ザ・ダイハード・マスターピース 作:EXTERMINATION
夜の海を、二台の水上バイクが切り裂いていた。
背後では、リゾートホテルの一部が燃えている。
白亜の高層ホテルは、もはや優雅なリゾート施設ではなかった。
砕けたガラス。
崩れた吹き抜け。
燃え上がるロビー。
火の粉は夜空へ舞い、黒煙は星を隠している。
その炎を背に、綾小路清隆と朝霧海斗は水上バイクで海上へ飛び出していた。
黒い海面に、ホテルの爆炎が赤く映る。
波は荒い。
敵の探照灯が左右から走る。
遠くでは港湾エリアのクレーンが黒い影となって立ち並び、
そのさらに沖には敵の大型船がいくつも浮かんでいた。
島は完全に包囲されている。
逃げ場はない。
だが、二人は逃げているわけではなかった。
状況を切り開くために、敵の海上封鎖線へ飛び込んでいた。
海斗が水しぶきを浴びながら叫ぶ。
「おい綾小路!」
隣の水上バイクで、綾小路が前を見たまま答える。
「何だ」
「水上バイクで銃撃戦って、普通の刑事はやらねぇよな!」
「普通の護衛もやらない」
「違いねぇ!」
背後からエンジン音が迫る。
敵の武装水上バイクが四台。
左右に二台ずつ。
さらに後方には小型武装艇が二隻。
上空ではコマンダーを乗せたヘリが旋回している。
探照灯が二人を捉えた。
白い光が海面を焼くように走る。
コマンダーの声が、ヘリの外部スピーカーから響いた。
『逃げ足が速いなぁ!刑事さん!護衛さん!』
海斗が振り返って叫ぶ。
「お前がしつこいんだよ!」
『褒め言葉として受け取るぜ!』
「受け取るな!」
綾小路は無線を確認する。
「坂柳、敵の配置は」
すぐに坂柳有栖の声が返る。
『海上に敵水上バイク四、武装艇二、上空にヘリ一。
ですが、沖合の封鎖線からさらに増援が向かっています』
「進路は」
『北東に小型マリーナがあります。そこを抜ければ商業エリア裏の運河へ入れます』
海斗が横から叫ぶ。
「運河!?」
坂柳が続ける。
『観光用の水路です。幅は狭いですが、
武装艇は入りづらい。水上バイクなら通れます』
「また狭い道かよ!」
綾小路が言う。
「追跡を切るには合理的だ」
「分かってるけどよ!」
堀北鈴音の声も入る。
『二人とも、ホテルから離れすぎないで。敵に分断されるわ』
「分かっている」
麗華の声が続く。
『海斗、無茶しないで』
「してねぇ」
『してるわ』
「水上バイクに乗ってるだけだ」
『銃撃戦をしながらでしょう』
海斗は少し笑った。
「そこは否定できねぇな」
敵の一台が右側から迫る。
兵士が片手でハンドルを握り、もう片方で短機関銃を構えた。
海斗は舌打ちし、身体を低くする。
銃声。
弾丸が水面を叩き、連続した水柱を上げる。
海斗は水上バイクを大きく傾け、波の上を滑るように回避する。
「撃ちながら運転すんなよ!」
綾小路が横目で見る。
「お前もするだろ」
「オレは上手い!」
「敵もそう思っているかもしれない」
「腹立つこと言うな!」
海斗はベレッタを一丁抜き、右側の敵のハンドル付近を狙った。
一発。
敵のミラーが砕ける。
二発目。
計器盤が火花を散らす。
敵の水上バイクがバランスを崩し、波に乗り上げるように跳ねた。
兵士は海へ投げ出され、機体だけが横滑りして停止する。
綾小路は左側から迫る敵を見た。
片手でハンドルを握り、もう片手でガバメントを抜く。
狙いは敵ではない。
前方に浮かぶ小型の安全灯ブイ。
綾小路の弾丸が固定金具を撃ち抜いた。
