立花響が財団神拳を習得するようです。 作:Achoo!
ガコン!
リディアン音楽院中央棟の一角。私こと立花響と、その従姉こと育子お姉ちゃんは特異災害対策機動二課本部よりミーティングがあるということで日課のトレーニングが終わった後、そのまま直行する形で角に位置するエレベーターに乗り込みました。
「響、中間考査の結果はどうだった?」
「フフフ……お姉ちゃん、これを見なさい!」
5月になりました。それに伴って高校生初の中間考査が終わり、一週間と少しが経ちました。採点個票が配布され、当然私の結果も手元にも入ってくるわけで、お姉ちゃんもそれが気になって私に聞いてきたのでしょう。しかし、ここでネガティブな私ではありません。私は自信を持ってエレベーターの浮遊感を感じながら個票を懐から取り出し渡してみせます。
「数学159点……物理84点!?途中から教科変更したとはいえやったじゃないか、響!」
ふふふ。高校一年生の一学期からとは言え、お姉ちゃんが勝手に私の教科選択を生物から物理に変えられたときはビックリしましたよ。
「へへーん!お姉ちゃんがいつも分かりやすいプリントくれるから、勉強が捗る捗る!」
それは財団神拳の基礎中の基礎の知識が詰まっているからという、何とも合理的で利益的極まり無い理由だったのですが、お姉ちゃんもそこまで鬼畜ではありません。いつもとっても分かりやすい数学と物理の授業プリントをトレーニングの時に渡してくれるので、それを解いて何度も納得できるまで繰り返したらなんとビックリ、学校の授業で先生が言っていることと問題がスラスラ分かるようになったのです。
「あのプリントがそこまで響に合ったのか。なら引き続き印刷してあげるから、いつでも言うんだぞ?」
お姉ちゃん、是非にお願いしますよ。私の理解度はそのプリントに完全依存しています……情けないですが、悔しいわけではありません。助けになってくれているのですから、なんなら歓迎すべきことです。開き直りとも言う。というかあれってお姉ちゃんのお手製じゃなかったんですね。
「当然!なんだか、あのプリントってやってて楽しいんだよね!うん!」
最近気づいたというか感じてきたことなのですが、複雑な計算問題を解いて、分かって、合ってた時って結構楽しいし嬉しいんですよ。冗談ではなくこれが本当に。
「実は高二相当の内容なんだけどな、響のやってる範囲は」
え、そうなんですか。授業がヤケに難しいと思ったらそういう訳だったんですか。
「音楽科だから、他教科のカリキュラムを圧縮して空いた時間を音楽の時間にあてているらしいな。普通科ならもう少しゆっくりめなんだろうが仕方ないさ」
「なんか衝撃の事実……」
いや入学前に知っておけよ、という当然の返答に私は苦笑するしかありませんでした。
「ちなみに夏頃までには高校生の範囲はマスターしてもらうからな。ところで、小耳にはさんだ程度の話なのだがレポート課題っていうのは終わらせたのか?」
「何故お姉ちゃんが知って……ま、まだかなぁ……あはは」
誤魔化せません。お姉ちゃんは普段は用務員、用事があったら二課という感じで職業が表裏二つあるので知っていてもおかしくない話です。終わらせていないレポート課題というのは、それはもう言葉に憚れるほど色々ありますけども思判表の評価に直結するので下手に捨てることもできないのが難点です。それ以上にあの先生に怒られるのが嫌というのもありますが。
「参ったな……響、あなたには学生とシンフォギア装者の二つの役回りがあるわけだがどっちが大切だと思う?」
お姉ちゃんはヤレヤレ、といった感じで私の状況に頭を軽く抱えてしまっているようです。お姉ちゃん手ずから教えてもらっている財団神拳の入門者というのは抜けてるんですかね?それともあえて抜かしているとか?
