「誰が座敷わらしか、俺はただの人間だよ!」全員「んなわけあるかッ!!」 作:ティファールは邪道
四塚市での話し合いから数日後……
勝の両親の希望により、迅が次の土曜日の午前にボーダー本部での面談を取り付けてくれたその日、勝以外にも両親が三門市に向かっていた……
「……いいか勝、どんな相手だろうと、こちらの都合で迷惑をかけた(=仕事を横取りした)以上、まずは頭を下げて挨拶するのが筋だ。菓子折りも一番質の良いものを買ってきたからな?」
土曜日の朝。三門市へと向かう電車の中で、スーツ姿の父親が真剣な顔で手元の紙袋をチェックしていた
隣では母親もフォーマルな装いで「それは当然よね」と頷き、当の勝だけが学校の制服を着て小さくなっていた……
まさかここまで話が広がるとは……
内心そう思っていた
因みに、ボーダー上層部への手土産として選ばれたのは、四塚市で最も有名な老舗和菓子屋の高級羊羹セットで、これからお世話になる玉狛には定番なのだというどら焼の詰め合わせを選んでいた……
三門市に到着し、そびえ立つ巨大なボーダー本部基地を見上げた勝は、思わず息を呑む
「改めて見るとでかいなぁ……」
「これだけの組織の領域を荒らしていたんだ。失礼のないようにな」
父親の言葉に気を引き締め直し、3人は正面入り口から足を踏み入れた
受付には、案内役として連絡を受けていた迅悠一が待っていた。私服ではなくボーダーの隊服を着た迅は、どこか凛々しく見える……
「やあ、神原さん。遠いところようこそ。……って、本当に家族揃って菓子折り持参で来たんだね」
迅は苦笑しつつも、ご両親の誠実さに感心したように目を細めた
「迅さん、先日はどうも。本部の偉い方々はお揃いですか?」
「ええ、城戸司令をはじめ、幹部勢揃いでお待ちかねですよ。……まあ、みなさん『都市伝説の座敷わらしが家族連れで挨拶に来る』って聞いて、相当混乱してますけどね」
そりゃそうである
エレベーターで最上階の幹部会議室へと向かう間、勝は『円』を軽く展開し、基地全体のエネルギー配分を観察していた。基地全体を巡るトリオンの力と、自分の持つ『念』の違いを肌で感じ取る……
――カツン、カツン……
重厚なドアが開かれ、会議室へと通される
そこに待っていたのは、ボーダーの最高幹部たちだった
中央に座す冷徹な眼光の男、本部司令・城戸正宗
その隣に、厳めしい顔をした開発室長・鬼怒田本吉、いつも頭を抱えてそうな顔のメディア対策室長・根付栄蔵、穏やかな微笑みを浮かべる外務部長・唐沢克己、そして本部長の忍田真史……
室内には、息が詰まるような緊張感が漂っていた
普通の中学生とその両親であれば、圧倒されて足がすくむような威圧感である
しかし、父親は一切物怖じすることなく、堂々とした足取りで部屋の中央へと進み出た
「初めまして。四塚市より参りました、神原勝の父でございます。本日はお忙しい中、貴重なお時間をお送りいただき誠にありがとうございます」
そう言って父親は深く頭を下げ、続いて母親と勝も綺麗におじぎをした
「……」
城戸司令は無言で眼前の家族を見つめている。威圧的な空気を破ったのは、父親が差し出した一つの紙袋だった
「こちら、地元の老舗の羊羹でございます。皆様でお召し上がりください。……それから、まずは一つお詫びを申し上げなければなりません」
父親は背筋を伸ばし、幹部たちの目を真っ直ぐに見据えて言った
「これまで我が家の愚息が、貴組織の警戒区域内において勝手な振る舞いをし、貴組織の本来の業務であるネイバーの駆除を横取りするような真似をしてしまい、誠に申し訳ございませんでした」
「「…………は?」」
鬼怒田と根付の口から、間抜けな声が漏れた……
会議室に沈黙が落ちる
放たれた言葉の意味を理解しているのだが、理解し難い……そんな状況だった
「……お詫び、だと?」
鬼怒田が呆気にとられたように繰り返した……
