立花響が財団神拳を習得するようです。 作:Achoo!
なるべく分かりやすく書きましたがニュアンスで理解していただければ。
立花響が殴られることが決定したのと時を同じくして、SCP財団の一施設で話し合いが始まろうとしていた。
「で、吹上君。上の方から許可は下りたんか聞かせてもらおか?」
東京のサイト-81██の一角にある、とある会議室。そこで、男一人とカナヘビ一匹が律儀なまでに席に座り、話を始めていた。
「あーカナヘビさん、勘弁してくださいよ……」
一方はエージェント・カナヘビ。もう一方は、吹上真人事官であった。人事官、というのは簡潔に言うと人事異動の管轄を業務にしている地位のことである。当然、職員を束ねる立場にあるため財団内での地位はそれなりに高い。そんな吹上は酷く疲れた様子で頭を抱え込み、ネクタイを少し緩めながら深々とため息をついた。
「うん?その言い方から察するにもしや」
カナヘビが期待を込めるように首を僅かに傾け、爬虫類特有の目を細める。すると、吹上は半ば自暴自棄にバンッと両手を机に叩きつけ、声を張り上げた。
「許可を取り付けましたよ!!!」
「おお」
カナヘビが感心したように短く応える。
「おおじゃありませんよ!なんで僕が理事会まで掛け合わなきゃならないんですかぁッ!?!」
血走った目で抗議する吹上をよそにカナヘビは全く動じることなく、飄々とした態度を崩さずに口を開いた。理事会というのは日本支部理事会のことである。SCP財団日本支部全体を束ねるトップ。その立場は一般職員から見ても隔絶したものであり、姿すらごく一部の人間しか知らない。というか存在する、ということすら知らない職員すらいる。つまるところ、そんな雲の上の存在と接触するということ自体がプレッシャーがそれなりにかかる行為なのだ。
「ご苦労やったな。そりゃ当然、吹上君が関東ブロックの人事部トップだからに決まっとるやんけ」
「西日本ブロックトップ!!」
そういうお前は、と言わんばかりに吹上は疲れからか叫ぶ。カナヘビの立場をもう少し詳しく言うと、管理部門司令部に位置する西日本統括サイトの管理者である。こちらも吹上同様、かなり立場は上だ。なんならカナヘビのほうが上……とはいえ、かなり自由人だが。カナヘビは知らん風を決め込む。
「さぁ、何のことやらよぉ分からんわ。年のせいかもしれんなぁ、困ったもんや」
「はぁ……勤続何年でしたっけ?」
どこ吹く風とばかりにとぼけ、小さく息を吐くカナヘビ。その相も変らぬふざけた態度に、吹上は怒る気力も生まれずがっくりと肩を落とした。
「さぁの。少なくとも、ボクは終戦直後から財団に入ったという事実だけは伝えとくわ」
カナヘビは遠い目をして、誇らしげに顎を上げる。ちなみに、今年は2043年である。第二次世界大戦の終戦年は言うまでもないだろう。
「勤続98年!!お勤めご苦労様です!!」
吹上がやけくそ気味にビシッと敬礼を見せると、カナヘビは満足げに頷いてみせた。
「どうも。で、諸々の書類を見せてもらおか」
「はい。本題に入ります。一つ目がこの、部分的収容違反許可届です。こんな書類初めて書きましたよ……」
吹上は急に表情を引き締め、普段の澄ましたような顔に戻る。手元のファイルから数枚の書類を机の上に滑らせ、カナヘビの前に並べた。
「ボクだってこんな天外の文言初めて見たわ。兎も角、育子君が外部に
書類を一瞥し、カナヘビが割と真剣なトーンで確認する。財団神拳はかなりオープンに普及しているとはいえ、それは日本支部内だけでの話である。普通なら外部に持ち出すなど許される行為ではないが、事情が事情だ。
「その通りです。秘伝書の持ち出しは許可されませんでしたが、口伝ならば……ええと……ガングニールの従妹?」
吹上は少し記憶を辿るように眉間を揉んだ。彼は、人の名前を覚えるのが苦手な癖……ならいいのだが残念なことに、興味のある人間以外の名前を覚える気が毛頭無いという悪癖がある。だが辛うじて今回は、要点だけでも記憶の奥隅からサルベージできたようだ。
