立花響が財団神拳を習得するようです。 作:Achoo!
夕影が窓から差し込みつつある、放課後。
私こと立花響は今、いつも授業を受けている教室にいます。もう教室には私以外、誰もいません。未来には先に帰ってもらうように伝えました。その私の言葉を聞いた未来の表情は一瞬複雑そうでしたが、寮で待っている、とそう一言言ってから教室から出ていきました。
申し訳ないですね。私だって彼女と一緒に帰りたいです。
でも、今日だけはそうはいきません。それ以上に、優先順位が高いことがあるからです。
「──響」
そう、私はある人を待っていました。教室の扉が開き、姿を現したのは私の従姉、立花育子さんです。服は朝とは打って変わって黒いスーツですね、用務員ではなかったんでしょうか?
「お姉ちゃん」
「改めてこう言葉を交わすのは久しぶりだな。何年ぶりだ?」
「二年と少し……かな?」
「そうか」
私とお姉ちゃんは挨拶代わりに短く言葉を交わすと、彼女は私の座っている席の隣、すなわちいつもなら未来が座っている椅子に座ります。
「よく私がここにいるって分かったね」
「響だったら、教室に居るだろうなと思って」
そうです。私はただ単に放課後に会おう、と伝えただけで教室で会おうとなんて一言も言っていません。それは単に急いでいたからでもありますが。でも、彼女には伝わっていたみたいですね。お姉ちゃんはお姉ちゃんなりに、私のことを考えていてくれたのでしょう。
「響、教室は苦しくないか?」
「うん。でも、中学の頃はね。毎日、息苦しくて、生き苦しかったなぁ。でも、今は大丈夫だよ」
お姉ちゃんは重々しい口を開き、私に問うてきます。答えにくい内容です。それも二年ぶりの会話なので、上手に伝えられません。私はあまり目の前の人との会話の仕方を忘れてしまっているのです。
と言いつつも、彼女は依然私にとって時間が空いてしまったとはいえ心を許せる相手です。何せ親族ですから。それに第一、彼女は逃げませんでした。こうして、目の前に向き合ってくれている。その事実だけでも、私は十分に心を許せました。
「良かった。高校は、楽しんでいるか?」
「うん」
時間と環境の変化は、あっさり現状を壊してくれます。風化とも言いますが。高校ではみんなが私に親しげにしてくれます。険悪なムードは一切見えません。皆さん、笑顔で、私があたかも普通の女の子であるかのように扱ってくれます。あんた、あのライブで生き残ったんでしょ?とか言う人は全くいません。流石はエリート高校、入学する段階である程度陰湿な性格の人を振るい落としてくれるのは私立だから為せる技でしょう。
本当は皆さん、知っているはずです。でも、それを忘れたかのように話しかけてくるんです。
不気味ですね。恐ろしいですね。怖いですね。知っているはずなのに、それを隠して接してくる。優しさ、なのでしょうが私にはそれが救いであり、また共に恐ろしくて仕方ないのです。
違います、私はあの時の苦痛をまた味わいたい訳ではありません。違うんです、何ていうんでしょう……進学に伴う感覚のギャップ、ですかね?心を殺して殺して殺して──急に、心に安寧が齎されました。そこには遥かな差があります。今、私は確実に幸せです。それだけは、はっきり言えます。でも、ちょっと遅かった。それだけです。
「ねぇ、お姉ちゃん。私、今でも偶に思うんだ。私は、生きていていいのか、ってね」
日本という国は潔い死が美徳とされる国です。誰かが表立ってそのようなことを言ったことはないでしょうが、そのような風潮があるのは確かでしょう。歴史を遡れば、実例は山ほどありますし。
二年前のあのライブ。そこで他の人の命を踏み台にしてまでに生き残った私は対極に位置する、疚しい人間として世間から認定されました。
だって、考えてみてくださいよ。無差別に大勢の方が亡くなったのに、そこで偶然たまたま、なぜかどうして何の力も持たない女の子が生き残ったんですよ?