「そりゃま学生ですよ」
まぁどちらにせよ、大切なのは学生の身分です。シンフォギアを元あるものをノイズから守るものだとしたら、学生はまだ未成熟な人間を成長させ社会に羽ばたいていくものです。言わばガードマンと雛。全く違う存在ですね。
「そうだな。暇つぶし程度にこの学校の単位習得要綱を読んでいたのだが、レポートを出さなかったら単位無しらしいぞ」
「えぇ!?留年ってこと!?」
「それ以外何がある。まぁ救済してくれるかどうかは担当の先生からの響の印象によるだろうな」
「最悪だぁ……」
最近ようやく自覚し始めてきたのですが、あの先生と私、致命的に相性が悪いです。向こうも同じことを考えているんじゃないんですかね。あの先生から注意を食らわない日の方が珍しいのです。や、悪いのは私なんですけど。
「……冗談。担当の先生の気持ちになって考えてみな。自分の受け持った生徒が留年って心象悪い他無いだろう?なんとか調整してくれると思うけどな」
「たはぁ……そう願います」
「願っている暇があったら、レポートの続きの内容を考えているんだな」
「ごもっとも」
ぐうの音も出ません。シンフォギア装者になってなかったらレポートの提出日は守れますが、代わりに人々は守れませんからね。上手に二つこなさないといけません……それは私の責務です。お姉ちゃんに折角鍛えてもらっているのですから、それ以前の学業の問題で心配をかけてしまっては情けない人間でしかありません。どうにかその期待に応えないといけません。お姉ちゃんはレポートの続きと言っていますが、実は何も進められていません。トレーニングが終わり次第急いで今日の夜やる予定だったのですが、ミーティングがあるとのことであえなくおじゃんになってしまいました。白紙真っ新です。レポートの構成……どうしましょうか。
「ちなみに響のレポートテーマは何なんだ?」
「ノイズだよ」
構成すら決めていないとはいえ、テーマは流石に決めてあります。認定特異災害ノイズ。シンフォギアを纏う大本の理由であり、ここ一か月慣れないながらも戦っている相手です。戦うには、まず敵のことを知らないといけませんからね。
「なら、指令と技術主任にでも聞けばいいんじゃないか?お二人はその道のプロだろう」
「……確かに」
コロンブスの卵。そうでした。弦十郎さんと了子さん、その道のプロがこのエレベーターの先にいるんでしたね。その手があったか、と私はお姉ちゃんに驚嘆と感謝を意中で示すと同時に、籠が地面と接触する感覚が足元に響きました。地下深くに位置する二課のフロントにようやく到着した私とお姉ちゃんはエレベーターから降り、そのままの足で指令室へと向かいます。
「指令、響を連れてきました」
「ご苦労育子君。トレーニング後なのに悪いな。進捗のほどは順調か?」
「順調です。では」
割れるようにして開いた扉を進み、指令室に入ると同時にお姉ちゃんと弦十郎さんが短くやり取りをした後、邪魔にならないように、とお姉ちゃんは後方の隅にいる緒川さんの辺りへと移動していきました。前方のソファには弦十郎さんが座り、中央には了子さんが立ち、弦十郎さんの反対側のソファには翼さんが座っています……が、紙コップに口をつけて目も合わせてくれません。
「でーは、全員揃ったという訳で仲良しミーティングとしましょうか?」
暗いムードを明るくするように了子さんが宣言し、ミーティングが始まりました。言い方に悪意があるようにしか思えませんが。
「まずはこれを見てくれ」
指令がそう言うと同時に、オペレーターさんたちが座っている辺りにある巨大なモニターに地図が投影されました。地図の中には、点々がいっぱい散らされているのが分かります。
「……どう思う?」
「いっぱいですね」
弦十郎さんの質問に私は思ったままの言葉で返答すると、弦十郎さんはまさにと言わんばかりに笑い、大きく頷きました。
「全くその通り。これはここ一か月における、ノイズの発生地点だ」
何と。こんなにノイズが短期間に、こんなに集中して現れているということですか。確かに、私がノイズと戦っているときは大抵がここからあまり離れていない場所です。実感はありませんでしたが、こうしてデータをして示されると改めて認識せざるを得ません。
「ノイズについて、何か響君が知っていることは?」