ブイが波に流され、追ってきた敵水上バイクの進路へ入り込む。
敵は慌てて避けようとするが、速度を出しすぎていた。
機体がブイに乗り上げる。
水上バイクが跳ね、兵士が海へ放り出される。
海斗が笑う。
「相変わらず地味に嫌らしいな!」
「効率的だ」
「褒めてるんだよ!」
「そうか」
後方の武装艇が銃撃を開始した。
機関銃の連射が海面を薙ぐ。
水柱が二人の背後を追いかけるように走る。
海斗が叫ぶ。
「今度は地味じゃ済まねぇぞ!」
綾小路は前方を見る。
北東の小型マリーナまではまだ距離がある。
その手前に、観光用の浮桟橋が連なっている。
昼ならクルーザーが停泊していた場所だ。
今は半分が破壊され、燃えている。
敵の銃撃で引火したのか、小型燃料タンクが黒煙を上げていた。
綾小路はそれを見た。
「海斗、浮桟橋の間を抜ける」
「狭すぎるだろ!」
「抜けられるか」
「抜けるしかねぇだろ!」
二台は同時に進路を変えた。
浮桟橋の間へ突っ込む。
左右に揺れる桟橋。
燃える燃料タンク。
倒れたヨットのマスト。
浮遊する破片。
その隙間を、水上バイクが高速で駆け抜ける。
敵の水上バイク二台も追ってくる。
だが、武装艇は入れない。
後方で旋回し、外側から機関銃を撃ってくる。
弾丸が浮桟橋を削り、木片が水面へ降る。
海斗が前を見ながら叫ぶ。
「綾小路、右のタンク!」
「分かっている」
綾小路はガバメントを構えた。
狙いは燃料タンクそのものではない。
タンクを支える金具。
一発。
金具が外れる。
燃えかけたタンクが傾き、波に揺られて敵の進路へ転がる。
敵の一台が急旋回する。
もう一台が避けきれない。
衝突。
火花。
同時に燃料タンクが爆発した。
夜の海に巨大な火球が広がる。
赤い爆炎が水面を照らし、黒煙と水柱が同時に噴き上がった。
浮桟橋が爆風で跳ね上がり、燃えた板材が空中を回転しながら海へ落ちる。
追っていた敵水上バイクは爆圧で横倒しになり、
もう一台も視界を奪われて桟橋へ突っ込んだ。
海斗は衝撃波で機体を揺らしながら叫ぶ。
「派手にやったな!」
綾小路は淡々と返す。
「支えを外しただけだ」
「結果が大爆発なら一緒だろ!」
「敵の進路は止まった」
「そういう問題じゃねぇ!」
上空でコマンダーが大笑いしていた。
『いいぞ!いいぞ!そういうのを待ってたんだよ!』
海斗が空へ向かって怒鳴る。
「お前のためにやってねぇ!」
『最高のサービスだぜ!』
ヘリが低く降りてくる。
側面から銃手が身を乗り出し、機関銃を構えた。
綾小路がすぐに気づく。
「上」
海斗が前を見たまま答える。
「見えてる!」
機関銃が火を噴く。
弾丸が海面を叩き、二人の前方に水柱の壁を作る。
海斗は速度を落とさず、波を斜めに切る。
綾小路は水上バイクを左へ振り、銃撃の隙間を抜ける。
だが、ヘリは執拗に追う。
探照灯が視界を奪う。
海斗が顔をしかめる。
「眩しいんだよ!」
綾小路は無線に言う。
「坂柳、ヘリの位置は」
『真上やや後方。高度は低いですが、こちらから電子妨害は届きません』
「七瀬は」
『現在、位置不明です。先ほど敵通信に偽情報を流した後、反応が消えています』
海斗が低く言う。
「無事だといいがな」
その瞬間だった。
遠くのホテル屋上付近から一発の狙撃音が響いた。
ヘリの探照灯が砕け散る。
白い光が消え、海が一瞬暗くなる。
ヘリが揺れた。
コマンダーの声が響く。
『おっと!誰だ今のは!』
綾小路は即座に理解した。
「七瀬だ」
海斗が笑う。
