続けている。

でも本当は、もう分かっているんでしょう?」

 

綾小路の表情は変わらない。

 

だが、沈黙が答えだった。

 

鈴音は目を閉じる。

 

「残っている人工心臓は一基だけ」

 

「ああ」

 

「私は生きたい」

 

「ああ」

 

「麗華さんも生きたい」

 

「ああ」

 

「なら、もう綺麗な答えはない」

 

綾小路は静かに頷いた。

 

「そうだな」

 

その一言で、鈴音の目から涙が落ちた。

 

彼女はすぐに拭った。

 

「見なかったことにして」

 

「ああ」

 

綾小路はそう答えた。

 

同じ頃。

 

二階堂家系列病院。

 

二階堂麗華の病室も、静かだった。

 

窓際の机には大量の資料が積まれている。

 

経営報告。

 

医療報告。

 

人工心臓の管理記録。

 

病人の机ではなかった。

 

当主の机だった。

 

麗華はその資料を読んでいた。

 

顔色は悪い。

 

だが目だけは鋭い。

 

扉が開く。

 

海斗が入ってきた。

 

黒いロングコートではない。

 

普段着だった。

 

だが、昨日の教会で裂けたコートの残像が、麗華の目にはまだ残っていた。

 

「仕事すんな」

 

海斗が言った。

 

「当主だから」

 

「病人だろ」

 

「当主でもあるわ」

 

「頑固だな」

 

「あなたほどではないわ」

 

いつもの会話。

 

だが、いつもの軽さはなかった。

 

麗華は資料を閉じる。

 

「昨日のことを聞いたわ」

 

海斗は黙った。

 

「綾小路くんと撃ち合ったそうね」

 

「ああ」

 

「教会を壊して、人工心臓まで危険に晒した」

 

「……ああ」

 

「馬鹿なの?」

 

海斗は苦笑した。

 

「久々に真っ直ぐ罵倒されたな」

 

「笑い事ではないわ」

 

麗華の声が強くなる。

 

「私はあなたにそんなことをしてほしくて、生きたいと言ったわけではない」

 

海斗の表情が消える。

 

「じゃあどうしろってんだ」

 

「戦わないで」

 

「無理だ」

 

即答だった。

 

麗華の目が揺れる。

 

「私は命令しているのよ」

 

「聞けねぇ命令もある」

 

「海斗」

 

「麗華」

 

海斗の声も強くなる。

 

「お前は生きたいって言った」

 

「言ったわ」

 

「ならオレは助ける」

 

「私を助けるためなら、誰かを撃ってもいいの?」

 

海斗は答えない。

 

麗華は続ける。

 

「綾小路くんを撃っても?鈴音が死んでも?

街を壊しても?あなた自身が壊れても?」

 

「全部背負う」

 

「そんな簡単に言わないで!」

 

麗華が叫んだ。

 

海斗の目が見開かれる。

 

麗華が声を荒げることは少ない。

 

まして、ここまで感情を露わにすることはほとんどなかった。

 

「あなたが全部背負う?そんなことできるわけがないでしょう!」

 

麗華の声は震えていた。

 

「人は何でも背負えるわけじゃない。私だってそうだった。

二階堂家も、彩も、会社も、責任も、全部背負えると思っていた。

でも違った。私は怖かった。苦しかった。それでも立っていただけよ」

 

海斗は黙った。

 

麗華は息を整える。

 

「あなたまで同じことをしないで」

 

「麗華」

 

「私は、あなたに人殺しになってほしくない」

 

海斗は低く言った。

 

「今さらだろ」

 

「違うわ」

 

「違わねぇよ」

 

「違う!」

 

麗華は強く否定した。

 

「誰かを守るために戦うことと、私を生かすためにあなたが壊れることは違う!」

 

海斗の拳が震える。

 

「じゃあ、お前が死ぬのを見てろってのか」

 

「そんなことは言っていない」

 

「同じだろ!」

 

海斗の声が病室に響く。

 

彩が扉の外で息を呑んだ。

 

ツキも廊下にいた。

 

二人は中へ入れなかった。

 

海斗は続ける。

 

「お前は綺麗なままでいたいんだよ。

誰も傷つけず、誰も恨まず、誰も犠牲にせず、死ぬなら死ぬで仕方ないって顔してる」

 

「違うわ」

 

「違わねぇ」

 

海斗の目も赤かった。

 

「でもオレは無理だ。お前が死ぬのを納得なんかできねぇ。

麗華が死ぬなら仕方ないなんて、一生言えねぇ」

 

