立花響が財団神拳を習得するようです。 作:Achoo!
「──あなたが派遣職員の方でよろしいですか?」
私ことエージェント・立花、もとい立花育子と、その肩に鎮座するエージェント・カナヘビはリディアン音楽院の門から少し離れた場所で立っていると、背広を着た男に話しかけられた。
「はい、私が日本政府特別派遣職員で間違いありません」
なるほど、ファーストコンタクトは彼か。応対すると同時に、彼の風貌を観察してみる。茶髪寄りの髪色、並々で特筆すべきもない髪形。そこそこの長さに切り分けられているだけだ。他に眼鏡とかも一切つけていない。言うなれば地味でも派手でもない、本当に一般人のような印象だ。
「あなたが特別災害対策機動部二課……長いですね、何と略せばいいでしょう?」
かくいう私も、黒髪に肩のあたりで切り分けられただけの特段目立たない髪型なのだが。しかし、目の前にいる彼は二課のメンバーで間違いないのだろう。なぜなら表面的な印象は一般人であっても、纏う雰囲気は丸で違う。彼は強い。根拠はないが、ギャップというのだろうか、甚だしく風貌と実力が乖離しているような感覚を私に抱かせてくれる。そんな彼にいちいちフルネームを呼んでいれば噛みそうなことこの上ないので、何と言えば失礼がないか聞いてみる。
「我々は単に二課と呼んでいますが」
「では二課と。あなたが二課の方でよろしいですね?」
目の前の男はまさかの要注意団体のメンバーで、ここまで全てが私をここにおびき寄せる罠だった……万が一にもそんなことはないと思うが、一応確認のため聞いてみる。
「はい、もちろん。私の名前は緒川と申します。あなたを二課本部にご案内する役目を指令より任せされています、あなたの名前を聞いても?」
目の前の彼の名前は緒川と言うらしい。随分とご丁寧な対応だ。しかし、名前を聞かれたのが少し面倒だ。本名を明かしていいかという意味を込めて肩に乗るカナヘビに一瞬アイコンタクトを取ると、微小な動きながらも首肯する動きが見えた。
「私の名前は立花育子といいます、これからどうぞよろしくお願いします」
確認が取れたので堂々と本名を緒川さんに言うと、彼は一瞬驚いた様子を見せる。でしょうな、としかいいようがない。私も驚いたから。
「なるほど、立花さんですね。分かりました、書類の手続きは既に完了していると聞いています。これより本部に移動します、こちらへ」
だが目の前の相手はプロ、一瞬動じただけですぐに元に戻る。あくまでも彼は案内人だ。彼の誘導に従い、私は肩のカナヘビさんを載せて歩く。味方のはずなのに、なんでこんなに緊張感があるのだろうか。
「緒川さん、初めから気になっていたのですがここはリディアン音楽院ですよね?ここに本当に二課の本部が?」
「はい、その通りです。我々二課の本部はリディアン音楽院の内部に存在します」
中央棟と書かれた校舎に入り、そこの一角にあるエレベーターに誘導されて入る。今日は日曜日だからか、生徒と教師の姿もここまで一切見なかった。いつもは音楽を学ぶところだからか曲が四方から聞こえるらしいが、今は静かすぎて逆に不気味だ。しかし、公的には存在しない組織が一学校の内部に存在する、か。ん?
「正確に言いますと、リディアン音楽院の地下深く──そこが我々二課の本部となっています」
地下か!なるほど、随分と斬新かつ効果的な手法をとっている。だからこんなに静かなのか、納得だ。
「あまり驚かないのですね、いつもならここで驚く人が大抵なのですが……すみません、私語ですね。では向かいましょう」
財団の収容プロトコルで地下室は常套手段だから、なんて言えるはずもなく。緒川さんがエレベーターの奥にある認証システムらしき部分にデバイスをかざすと、鈴の音が鳴り扉が二重構造で閉まる。
「危ないので、捕まっていてください」
同時に床から突き出るように展開された取っ手に、言われるがまま私は取っ手を手に取る。
「危ないって……」
どういう意味です?と聞き出す前にエレベーターの機構が作動する。
ガコン!