「立花響ちゃんや」
カナヘビが答え合わせをする。
「そう、その人に対してのみですが事情が事情なため、例外的に無制限の伝道が許可されました。試用期間での運用で問題が無いと認められたためです」
事情というのは聖遺物をシンフォギアの形で纏い超常の存在であるノイズと戦う人間、立花響の生存保障のことである。ノイズに関しては、SCP財団でも手の施しようのない厄介な存在である。そのため、シンフォギア装者をSCP財団は日本政府を通して監視している経緯がある。そこで4月初旬、財団の一職員の従妹がシンフォギア装者になったという一報が届いたのだ。
「あい分かった、記憶処理薬の出番は無さそうやな」
従妹こと立花響は武術経験が無いにも関わらず武装ができないという致命的な弱点を持つとも判明した。そこで、SCP財団は財団の一職員こと立花育子を二課に派遣し財団神拳を伝道することにしたのだ。兎に角、財団神拳の収容違反は許可された。一か月が経過し、訓練の結果問題無いだろうと判断されたのだ。淡々と説明を終えた吹上に、カナヘビはホッと安堵したように短く息を吐く。
「……響って言うと変人を想起させて嫌なんですがね」
吹上が苦虫を噛み潰したような顔になり、露骨に嫌悪感を示す。その顔に、カナヘビは一抹の同情の念を示さざるを得なかった。現在は退職済みの職員、天王寺博士のことである。ここで詳しくは触れないが。
「達磨小僧と育子君の妹を同じにせんでくれや。事前に秘伝書を持ち出さんよう言っといてよかったわ。よう理事会がここまで妥協してくれたなぁ。誰に掛け合ったん?」
カナヘビは吹上の仕事の出来に感心したように首を振り、吹上の手腕を素直に称賛する。
「獅子です」
「……ホンマ?」
予想外の名前に、カナヘビの小さな目が驚愕に見開かれた。
「他にコネクションできなかったというのが正しいですね」
吹上は自嘲気味に笑い、肩をすくめる。
「……まぁリーダー格から落とすのは賢明やな。で、二枚目」
納得したように頷き、カナヘビは次の書類へ視線と話題を移すよう促した。
「はい、アイスヴァインちゃんの転勤先からの報告書です。機構からなんで別に見なくてもいいでしょう」
だが、吹上はそっけなく二枚目の書類を指で弾く。機構というのは日本超常組織平和友好条約機構のことである。英名にしてJapanese Anomalous Groups Peace and Amity Treaty Oganization……長いので頭文字を取りJAGPATOと呼称するが、この組織は簡単に言えば財団の日本内での活動を秘密裏ながらも合法化している組織である。日本政府とSCP財団日本支部での仲介役、橋渡し的な存在と思ってもらえれば良い。
「その言い方、本人がいないとはいえようできるなぁ」
アイスヴァインちゃんこと立花育子が二課に潜入した時の名目である日本政府特別派遣職員、というのは実はJAGPATO経由で発行された立場だったりする。日本政府に要請されたり、要請したりとお互いに利用しあうという役割もあるため、この組織はいぶし銀な働きを齎すことが多々ある。呆れたようなカナヘビの指摘に、吹上は悪びれる様子もなく返す。
「それはあなたもでしょう。僕は印象に残った人しか覚えないんで」
「ボクは
まぁ、昔彼女に対して頻繁に使った結果定着させてしまったのは自分なんやけどな、とカナヘビは苦笑しつつ書類に目を落とすと、その内容に感心したように喉を鳴らした。
「……ふうん、中々の出来やん。二課の面子は粒ぞろいのようやな。公安部特事課が母体だとはとても思えんわ」
「公安部特事課の立場を特異災害対策機動課に置換した感じですからね。内部は結構変わっているらしいですが」