麗華は言葉を失う。

 

海斗は少しだけ声を落とした。

 

「オレはお前を守るためにいる」

 

「それは、私が命じたから?」

 

「違う」

 

海斗は即答した。

 

「オレがそうしたいからだ」

 

麗華の表情が歪む。

 

その言葉は嬉しいはずだった。

 

けれど、今は痛かった。

 

あまりにも痛かった。

 

海斗は背を向ける。

 

「少し外に出る」

 

「逃げるの?」

 

麗華が聞いた。

 

海斗は立ち止まる。

 

「違う」

 

「なら答えて」

 

「今は答えられねぇ」

 

「海斗」

 

「悪い」

 

それだけ言って、海斗は病室を出た。

 

廊下には彩とツキがいた。

 

彩は泣きそうだった。

 

ツキは海斗を見つめている。

 

「海斗」

 

ツキが呼ぶ。

 

海斗は足を止める。

 

「何だ」

 

「本当に戻れなくなる」

 

「もう戻れねぇよ」

 

「まだだ」

 

ツキの声が震える。

 

「まだ戻れる」

 

海斗は静かに首を横に振った。

 

「麗華が生きたいって言った時から、オレはもう戻れねぇ」

 

ツキは唇を噛んだ。

 

「私は止めると言った」

 

「ああ」

 

「本当に止める」

 

「分かってる」

 

「それでも行くのか」

 

海斗は少しだけ笑った。

 

「行く」

 

ツキは何も言えなかった。

 

その日の午後。

 

二階堂グループ医療研究棟。

 

最上階の会議室に、関係者が集められた。

 

坂柳有栖。

 

堀北学。

 

二階堂源蔵。

 

宮川尊徳。

 

森下藍。

 

二階堂彩。

 

ツキ。

 

綾小路清隆。

 

朝霧海斗。

 

全員が同じ部屋にいた。

 

だが、もう同じ側には見えなかった。

 

長いテーブルを挟み、綾小路と海斗は離れて座っている。

 

坂柳は資料を机に置いた。

 

その表情はいつになく硬かった。

 

「結論から申し上げます」

 

誰も息をしなかった。

 

「手術の猶予は、最長で七日です」

 

沈黙。

 

七日。

 

その数字は、想像以上に短かった。

 

森下が震える声で言う。

 

「七日って……一週間ですか?」

 

「ええ」

 

坂柳は頷く。

 

「堀北鈴音さん、二階堂麗華さん、

双方の心筋壊死は想定より進行しています。

補助循環装置で時間を稼いでいますが、

人工心臓への置換手術を行うなら、七日以内が限界です」

 

彩が口元を押さえる。

 

ツキは目を伏せる。

 

学は拳を握る。

 

源蔵は表情を変えない。

 

だが、机の下で指を強く握り込んでいた。

 

尊徳が聞く。

 

「二基目の可能性は」

 

坂柳は首を横に振る。

 

「現時点でありません」

 

「他の治療法は」

 

「七日以内に確立できる可能性は極めて低い」

 

「極めて低い、か」

 

尊徳は苦い顔をした。

 

坂柳は続ける。

 

「つまり、七日以内にN-HEART 01をどちらか一名へ使用する必要があります」

 

部屋の空気が凍った。

 

どちらか一名。

 

ついに、その言葉が正式に出た。

 

綾小路は動かない。

 

海斗も動かない。

 

だが、二人の間の空気だけがさらに冷たくなる。

 

森下が立ち上がった。

 

「そんなの駄目です」

 

声が震えている。

 

「どちらか一人なんて、そんなの駄目です」

 

坂柳は森下を見る。

 

「私もそう思います」

 

「なら!」

 

「ですが、思うことと可能であることは違います」

 

森下は言葉を失う。

 

坂柳の声は淡々としていた。

 

だが、その目には疲れがあった。

 

「私はまだ探します。最後まで探します。

ですが、同時に決断の準備をしなければなりません」

 

彩が泣きながら言う。

 

「お姉様を助けてください……」

 

学は何も言えない。

 

自分も妹を助けたい。

 

だが、彩の言葉を否定することはできなかった。

 

源蔵が静かに言う。

 

「二階堂家としては、麗華への使用を求める」

 

当然の言葉だった。

 

学も静かに返す。

 

「俺は鈴音への使用を求める」

 

それも当然だった。

 

二つの当然が、正面からぶつかった。

 

尊徳が目を閉じる。

 

「最悪だな」

 

誰も否定しなかった。

 