「いいタイミングだな!」
ホテルから少し離れた商業ビルの屋上。
七瀬翼は肩で息をしながら、スナイパーライフルを構えていた。
敵に正体が露見したことで、もう長く同じ場所にはいられない。
背後から敵兵が迫っている。
それでも、彼女は撃った。
ヘリの探照灯。
機関銃の照準装置。
通信アンテナ。
殺すためではない。
綾小路たちを通すために。
七瀬はスコープ越しに海上の二人を見た。
「今です」
次の一発で、ヘリ側面の照準補助装置が火花を散らした。
ヘリの銃撃が乱れる。
海斗はその隙を逃さない。
「綾小路、運河に入るぞ!」
「ああ」
二台の水上バイクは小型マリーナを抜け、観光運河へ飛び込んだ。
水路は狭い。
両側には白い建物。
テラス席。
橋。
土産物店。
イルミネーションがまだ一部だけ点いている。
昼間なら観光客がゆっくり水上タクシーに乗っていたはずの場所。
今は、銃撃戦の舞台だった。
敵の水上バイクが三台、新たに後ろから入ってくる。
ヘリは上空から追うが、建物に阻まれて高度を上げざるを得ない。
武装艇は入れない。
海斗が叫ぶ。
「狭い道は嫌いじゃねぇ!」
綾小路が答える。
「余裕だな」
「ないから言ってるんだよ!」
運河に入った瞬間、敵の銃撃が始まる。
弾丸が水路の壁を叩き、白い破片が飛ぶ。
橋の下をくぐる。
直後、後ろの敵が橋に設置された装飾灯を撃ち落とす。
火花を散らしながら照明が落下し、海斗の前方へ落ちる。
海斗は機体を斜めに倒し、ギリギリでかわした。
「危ねぇ!」
綾小路は後ろを振り返り、橋の吊り看板を撃つ。
看板が落下し、追っていた敵水上バイクの前方を塞ぐ。
敵は避けるが、速度が落ちる。
もう一台が後ろから追突しかけ、隊列が乱れた。
海斗が笑う。
「地形利用が板についてんな!」
「観光地は物が多い」
「感想が刑事じゃねぇ!」
前方に低い橋が見える。
水上タクシー用の橋だ。
普通の速度なら問題ない。
だが、今の速度では姿勢を低くしなければ危ない。
綾小路が叫ぶ。
「伏せろ」
海斗は即座に体を低くする。
二台は橋の下を抜ける。
直後、追ってきた敵の一人が反応に遅れ、ハンドルを切り損ねる。
水上バイクの上部が橋に接触し、火花を散らして転倒した。
敵兵が水中へ投げ出される。
残り二台。
だが、運河の先ではさらに敵が待っていた。
水路脇のカフェテラスに武装兵が展開している。
銃口が二人へ向く。
綾小路はすぐに進路を変える。
「右の支流へ」
海斗が叫ぶ。
「地図あるのか!?」
「坂柳が送っている」
「便利すぎるだろ!」
坂柳の声が無線に入る。
『右支流は商業エリア裏を抜け、ホテル南側の人工滝へ繋がります』
海斗が眉をひそめる。
「人工滝?」
『観光演出です。通常は低速運航のみ許可されています』
「高速で行くなってやつだな」
綾小路が言う。
「高速で行く」
「だと思った!」
二台は右支流へ突っ込んだ。
水路はさらに狭くなる。
両側の壁が近い。
敵の銃撃は通りにくいが、逃げ場もない。
前方に人工滝の音が聞こえてきた。
大量の水が落ちる轟音。
照明に照らされた白い水幕。
その裏にメンテナンス用の通路がある。
坂柳の声。
『滝の裏側を抜けてください。水幕で敵の視界を切れます』
海斗が叫ぶ。
「水上バイクで滝の裏!?」
綾小路は平然と言う。
「南国らしいだろ」
「物騒な南国だって言ったばっかりだろ!」
背後の敵が迫る。
敵の一人がロケットランチャーのような小型兵器を構えた。
海斗が気づく。
