「神様転生探偵は地味に生きたい ~神眼と神威で事件を解決しても、なぜか毎回死ぬのですが~」 作:Hiro
朔也は自分のことを「できるだけ普通でいたい人間」だと思っていますが、実際には【神眼】によって真実を見抜き、【神威】によって周囲の精神すら圧倒してしまうため、その願いはほとんど成立していません。結果として、彼は周囲から孤高の天才探偵として誤解され続けることになります。
また本作には死に戻り要素が含まれ、朔也は何度も命を落としながら事件に挑み続けます。ただしそのたびに彼を迎えるのは、唯一事情を知る助手・リリテアの変わらない言葉です。
「また殺されてしまったのですね、探偵様」
これは、救いなのか、それとも呪いなのか。
本作はシリアスな事件解決を軸にしつつ、勘違いと日常会話の温度差で進行する物語です。過度に重い展開だけでなく、キャラクター同士の距離感や会話劇も含めて楽しんでいただければ幸いです。
なお、本作はフィクションであり、登場人物・団体・事件はすべて架空のものです。
――朔也がまた死んだ。
正確には「死んだ“ことになっている”」だけで、次の瞬間には同じ場所、同じ時間へと巻き戻されている。
だがそれでも、痛覚や恐怖の記憶はきちんと残る。だから彼は毎回、復活のたびに少しだけ遠い目をする羽目になる。
「また殺されてしまったのですね、探偵様」
膝枕の主であるリリテアは、慣れきったように呆れを滲ませた声でそう言った。
朔也は視界の端に映る彼女の顔を見上げ、深いため息をつく。
「……今回は、ビルの屋上からの転落だった気がする」
「“気がする”ではありません。確実にそうでした」
即答だった。容赦がない。
彼女の膝の上という、世界で最も安全で、最も危険な場所に戻ってきた朔也は、しばらく黙って空を見上げる。夕暮れの色は何度死んでも変わらない。唯一の救いだった。
普通の高校生探偵として生きるはずだった人生は、どうしてこうなったのか。
いや、正確には“普通の高校生探偵の肉体に、元神様の魂が入っている”だけなのだが、それが一番問題だった。
朔也の内側で、神としての膨大な処理能力が静かに世界を解析している。
そして当然のように結論が出る。
『犯人は、あの男。動機は金。証拠は右袖の繊維付着と、微弱な血痕反応』
簡単すぎる。
簡単すぎるがゆえに、逆に面倒だった。
「……普通に生きたいんだけどな」
ぽつりと漏れた言葉に、リリテアは少しだけ目を細める。
「それは無理な相談です。あなたはもう、“普通”という分類から外れていますから」
「君も容赦ないね」
「事実ですので」
彼女の手が、朔也の髪を軽く撫でる。その動作だけが、妙に現実的で、妙に優しい。
だからこそ厄介だった。
この距離感は。
朔也は目を閉じる。
神の力は常に世界を“見ている”。嘘も、隠蔽も、悪意も、すべてが視覚情報として流れ込む。
それが今は、少しだけ鈍くなる。
リリテアの膝の上だけは、世界が静かだった。
だが次の瞬間。
遠くで悲鳴が上がる。
「……また事件か」
リリテアがため息をつくより先に、朔也は身体を起こしていた。
「行くんですか?」
「行かないと、また死ぬからね」
「それはそれで問題では?」
「問題しかないよ」
二人は同時に立ち上がる。
そして朔也が一歩踏み出した瞬間だった。
――世界が“歪む”。
神眼が自動で起動する。
視界が変わる。
空間の中に、無数の“情報の線”が浮かび上がる。
血の流れ。動機。嘘。隠蔽。恐怖。
その中心に、“ひとりの男”がいた。
『ああ、また君か』
朔也は心の中で呟く。
犯人は、すでに逃げる準備をしている。いや、逃げ“ようとしている”。
しかし、その足は動かない。
神威が、まだ微弱に漏れているからだ。
朔也本人は何もしていない。ただ少しだけ集中しているだけ。
それだけで、人間は動けなくなる。
「……行こうか」
リリテアが横で小さく頷く。
「ええ。あなたの“普通の推理ショー”の時間です」