海斗が立ち上がる。

 

「もう話すことはねぇな」

 

ツキが顔を上げる。

 

「海斗」

 

海斗は綾小路を見る。

 

「七日だ」

 

「ああ」

 

「それまでに決める」

 

「そうだな」

 

「いや」

 

海斗の目が細くなる。

 

「決めるんじゃねぇ。取りに行く」

 

部屋の空気が変わる。

 

学が立ち上がりかける。

 

尊徳が視線で止める。

 

綾小路は静かに言った。

 

「お前がそう来るなら、オレも止める」

 

「だろうな」

 

海斗は笑った。

 

「だから話すことはない」

 

綾小路も立ち上がる。

 

「同感だ」

 

森下が叫ぶ。

 

「二人とも!」

 

だが二人は止まらない。

 

海斗は部屋を出ていく。

 

綾小路も別方向へ歩き出す。

 

その背中を、誰も止められなかった。

 

夕方。

 

河川敷。

 

空は赤く染まっていた。

 

雨上がりの川面が夕日を反射し、ゆっくりと揺れている。

 

かつて、何でもない会話をしたかもしれない場所。

 

高校時代の延長線上にあったような、ありふれた風景。

 

そこに、綾小路清隆が立っていた。

 

しばらくして、朝霧海斗が現れた。

 

今日は銃を持っていない。

 

少なくとも、見える範囲には。

 

綾小路も同じだった。

 

二人は少し距離を置いて向き合った。

 

海斗が言う。

 

「来ると思った」

 

「お前もな」

 

「最後に話しておこうと思ってな」

 

「そうか」

 

沈黙。

 

風が吹く。

 

草が揺れる。

 

遠くで電車の音が聞こえた。

 

普通の世界の音だった。

 

海斗が空を見上げる。

 

「七日だとよ」

 

「ああ」

 

「一週間後には、どっちかが死ぬ」

 

「そうとは限らない」

 

海斗は苦笑した。

 

「まだ言うか」

 

「最後まで探す」

 

「オレも探す」

 

海斗は綾小路を見る。

 

「でも、見つからなかった時は?」

 

綾小路は答えた。

 

「堀北を助ける」

 

海斗は頷く。

 

「オレは麗華を助ける」

 

短い言葉。

 

だがそれが全てだった。

 

海斗はポケットに手を入れる。

 

「なあ」

 

「何だ」

 

「まだ止める気はねぇか」

 

「ない」

 

「そうか」

 

「お前は」

 

「ない」

 

綾小路は静かに頷いた。

 

「そうか」

 

海斗は笑った。

 

少しだけ、昔の顔だった。

 

「ほんと、嫌になるな」

 

「ああ」

 

「お前とは、もっと別の形で決着つけたかった」

 

「例えば」

 

「チェスとか」

 

「お前が勝てるのか」

 

「無理だな」

 

海斗は小さく笑う。

 

「じゃあ射撃勝負」

 

「それなら分からない」

 

「お、言うじゃねぇか」

 

一瞬だけ、空気が戻りかけた。

 

あの頃のように。

 

死線の合間で軽口を叩いていた時のように。

 

だが、それもすぐに消えた。

 

海斗が目を伏せる。

 

「戻れねぇな」

 

「そうだな」

 

「綾小路」

 

「何だ」

 

「悪かったな」

 

「オレもだ」

 

「次は」

 

海斗は言葉を選ぶように間を置いた。

 

「本当に撃つ」

 

綾小路は静かに答える。

 

「オレもだ」

 

「殺す気で来い」

 

「お前もな」

 

海斗は笑った。

 

「最悪の会話だな」

 

「ああ」

 

「でも、これが最後の普通の会話かもしれねぇ」

 

「そうかもしれない」

 

夕日が二人の影を長く伸ばす。

 

同じ方向へ並ぶことはない。

 

二つの影は、別々の方向へ伸びていた。

 

海斗が背を向ける。

 

「じゃあな、綾小路」

 

「ああ」

 

綾小路も背を向ける。

 

二人は逆方向へ歩き出した。

 

どちらも振り返らない。

 

振り返れば、何かが揺らぐかもしれないから。

 

振り返れば、まだ友人だった頃の顔を思い出してしまうかもしれないから。

 

だから振り返らない。

 

川面に夕日が沈んでいく。

 

残された時間は七日。

 

友情は終わった。

 

希望は細り続けている。

 

残ったのは。

 

たった一つの人工心臓と。

 

二人の天才と。

 

誰も望まなかった戦争だけだった。




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