「綾小路、後ろ!」
綾小路は振り返る。
発射音。
小型ロケットが水面すれすれを飛んでくる。
綾小路は一瞬で判断し、近くに浮いていた観光用の小型ボートへ向けて撃つ。
ボートを固定していたロープが切れ、波に押されたボートがロケットの進路へ流れ込む。
ロケットがボートに命中した。
狭い運河で爆発が起きた。
火球が水路いっぱいに広がり、爆風で両側の店の窓が一斉に砕ける。
水面が持ち上がり、二人の水上バイクが波に跳ね上げられる。
追っていた敵は炎と水柱に飲まれ、二台とも進路を失って壁へ激突した。
海斗は着水の衝撃に耐えながら叫ぶ。
「今のは派手すぎるだろ!」
綾小路は前を見たまま言う。
「敵のロケットだ」
「利用したのはお前だ!」
「結果的に」
「便利な言葉だな!」
二人は人工滝へ突入した。
白い水幕が視界を塞ぐ。
轟音。
全身に叩きつけられる水。
一瞬、何も見えなくなる。
だが、綾小路も海斗も速度を落とさない。
滝の裏にある狭い通路を、勘と地図情報だけで走る。
水上バイクのエンジン音が洞窟のように反響する。
そして、次の瞬間。
二台は滝の裏から飛び出した。
視界が開ける。
そこはホテル南側のラグーンだった。
人工の入り江。
白い砂浜。
夜間照明。
そして、敵の臨時補給拠点。
水上バイク用の燃料タンク。
弾薬箱。
小型艇。
武装兵。
綾小路と海斗は、敵のど真ん中へ飛び出していた。
海斗が一瞬固まる。
「……観光ルート間違えたか?」
綾小路は周囲を見る。
「いや」
「いや?」
「補給拠点だ」
海斗は笑った。
「なら当たりだな」
敵兵たちが慌てて銃を向ける。
「敵だ!」
「撃て!」
銃撃が始まる。
綾小路と海斗は左右へ分かれる。
水上バイクの速度を落とさず、ラグーン内を円を描くように走る。
敵の弾丸が水面を叩き、砂浜を削る。
海斗は片手でベレッタを抜き、燃料タンクのホースを撃ち抜いた。
燃料が砂浜へ流れ出す。
綾小路は弾薬箱ではなく、近くの照明設備を撃った。
火花が散る。
燃料に引火。
炎が砂浜を走った。
敵兵たちが慌てて後退する。
海斗が叫ぶ。
「爆発するぞ!」
綾小路が答える。
「距離を取れ」
二人は同時にラグーン出口へ向かう。
背後で炎が燃料タンクへ到達した。
巨大な爆発が起きた。
砂浜が赤く染まり、燃料タンクが火柱となって吹き飛ぶ。
爆風で小型艇が横転し、弾薬箱の一部が誘爆する。
二次、三次、四次と連続爆発が夜の入り江を揺らした。
水面には炎が広がり、黒煙が滝の上へ立ち上る。
敵の補給拠点は一瞬で混乱に包まれた。
海斗は振り返って笑う。
「今のは間違いなく映画映えしたな!」
綾小路が淡々と言う。
「補給線を一つ潰した」
「感想が渋いな!」
「目的は達成した」
「派手な目的達成だ!」
上空のヘリが再び近づく。
コマンダーの声が響く。
『おいおい、俺の補給所を花火にしやがったな!』
海斗が叫ぶ。
「綺麗だったろ!」
『最高だ!だが請求書は高くつくぜ!』
綾小路が静かに返す。
「請求するのはこちらだ」
『ははっ!刑事さんも言うじゃねぇか!』
ヘリから照明弾が撃ち出された。
夜空に白い光が広がる。
ラグーン周辺が昼のように明るくなる。
敵の増援が見える。
水上バイク六台。
小型艇二隻。
さらに陸上からも装甲バギーが砂浜を走ってくる。
海斗が唇を歪める。
「まだ来るか」
綾小路が前方を見る。
「港へ向かう」
「マジか?」
「今の爆発で敵の注意はここに集まった。港側の圧力が薄くなる」