「えぇと……テレビとか学校の知識しかありませんけど……無感情で、機械的に人間だけを襲って、そして襲われた人間は炭化してしまうことくらいですね」
ノイズの知識。レポートを進めていたらもう少しちゃんと答えられたのだろうけれど、残念ながら基礎の基礎知識しか思い出せませんでした。
「ふむ、基礎知識はバッチリだな」
「あはは……」
シンフォギア装者なのに発展的な知識はもっていないのだな、と言わないのは恐らく優しさからなのでしょう。その擁護ともとれる言葉に苦笑するしかありません。
「付け足すと、通常兵器は位相差障壁という特性により全く効かず、時と場所を選ばずに突如出現し周囲に危害を及ぼすこと、政府により特異災害として認定されていることなどもあるわ。もうちょっとシンフォギア装者としては知っていてほしいところね」
「すみません……」
了子さんが見かねて情報を補足してくれると、私は謝ることしかできませんでした。はい、そうです。私は、私の戦っている相手のことすらよく分かっていないのです。
「ふふ、知らないってことは恥ではないわ。知らないということすら知らないのが真に恥なのよ」
「無知の知ってやつですね」
了子さんもまた私の知識不足を擁護するかのようにしてくれますが、正直情けないです。私は何も知らない。了子さんは知の巨人。これには大きな差があります。あ、なら丁度、このことをレポートに書けばいいんでしたね。なら、傾聴して聞いておかないといけません。
「そうね。ノイズの発生が国連の議題に挙がったのは13年前のことだけれど、観測自体はもーっと前からあったわ。それこそ世界中の太古の文明にまで、痕跡は確認されているわ」
「それこそ、伝承や神話に登場する様々な伝説も、ノイズが由来のものも大いにあるのだろうな」
気を引き締めてお二人の話を聞きます。神話……先史文明以前から、ノイズはいたってことですか。ならば、ノイズはいつ生まれたのでしょうか?超古代、例えばムー大陸が沈む以前の時代、とかですかね?うーん、どうにも雲をつかむようなオカルトチックな話になってきました。
「ノイズは古代から存在したということですか」
「えぇ。その通りよ。古代のノイズと、近年世界中に現れるノイズは同じと考えていいでしょうね」
古代のノイズは現在にかけるまでに存在し、また同一の存在。ということは、その古代に何かあったのでしょうか?人類誕生と同様に、ノイズが生まれたとしたらちょっと不自然ですし。改めて考えるとノイズの人間だけを襲って炭化させる特性って、明らかに生物界の法則から逸脱している気がします。進化により誕生したと解釈しようとしても、無理があります。世界中のどこに通常兵器が通用しない身体に進化する必要性が生まれる環境があるのでしょうか?あちらから一方的に襲ってくる生物……意図的に殺意を持って生まれた生物……いや、ノイズって生物なんでしょうかそもそもの話。捕まえようとしたら炭化させられますし、倒したら倒したらで炭化しますし。どうにも都合が良すぎるような気がします。
「でも、ノイズの発生率は決して高くないの。年単位で一件現れるかどうかと言ったところ。それにしては、この発生件数は誰が見ても明らかに異常と言えるわ。だとすると、そこに何らかの作為が働いていると考えるべきでしょうね」
「作為……ってことは、誰かの手によってノイズが出現しているということですか?」
そうです。学校ではノイズは大災害に例えられて教わります。いつ来るか分からないけれど、その来るかもしれないいつかのために正しく対処できるように適正な知識をつけて対策しよう、ということです。でも、最近はその大災害とも言える存在がポンポン出てきている。明らかに異常、作為的とすら考えられる。誰かが企んで、人々を害している。
「その通りだ響君。そしてノイズの出現地点の中心点は凡そここだとも地図からも読み取れる」
出現地点が全国各地ランダムで現れたら単にノイズが多く現れるようになったと結論付けられますが、それは違うようです。モニターに映し出された地図を見ると、確かにリディアン音楽院を中心点として周りに円を描くように、出現地点のマーカーが記されています。ならば、なぜここを狙う必要があるのでしょうか?
