立花響が財団神拳を習得するようです。 作:Achoo!
一週間後──
「到着しました、くれぐれも荷物の忘れ物が無いように」
スーツ姿に身を包んだ私ことエージェント・立花はその言葉に頷き下車し、とある学園の門前に立っていた。
「はえぇ。ここがリディアン音楽院かい。少子化のご時世にしては随分とおっきいやっちゃ」
「……で、カナヘビさん。何であなたまでついてくるんでしょうか?」
私立リディアン音楽院高等科。その名の通り、音楽を学ぶ学校らしい。伝統を育むほどに歴史は長く、なんでも、ここから無数の音楽家を輩出しているのだとか。先ほどまで乗っていた車を背中にして、実物では初めて見る学園を正面から観察する。……人語を操るカナヘビを肩に乗せて。
「言うたやん、ボクは君の保護者的存在さかい。そんなボクを除け者にしようとするなんて涙がでてきそうやん、やめてくれぇな」
少しながらの煩わしさを感じたので肩を軽く回したら、小言が返ってくる。しかもセリフは京都弁と来た。彼*1の名前はカナヘビ。何の捻りもない、エージェント・カナヘビ。それが彼*2の名前だ。
「それともそれ以上に何かボクを除け者にする理由でもあると?いやいや、そりゃないで。君はもしや─」
逆の意味で尋常ならざる体躯を持つ彼は、その小さな身体に見合わぬ大量の罵倒語のボキャブラリーを持っている。正直、辟易とするほどだ。
「分かりました、抵抗しません、降参です。私に学習能力が無いとは言わせません。同行してください」
一度スイッチが切り替われば、その無駄に豊富な、人を腹立たせるもしくは涙腺を崩壊させるまでに至る強度の言葉を駆らせることになる。私だって経験がある。主に黒歴史イジリで。それに、彼の立場は私よりもかなり上だ。具体的には西日本総括サイトのトップだ。拒否権は基本的に無いと言っていい。とはいえ、私も少しは反論の余地があると思うんですがね。
「諦めが早いのぉ。物分かりがええやん、流石にボクの扱い方を分かってきてくれて嬉しいこと極まりないわ、これが成長というやつやな……泣きそうやんけ」
「勝手に泣いててください……」
一人で感傷に浸っててください、頼むから。ここでの口論は無益でしょう。だから私は同行してください、といったんです。私だって肩にカナヘビを乗せるような変人に自ら進んでなりたくはないんです。私はそれだけ思い、背後へと体を回す。そういえば、お別れの言葉がまだだった。
「雛倉。送迎ありがとうな、何かあったら連絡いつでもしてくれていいから。私がいなくても、財団で頑張るんだぞ」
車の運転席には私の後輩にあたる、エージェント・雛倉がハンドルを握っていた。雛倉は私と境遇の似た立場──
「当然です、立花先輩。エージェント一同、先輩の新天地の活躍を祈っています。……ご武運を。では」
窓越しに見えるその瞳は少し、いつもよりも頼りがいのあるような感覚を私に覚えさせた。別れを惜しみつつも彼女はそれだけ言って、駆動するエンジン音と共に去っていった。見送ると同時に、その瞳に宿る覚悟のようなものが虚勢で無いことを、私は祈った。
「ちょいちょい、どうしてそんなセンチメンタルな表情を見せるねん。やっぱり不安か?」
「不安で無いと言えば嘘になりますがね」
しかし、いざこうも別の環境に移るとなるとまずは適応から始めなければならない。今がスタートライン、初速を誤れば後に永遠に響く。それでも、上から任せられたのだから、逃げることは許されない。
「とはいえ、しばらく身の上の安全は担保されたと言っていいでしょう。そういう意味では安心ですね」
「随分と呑気やのぉ……」
いやだって、明日生きているかも分からないようか環境が職場ってアットホームの対極でしかないでしょう。
「まぁええわ。ではそろそろ時間やな。エージェント・立花改め日本政府派遣特別職員、立花育子君。所定の合流ポイントについてくれたまえ」
彼にとって、このトピックはさほど重要ではないらしい。私も同じだ。
それよりも遥かに重要性の高い、エージェント・カナヘビの厳格な言葉に私は一瞬身を震わせ、返事をする。
「了解」
「──新しい職員、ですか?」
「ああ」
リディアン音楽院の遥か地下に位置する、特別災害対策機動部二課本部。そこの最奥に位置する部屋で、デバイスと面を合わせ、キーボードを叩きながら質問する女性のオペレーターと、その後方に腕を組んで前方の大型モニターを眺めながら返答する男の様子があった。
「この時期にですか、珍しいですね。でも、何でそれを態々僕らに?」
女性のオペレーターの反対側の椅子に座り、同様にキーボードを叩く男が疑問を呈する。
新しい職員が来る。なんら普通の現象だ。だが、一つ気にかかることがある。特別災害対策機動部二課──長いので二課と略する──の新規職員は基本的に我々と一々顔合わせをすることは無い。
研究員ならば取り扱う専門分野の幅が広いため出入りが激しく、一々会ってられないし、オペレーター及びエンジニアは情報漏洩を防ぐため基本固定。エージェントならば自然に補充されるし、そもそもデスクワークではないから活動範囲が異なる。
だからこそ、それを我々に伝える必要はあるのだろうか?そういう意味を込めて、彼は問いかける。
「当然だ。なにせ、日本政府から派遣された職員だからな、一人来るとしか伝えられていない」
赤髪をオールバックにした男はそう答える。
「「!?」」
しかし、その言葉は二人を驚愕させるに十分な言葉だった。
「ちょっと待ってください……」
日本政府が、この組織に、職員を送り込んできた?