吹上は冷静に現状の分析を口にする。公安部特事課というのは現在は存在しない組織である。特異災害対策機動課が発足する以前に公安に存在した組織であり、財団同様に稚拙ながらも異常に対処していた組織。現在は特異災害対策機動課と変更されてから聖遺物とノイズに傾倒しているが、以前は異常存在全般(とはいえ財団から見れば極少数だが)についても業務対象であった。とはいえ、前述したとおり稚拙な対応しかできなかったため取り潰され、名称が特異災害対策機動課となり刷新された経緯がある。
「元々UIUほど無能では無かったとはいえようここまでデカなったもんや。一課が実働、二課が聖遺物研究部門。聖遺物とノイズに対して研究を行う組織……聖遺物はこっちのほうが流石に知識は豊富のようやけどな」
「ただ、こっちの所持するオブジェクトは向こうの言い方に倣うと大抵が完全聖遺物ですから、迂闊に触れられないというのが現状。ましてや欠片から再起動するなんて財団の理念から見てもってのほか。悪用では無いにしろ、ですが。だから先遣隊としてアイスヴァインちゃんが選ばれたわけです」
急速に拡大した組織への感心とそこはかとない警戒心を滲ませながら、カナヘビは目を細める。吹上もそれに同意する。異常性を利用しようとする方針への反発と、財団の理念と人類の最大幸福を天秤にかけた上での苦渋の懸念が声に隠しきれていない。
「それもどうしたもんかな……何せ、オブジェクトは言い方は悪いが腐るほどある。その欠片の量なんてのは言うまでもない。だが、ええと……何やっけ、適合者?ああ、そやった、オブジェクトの欠片を起動して異常性を増幅できる適合者も都合よくいるとは限らんわけやしなぁ」
カナヘビは前足で器用に顎を擦りながら、皮肉げに鼻を鳴らした。相手に対する懐疑と、財団が関わろうとすると即座に泥沼化しそうな状況への面倒臭さが入り混じっている。
「ま、最早それは戦術神学部門の領域。こっちは書類仕事だけですよ」
これ以上踏み込んでも疲れるだけだと言わんばかりに、吹上は自嘲気味に息を吐き、思考を切り離した。
「異常存在を収容しようにも向こうは政府機関やからな。流石に分が悪い……公営化、それか再編されんかなぁ」
カナヘビがポツリとこぼす。政治的しがらみという、最も嫌う枷に対する純粋なウンザリ感だった。JAGPATOという名の免罪符があるためSCP財団は日本国内で活動できるが、それは裏返せば政府から恩を売られていることと同義だ。下手に踏み込めば報復が伴う。さしもの財団も、政府を敵に回したくはない。
「取り合えずここ最近のノイズの出現頻度が収まってからですね、それは」
「あー面倒やわ。世界オカルト連合もチョッカイかけてきそうやし」
吹上は淡々と事実だけを突きつけ、カナヘビの淡い期待を冷徹に切り捨てた。想像するだけで頭痛がするのか、カナヘビが頭を振る。
「あ、そのことなんですが」
不意に、吹上の声音から温度が消え去った。
「うん?」
場の空気が変わったのを察知し、カナヘビの目がスッと細められる。
「Tttから接触があってですね」
「Tttから?あいつらがどないしんたん?」
Ttt。正式名称、トリスメギストス・トランスレーション&トランスポーテーション。簡単に言えば、神々で構成されている異常存在を扱う商業会社である。その事業内容は、これまでに判明しているだけでも翻訳業や観光業などが存在する。
「
業務内容は重要ではない。ここで重要なのは神々で構成されている、という点である。彼らは絶滅した古代言語や希少な少数言語、典礼言語を知識として所持している。それ自体に異常性は無いとは言え、彼らは神代の事柄についてはとりわけ詳しいというのが凡その財団の見立てだ。
「がめつい奴らにしてはやけに大人しくて荘厳な文字面やん……だが、一体どういう意味や」
とはいえ営利団体。タダで情報提供、それも向こうから自主的に提供するなど、ハッキリ言ってあり得ないことだった。吹上は手元のメモを一瞥し、ひどく機械的に読み上げるとカナヘビは頭がはてなで埋め尽くされる。
「似非神格存在の思考を理解しようとしても無駄ですよ。ただ、分かるのはことは面倒くさくなりそうということだけです」