「それは、デュランダルのせいでしょうねぇ」
「デュランダル?」
急に了子さんの口から発せられた知らない横文字に、私はオウム返しではてなを浮かべてしまいます。了子さんは当然知らないでしょうね、と言わんばかりに説明を始めます。
「ここ二課本部のさらに最奥にある、通称アビスに保管されている完全聖遺物のことよ。EUの経済破綻の肩代わりとして、政府におねだりしたら見事ゲットできた完全体!」
「完全聖遺物?私や翼さんのとは違うのですか?」
「当然!響ちゃんや翼ちゃんのはその完全聖遺物の欠片に過ぎない。だから力を使うには、シンフォギアによって再構築、効果を増幅させる必要があるわ。でも、欠片どころかどこも欠けていない聖遺物、完全聖遺物は違う!一度起動させたら100%力をフル活用でき、また装者以外にもその力は扱える可能性すらあるわ!」
決め顔で了子さんが言いますが、つまりこういうことです。私の胸に埋まるガングニール、翼さんのペンダントに眠る天羽々斬。それと政治の取引の一環で二課が獲得したらしいデュランダルの違いはつまるところ実物そのものか、その欠片かという違いというわけです。欠片の聖遺物はフォニックゲインというガソリンを入れる必要がありますが、完全聖遺物はそれ自体がガソリンでありエンジンそのもの。起動すればずっと噴きっ放し。しかも、名前に完全と付くだけあってその効力は絶大みたいです。
「その研究者の第一人者が、了子君なわけだ」
「それこそが、私が提唱した櫻井理論!……なのだけれど、まだ理論の域を出ないのよね」
「それは一体どうしてなんですか?」
私がまたまた疑問を呈すると、了子さんは困り顔で頭を横に振ります。
「フォニックゲイン値がそれ相応に必要だからよ……論より証拠。仮説は実証実験を成功させないと、Q.E.D.にはたどり着けないわ。ま、どこの誰だか知らないけれど、その超が何個あっても足りないレア物のデュランダルを狙い、ノイズたちは呼び出されているって推論が成り立つわけよね」
話は戻って、話は夢想から現状に戻ります。要するに、ここ最近のリディアン音楽院周辺に出現しているノイズはここデュランダルを狙って呼び出されているということですか。しかも、意外にも秘匿されているはずの二課の位置が凡そ割り出されている……あれ、これって結構不味い状態なのでは?
「その候補の一つが、米国政府だ」
デュランダルを狙っているのが米国!?それはデカく出ましたね。
「起動実験は当然日本政府の許可を取らなければいけないが、それ以前に影響力が高い米国政府が妨害してくることが考えられる……というか、もうしている」
「米国は安保を盾にして再三デュランダルの引き渡しを要求しているらしいじゃないか。起動実験以前の問題さ」
弦十郎さんの言葉に続けるようにして、オペレーターの藤尭さんが言葉を挟みます。実験以前に引き渡しの要求があるのでおめおめと起動できるわけがないという訳です。安保ですか。はぁ、何とも世界の警察を自称する軍事国家らしい言い分ですね。それも、大きい態度で対応できないというのがさらに厭らしさを助長しています。
「まさかとは思いますが、本当に糸を引いているのは米国政府なんてことは……」
「大いにありうる。調査部からの報告でここ数か月で数万回に及ぶハッキングの試行痕跡が認められているそうだ。流石にアクセス元は不明だが、用意周到な国のことだ。過去の米国政府の事例を鑑みるに、可能性は大だと思わざるを得ない」
友里さんが藤尭さんの言葉に反応すると、頭を悩ませる様子で弦十郎さんは返答します。事例なんてあるんですか、というかそんなこと米国がしているんですか。いや、世界に覇を轟かせる国だからこそ厚顔無恥の態度でそんなことも公表できるんですね。はぁ、何ともスケールのデカい話になってきました。
「だからって、米国政府が同盟国の政府機関にノイズをけしかけるなんてこと……」
「短絡的とも思えるが、あそこならやりかねない。当然逆探知も試みているが……成果は芳しくない。本来こういうのこそ、俺たちの本領なのだがな」
元締めは推論の域は出ませんが、取り合えず既に何者かと電脳空間での空中戦は繰り広げられている。その事実だけでも、敵は強大であると認識せざるを得ません。単に戦いは両者を傷つけるためのものではなく、その先の狙いや動機が必ずあるのです。弦十郎さんが先の見えない現状にため息をつくと、私も浅学の頭を回してどうにか理解に努めようとします。翼さんは相も変わらず、紙コップに口をつけて何も言葉を発しません。
「──風鳴指令」
丁度話に一段落がついたのを頃合いにして、緒川さんがお姉ちゃんの隣から前に出ます。
「もうそんな時間か、すまないな付き合わせてしまって」
「いえ。翼さん、これからアルバムの打ち合わせが入っています」
緒川さんがスーツの内ポケットから手帳と眼鏡を取り出し、ソファに無言で座る翼さんに声をかけます。どういうことですか?
