立花響が財団神拳を習得するようです。 作:Achoo!
こんにちは。私の名前は小日向未来と言います。今春、私は幼馴染こと立花響と一緒に、私立リディアン音楽院高等科に進学することが叶いました。
万歳!
万歳も万歳、万々歳ですよ!いやぁ、本当に願ってもいないことでした。というのも、リディアンに一緒に進学しようと言ったのは私からですし、それに響は私の大切な人だからです。はい、唐突すぎて何を言っているのか分からないと思うかもしれませんが、それほどに本当に大切な人。響は本当に温かくて、優しくて……私にとって太陽のようなものなんです。いや、もはや太陽そのものと言っても過言ではない。断言しましょう。彼女は私にとって太陽。そして、私はそれを受け止めてあげられる、陽だまりなんです。響と私は、それほどに固い絆に結ばれている。それだけは知っておいてください。
……といえども、響は言いづらいというか何というか、悪い意味じゃないんですけど昔から変な子で……もう以前のことですが印象に残っているのだと、道端にいた重い荷物を抱えたおばあちゃんを助けるために遅刻しただなんてことを先生に堂々と言ってのけるんですから!いやぁ、これには流石の私も面喰いましたね。私と響はリディアン音楽院の学生寮で寝泊りをしているのですが、そこから学校までそれほど距離は離れているわけではありませんよ?つまり、寮から学校までの短い道中の中でそんなトラブルを目敏く見つけて態々助けちゃって見事遅刻してのけたわけです。ですから何ともまぁ感嘆せざるを得ません。
ということで一人で登校させると碌なことにならんと。そういうわけで最近私は、響と一緒に登下校をすることにしています。遅刻の数は私が起こしてあげたり、別のことに目移りするのを引っ張って止めたり、と色々したお陰で劇的な減少に成功しました。普通の人は遅刻なんてしないとかは置いておいてですね、取り合えず胸を撫で下ろせたわけじゃないですか……でも、また変なことが起き始めました。
今度は、下校時に異変が起き始めたんです!
な、何とですね、響が最近用事があるって言って、私と一緒に帰ってくれない時があるんですよ!?
それに、それに加えて、その用事の日には大抵、帰寮時刻を大幅に超えて寮の部屋にくたびれて帰ってくんです!
やばいですね、やばいです。それも、盗み見の形ですが珍しい形の携帯から、その用事というのは伝えられているらしいです。というのも、平謝りされるのはその携帯からの声を聴き終わった後ですから。そんな携帯で連絡されるほどに重要な用事って何なの、と聞いてもはぐらかされて教えない一点張り。これがとっても不安で不安で仕方ないのです。一度撫で下ろせたはずの手はどこに行ってしまったのでしょう、遥か上空ですかね?だって、響って本当に正直者でまっすぐな人なんです。私に隠し事なんて一度もしたことがなかったのに、急にそんな態度をされるんですからもう何とも胸騒ぎが止まないのです。
その用事というのは、察するに多分良いことではないのでしょう。私の前では元気なように振舞っているように見えますけれど、その実考え事が多くなっているようですからその用事というのはポジティブなものではなく、また同時にややこしい問題を抱えているのでしょう。明らかに、いつもの先生からお叱りのお言葉を拝領している数が多いのですから。
「立花さんッ!!」
「は、はいぃっ!」
丁度、このように。あーあ、また怒られちゃいましたよ。もう、また授業に集中せずにボーっとしているからこの様ですよ。あ、私はちゃんと授業を聞き流しながら考えているのでバレませんよ……でも、そうですね。うん、響は本当に良い子なんだと思います。その推定ややこしい問題に対して思案を止めずに逃げない気持ちだけは……評価してあげてもいいのかもしれません。
「はぁ……何をまた、心ここにあらずというのが的確のような顔で考えていたのですか?」
「あの時のおばあちゃんがまた荷物で困っていたらどうしようかなぁ、と。あはは……」
いや、前言撤回。
仮にそうだとしても、せめて授業は真面目に受けようよ、響。
「響って変わった子」
「え、えぇ~……」
はぁ。何を今さらのことを言っているのでしょう、私は。溜息っていうのはこういう時にこそ本当によく似あいますよね。曲りなりにも学生の本分である授業がようやく終わって、夕暮れが近づいてきたころ、私は響と一緒に校内のベンチで座っています。私は別に寮に直帰しても構わないのですが、響はまたも用事が入ってきてしまったようで。でも、今度は用事と下校の間にちょっと時間ができたらしいので、こうして二人で話しているわけです。
「な、何故に未来さんはそう思うわけで?」
「だって、響。最近授業中にもボーっとしている時が多くなったよね?」
「ギクッ!」
