龍園君と一之瀬さん   作:マチャド

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気分転換


番外編

Bクラスの司令塔、白波千尋は、目の前の光景が信じられずにいた。

対峙しているのはDクラスの司令塔。しかしその少女は、昨日までBクラスのリーダーとして、誰よりもクラスをまとめ上げていた人物――一之瀬帆波だった。

 

「帆波ちゃん……どうして?」

 

白波の震える声に、一之瀬は冷徹な笑みを返すだけだった。

 

「真嶋先生、集計の結果をお願いします」

 

淡々と告げる一之瀬の声が、試験会場に冷たく響く。Bクラス対Dクラス、4戦目の結果が発表されようとしていた。

 

「Bクラスは601点。Dクラスは409点。4戦目はBクラスの勝ちとする」

 

真嶋の厳格な声が響く。だが、勝ったはずの白波に余裕など微塵もなかった。

 

「あらら、勉強面で勝つのは厳しいね」

 

一之瀬は髪を弄りながら、他人事のように呟く。

 

「千尋ちゃん、よかったじゃん。たて続けにBクラスの種目が続いて」

 

「帆波ちゃん…………」

 

困惑を極める白波を無視し、一之瀬の視線はすでに次を見据えている。

白波は必死に心を落ち着かせようと、真嶋へと向き直った。

 

「先生……腹痛になった生徒たちは、まだトイレから戻ってこないでしょ

うか?」

 

「確認したがまだ戻ってきていないようだ。何人かは深刻な体調不良を訴えている始末だ」

 

真嶋の答えに、白波の顔から血の気が引いていく。

そんなBクラスの窮地を、一之瀬は冷酷に切り捨てた。

 

「先生、早く5戦目を始めましょうよ。Bクラスの人たちは試験当日になっても体調管理すらできていない。そんな甘い人たちに譲歩する価値、ありますか? ないですよね?」

 

その生意気で容赦のない口調に、Dクラスの担任である茶柱さえも眉をひそめた。普段の、あの聖母のような一之瀬とは完全に別人のそれだったからだ。茶柱は一之瀬の不遜な態度を注意したが、少女の瞳に揺らぎは一切ない。

 

「トイレだかなんだか知らないけど、この時間を使って不正されたらたまったもんじゃないですよ。私は、昨日まであのクラスにいたんです。あのクラスが不正をするか否かくらい、私が一番よく分かっています」

 

「帆波ちゃん! なんでそんなこと言うの! おかしいよ!」

白波が涙をためて叫ぶ。

 

「昨日までは、みんなと楽しくこの試験にどう勝つか考えてたじゃん! 昨日の帆波ちゃんに戻ってよ!」

 

だが、白波の必死の訴えは、一之瀬の冷笑によって一蹴された。

 

「千尋ちゃんさ、なに甘いこと言ってるの? 今の現状を見なよ。昨日? 昨日はもう『消化』したの。今はこの試験に勝つことだけを考えないとダメ。昨日のことなんて、どうでもいいんだよ」

 

一之瀬は白波の一歩手前まで歩みを進め、その耳元で残酷な事実を囁いた。

 

「あと、千尋ちゃん。そんな余裕ぶってて大丈夫? この試験に負けたら――千尋ちゃん、退学になるんだよ?」

 

「ッ…………!」

 

白波の息が止まる。その様子を見ていた真嶋が、静かに、しかし威圧的に割って入った。

 

「一之瀬、いい加減口を慎め」

 

「はいはい、分かりましたよ。なら早く続きを始めてください。体調不良の子なんてほっといて」

 

一之瀬の徹底した正論と冷徹さに、茶柱は真嶋へ目線を向けた。不正の可能性を考慮すれば、一之瀬の主張は試験のルールとして正しい。

 

「確かに一之瀬の言う通りだ。真嶋先生、第5回戦を始めてください」

 

真嶋の手によって、非情な抽選が開始された。画面に表示されたのは――

【空手】

• 必要人数: 3人

• 必要時間: 10分

• ルール: 1試合3分の寸止めルール。勝ち抜きルールを採用。

• 司令塔: 任意の対戦を一度だけやり直すことができる。

 

「やっと私たちの選択種目が選ばれたね。Bクラスにはいないもんね、暴力が得意な子なんて」

 

一之瀬は迷うことなく、あらかじめ用意していた牙を剥いた。

「石崎大地」「小田拓海」「鈴木英俊」

 