「逆に突っ込むってことか」
「ああ」
「嫌いじゃねぇよ、その無茶」
「合理的だ」
「そう言うと思った」
坂柳の声が無線に入る。
『港へ向かうなら、南側の防波堤沿いを抜けてください。
ただし、敵の封鎖線に接触します』
堀北の声が割り込む。
『無理をしすぎないで。目的は港の奪還ではなく偵察と攪乱よ』
「分かっている」
麗華の声も入る。
『海斗、戻る道は確保して』
「分かってる」
『本当に?』
「九割九分」
『十割』
「……十割で確保する」
海斗は少しだけ笑い、アクセルを握り直した。
二台はラグーンを抜け、防波堤沿いの外海へ出た。
夜の海はさらに荒れていた。
ホテルの炎。
補給所の爆発。
港の黒煙。
いくつもの火が島を照らしている。
だが、その光景の中で、敵の封鎖線も明確になった。
防波堤の外側に武装艇。
その向こうに大型船。
港湾クレーンの上に監視兵。
コンテナの間には照明車両。
綾小路はその配置を目に焼き付ける。
「坂柳、港南側の防衛配置を送る」
『受信しています。かなり貴重な情報です』
海斗が叫ぶ。
「その代金、後で高くつけろよ!」
坂柳が淡々と返す。
『では無事に戻ってください。請求先がいなくなると困ります』
「言い方!」
その時、防波堤の上から敵が撃ってきた。
機関銃。
水上バイクの前方に水柱が連続して立つ。
綾小路は速度を落とさず、波の谷を抜ける。
海斗は防波堤へ向けて撃ち返す。
敵の銃座の照明を破壊。
防波堤上が暗くなる。
だが、その暗闇から別の敵がロケットを構えた。
綾小路が気づく。
「海斗、左へ」
「了解!」
ロケット弾が発射される。
二人は左右へ分かれる。
ロケットは二人の間を抜け、水面で爆発した。
巨大な水柱が二人の間に上がる。
衝撃で二台が大きく離される。
海斗が叫ぶ。
「綾小路!」
「問題ない」
綾小路の水上バイクは波に乗り上げ、大きく跳ねたが、着水して走り続ける。
その先に、敵の水上バイクが一台回り込んでいた。
綾小路は正面衝突コースを避けずに進む。
敵が怯む。
直前で綾小路は機体を傾け、
相手の横をすり抜けながら敵のハンドル基部を撃った。
敵の機体が制御不能になり、防波堤の浮き柵へ突っ込む。
爆発はしない。
だが、柵が壊れ、後続の敵水上バイクの進路を塞いだ。
海斗はその隙に綾小路の横へ戻る。
「相変わらず嫌な抜き方するな!」
「効率的だ」
「お前の効率は心臓に悪い!」
防波堤の先に、港湾入口が見えた。
そこには大型コンテナ船が停泊している。
その横を抜ければ、港の内側へ入れる。
だが、入口には敵の武装艇が二隻。
さらに水面には機雷のような浮遊障害物が並んでいた。
海斗が叫ぶ。
「さすがに通れねぇぞ!」
綾小路は一瞬だけ考える。
「通らない」
「じゃあどうする」
「見せる」
「何を」
「通ると思わせる」
海斗は一瞬で理解した。
「陽動か」
「ああ」
二人は港入口へ向かって一直線に突っ込む。
敵が反応する。
武装艇が進路を塞ぎ、銃座をこちらへ向ける。
防波堤上の敵も火力を集中する。
水上バイク。
武装艇。
ヘリ。
全ての注意が綾小路と海斗へ向いた。
その瞬間。
ホテル側から別の動きが起こった。
七瀬だった。
彼女は商業エリアの別棟屋上へ移動し、港管制塔の通信アンテナを狙っていた。
距離は長い。
風も強い。
だが、今なら敵の注意は海上に向いている。
七瀬は息を止める。
引き金を引く。
一発。
アンテナ基部に命中。
二発目。
補助装置が砕ける。