オノマトペを自分の口から発するとは、まさに的中だったのでしょう。いや、響以外のクラスメイトなら漏れなく全員知っていると思うんだけどなぁ。
「一体全体、最近何に響は巻き込まれているの?」
「……うん。そうだよね、不安だよね。でもそれはね、未来……」
「なぁに?」
響は軽く数秒思案を巡らせたのち、さっきまでの崩した表情から急にキレのある表情へと変わり私にお願いしてきます。
「まだ内緒にしておかせてくれない?」
ああ、一瞬期待した私が悪かったです。またはぐらかされるんだ。残念です。決め顔で言うセリフじゃありませんよ。隠し事は、本当はしてほしくないんですけどね。
「はぁ……それは最近増えた用事ってやつが関係しているの?」
「うん……というより、100%そう。だけど、これは私の問題なの。未来が頼りないとかそういうんじゃ全くなくて、私だけで考えなくちゃいけない問題なんだ」
響もバカではありません。軽くアホではあるのでしょうが、中々にしっかり考えているようです。私にも話せない。ふぅん、それまでに込み入った問題なんだ。なら、その用事というのはもっと込み入っていそう。
「私でも?」
「ダメ」
ちょっとでも聞かせてくれないのかと少し上目遣いをしてみますが、敢え無く却下されました。参りましたね、これほどに、ですか。どうしてなんでしょう?
「本当にダメなの?」
「うん……でも、未来。これだけは言わせて」
これほどまでの拒否を響から受けたのは初めてでした。危うく私は失意のうちに沈みかけるところでしたが、響は私の顔を見据えて、ちゃんと向きあって真っすぐに言ってきてくれます。
「私は未来に心配をかけてる。うん、分かってるよ。ごめん、未来」
響は手を合わせて、私に謝ってきます。その顔と仕草は、まるで懇願する人かのよう。響、あなたは一体何に逢っているというの?ちっとも教えてくれない。何があなたをそこまでに至らせるの?ねぇ、響。教えてよ。
「違うの。私が求めているのは、謝ることじゃない。こんなにも、私は教えてほしいって言っているのに、響はどうして教えてくれないの?」
「ごめん、本当にごめん。秘密なんだ」
結局また、響が事の真相を教えてくれることはありませんでした。落胆なのか、それとも失望なのか、それともまた他の何かなのか、それとも全てかは分かりませんが私は思わずその言葉に悲しみを覚えてしまい、下へ俯いてしまうと彼女は申し訳なさそうに合わせた手を放し、今度は安心させるかのように私の肩に乗せます。
「でも、こんなんじゃ未来は納得しないよね」
「……当たり前だよ」
「だから、こんな私が言うのは烏滸がましいことだって自分だって分かっているけどさ、未来」
私の肩に両手を置いた響は、私の目をまじまじと見つめて、言ってみせます。
「未来は、私の帰る場所でいてほしいな」
……やめてよ。そんなこと言われたら、何も言えなくなっちゃうよ……卑怯だよ、響。
「……分かったよ、降参。その用事っていうのが一段落ついたら、教えてくれるのかな?」
「うん!当然だよ、約束!」
会心のカウンターを決め顔で私にぶつけ、代替として妥協点を作ると響は見事なまでの首肯をしてくれました。やっぱり、悪いのは響じゃなくてその用事なんでしょう。何があろうとも響は優しいなぁ。当然の事実を再確認した私は少しばかり、暗翳の心が晴れたのを感じました。
「あー、もう来ちゃった」
すると約束を結んでくれた彼女はおもむろにベンチから立ち上がり、とある方向へと手を振り始めました。
「ごめんね、未来。もう行かなくちゃ」
「うん、分かったよ。約束……絶対だからね?早く帰ってきてね。あと、その用事っていうのは今日のも同じなの?」
「いんや、今日は違うんだ。だから、多分早く帰ってこれると思う!最大限の努力はするからね!」
「あはは……お願いしたからね?」
おや、響が暗い顔して私に伝えてくる用事と今日の用事は随分と違うようです。表情が明るいように見えます。これは本当の意味での、用事なのでしょう。なら、私も安心ですね。響が早く帰寮しないと、私だけじゃなくて寮監さんまで心配しちゃうよ?と私はそれだけ言って、響を見送りました。響が向かっていった先は……最近校門前でよく見かけるようになった用務員さんでした。
「響、これから──、───。──か?」
「はい──!────ですね!」
ベンチから不審がられないように聞き耳と視線だけをたてて、会話の盗み聞きを試みます。ふむふむ、距離があってよく聞こえませんが、用務員さんと響はちょっと楽し気な雰囲気で話しているようです。
「落ち着け、あと、──で悪いが────────だ、いいか?」
用務員さんは若干興奮気味な響を落ち着かせて、カバンから取り出した体育服に着替えるように指示しているように見えます。体育?何か響だけありましたっけ?それも、用務員さんは体育科に何も関係がありません。一体何が始まるんでしょう?