不良揃いのDクラスの中でも、実戦慣れした駒を配置する。さらに司令塔の権利という絶妙な保険を残し、万が一の事態すら想定に組み込んでいた。

 

一方の白波は、混乱の中で「墨田誠」「渡辺紀仁」「米津春斗」の3人を選択。

しかし、結果は呆気ないほど無惨だった。喧嘩自慢の石崎一人を前に、ルールを覚えるのが精一杯だったBクラスの面々は、文字通り蹴散らされた。白波は司令塔の関与を行って再戦を命じたが、ひっくり返るはずもない。圧倒的な実力差の前に、2連敗を喫した。

 

「まぁ、ルールを覚えるのが限界だった3人じゃ、石崎君には勝てるわけないよね。――そして、次負けたら千尋ちゃんは退学だね」

 

白波の頭は真っ白だった。まさか、自分がここで退学の危機に瀕するなど、微塵も思っていなかった。今朝の朝礼の時、星之宮先生から「一之瀬さんがクラス移動した」と告げられるまでは。

 

「帆波ちゃん……どうして龍園君のクラスに移動したの……?」

 

「うーん、別に説明しなくても良くない? 千尋ちゃんはここでリタイアするんだし。さて、そろそろ6種目が選ばれるね」

 

非情なルーレットが回り、止まる。

 

【柔道】

• 必要人数: 1人

• 試合時間: 4分(最大3試合12分)

• ルール: 通常の柔道に準ずる。

• 司令塔: 試合結果を無効とし、対戦を一度だけやり直すことができる。

 

「ありゃりゃ、Bクラスからしたら一番やりたくない種目が来たね」

 

一之瀬はパチパチと楽しげに手を叩いた。

「あと、千尋ちゃん。退学おめでとう」

 

笑顔で告げられた呪いの言葉。白波の視界は急速に暗転していく。

 

「そんな…………」

 

一之瀬はためらうことなく、Dクラス最大の暴力の象徴を指名した。

 

「山田アルベルト」

 

先ほどの空手と同じく、負ける要素のない究極の保険付きの選択。

 

「まぁ、山田君相手でも気にしないでね。勝負は時の運とも呼ぶし、何が起きるか分からないよ? まぁ、山田君と同じ体格の人はBクラスにはいないけどね」

 

「もう嫌だよぉ……! 帆波ちゃん、元の帆波ちゃんに戻ってよ! 返してよ……!」

 

白波は崩れ落ち、現実を受け入れられずに子供のように泣きじゃくった。だが、試験のカウントダウンは残酷に、無情にゼロを刻む。体調不良で動けないBクラスに、アルベルトと戦える生徒など残っていなかった。時間切れに伴い、審判としてのジャッジが下される。

 

「この種目、Bクラスの不戦敗とする。そしてDクラスは4勝目――特別試験の勝利確定だ。そして残念だが、白波君は退学だ」

「はい……」

 

魂が抜けたように項垂れる白波は、真嶋に促され、静かに職員室へと歩き出した。その背中に、かつての親友からの哀れみの視線すら向けられることはなかった。

第二章:牙を隠した聖母

ここから話は一度、この学年末特別試験が発表された日の放課後へと遡る。

欅モールのカラオケボックスの一室。

 

「椎名(しいな)、本当に龍園来るの?」

 

伊吹澪が不機嫌そうに足を組み、向かいに座る椎名ひよりを睨んだ。

 

「はい、4時半に来てくださいと伝えましたよ」

「……は?」

 

伊吹は壁の時計を睨みつける。現在の時刻は5時半を過ぎたところだ。

 

「1時間以上経ってるじゃない。あいつ、来る気ないでしょ。もう完全に無視されてるって!」

 

「ちょっぴり遅刻しているみたいですね」

 

ひよりはふふっと微笑み、ストローを差し出した。

 

「落ち着いてメロンソーダでも飲んでください。気長に待とうじゃありませんか」

 

伊吹はそのグラスを忌々しげに押し戻す。

 

「付き合ってられない……帰る」

 

立ち上がろうとする伊吹の肩を、隣にいた石崎大地が慌てて掴んだ。

 

「待てよ伊吹! 俺は待つぜ。龍園さんは必ず来る。……多分、だけどよ」

 

「あいつが来るとは私は思わないけどね」

 