だが吹上は一切の興味も持たず、今しがた読み上げたばかりのメモをゴミ箱に捨てる。得体の知れない相手の言葉を、極力自分の思考に混ぜまいとする防衛本能の表れだった。どうにも理解の及ばない存在への諦観と、これから増えるであろう業務量への絶望で肩が重い。
「米国本部からもまた託が来ましてね。米国政府がどうもオブジェクト……それも、聖遺物を求めている動きを見せている、と。AWCY?の連中が言ってきたんだそうです」
次々と投げ込まれる火種に、吹上の顔には隠しきれない疲労が滲んでいる。AWCY?というのは異常存在をも取り込み芸術へと昇華させる、アート集団のことである。当然異常存在を確保し収容したいSCP財団とは目論見が真逆なため敵対状態にある。
「芸術家が?ああ、あいつらって聖遺物も芸術対象の一環として扱うんか」
カナヘビは一瞬呆気にとられた後、狂人たちの思考回路に呆れたように小さく息をつく。AWCY?はかなり秘密主義の性格を持つ団体だが、自分もしくは自分の仲間を傷つけられる行為に対して強い反発意識を持つ。ということは、おそらく米国政府からAWCY?の聖遺物を所持していたメンバーが害されたのだろう。それで、怒りのあまり敵対的存在である財団に報告したという簡単な見通しがつく。
「そのようですね。芸術性に果ては無い。当然、報告以前からも世界オカルト連合と協力して米国政府を監視していますが、どうも最近東アジア方向がきな臭いと。中国支部や韓国支部のノイズの発生件数は例年通りなので問題無し。異常なのは日本のみです。よって、日本支部としても十分注意を払う必要があります」
吹上の声が再び冷徹な事務官のそれに変わる。問題の核心が自分たちの足元にあるという重圧が、その目を険しくさせていた。
「払うって……どこに払うんや」
カナヘビは低い声で問う。ただならぬ気配を感じ取り、全身の筋肉が僅かに緊張する。
「当然、聖遺物の扱っている場所……二課。そこで、これからはくれぐれも口外禁止でお願いしたいのですが」
吹上は椅子にチョコンと座るカナヘビに向かって身を乗り出し、極限まで声を潜めた。絶対に漏らしてはならない機密を扱う、ヒリつくような緊張感が場を支配する。
「要注意団体……特異災害対策機動二課の所持するオブジェクト確保作戦の審査が今、倫理委員会の段階で話し合われています」
特異災害対策機動課。異常存在である聖遺物を研究し、シンフォギアという形で現代に神代の力を復活させまた異常存在であるノイズと対抗している政府組織。……当然、様子見という形ではあるが要注意団体のうちの一つである。
「ちょい待てや。現場は何も聞いとらんのやけど」
まさに寝耳に水の話だった。
「今初めて言ったんで……日本政府が近いうち、完全聖遺物ことデュランダルの運送計画を実行するよう二課に求めます。現在は審議段階のようですが恐らく可決されるでしょう」
「ほぉ」
その言葉を聞きカナヘビの目に宿ったのは、作戦の匂いを嗅ぎつけた捕食者特有の、冷酷で鋭い光だった。彼は小さい体躯とは似つかわぬほどに、派手なことが好きな性格。この話に、食らいつかないわけがない。
「もうスパイは配置済み。運送中に一番手薄になった所でカナヘビさんはアイスヴァインちゃんと追加派遣人員と協力し、デュランダルを奪取してほしいのです」
一切の躊躇なく、吹上は最重要任務を言い渡す。背筋が凍るような冷たさの中に、この作戦を完遂させるという異常なほどの執念が覗いていた。
「……その話、もうちょい詳しく聞かせてもらおか」
血が沸き立つような高揚感を抑え込みながら、カナヘビは口元に爬虫類には似も付かぬ獰猛な笑みを浮かべて身を乗り出す。
「えぇ。元より自分は、そのつもりでこの広大な会議室を貸し切ったんですから」
陰謀が、始まった。
吹上人事官の人事ファイル by jet0620
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