「へ?」
「響さんのお姉さんと同じですよ。表の顔では、アーティスト風鳴翼のマネージャーをやらせてもらってます」
見慣れない眼鏡をかけた緒川さんに思わず素っ頓狂な声が出てしまうと、そうでしたと言わんばかりに名刺を再び内ポケットから取り出し、私に名刺を差し出してきます。
「おお、名刺なんてもらうの初めてです!こりゃまた結構なものを……ありがとうございます!」
「いえいえ。これも仕事のうちですから。では、行きましょうか翼さん」
「……えぇ」
マネージャーだったんですね……道理で、よく翼さんの隣にいる訳です。名刺をありがたく両手で頂戴すると、緒川さんは翼さんに声をかけて指令室から出ていきました。
「……翼ちゃん、随分と不機嫌そうじゃない。結局一言一句すら話さなかったわね。響ちゃん、彼女と何かあったのかしら?」
翼さんと緒川さんが去ったのを見て、了子さんは心配するように私に質問してきます。そうですよね。ミーティングなのに、翼さんは全く話していませんでした。聞いてはいたのでしょうが、明らかに不自然とみるのが普通です。
「私の責任です。これは全くもって、はい」
「育子君……はぁ。全く、翼をどうしたものか」
お姉ちゃんが口を開くと、弦十郎さんは頭を悩ませます。いや、全くお姉ちゃんのせいではありません。現状、私は翼さんとの関係性が悪化しています。ただでさえ良いとは言えないのに、更にまして悪化してしまっているのです。
「ちょっとちょっと、勝手に納得しないで。中々面白そうじゃない、私に聞かせて頂戴」
しかし知ったことではない了子さんは、研究者気質なのかその決して笑いごとではないことを聞かせるようせがんできました。
「……了子君が居なかった日のことなんだがな。響君、話せるか?」
「はい……それがですね……」
この機会です。私は弦十郎さんに促され、数週間前に起きた翼さんとの事件のことを話し始めます。
「──次に月末に予定しているライブですが、あまり時間がありません。後で、リハーサルの予定表に目を通しておいてください。それから、例の英国のレコード会社からのお話ですが……」
二課の廊下をマネージャーである緒川が歩きながらアーティスト風鳴翼に先の予定を伝えると、突如翼は歩みを止めて緒川に振り向く。
「……その話は、断っておくように伝えたはずですが。私は剣。戦うために歌うに過ぎないのですから……いやもはや、私は……」
翼は我が身を剣と形容し英国のレコード会社の誘いを断るように改めて緒川に伝えるが、その言葉にはいまいちキレがなく、また動きもいつもの凛々しいような感覚を感じさせない。
「どうか?」
「いえ、何でもありません。兎に角、断っておいてください」
その言動に緒川は思わず心配して声をかけるが、翼は何事もなかったかのようにしてまた歩き始める。
「……翼さん、まだ引きずっているんですか?」
前者と後者、引きずっている。過去の遺恨のことである。緒川からかけられた質問に、翼は再び歩みを止めて振り返る。
「それは前者か後者か、どっちのことを指していますか?」
「どちらもですが……それとも、怒っているのですか?」
「怒ってなんていません。ただ、苛立っているだけです。それに、剣にそんな感情なんて、備わっていません……」
翼は心配する緒川に言い捨てて、早歩きでエレベーターへと向かっていく。その虚勢としか捉えられない様を見て、緒川は思わず本音を呟いてしまう。
「剣は苛立ちもしないと思うんだけどなぁ。ライブでのパフォーマンスのためにも、響さんとも仲良くしてほしいのですが、裏腹にギクシャクしてしまってから早数週間ですか……」
翼が今のようになってしまったのは、思い出すこと数週間前のことである。
「邪魔よ立花、ここは私が抑えると言ったはず」
何時ものように私、立花響はノイズの発生に伴い、シンフォギアを纏って翼さんと一緒に戦っていました。ですけれども翼さんは私のことを陰険に思って止まずに、協力しているとはとても思えないような戦い方をしていました。
「翼さん……それじゃいけません!手を取り合って戦わなきゃ!せいっ!」
私は思わずノイズを殴りながらそう言ってしまいましたが、その言葉が彼女の琴線に触れてしまったのです。