伊吹は鼻で笑った。現に大遅刻をかましている独裁者を待つのは、馬鹿馬鹿しくて仕方がなかった。これ以上、あの男に振り回されるのは御免だ。伊吹がドアへ足を向けたその時、ひよりが穏やかに声をかけた。

 

「待ってあげましょう。龍園君は思いのほか、ちゃんとした人ですよ」

 

伊吹は足を止め、怪訝そうに振り返る。

 

「……あんた、あいつの何を知ってるのよ?」

 

「何も知りませんよ? お話ししたのも数回しかありませんし」

 

「はぁ!? だったらなんでそんなこと言えるわけ?」

 

「ただ、なんとなくそう思っただけです」

 

ひよりは悪意のない、どこまでも純粋な微笑みを浮かべた。その圧倒的なマイペースさに、伊吹は完全に毒気を抜かれてしまう。

 

「それに、皆さんとこうしてワイワイするのが楽しいのです。いけませんか?」

 

「……馬鹿ね。それに付き合う私もきっと馬鹿だわ」

 

伊吹は呆れ果てたようにため息をつき、再びソファに腰を落とした。

「もう少し経っても来なかったら、本当に帰るからね!」

 

「はい!」ひよりが嬉しそうに頷く。

 

しかし、それからさらに時間は無情に流れた。

 

「流石に来なさすぎでしょ! もう限界!」

 

忍耐の限界を迎えた伊吹が叫んだ時、時計の針はすでに夜の8時半を回っていた。

もはや遅刻などという生ぬるいレベルではない。完全なるドタキャン、あるいはすっぽかしだ。怒り心頭の伊吹が「今度こそ帰る!」とドアノブに手をかけた――その瞬間、扉が内側へ向かってひとりでに開いた。

 

「なんだお前ら、まさか本気で来ると思って待ってやがったのか?」

 

聞き覚えのある不敵な声。現れたのは、ポケットに手を突っ込んだ龍園翔だった。だが、石崎、伊吹、ひよりの3人が硬直したのは、彼の遅刻のせいではなかった。

 

「翔、そういうツンデレはいいから、早く話し合いしようよ」

 

龍園の肩に、当然のように腕を絡ませて笑っている女。

――Bクラスのリーダー、一之瀬帆波だった。

 

「なんで……あんた達が一緒にいるわけ? 一之瀬、あんた今回の試験の対戦相手でしょ!?」

 

伊吹が声を荒らげる。石崎も開いた口が塞がらない。

龍園はクククと喉を鳴らして笑い、一之瀬の腰を引き寄せた。

「クク、後で俺と帆波が一緒にいる理由は説明してやるよ。とりあえず、試験当日から帆波は俺たちのクラスにやってくる。それだけは伝えておくぜ」

 

「はぁ!?」

 

驚愕するのも無理はなかった。学校屈指の善人であり、協調性の塊であるはずの一之瀬が、裏で最悪の独裁者・龍園と繋がっている。しかも、クラスを移籍してくるという。脳の処理が追いつかない3人を前に、伊吹がなんとか疑問を絞り出した。

 

「ていうか、2000万ポイントなんてどうやって集めたのよ!? クラスから退学車を出さないために、あの『クラス内投票』の試験でポイントは使い果たしたはずでしょ!」

 

至極真っ当な疑問だった。しかし、一之瀬は小悪魔的な笑みを浮かべて人差し指を唇に当てた。

「ふふ、橘先輩の退学

には、実は私も噛んでるんだよね。その報酬として南雲先輩から1000万もらったの。それにね、私は堀北先輩に、当時橘先輩が南雲先輩に狙われてることをリークしたの。最初は信じてくれなかったけど、南雲先輩が計画してるところの録音を目の前で流したら、信じるしかなくて。で、『助けるための報酬を前払いでください。そしたら橘先輩を助けます』って言って、堀北先輩のクラスからも前払いで1000万貰っちゃった」

 

一之瀬は楽しそうにクスクスと笑う。

 

「結局、助けなかったけどね。あくまですべて口頭での約束だったし。あの時の堀北先輩、相当動揺してたから。通常の彼なら、前払いで、しかも口頭の約束なんて絶対に大金を払わなかったと思うよ」

 

「ククク、よく言うぜ」

 

龍園が一之瀬の髪を乱暴に撫でる。

 