港湾エリアの敵通信が乱れた。
『通信障害!』
『管制塔、応答しろ!』
『海上部隊、指示を――』
混乱が広がる。
坂柳がそれを見逃すはずがなかった。
『今です。港湾側の通信が乱れています』
綾小路が答える。
「七瀬か」
『おそらく』
海斗が笑う。
「本当にいいタイミングだな!」
綾小路は港入口直前で急旋回した。
海斗も同時に逆方向へ回る。
二台の水上バイクは敵の封鎖線の手前で左右に分かれ、
追ってきた敵の射線を交差させた。
敵武装艇同士が互いに撃ちづらくなる。
さらに、港入口の浮遊障害物へ向けて、綾小路が一発撃つ。
固定具が外れ、障害物が波で流れ出す。
海斗がそれに合わせて、敵の小型艇の燃料缶を撃ち抜いた。
燃料が水面に広がる。
敵の銃弾の火花。
引火。
港入口で巨大な爆発が起きた。
燃え上がる水面。
吹き上がる黒煙。
武装艇の一隻が爆風で傾き、もう一隻は急後退する。
浮遊障害物が炎に煽られて散らばり、敵の封鎖線が一時的に乱れた。
海斗が叫ぶ。
「封鎖線、穴開いたぞ!」
綾小路は前を見た。
「ああ。だが今は入らない」
「だろうな!」
「目的は達成した」
「情報と攪乱か」
「補給所も潰した」
「充分すぎるな!」
その時、コマンダーのヘリが真正面から降りてきた。
ヘリの扉が開き、コマンダーが身を乗り出している。
手にはグレネードランチャー。
海斗が顔を引きつらせる。
「おい、あいつ今度は何持ってんだ!」
綾小路が即答する。
「厄介なものだ」
コマンダーが叫ぶ。
『帰るにはまだ早いだろ!』
グレネードが発射された。
一発目が水面で爆発。
二発目が防波堤に当たり、破片が飛ぶ。
三発目が二人の進路を塞ぐように着弾し、巨大な水柱を上げた。
二人は左右へ散る。
水柱の向こうで、海斗の姿が一瞬見えなくなる。
麗華の声が無線に入る。
『海斗!?』
海斗の声がすぐに返る。
「生きてる!」
『十割!?』
「九割……いや十割!」
綾小路は水柱を抜ける。
その先で、海斗がまだ走っているのを確認した。
だが、敵の水上バイクが二人の間に割り込んでくる。
綾小路はガバメントを構える。
海斗もベレッタを抜く。
二人は別方向から同じ敵を狙った。
銃声が重なる。
敵水上バイクのハンドルとエンジンカバーが同時に撃ち抜かれ、
機体がその場で横滑りする。
敵兵は海へ投げ出された。
海斗が笑う。
「息ぴったりだな!」
綾小路が答える。
「互いに撃ち合った経験があるからな」
「嫌な言い方すんな!」
コマンダーのヘリがなおも追う。
だが、その時、ヘリの背後で火花が散った。
七瀬の狙撃。
ヘリの尾部近くの補助灯が砕け、機体が一瞬揺れる。
コマンダーが後ろを振り返る。
『またスナイパーか!人気者はつらいな!』
七瀬は別の屋上から次の狙撃を準備していた。
だが、今度は敵も彼女の位置を把握し始めている。
屋上へ向かう階段から、武装兵の足音が増えていた。
七瀬は無線機を拾い、短く言った。
「港南側、通信妨害成功。これ以上は位置が持ちません」
坂柳の声が返る。
『十分です。すぐに移動を』
七瀬は小さく頷く。
「了解」
彼女はライフルを背負い、屋上の縁へ走った。
その背後で扉が蹴破られる。
敵兵が叫ぶ。
「いたぞ!」
七瀬は振り返らず、隣の建物へ飛び移った。
夜の屋上を駆ける。
彼女の戦いもまた、海上の戦いと同時に続いていた。
一方、地下シェルターでは、避難民の移動が進んでいた。
一之瀬たちは東棟から救助した従業員を連れて戻り、