「ええ!?それは────ですね!?あ、でも、────!───なので!」
「いい意気だ。今はまだ──、全然間に合うぞ。それに私も教えるからな」
「はい!」
響はさも当然かのようにそれに頷いて受け取り、用務員さんに連動するようにして更衣室に移動していきました。その時の表情は、満面の笑みでした。
……なるほど?何故か何故だか、何故でしょう。私はその光景を見て、また別の感情が湧き出てきました。
そんな笑顔を、見せていいのは、私だけだよ。響。
ふふっ。元陸上部の血が、騒ぎ始めたようです。
……よからぬことを、しちゃいますか!
前言撤回。
「共振パンチ!」
「6Hz振幅が余計だ!正弦波を拳に意識しろ!」
「分かりました先生、共振パンチ!」
「2Hz!拳と対象物の接触時間は一瞬、効果を発揮するために確実に固有振動数と合致させろ!」
よからぬことをしていたのは、向こうのほうでした、というか用務員さんでした。当然気になるわけで、茂みの影から見ているのがバレないように身を木に隠しながら、見守りをしているところなのですが、もうさっきから訳が分かりません。
「分っかりました先生ぃぃぃ!うぉぉぉ!!」
さっきから響が先生と呼んでいる人こと用務員さんが、お手本と言って拳をサンドバッグに叩き込んで爆裂四散(!?)したのを響に見せて、どう考えてもおかしいのにそれを響にもやるよう促して、響がまともに受け取ってしまい、あろうことか真面目にサンドバッグに拳を叩き込んでいます。それもグローブ無しで、このところ二時間ぐらいぶっ通しでやっています。もうカラスの鳴き声さえ聞こえなくなってきましたよ。しかも、何がおかしいって響の拳はそこまで猛烈な勢いは無いのに、それに見合わぬ大きさに、明らかにサンドバッグが前後に振り回されているんですから意味が分かりません。
「……共振パンチ!!!」
響が今度こそ、と言わんばかりに拳を振りかぶって、サンドバッグに拳を突き当てたその瞬間。
バゴーン!