「それが邪魔だって言ってるのよ!」
「ひゃあっ!何するんですか!?」
なんと、翼さんはノイズが粗方片付いたのを頃合いにして私に斬りかかってきたきたのです。私はバックステップで避けると、翼さんは剣先を私に向けました。
「常在戦場……もうこの機会。質問よ。歴史はお好き?」
「苦手です。特に世界史」
落ち着いて質問に答えますが、心底その解答に興味がなさそうな表情をして翼さんは続けます。
「そう、趣味が合わないわね。なら質問を変える。有史以来、人々が分かりあえない時に行われる儀式の名前を答えよ」
「え、えぇ?講和条約?」
「近代史はできるみたいね、でも残念。話し合いの場は設けられないわ」
「え?どういう、ことですか?」
困惑しながら自分なりに答えるも、あえなく不正解だったようです。翼さんの言葉の真意が分からずまた困惑を深めるしかありませんでしたが、翼さんの解答は単純でした。
「戦争をしましょう。それで、納得解を導きましょう」
つまり、あなたが気に入らない私が気に入らないのならば、戦いで無理やり納得させて見せろという何とも単純明快な答えでした。
「い、いやそういうことをしたいんじゃなくて……」
「あなたは私と手を取り合いたい、でも私はあなたを受け入れられない。分かるでしょう。風鳴翼はあなたを認めるわけにはいかない……」
でも、私のこの拳は守るために握った拳です。決して翼さんと戦いたいわけじゃない。口で納得できて分かり合える可能性が1%でもあるのなら、交渉を続けます。
「でも、認めてもらうしかないんです!奏さんは還ってきません!」
私は翼さんを止めるため、啖呵を切るしかありませんでした。今思うと、ここで私はとても失礼なことを言ってしまいました。私なんかに翼さんの想う、奏さんの大切さなんて分かるわけがなかったのです。
「……知った口を。宣戦布告は済んだ。さぁ、あなたもアームドギアを構えなさい。あなたが、何者も貫き通す一振り、ガングニールのシンフォギアを纏うのであれば……胸の覚悟を構えてみなさい!」
それでも我慢して見せた翼さんはそう言い切ると、私に改めて刃を向けて構えます。
「覚悟……なら、それは形にできませんよ」
でも、それでも、私は戦いたくありませんでした。
「何をふざけたことを言っている。構えろと言っているはずだ」
「違います。私は翼さんと協力して戦いたい、だからその覚悟はまだ形にできやしません!」
「何を……」
アームドギアさえ出せない未熟者です、私は青二才の他ありません。だとしても、私は翼さんと戦うなんてことをしたくない。その一心で、私は叫びました。
「だって、その肝心な翼さんが私をガングニールの装者って認めてくれないんですから、戦う以前の問題です!シンフォギアを纏って、大切なものを守るって決心しました。でも、覚悟は無理に決まってます!翼さんが認めてくれないんだから、覚悟だってできやしません、覚悟を形にするまえに、認めてもらって手を取り合ってくれなきゃ前に進めないんですから!」
「………はっ」
手を取るための拳で、味方と戦ったらそれは味方じゃなくなります。味方なのに、戦う理由なんてない。戦いたくない。決死の思いで私はもはや何でもありな理論で叫ぶと、翼さんは一瞬笑い、そして次の瞬間。
「ふざけるなぁぁァァあああァぁあああァァッ!!」
当然、地雷を踏みに踏み抜いた報いとして翼さんは激昂し、地面を蹴り上げて空中へと飛び出しました。
「ひッ!」
「奏とあなたが同じ訳が無い、認めてたまるか、認めてたまるかぁァぁぁあああッッ!!!」
逆効果でした、私の言葉は逆鱗に触れるだけだったのです。当たり前です、考えなしに言い返しただけだったんですから。翼さんは私に対して、当然の如く怒りを爆発させました。
天ノ逆鱗
空中から寸分の迷いもなく、翼さんは空中から剣を巨大に変形させ、飛び蹴りの形で私に向かって技を放ってきました。
「固有振動数……求めれた!」
でも、そこで私は愚かにも無駄に冷静になり、目の前に落下し迫りくる大剣の固有振動数を求めてしまったのです。
「……共振パンチ!!!」
共振パンチを用いて、自分の拳より硬い物体を破壊してしまいました。
「何を……ッ!?」
バコン!
