週刊テラに生きる 作:ポイズンとかげ
現代人がテラに転送されたら、どうなるでしょうか?
今回も、引き続き検証していきましょう。
前回は、トラックに轢かれてしまった哀れな少女、リンネが無事にロドス・アイランドに保護され、なんとか一命を取り留めた矢先に、ダブリンの残党からの襲撃を受け、間一髪で生を繋ぎました。
新たに得た居場所での同僚であるイグゾーションと共に、難局を乗り越えてテラに生きるとはどういったことかを理解できたのではないでしょうか?
それでは、人の死を前にリンネはどのように過ごしているのでしょうか?少し見てみましょう。
○
ロドス本艦では、すでに修復作業が半ば完了しているようで、リンネは食堂の片隅で一人、支給された配給食を食べていますね。
昨日人死を目撃して食事が摂れるとは、なかなかに豪胆なのかもしれません。
そこへ、向かいに座ってくる男がいます。前回、共に苦難を乗り越えたイグゾーションです。
「や。体調はどう?初出勤の日にあんな目に遭うなんて災難だったね。リンネさんの場合はメンタルの方がキツいかもだけど。」
「ぁ、いえ……その…」
どうやら、リンネはイグゾーションに何か言いたいことがあるらしく、もじもじしていますね。昨晩、寝る前に何か考えたのでしょうか?
「あ、あの。」
「何?」
「わ、私……昨日のことで……分かったんです。もし、また今日みたいなことがあったら生き残れない…って。だから、私にも出来る、護身術とかあったら…教えてほしい、です。」
イグゾーションはそれを聞き、鳩が豆鉄砲を食ったような表情を見せたあと、苦々しい顔になります。
「あんたみたいな女の子が、武器を握って戦うのなんざ……まっぴらごめんだね。昨日の機転で気が大きくなったのは分かるけど、分を弁えるべきだよ。」
数多くの少女が武器を執って戦うテラにおいて、このような考え方は異端と言えるでしょう。あるいは、平和なラテラーノ出身者であるが故の思想でしょうか。
「……でも、何も出来ずに死ぬなんて…嫌です。せめて、抵抗したいんです。」
「じゃあ、やってみなよ。」
ぐい、とイグゾーションに両手を片方の手だけで掴まれ、手を挙げさせられます。リンネはもがいてみますが、彼女の細い腕では、抵抗すらできていませんね。
「非戦闘員の僕にすら勝てないんだから……抵抗なんて、考えちゃダメだ。危険な状況になったら、他人を頼っていい。最悪の場合、その人を見捨ててでも逃げるんだよ。」
「………っ、それは……それは、出来ません。人は、荒野を目の前にしたとき……結局、ただの一人の人間でしか、ないんですから。」
「…………。」
どうやら、リンネはテラの大地にある凡ゆる困難を「荒野」として認識しているようです。やはり、一番最初に荒野に落とされたのが記憶に強く残っているのでしょう。
しかし、ここで訂正しておきたいのは、リンネの論はあくまでも惰弱な生命体が危険に晒されたら、という理屈です。
サリアやガヴィルなどの屈強なテラ人であれば、どのような苦境も跳ね除けることが可能ですし、テラに住む大概の人間は荒野で生き抜くことが出来ます。
「はぁ、分かったよ。それじゃ、僕の方からドーベルマン教官に訓練の申請をしとく。ただし、護身術の範疇だ。」
手を離し、イグゾーションはため息をついて座り込みます。
「まず、箱入りのリンネさんに説明しとく。このテラには、力の強い種族がいる。ウルサスとかフォルテみたいな連中ね。あいつらは筋肉の構造からして僕らとは違う。」
いわゆる、熊と牛が元になった人種ですね。彼らの大半は力と耐久力に優れ、基本的に現代人類では勝ち目はありません。
素手で銃弾を弾くような人間に、太刀打ちのしようがないとも言えます。
「次にサルカズ。こいつらは力こそ普通だけど、どいつもこいつも傭兵や戦士で、シンプルに強い。仲間になれば頼もしいが、敵に回れば……考えたくもない。リンネさんは、今挙げた三種族は必ず避けるように。」
「は、はい。」
斯くいうサンクタも、爆発物と甘味が大好物の危険種族であることに変わりはありませんが、イグゾーションの主張は概ね正しいと言えるでしょう。