……私は夢か幻を見ているのでしょうか?用務員さんがやって見せたように、今度は響がサンドバッグに拳を叩きつけた瞬間、爆裂四散しました。目を疑うというのはまさにこのことです。何なんでしょうかこれ。悪夢なら早く覚めてほしいです。
「……やったな、響!」
「……はい先生!やれました!」
そんな私の気持ちなど露知らず、響と先生こと用務員さんはその爆裂四散したという事実には一切疑いや驚きを持たず、ここに特大の成果得たり、と言わんばかりに飛び跳ねてハイタッチし、二人で喜びを分かち合います。本当に響と仲がいいですね、あの用務員さん。何だか妬ましいです。いや、それよりも驚きが勝って怒る気にもなれません。何なんですかこれ。
響と用務員さんが飛び跳ねている地面には、さっきまでサンドバッグだったものが無残にも散らばっています。
虚構とすら見える光景を認めたく無い自分と、残酷なまでに真実として認めさせる残骸がそこにはありました。
……私は、さっきから、一体何を見せられているのでしょう。いや、盗み見なんですけど。
「よし、響。これで一先ず共振パンチについては会得できたことになる。コツは掴めたか?」
「はい!固有振動数の求め方もバッチリです!」
何なんですか、共振パンチっていうのは。もしや、パンチで共振現象を発生させるとかそういうことじゃないでしょうね。しかも、言いぶりからして他にも技があるかのような言い方。
「よろしい。昨日の授業が役に立ったようだな、固有振動数の求め方は!?」
「f=1/2π√k/mです!fはHzに相当します!!」
「いいぞ、特に目視でのばね定数と質量の求め方は忘れないようにな、今日はこれで終わりだ!10km走り込みしたら帰ってよし!」
ちょっと、目視で求めるって言ってますけどどうやって求めるんですか!?物体の重さとばね定数を目測で調べることなんて不可能なのに更に複雑な固有振動数を求められる訳がありません、普通紙で計算をして求めるものなのに、全て暗算で求めるなんて意味が分かりません。
「えぇ!?10km!?」
「初日で会得するなんて思ってもいなかったからな。普通なら10Hz刻みで打ち込み方を教えるのだが、響はどうやらセンスがあるようだ」
拳って正確に振動数を表現できるものでしたっけ。いや、打撃で表現するなんて聞いたこともありません。もはやよく分かりません、センスの問題でも無い気がします。
「基礎体力は文武に例外なく必要。10kmだ、幾ら時間が掛かっても10km走ってもらうぞ!」
兎も角、何と響は荒唐無稽な技をこの初日で会得して見せたらしく、今度はようやくまともな、走り込みを始めるようです。基礎体力の向上は確かに大切です。
「どうしてそんないきなりぶっ飛んだ数字を!?」
と言っても、いきなり10kmって結構ハードですね、それも鍛錬を終えた人にかける負荷だとは思えません。響の意見は至極真っ当な意見だと思います。
「響、あなたは足し算で成長していきたいか?」
「言っている意味が分かりませんが、足し算じゃダメだと思います!遅すぎます!!」
ですが、用務員さんはそうは思わないようで。何にそんなに急いでいるのかは分かりませんが、響にとって加算方式での成長曲線は嫌なようです。確かに、成長曲線なのに単調な右肩上がりのグラフな訳がありませんよね。緩やかかカーブを描くような曲線ではない成長曲線なんて気持ち悪いほかありません。
「そうだ、掛け算で駆け上がるんだ!今日のあなたは、昨日のあなたより二次関数的に強くなっていなければならない!!行くぞ響、明日の自分は、今日の自分が作るんだ!」
しかし、用務員さんはまさかの成長曲線グラフを語ってくれます。噓ですよね、成長曲線なのに二次関数のグラフなんですか、ってことはx座標を時間とすると、時が経過するごとに振れ幅が大きく、y座標の位置が跳ね上がっていくってことですよね?!y座標って、絶対その用務員さんが響に教えているとんでもない武術の実力のことですよね!?
「はい、分かりました先生!」
ちょっと響、快諾しないの!響、二次関数のグラフの書きにくさは分かっているはずだよ!?二次関数に漸近線は無いんだから、恐らくその鍛錬は果てが無いよ!?引き返すなら今のうち……
「うん。いい返事だ」
「はい!」
……ああ、なんて、今すぐにでも飛び出して言えばよかったんでしょうけど、言えません。
「自分の返事の勢いに負けないよう、ランニング開始だ!」
「うぉぉ、頑張りまーす!」
何たって、響のあんなにやる気に満ち溢れている顔を邪魔できるわけないじゃないですか。グヌヌ……邪魔しちゃいけません、響の笑顔を邪魔するなんてこと、誰にも許しちゃいけません……当然私も……自分に言い聞かせるように我慢し見守っていると、響は用務員さんの奮起の声に促されて先ほどまでの疲労がまるで無かったかのように、この広大なリディアン音楽院の敷地周回の旅へと駆け出していきました。ああ、何だか親友が遠い存在へとなっていく……。しかも、思い出すと最近の用事っていうのはこれじゃないっていうんだから困りました。
「早く帰るから、待ってて未来ぅぅぅぅ!」
はぁ……言われたのでもう帰ります。あの用務員さん、一体何者なのでしょう?