一瞬呆気にとられた彼ら二人の脳内に、瞬時に脳内に思考が駆け巡らせられる。そして、その演算の末得られた結果は奇しくもなんでもない、同一のものだった。
「「それ、スパイってことですよね?」」
当然というか当たり前だ。我々は大衆に存在を公表していない、いわば秘密組織。政府という強力なバックアップあるからこそ公然と振舞えるが、内部情報はヴェールに包まれている。大抵は政府と共有するが、都合上一部情報は政府にすら知らせない機密として保管しているものもある。
「いや分からん、断定するには早すぎる」
それもそうだ、自らがスパイと自己紹介する内偵者がどこにいる。とはいえ、元締めから人が派遣されてくる。怪しむのは自然な行為だ。政府だって馬鹿ではない、察しづいたのだろう、我々に何か秘密があると。だから、直接人を送り込む。事実、それは正解だ。しかし。
「隠す気無いですよね」
「ええ」
二人は視線を合わせ、頷く。我々とて精鋭の集団なのだ、舐めないでもらいたい。表だって言えば、政府からの単なる派遣職員。裏を読めば政府と二課の情報の橋渡しとなりうるスパイ。だが、それすらも不正解かもしれない。もはやこれは心理戦ではない、もっと高度の──
「そう怪訝になるな。俺だって政府の真意を量りあぐねているところなんだ、何せ単なる善意かもしれない」
それもそうだ、顔は当然として名前も知らないのだ。推測するにしても度が過ぎる憶測は妄想に繋がり、先入観にバイアスがかかる。立場だけで政府や個人の目論見を看破できるなど不可能だ。
「にしても僕には決して普通の職員だとは思えませんけどね……で、その職員はいつ来るんです?」
「今日だ。もう来るぞ」
男のその返事に、彼らは驚くしかなかった。
「「え?」」
「日本政府から職員が派遣されるとでも言ったら二人とも、怪しむだろう?通達は一週間前に来たが、それで対応をおざなりにして欲しくはなかったからな、今伝えた」
ごもっともな読み、ご明察というやつだ。思慮深いというべきなのだろうか。まんまと二人して的中させられたことに、彼らは感嘆を覚える他なかった。
その時、通路へと繋がる扉が開き、一人の女性が入ってくる。
「とは言えー、私もあまり気が乗らないのだけどねー……私は日本政府からの挑戦状と受け取ったわ。指令、あなたはこの件をどう思うのかしら?」
白衣姿に眼鏡をかける、いかにも研究者といった風貌。手もとにマグカップを持ちながら、彼女は一個人ではなく、指令という男の立場の視点から見て、どう受け止めたのかを見極めようと質問する。
「了子か、挑戦状……ふむ、俺はどうにも能天気らしいな」
「ほう?」
彼の返事は彼女にとって予想外であり、かつ関心の惹かれるものだった。男は続ける。
「拒否できないという従属関係を行使した内偵者の可能性は当然過分にしてあるだろうが、それ以上にだな」
「それ以上に?」
「政府が太鼓判を押してここに派遣してきたという事実に胸が躍っているんだ……!」
「はァ?どういうことよ?」
彼の言葉に、彼女は軽く困惑する。それは奥で座る二人も同様だった。
「もしかしたら了子と同等、いやそれ以上の実力の研究者かも知れないだろ?」
「……嫌な言い方をしてくれるわね。緒川君のようなエージェントの可能性もあるのでしょ?」
自身の名を関する理論を持つほどの科学的知見と実力を持つ彼女の腕前を上回る、そんな奴がいるのならば今すぐここに連れてこいとでも言わんばかりに彼女は言う。そうだ、職員の担当領域すら彼らは把握していない。
「緒川さんのようなエージェント……」
しかし、当てつけかのように言われた具体例もあまりオペレーターの二人からしてみたら、あまり好感の持てるものではなかった。
「「うへぇ」」
あんな非科学的な動きをする人がもう一人来てたまるか、と言わんばかりに吐息が漏れる。第一、政府がそんな有能を派遣するとは考えづらい。優秀な人材を政府手ずから渡してくれると手放しで喜べたらどんなにいいか。ホント、今からでも追い返せないものか……とすら考えてしまう。
「気持ちは分かるがそんな顔をするな、最悪を考えて行動しろ。シンフォギア奏者に影響があったら困るのはこちらでもある」
それこそ自分が来たら嫌な顔された、とか政府に泣きつけられたら困るからな。とだけ言ってから、彼は扉の前に立つ。
「さて、俺は歓迎しに行く。了子、行くぞ」
「はーい」
彼女が間延びした返事をしてから、二人は扉の外へと向かっていった。この出会いが吉と出るか凶とでるか。全く立場の異なる者が、ここに来て、いかに化学反応を示すのか。それはまだ、誰も知る由のない話だった。
エージェント・カナヘビの人事ファイル by tokage-otoko
http://scp-jp.wikidot.com/author:tokage-otoko
君のその顔が見たくて by hannyahara
http://scp-jp.wikidot.com/scp-014-jp-ex