第二シェルターへ誘導している。
軽井沢は息を切らしながらも声を出し続けていた。
「あと少し!みんな、こっち!」
ひよりは負傷者を支え、森下は人数を確認し、ツキは間違いを訂正する。
「藍」
「今度は何ですか!」
「またまた一人増えてる」
「助けた方です!」
「ではリストに追加を」
「分かっています!」
「忘れそう」
「忘れてません!」
そのやり取りに、疲れ切った従業員が少しだけ笑った。
一之瀬も笑う。
「よかった。みんな戻れて」
堀北は管制室からその様子を確認し、安堵の息を吐いた。
だが、すぐに画面へ視線を戻す。
海上では、綾小路と海斗の信号が港南側を離れ、ホテル方向へ戻り始めている。
麗華が画面を見つめる。
「戻ってきてる」
坂柳は頷いた。
「港の攪乱、補給所破壊、封鎖線の一部混乱。十分すぎる成果です」
堀北が静かに言う。
「でも、まだ追われている」
画面上で、敵の信号が二人を追い続けていた。
海上。
綾小路と海斗はホテル方向へ戻っていた。
だが、敵は諦めていない。
背後に水上バイク四台。
小型艇一隻。
上空にヘリ。
そしてコマンダー。
海斗の水上バイクは被弾し、エンジン音が少し乱れていた。
綾小路が気づく。
「海斗、速度が落ちている」
「ちょっと機嫌が悪いだけだ」
「機械に機嫌はない」
「あるんだよ、こういう時は」
海斗は計器を見る。
警告灯が点滅している。
長くは持たない。
前方にはホテル南側の小型桟橋。
そこまで戻れれば一度陸へ上がれる。
だが、敵はその前に追いつく。
綾小路は周囲を見る。
海上に、観光イベント用の花火台船が浮かんでいた。
本来なら夜に打ち上げ花火を行う予定だったのだろう。
今は無人。
しかし、火薬は残っている可能性がある。
海斗も気づいた。
「おい、まさか」
綾小路が答える。
「使える」
「派手すぎるぞ」
「派手に、と言われている」
「誰にだよ!」
綾小路は台船の固定ロープを撃つ。
海斗はその横を通り抜けながら、台船の点火制御盤を撃ち抜いた。
火花が散る。
一瞬の沈黙。
そして。
花火が誤作動した。
夜空へ無数の光が打ち上がる。
敵も一瞬、空を見る。
次の瞬間、台船そのものに火が回った。
花火台船が爆発した。
大量の火花が海面へ降り注ぎ、色とりどりの閃光が夜空を染める。
赤、青、金、白。
爆炎と花火が混ざり合い、まるで戦場の空に巨大な祭りが咲いたようだった。
衝撃波で敵水上バイクが大きく揺れ、二台がバランスを崩して転倒する。
小型艇は破片を避けようとして急旋回し、後続の水上バイクと接触した。
海斗が爆風に煽られながら笑った。
「おいおい、今のはやりすぎだろ!」
綾小路は前を見たまま言った。
「花火大会だ」
「物騒すぎる花火大会だな!」
コマンダーの声が上空から響く。
『最高だ!最高の演出だぞ、刑事さん!』
海斗が叫ぶ。
「お前を喜ばせたのが唯一の失敗だな!」
花火の光が海面を照らす中、二人は小型桟橋へ向かった。
海斗の水上バイクが最後に大きく咳き込むような音を立てる。
エンジンが止まりかける。
綾小路が並走する。
「飛び移れるか」
「オレを誰だと思ってる」
「読書家」
「そこは護衛って言え!」
海斗は水上バイクの上で体勢を整える。
綾小路が自分の機体を近づける。
次の波に合わせて、海斗は綾小路の水上バイクへ飛び移った。
二人乗りになった瞬間、機体が大きく沈む。
海斗の乗っていた水上バイクはそのまま進路を失い、後方へ流れる。