「うわあぁッ!」
自由落下とまでは行かずとも、エレベーターが強烈に落ち始める。
思わず声が出ると、緒川さんが少し微笑んだのが見えた。やり手だな、この人。現在の階を示すライトは見る見るうちに下へ、右へと進んでいく。
「どこまで深いんですかこれ……って」
その時、窓の外の光景が一変する。肩で寝ているカナヘビを少し指先で叩くと、彼は声には出さずとも驚愕の意を表すがごとく瞬きする。
「これは?」
窓に映し出された光景は、色とりどりかつ幾何学的な文様、そして帯を巻くようにして古代のものと見られる文字が一定の間隔をもって書かれていた。
「エレメンターシャフトと言います、この最奥に本部があります」
現代ではもはや作ろうとすら想起されないであろう、明らかに異質な存在に職業上目を細めずにいられなかったが、怪しまれるわけにもいかないので黙って納得ことにした。そうしているうちに、長い長いエレベーターの最奥にようやく辿りつき、扉が開くと同時に足を踏み入れる。
「ようこそ、特別災害対策機動部二課へ!私たちはあなたを歓迎します!」
それと程なくして、パァン、とクラッカーが破裂する音がする。
「了子、少し段階を飛ばしすぎてないか?立花君とは違うのだぞ」
「おおっと、そうね。初見さんを歓迎、というのも少し変な話よね。自己紹介しましょうか」
私と緒川さんがエレベーターを降りた先には、広いロビーがあった。そこのクラッカーの発信源たる、唇には口紅、瞳には眼鏡をかけ、研究服の下に若干開けた服装でグラマラスさを押し出している女性が私に面向かって自己紹介する。
「私は櫻井了子。周りからはできる女と呼ばれているわー。で、このいかにも無骨そうなこの男が……」
「風鳴弦十郎と言う。ここの責任者をやっている」
その女性もとい櫻井さんの隣にいる筋肉質でガタイが良く、赤髪を後ろにした男が誘導されて自己紹介する。なるほど、この人がここのボスか。
「自己紹介ありがとうございます、私は立花育子と言います。日本政府特別派遣職員として来ました、どうぞよろしくお願いいたします」
政府が押しつけたようなものなのに、ボスが直接会いに来てくれるだなんて随分親切な組織ではないか。少し感嘆を覚えながら、私がお辞儀をし、手短く現在の表向きの立場と本名をお返しとして答えると、目前の二人は一瞬固まる。
「「立花?」」
「はい、その通りですが」
露骨なまでにだから何だ、と言わんばかりに返事をする。その反応はもう予測できていた。うん、やっぱりそうなりますよね。
「ええと、君はもしや──」
「ストップ、段階を飛ばしすぎと言ったのはあなたでしょう?レクリエーションも済んでないのに質問をするのは野暮よ」
櫻井さんが風鳴さんに制止をかける。この女、評判に違わぬできる女だ……。
「そうだったな、すまない。ではこちらに」
立ち話を長くするのも酷だから、と風鳴さんに言われ、私はカナヘビを載せてまた歩き、とある部屋の一室に入ってからソファに腰掛ける。
「では、我々二課の概要を説明しようか。立花君、君は政府からどれほどの説明を受けている?」
「特異災害、もといノイズの対抗として編成された組織と聞いています。なんでも、日々ノイズの集団を駆除しているのはここだとかで。他は特に」
「んーん!よろしい、ならば説明しましょうか!我々二課が如何にノイズに立ち向かい、日々ノイズを撃破しているのかを!」
確かに、人間が触れると炭化し、重火器も効かないノイズに対してどのような手法で彼らが対抗しているのかは気になることだった。
「──総括しますとシンフォギア、それがノイズの対抗手段であり、ここはそれを管理及び研究、かつシンフォギアを操るもといシンフォギア奏者をバックアップする組織ということですか」
ふむ、これは財団の情報でも知らないことだった。政府も人間の集合体だ、横に流したくない機密情報があるのは当然だろう。勉強になった。私がメモを取りながら、彼女に認識に違いは無いか問う。
「……まァ、そんなところかしらね。理解の抵抗が無くて助かるわ。普通はもう少し砕いて説明しなきゃいけないのだけれど」
「前職の都合上そんなところが多かったので……ムグッ」
危ない、口を滑らしてしまった。失言に察知したカナヘビが私の口を覆う。すみませんカナヘビさん。
「前職?そうだった、君の前職を聞き忘れていた。立花君、政府からの派遣職員ということで我々は受け入れたわけだけれども、君はここに来る以前は何を仕事にしていたのかね?」
「すみません、前職に関してのことは守秘義務との通達が出ていますので……」
「ムっ、そうか。すまなかった」
SCP財団という組織に勤めていて、左遷されましたとか馬鹿正直に言ったら今度は私がその説明をしなきゃいけなくなるではないか。
「……立花君、一つ聞いてもいいだろうか?」
はい、なんでしょう?前職に関わることは答えられませんが。
「最初から気になっていたんだがね……その肩の……」
ああ、これですか?……そういや。
「カナヘビはなんなのだね、立花君!?」
言うの忘れてましたね。……何て説明しましょうか?ペットですか?