比較的温厚なフォルテはともかくとして、ウルサスの殆どはウルサス帝国人です。極寒の地に鍛え上げられた人々は、生半可な攻撃ではびくともしないでしょう。
サルカズに至っては、論外です。明日の生活も苦しい彼らにとって、リンネなどは格好の獲物でしかないからです。
「そんでもって……リンネさん、昨日使った機械だけど、エンジニア部に預けてみたらどうかな。元々のバッテリー構造は失われるかもしれないけど、どこでも充電できるようになるかもしれない。」
「……わかりました。これ、イグゾーションさんに預けます。」
「任された。それじゃあ、今日はしっかり訓練して来るといいよ。また資料室で会おう。」
イグゾーションはそう言って立ち去ります。リンネも食事を済ませ、訓練室へと足を運ぶようですね。
訓練室は常に新兵未満の練度の人々で溢れかえっており、またアーツ理論の講座も開かれています。戦闘技術を学ぶのならば、最適な場所ですね。
「……うん?お前は…そうか、イグゾーションから連絡は来ている。訓練を自ら志願しているそうだな。私は教官のドーベルマン。護身術を学びたいとのことだが、お前の得意分野を教えてくれ。」
「ぁ、えと……分からない、です。戦ったことがないので…で、でも。一応……習いごとで剣道は少しやりました。」
「ふむ。なら、これを握ってみろ。」
ドーベルマンはリンネに極度に軽量化された刀を手渡します。鞘から刀を引き抜き、軽く振ってみていますが……なかなか様になっていますね。
両の手で正眼に構え、籠手、面、胴と流れるように振っています。
「いいじゃないか。だが、実戦向きではないな。次はこれを試してみろ。」
ドーベルマンが渡したのは、コンパウンドボウですね。機械仕掛けの、比較的弱い力でも引き切ることの出来る機械弓です。
リンネの身体能力は高くありませんが、物理学に逆らえるほどの弱さではありません。超高効率で力を増幅するコンパウンドボウであれば、軽々と使えるようです。
「いち、に……さんっ!」
とすん、と小気味良い音を立てて的を射抜きます。中心からは外れていますが、手先の器用さはなかなかの物のようです。
その後も、次々とさまざまな武器を使わせられ、そのどれもをある程度扱うことが出来ているようです。
とは言っても、あくまで現代人の平均値ほどの腕前ですが。
「ふむ。データとの乖離が見えるな……リンネ。お前の身体データを見たが、子供以下の筋力と骨密度。おまけにアーツ適正は皆無。外付けのアーツ器官──お前の肺の源石結晶のことだが──による発動は出来ても、それ以外はまるで出来ない。」
「う……」
「だが、どうだ?実際は軽量化された武装であれば、難なく使えると来た。まるで、
事実、人間──────ホモ・サピエンスは絶えず戦争によって発展してきた種族です。あらゆる武器に最適化し、あらゆる環境に適応し、他種族を殲滅し、支配し、唯一の霊長となった種族でもあります。
そういう点で言えば、リンネの能力は「平均的ホモ・サピエンス」と言えるでしょう。
「闘争なんて……そんな、私、だってここに来る前はただの女子高生だったんですよ……?」
「ああ。私が話しているのは、お前自身のことではない。聞くが、お前の種族はどれほどの数いたんだ?」
「えっと……ざっと、83億人くらいだったと思います。」
「はちっ…!?そうか。なるほど……話が逸れたな。続きだ、リンネ。どれが一番しっくり来た?」
「うーん……これですかね。」
リンネが指さしたのは、イグゾーションと同じく銃器のようですね。しかし、源石を基調とする守護銃ではなく、源石に依らない、レインボー小隊が持ち込み、開発した現代銃のようです。
選ばれたのは、AK-47……カラシニコフとも呼ばれる銃ですね。
(やはり……Ashやタチャンカと同郷なのか。)
異世界から来た人々は、大抵がアーツに依らない技術を信頼する傾向にあるようですね。