敵の水上バイクがそれを避けようとした瞬間、
海斗がベレッタで燃料漏れしていた部分を撃った。
小さな爆発が起き、追手の視界を塞ぐ。
海斗は綾小路の後ろで笑う。
「レンタル代、また増えたな」
綾小路が答える。
「敵に請求だ」
「それ好きだな、お前」
「事実だ」
二人を乗せた水上バイクは、桟橋へ滑り込む。
綾小路は速度を落とし、最後は半ば横滑りするように接岸した。
二人は桟橋へ飛び降りる。
背後では、花火の残骸と燃える水面が敵の追跡を遮っていた。
ヘリはまだ上空にいる。
だが、低く降りてくることはできない。
コマンダーはヘリの扉から身を乗り出し、二人を見下ろしていた。
『よく走ったなぁ!だが、まだ終わりじゃねぇぞ!』
海斗は息を切らしながら見上げる。
「少しは休ませろ!」
『休暇中だろ!』
「お前が邪魔してるんだよ!」
綾小路は無線を入れる。
「坂柳、戻った」
坂柳の声が返る。
『確認しました。海上封鎖線の配置、港南側の防衛、
補給拠点の場所、すべて記録できました。大きな成果です』
堀北の声が続く。
『無事でよかったわ』
綾小路は短く答える。
「ああ」
麗華の声も入る。
『海斗』
「十割だ」
『まだ何も聞いてないわ』
「先に答えた」
麗華は少しだけ笑った。
『よろしい』
海斗は胸ポケットを軽く叩く。
ひよりから渡された本は濡れていなかった。
奇跡的に無事だった。
「本も十割だ」
ひよりの声が入る。
『それはよかったです』
海斗は少し笑った。
「帰ったら読む」
『はい』
その時、別の声が無線に割り込んだ。
七瀬翼だった。
『こちら七瀬です』
綾小路の表情が変わる。
「無事か」
『今のところは』
海斗が言う。
「今のところってのが不穏だな」
七瀬は少しだけ息を切らしていた。
『敵に正体が露見しました。これ以上、内部には戻れません』
坂柳がすぐに言う。
『位置は?』
『商業エリア北棟。追われています』
綾小路は即座に地図を見る。
「合流する」
七瀬は短く答えた。
『お願いします』
その瞬間、上空のヘリからコマンダーの声が響いた。
『おっと、次の目的地が決まったみたいだな!』
海斗が顔をしかめる。
「盗み聞きすんな!」
『大声で話す方が悪い!』
「ヘリのスピーカーで怒鳴ってる奴が言うな!」
コマンダーは笑った。
『じゃあ次は商業エリアで鬼ごっこだ!その後は――』
少し間。
そして、低い声で続けた。
『森へ行こうぜ』
その言葉に、空気が変わった。
ジャンボー。
ジャングル保護区。
次の戦場。
綾小路はホテルの向こうに広がる黒い森を見た。
夜のジャングルは、海とは違う暗さを持っていた。
人工の光が届かない。
音が吸い込まれる。
そこには、ジャンボーがいる。
海斗も同じ方を見る。
「水の次は森か」
綾小路は頷く。
「ああ」
海斗は濡れた髪をかき上げ、ベレッタを確認した。
「南国リゾート、忙しすぎるな」
綾小路は静かに言った。
「だが、全員で帰る」
海斗は笑った。
「違いねぇ」
背後では花火台船の残骸が燃え続けている。
海は赤く照らされ、ホテルの黒煙が夜空へ流れている。
水上バイクチェイスは終わった。
だが、それは島全体を使った戦いの、ほんの一幕に過ぎない。
七瀬の潜入は破れた。
コマンダーはなお健在。
そして、ジャンボーが待つジャングルが、静かに口を開けている。
綾小路と海斗は、桟橋から商業エリアへ向かって走り出した。
次に救うべき仲間がいる。
次に越えるべき戦場がある。
常夏の夜は、まだ終わらない。