「嫌味が上手くなったね」
「あなたのせいです」
現場はすぐだった。
ビルの一室。転落事故に見せかけた殺人事件。
警察はまだ混乱している。遺体の位置、血痕、窓の破損状況、どれも決め手に欠けている。
だが朔也にとっては、すでに終わっている事件だった。
彼はゆっくりと歩き出す。
犯人の男は、朔也を見た瞬間、顔を青ざめさせた。
「……来るな」
「僕がいつ、君を犯人だと言った?」
静かな声だった。
その一言で、空気が凍る。
周囲の警察官すら息を呑む。
朔也は犯人の目を見ていない。
ただ“そこにある情報”を見ているだけだ。
「ただ、その袖口の血痕と、靴底のガラス片と……」
一歩。
「怯えている君の魂が」
もう一歩。
「すべてを物語っているだけさ」
その瞬間だった。
犯人の膝が崩れる。
「ひっ……! や、やめろ……!」
「僕は何もしていないよ」
朔也は淡々と続ける。
しかしその“淡々”が問題だった。
彼の背後で、リリテアが小さく呟く。
「またですか……神威の漏れが強すぎます」
「え?」
朔也は自覚がない。
だが犯人には違った景色が見えている。
目の前の高校生は、人間ではない。
“世界そのものが睨んでいる”。
逃げられない。
隠せない。
存在ごと、裁かれている。
「俺じゃない……俺じゃないんだ……!」
「では、説明をどうぞ」
朔也は優しく言ったつもりだった。
しかしそれは、最後通告だった。
犯人は叫ぶように自白した。
すべてを。
動機も、手段も、証拠の隠し場所も。
警察が慌てて駆け寄る。
だが朔也はもう興味を失っていた。
視線の先はただ一人。
リリテア。
彼女は小さくため息をついている。
「また、派手にやりましたね」
「僕は普通にやったつもりなんだけど」
「普通とは何でしょうね」
「君がいる日常」
言ってから、朔也は少しだけ後悔する。
格好つけすぎたかもしれない。
だがリリテアは、ほんの一瞬だけ目を見開いて――すぐに視線を逸らした。
「……仕事、戻りますよ」
「うん」
短い返事。
それだけで十分だった。
だが朔也は知っている。
この距離が、まだ壊れていないことを。
そして自分が、“神”である限り。
この距離は、永遠に縮まりきらないことも。
その夜、彼はまた死ぬ。
今度は刺殺だった。
理由は簡単。犯人の仲間による報復。
だが次に目を開けたとき、そこには変わらずリリテアがいた。
膝枕の上で、呆れた顔。
「また殺されてしまったのですね、探偵様」
朔也は小さく笑う。
「ただいま」
そして心の中でだけ呟く。
『……これでも、地味に生きてるつもりなんだけどな』
世界は今日も、彼にだけ派手すぎる。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
追月朔也という人物は、「普通に生きたい」と願っていながら、その願いとは真逆の方向へと世界から引っ張られていく存在として描いています。本人は至って真面目に地味な日常を目指しているのですが、その一挙手一投足が周囲からは“異常な才能”として処理されてしまう、いわゆる勘違い系の構造になっています。
また、リリテアとの関係性についても、この物語の大きな軸のひとつです。彼女だけが朔也の死に戻りを理解し、それでも変わらず傍にいるという状況は、安心であると同時に、朔也にとっては唯一逃げ場のない現実でもあります。その距離感が今後どのように変化していくのかも、見どころのひとつになる予定です。
事件自体はミステリーとして成立するよう構成していますが、本作では「推理の正しさ」以上に、「朔也がどう見えてしまうのか」「世界が彼をどう誤解するのか」を重視しています。そのため、多少強引に見える展開も“神眼と神威による認識差”として処理される部分があります。
今後も、死と再生を繰り返しながら、それでも日常を求め続ける探偵の物語を描いていきますので、気軽に付き合っていただければ嬉しいです。
それでは、次の事件でまたお会いできれば幸いです。