「南雲の計画を知った時、テメェ、意図的に橘のグループに入り込んで退学させる気満々だったくせによ。結果、1000万を巻き上げられた堀北のクラスは今やBクラスから叩き落とされ、橘は退学。傑作だな」

 

「うん、南雲先輩も生徒会室で大笑いしてたよ」

 

一之瀬の口から語られる謀略の数々に、石崎は冷や汗を流し、伊吹は戦慄した。

 

「ちょ、ちょっと待って……! ひとつ疑問があるんだけど、だったらどうして、あのクラス内投票の時、誰も退学させないように偽善者ぶって動いたわけ!?」

 

伊吹の追及に、一之瀬の瞳から一切の光が消えた。冷徹な、底知れない瞳。

 

「私としてはね、あの時誰かを退学させてもよかったの。でも、翔を実質的に引きずり下ろした『綾小路君』の実力を知りたくてね。簡潔に言えば、彼を試しただけ。結果として翔も退学にならずに済んだし、私の本当の性格も周りにバレずに済んだ。……まぁ、おかげで良い仕込みができたよ。2年生になったら、綾小路君に高円寺君、それに南雲先輩の首をまとめて獲るから」

 

いつもの一之瀬とは似ても似つかない、どす黒い野心。

 

「あと、翔」一之瀬は龍園をキッと睨みつけた。「1年の時みたいに無様にやられたら、すぐにリーダーは代わってもらうからね。勝った時は称賛、負けた時は罵声。頑張ったで賞なんて、私のクラスにはいらないから」

 

「当然だ。結果を残せねぇなら、王になる資格なんてねぇからな」

 

龍園は不敵に笑う。

 

「うんうん。あ、そうだ、みんなに大切なことを伝え忘れてたね」

 

一之瀬は再び、花が咲くような笑顔に戻って爆弾を落とした。

「私と翔は、中学の時からの恋人関係だよ」

 

「「「え、えええええええええええええ!?」」」

 

カラオケの室内に、石崎と伊吹の絶叫が響き渡った。

 

「嘘でしょ!? そんな素振り、1ミリもなかったじゃない!」

 

「龍園さん、マジっすか!?」

 

「流石の私でも、それは気づかなかったです……」

 

ひよりすら目を丸くしている。一之瀬は龍園の腕にさらに強く抱きついた。

 

「そりゃそうでしょ。1年の時は、どっちのクラスが上に上がれるか、お互い本気で化かし合って勝負してたんだから。ね、翔?」

 

「チッ、綾小路の野郎に熱心になりすぎたのは認めざるを得ねぇな」

 

「本当だよ。無人島試験の0ポイント。あれから計画が狂った感半端ないもん。翔のリーダー交代は、流石に私でも予想外だったよ」

 

「ああ、そうだな。ペーパーシャッフル、あれも遊びすぎた。だが、2年からは結果で時任含む反乱分子を完璧に黙らせる。黙らせるには『結果』しかねぇからな」

 

龍園の言葉に、一之瀬は深く、冷酷に頷いた。

 

「うん! 昨日までのことなんか、本当にとどうでもいい。確かに今はDクラスかもしれない。でも、結局3年の卒業式の時に『Aクラス』にいないと意味ないんだから。目先の順位に囚われてないで、今は学年末試験のことを完璧にこなさないと、足元を救われちゃう。とりあえず、明日の作戦を詰めよっか」

 

「ククク、そうだな。……明日の、テメェの元クラスの面々の面拝むのが、今から楽しみで仕方がねぇぜ」

 

悪魔の如き二人の会話を前に、完全に置いてけぼりにされた3人は、ただただ圧倒されていた。

 

「一之瀬がいつもの一之瀬じゃない……まさか、結果が全てだと思ってる奴だったなんて……」

 

恐怖すら覚えながら呟く伊吹。

 

「龍園さん……一之瀬さん……流石っす。マジで最強のコンビじゃねぇか……!」

 

興奮に身を震わせる石崎。

そして、ひよりだけは、面白そうに目を細めてメロンソーダを啜った。

 

「龍園君と一之瀬さん……やはり、私の予想を遥かに上回ってくれますね。これからの学校生活、見ていて退屈しなさそうです」

 

翌日、Bクラスが絶望のどん底に叩き落とされることも知らず、Dクラスの秘密会議は夜更けまで続いたのだった。




本編は龍園君をBクラスに移動させるかも

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