──なんでお前が、生きてて娘は死んだんだ──俺の家族を、見殺しにしたんだろ、お前は逃げたから──お前があの時死んでいたら、私の友は助かったのかもしれないのに──お前のせいで
当たり前ですよね。遺族の方にも家族がいたんです。死んでほしくなんてなかった、次の日も一緒に笑っていたかった、生きてくれるだけで幸せだった。だから、私は糾弾されたんです。お前が今、生きていることは、罪だって。お前の命は死を踏みにじって残った、薄汚くて醜くてありえないほどに低俗で存在すべきでない存在だ、と。
八つ当たり、といいますか?でも、もし、もしですよ?私が未来を失っていたら間違いなくそっち側につくと思います。それほどに、繋がりを失った人って、悲しくて、愛しくて、でも抱きしめてあげられなくて。虚しすぎて、悔しいんだと思います。実際の遺族の方々がそのやり場のない感情の矛先をどこに向けられたのかは、言わなくてももうわかりますよね。
結果、私の家族は壊れてしまいました。
だから、だからこそ、であるからこそ、私は生きていていいのか。そう疑問に思わずにはいられないのです。でも、お姉ちゃんにそう言った瞬間、乾いた音が教室に鳴り響き渡りました。
「……二度とそんなことを心に思うな、考えるな」
音が消えた後に、気が付きました。その発信源は、私の頬からでした。目の前の女性の手のひらは、震えています。それも、私から見ても、はっきりと分かるほどにです。
「死人は何も語らない。だから、生きるんだ」
その通りです、死人は何も語れません。炭素に代わって、死体の一片でも残らなかったのですから。でも、お姉ちゃんのその言葉は、奇しくも私が心に刻んだあの人の言葉と似たようなものでした。
──生きるのを、諦めるな
確かに、死人は何も語りません。でも、遺すことはできます。天羽奏さん。私の胸元に継承された、ガングニールの装者でした。彼女が生前、この言葉を私に遺してくれなければ、私はどうなっていたのでしょうか?それこそ、真に語るに落ちるというものでしょう。一見気丈に振舞っているようなお姉ちゃんの目から、一筋の涙が滴り落ちるのが見えます。
「だが、そう思っても私は怒る権利は無い。二年前、私は悔やみきれないことをしてしまったから。叩いてすまなかった、許してくれるか」
「うん。もういいんだよ、お姉ちゃん」
「仮にあなたが良かったとしても、私は納得できない」
私は頭を振り、目の前の人に向き合う。
「あの時、私は知っていたんだ、響の状況を」
「何も……」
「でも、だけれども、気づいた時には……何もかも遅かった」
私、立花育子は二年前。償いきれない罪を犯した。目の前で壊れていく親愛なる家族に対して、私は何もできなかった。
無力だった。それは私がSCP財団という秘密主義の組織に所属していたことが第一の理由である人々を救うことを最上理念に置く組織に所属しておきながら、この体たらく。私が、立花響が言葉のリンチにあっていることを知ったのはツヴァイウイングの悲劇の数週間後だった。あまりにも遅すぎたのだ。
財団は情報操作のプロフェッショナルだ。公衆にバレそうな場合、その元栓にデマを広げて蓋をする。しかし、あくまでそれは単にアノマリーに関することのみ仕方なく行っているだけで、人々の悲しみや嘆きにまで蓋をするわけではない。それに何せ、もう数週間という時間が経過してしまっていた。噂話は増長の一途を辿りに辿った。
私はエージェントだ。悪く言えば、現場で歩き回る下っ端。当然のように、嘆願は却下された。
「伯父さんのことは聞いた。響の家庭のことも聞いた。でも、私は響に何もできなかった」
風評被害が私にまで伝染しては、リスクヘッジが大きすぎる。恐ろしいことに、SCP財団は自身の機密を守るためならば家族さえも容易く犠牲にする。つまり、週刊誌やら何やらが私の近辺までを調べ、そこから財団の存在を嗅ぎ付けられたら大変困る、だから接触禁止命令が出された。当然、藻掻いた。だがそうしている間に、彼女の家族は壊れていった。
「許しを請う資格は無いと思っている。今更会ったところで、と拒絶されても仕方ないとすら思っていた。消えろと言われたら消えた」
自分のことが馬鹿馬鹿しくて、滑稽で、哀れで仕方ない。
人類の守護を理念にする財団に入ったのに、一番近くて大切な家族を守れなかった。
これほどに無力さを痛感するのは、初めてだった。
「お姉ちゃん、そこまで言うんだったらなんで……」
「だけど、響は受け入れてくれた」
しかし、悔しさだけで日常を過ごしていればそれは灰色と等しい日々だ。私は何もしなかったわけではない。この握り拳は、ただの悔しさだけではできていない。
「違う、私はただ……」
「何も違わない。話をしてくれた、こうして聞いてくれた。だから、響。私に、償わせてほしい」
論理が飛躍しているようだが、それは違う。
こう考えよう。過去は、今を形作る。そこから、未来へと繋がっていくのだ。彼女はこうして確かに、生きている。辛いことを耐え抜き、こうして生きているのだ。私は無力だった。でも、今は無力じゃない。そしてこうして、私は彼女に会うことができた。
忘れるべからず。過去は失われた時であり、還ってこない。そして、今という時ほど価値のあるものはない。幾ら惜しんでも、生きとし生ける全ての生物は今という時しか訪れない。そして全く同じ今という時は、二度と来ない。
二年前。私は、自責という名のメビウスの輪の果てに、ある解を得た。それは、今私がするべきことは、過去に浸って傷心することではないということだった。また出会えた時に彼女に顔向けできるように、胸を張ってまた笑いあえる、そんな関係に再びなれるように、努力するべきであるということだった。
今がその時だ。これまで積み上げたものを捧げて、あなたに償おう。無力な私が、二度とあの時の悲劇を起こさせないために。
「どうやって?どうやってお姉ちゃんが私に、償うって言うの?」
二年間かけて、私は力を得た。純粋なる彼女の疑問に答えるため、私は喉を鳴らす。決して間違えてはいけない。一フレーズ、寸分の狂いも無く、私の思いを伝えるために。
「私に響を、鍛えさせてくれ」
響。
こんな形で会えるだなんて思っていなかった。全くの予想外だった。
そして、あなたは普通の人間ではないようだ。純粋にして無垢にして、ダイヤの原石と言うべき無限の可能性に満ちた塊のシンフォギア装者。
あまりにも好都合だ。ならば私があなたに、力を与えよう。磨き上げて、あなたのことを誰が見てもあの時のような非力で無力な人間だなんて思わせない。そうだ。あの時の悔しさからできた私の握り拳は、この日のために磨き上げてきたのだ。泣いているだけじゃ、何も生まれないし、あなたに涙は似合わない。捧げよう。あなたのために、濃密で幾度となく地獄まで見た二年間を通して、身に着けた全てを。
「へ?鍛える?」
その通りだ、響。今こそあなたに伝えよう──
──財団神拳を!