そもそも使えないのもあるでしょうが、やはり現代人にとっての「暴力」の形は銃に帰結します。ゾンビパニック物の作品でも、基本武装は銃と斧と相場が決まっていますからね。
そうでなくとも、数多くの作品で異世界に飛ばされた人々が銃を開発しがちなのは、潜在的に銃を力の象徴として扱っているからに他ならないでしょう。
「ひとまず、武器の扱いに関しては追々練習するとしよう。まずは、基礎的な身体の動かし方から学ぶぞ。覚悟は出来ているな?」
「っ、はい!」
こうして、リンネにとっての「地獄のブートキャンプ」が幕を開けました。
初日の訓練は、攻撃への回避や受け身の練習のようで、銃を模した木で作られた模型を手に、ドーベルマンが繰り出す攻撃を受け、躱させるというものです。
「甘い!相手の攻撃の出発点を見極めろ!そこ、半歩後ろ!」
「ひぃぃっ!?」
訓練室には、ドーベルマンの怒号と、床を転げ回るリンネの悲鳴が響き渡っていました。
ドーベルマンはリンネに「反撃の方法」は一切教えず、その代わりに"初動を見切る力"と、"殴られた際の受け身の取り方"と、"隙を作って逃げ出す方法"を教えるようです。
(原理としては……
「ほらほらどうした!殴られっぱなしか!」
「うっ、ぐっ……!」
当然、ドーベルマンは手加減しています。彼女が本気で殴れば、リンネは即死します。テラ人と地球人の生物的格差はそれほどのものです。
対するリンネは、戦いの経験など皆無。まともな構えや戦いの知識など、漫画やアニメで見たものしか知りません。
(備える──────攻撃が来る、そのタイミングで!)
リンネは決して、貧弱ではありません。無論、肺に入り込んだ源石結晶のせいで呼吸に若干の難はありますが、その身体能力は低いわけではなく、至って平均的。
飛んでくる鞭に対して、リンネは木銃を構え、鞭を巻き付けます。
「っ、なるほど。鞭相手ならば有用かもしれんな。だが、武器を……奪わせてもらう!」
「今!」
ぐい、と引っ張られる木銃を手放し、リンネは即座に逃走。指定された戦闘エリア外へ退避します。
ここまで成し遂げるのに、訓練開始から既に六時間が経っていました。その間、ずっと殴られ続けていた影響で、背中や腕、顔は腫れ上がっています。痛々しいですね。
「……よし。良くやった。これを毎日やるぞ。次はもっと厳しくするからな。」
「う……はい。がんばります。」
その日の夜。部屋に戻ったリンネの元に、イグゾーションが訪ねてきます。
彼は改造したスマートフォンを手に、一人で訪れたようですね。軽くノックをして、部屋の前で話しかけているようですね。
「リンネさん、お疲れ様。明日からは通常業務、再開できそうだって。それとこれ、源石由来の電源を充電できるように改造してもらったよ。」
しかし、リンネからの反応はありません。
「……リンネさん?寝ているのか…開けるよ。」
扉を開き、リンネの部屋に入れば、イグゾーションの目に飛び込んでくるのは、訓練で負った傷を癒すための処置痕と、机の上に鎮座するアサルトライフルの姿です。
イグゾーションは苦々しい顔をして、スマートフォンを置き、泥のように眠るリンネの顔を見つめます。
「………イレーナ…おれは……」
サンクタの拳が握られます。彼はリンネに別人の面影を重ねているのか、忸怩とも、回顧とも取れる瞳を揺らしています。
「……リンネさん。僕は、戦ってほしくないんだよ…妹によく似た、あんたに……馬鹿みたいだろ、死んだ妹と、見ず知らずのあんたを重ねるなんて……」
しばらくの間、イグゾーションはリンネの傍らに座って、何かを思い詰めたような表情で沈黙したのち、退室しました。
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三日目は、何事もなく平穏に終わることができました。
次回は、時間を飛ばして10日目から見ていきましょう。特に変わり映えのしない日々を映しても、勉強にはなりませんからね。
それでは、また来週。
《能力紹介》
・リンネ
物理強度:普通
戦場機動:普通
生理的耐性:欠落
戦術立案:標準
戦闘技術:標準
アーツ適正:欠落