土壇場で判断がどうかしてしまったのでしょう、私はそこで剣を打ち砕いてしまいました。
「うおぉぉぉっ!!」
それどころか余りに強い衝撃に地面のコンクリートがひび割れますが、それすら無駄に負けないようにと財団神拳の技のもう一つである爆風キャンセリングを応用し衝撃を相殺する力を振り絞り、振り切ってみせました。
「おりゃあーーっ!」
……否、振り切ってしまったのです。翼さんの、想いであり誇りであるはずの剣を、ポッと出の私が打ち砕いてしまったのです。
「なっ……」
翼さんが驚きの声を出して道路に落下します。私の立っているところくらいしか、地面にひびは現れませんでした。シンフォギアを着脱して翼さんに駆け寄ろうとしますが、その間に弦十郎さんが上空のヘリコプターから飛び降りる形で現れました。
「一歩遅かったか……大丈夫か、響君」
「……はい、大丈夫です……」
謝罪の言葉すら無しに私がそう言ってしまうと、弦十郎さんはならいいと私に背を向け、倒れている翼さんに諭すように声をかけて近寄ります。
「……翼、らしくないな。怒りに身を任せた挙句、後輩の前でこの様だ」
「叔父様……グスッ」
「おい、泣いて……」
「泣いてなんていません……ただ、ただ!」
「ただ、何だ」
弦十郎さんは翼さんの前に立ち心配そうにしますが、翼さんはその心遣いすら不要と言わんばかりに立ち上がり、ただ茫然と立っていることしかできない私に指を指します。
「あんな薄っぺらい志で、奏と同じギアを纏う人間が存在してていい理由が分からない……分からないんです……!」
「だからと言って、怒りに身を任せていいわけでは……」
翼さんは誰が見てもわかるように、泣いていました。その重みしかない言葉に、私は何も言うことができません。薄っぺらい志。存在してていい理由。その言葉が、私をさらに何も言わせなくします。
「今だってそうです!私の想いさえ、簡単に壊して見せた……奏は、孜孜たる執念でガングニールを纏ってみせたと言うのに、何故、何故立花響はこんなにも何も失わずに、考えずに、奏の、奏での……」
翼さんは溢れ出始めた衝動に私を指さしながら、叫びますが、その思いの速さと重さに自分の口さえ追いついていないようで言葉に詰まってしまいました。天羽奏さん。あなたが、今生きていたなら、私という存在は今こうして人を一人、悲しませずに済んだのかもしれません。でも、もうそんなことは誰だって分かっています。
「翼……」
「私の脆さなんでしょうか!?そうなんでしょうか!?私は結局、何物にもなれず自分さえも斬れない、脆いままの剣なんでしょうか!?これでは……これは……」
どれだけ泣いて叫んでも、奏さんは還ってこない。その無慈悲なまでの事実に翼さんはもはや怒りさえも超越した、想いが胸に生まれてしまったのでしょう。それこそ、私なんかには計り知れない……いや、計り知ろうとする行為すら失礼。弦十郎さんと私はその言葉に、息を飲むことしかできませんでした。
「私が莫迦みたいじゃないですか!!!」
翼さんの言葉でようやく、その時の私はことの重大さ、私のしでかした行いの罪を自覚したのです。
「翼さん、ごめんなさ──」
私は即座に謝罪しようとしますが、翼さんはあなたに謝る資格など無いと言わんばかりに私に向かい、手の平を私の顔に当てようとします。
「あなただけには謝られたくないッッッ!!」
しかしそれでも、条件反射的に私は翼さんの平手打ちを避けてしまいました。行き場を失った手は、重力に従い、地面へと……足元が揺らついていたことも相まって、翼さんは地面に転んでしまったのでした。
「……あ」
「……」
「翼」
私が間抜けすぎました。これが私が最大級の過ち。私はせめてでもここで、平手打ちを食らっておくべきだったのです……以上が、私が翼さんと険悪になってしまった理由です。この後のことはよく覚えていません。
「あちゃー……それはご愁傷様という言葉がよく似合うわね」
了子さん、私はどうしたらいいのでしょうか?
「あなた、一度ぶん殴られなさいよ」
それしかありませんか。