「あーあ、言わんこっちゃ無いやん。おお、哀れかな立花育子。君を彼らはボクというカナヘビを平然とずっと肩に乗せている変人と見とるらしいで?」
へ。
「「「喋ったぁあぁぁぁあ!?」」」
一瞬静寂が訪れると同時に、櫻井さん、風鳴さん、緒川さんが驚愕する。それもそうだろう、人語を操ることができるのは人間だけであり、人ですらないカナヘビが言葉を話すなど彼らに見覚えがあるわけがない。当然の反応だ。
「ちょっ、何で喋るんですか!?」
「ええやん、ボクはボクで考えがあるねん」
だけど、ここで彼が話すことは私にとっても予想外だった。どういうことです、と聞き出す前に、彼は自己紹介に入る。
「三人とも、はじめましてやで。ボクはただのカナヘビや。よろしゅう」
いやいやいやもう少し言うことがあるでしょう、と言わんばかりに三者三様の動きを見せる。確かに、生物学上はカナヘビと分類されることなど目の前の人たちは分かっている。それ以上に、なぜカナヘビが人語を話しているのかを聞きたいのだ。
「といっても、見た感じボクみたいな人外が話すところを見るのははじめてみたいやな。ボクのことは気にせんでええさかい、立花君の肩に寝ているだけの生物や」
「聞きたいことは沢山ありますが……丸であなた以外の人語を話す人でない生物がいるような言いぶりですね」
「たまたま人生の中でボク以外の人語を操る人外を見たことがなかった、だから驚いた。単にそういうことや、無問題やろ。そうだ、ボクの今の立場を明確にせんと」
彼は自分以外にも人語を話す人外がいることを上手にはぐらかし、話題を転換させるために私の肩から机に向かって飛び降りる。といっても周りは戸惑っている様子だ。緒川さん、私もはじめはそうでしたよ。
「ボクはこいつ、立花育子の監視役を政府から仕ってるものやねん。一々人間が傍にいるわけにもいかんやろ?カナヘビの姿を模しているのはそのため。本体の人間は別のところにおる」
「……つまり君のその実体の姿は人間ということか?」
風鳴さんの理解が早い。しかしそれは嘘だ。非現実的な事象を当事者から概説されてしまえば大抵は信じるしかないというのも悪質さに拍車をかける。
「まぁそういうことや、高度に遠隔操作されたロボットみたいなもんだと思っていればええんちゃう?」
「なるほど、そういうことですか……」
完全に嘘だ。本体はここだ。今私がここで彼を踏みつぶせば、彼は一寸の間違い無く絶命する。とはいえ、周りの三人は信じてしまっているようだしカナヘビさんの言い分は完全に通ってしまったと見ていい。
「ま、といってもそれは君らがここの責任者だから言わなあかんなぁ思うてなぁ。基本的に自ら話したりはせんから安心せぇ」
エージェント・カナヘビ、あなたはどこまで人でなしなのか。そう今問えば、命絶えるまで一生と答えてくるのだろう。
「なにせ君ら、立花の名前すら知らなかったようやん。だからこいつの立ち位置をここでボクがはっきり示しておくわ、こいつはエージェントや。基本的に緒川君やっけ?君と同じような立ち位置になると思う」
まぁ最初から薄々思っていたがそう来たか。研究者なんて専門外だ。カナヘビさんは続ける。
「政府から見て、シンフォギア奏者を積極的にバックアップするエージェントが緒川君だけなのが気がかりみたいでのぉ、何せ君、表向きにはプロデューサーやろ?」
「確かにそうですが……」
何だと、シンフォギア奏者のそばにいるエージェントは緒川さんのワンマン体制なのか。それはいただけないことだ。彼が負傷したりしたらどうするのだろうか。しかも兼業だと。
「そこが問題なんや。もし緒川君が重症を負うもしくはプロデューサーの仕事をしている間に、ノイズの襲撃が起きて、かつ重要な局面でバックアップできるエージェントがいないとなると、風鳴指令自らが出向くことになるやろ?」
「ああ、確かに緒川が動けない場合は大抵は俺が動くな」
トップ自らが動くとは、距離感を縮めるにはいいのだろうが組織と見た場合それはあまり評価できないことだ。しかも本人が何とも思っていないのも少し気がかりだ。
「ボク、いや政府にとって見ればそれがどうも気に入らんみたいでのぉ。シンフォギア奏者の派遣はほとんどヘリコプターやん?万が一ノイズによりヘリコプターが撃墜された場合、指揮系統を失う可能性が高い。だから、その代替としてこいつが派遣されたってわけや」
「確かに……考えたことはありませんでしたが、筋が通っているように感じます」
確かに、彼の話には説得力があった。
私も今仕事の内容をここで初めて開示されたのだけれど……ということは、基本的にはエージェントの仕事は緒川さんと同行するということになるらしい。だが残念なことに、カナヘビと私は打ち合わせを一切していないことを前提に、一つ念頭に置きたいことがあった。それは──
「なるほど分かった、俺の行動の抑制とその補填が立花君という訳か。それは政府の言い分と解釈していいんだな?」
「ええよ。どのみち日本政府は二課のことをビビっとる、あんさんらが強硬な手段に出ない限り潰せんし害もなさないから安心せえ」
彼は頻繁に知らないことに対して作り話、つまり嘘をつく癖がある、ということだ。
「ということで、改めてこいつとボクをどうぞこれからよろしゅう頼んますわ。慣れないこともあるだろうけど、まぁ仲良くしたってや」
ただ、安心することに嘘は嘘でも事実も多分にして織り交ぜてあるように感じる。なにせ、業務上の相互説明をしてくれたのだから感謝だ。ここで利益にならない嘘をつくような方ではない。そう思いながら、小さな身体でお辞儀する彼につられるように、私も改めてどうぞよろしく、と頭を深くさげたのだった。