「仕事を横取りしたから菓子折りを持って頭を下げに来ただと……!? 街を騒がせ、我々の常識を壊してきた『座敷わらし』の親が……!?」
混乱のあまり、あんぐりとした表情でいう鬼怒田……
「ええ。防衛機関としての皆様のメンツや業務運用に多大なご迷惑をおかけしたと認識しております。勝も、ほら」
父親に促され、勝も頭を下げた
「……勝手なことして、申し訳ありませんでした」
根付室長が手ぬぐいで額の汗を拭いながら、力なく呟いた
「や、やめてください……そんな一般社会の常識で頭を下げられると、こちらが広報部としてどう対応していいか分からなくなる……『座敷わらしは礼儀正しいご家族でした』なんて発表できるわけがないでしょう……」
「いや、出来れば公表しないで欲しいのですが……?」
幹部たちが混乱する中、思わず突っ込みの声を上げる母親……
そんな光景を見て、外務部長の唐沢がくっ、と口元を緩めて忍び笑いを漏らした
「ハハハ、素晴らしいご両親だ。城戸司令、我々が想定していた『危険な異能者』の構図とは大分雰囲気が違いますね?」
城戸司令は眉間にしわを寄せたまま、静かに腕を組んだ
「……神原殿。謝罪は受け取ろう……だが、本題はそこではない。君の息子の持つ力……『トリオンではない謎のエネルギー』についてだ」
城戸の鋭い視線が、勝へと注がれる……
「君が使っている力は何か。なぜトリオン兵を素手や瓦礫で粉砕できる? ボーダーの管理下にないその力は、三門市の防衛において巨大なリスクだ。我々としては、君の身柄と力を完全に把握する必要がある」
ピリッ、と部屋の空気が張り詰めた……
城戸が放つ圧倒的な威圧感(プレッシャー)だった……
だが、その瞬間――
勝の身体から、無意識のうちに『練』が漏れ出した
―ゴォ……ッ!!
見えない重力が会議室全体を押し潰す
卓上の書類が、水の入ったコップが静かに震え、重厚な空気の圧力が幹部たちの肌を刺す……
トリオンの反応は一切ない。にもかかわらず、その場にいる全員の生命本能が「目の前の少年は危険だ」と警鐘を鳴らす
忍田本部長が瞬時に身構え、鬼怒田が息を呑む……
迅だけが、ぼんち揚を咥えたまま気持ちはわかる、とばかりに頷いていた
「……これが、僕の使っている『念』です」
勝は静かな声で言った
威圧するためではなく、ただ「見せる」ために
「僕はボーダーの敵になるつもりはありません。でも、誰かの道具になるつもりもありません。……父さんと母さんが許してくれたから、僕は自分の力を極めるために、ここ(三門市)に来ました」
勝の隣で、母親が静かに、しかし断固とした口調で言葉を重ねた
「司令。勝の力は、親である私たちにとっても未知のものです。ですが、息子は自分の意志で誰かを助け、自分の意思で強くなろうとしています。……もし貴組織が息子を無理やり兵器として拘束・管理しようとするならば、親として全力で抗わせていただきます」
堂々とした顔で言う母親の言葉に、頷きながら毅然とした顔で見詰める父親……
どちらも一歩も引かない、っという覚悟が宿っていた
城戸司令と両親の視線が交錯する……
数秒の重苦しい沈黙の後、城戸はふっと息を吐き、組んでいた腕を解いた
「……迅。それでお前が言っていた『玉狛での受け入れ』か」
「はい」
迅が前に出た
「勝くんとそのご家族は、玉狛支部所属の『協力者』として三門市に移住してもらいます。本部の指揮下には入りませんが、防衛戦での協力と、技術・データの相互提供は約束します。……これでどうでしょう、城戸さん?」
唐沢も助け舟を出す
「良い着地点だと思いますよ、司令。ご家族ごと三門市へ移住していただけるなら、身元も確かだ。お父様の転職先についても、私の知り合いの貿易会社でちょうど優秀な人材を探していましてね。こちらで手配させていただきます」
「なっ……唐沢、お前仕事が早すぎないか!?」
それを聞いて驚く鬼怒田
城戸司令は差し出された高級羊羹の紙袋に目をやり、最後に勝を見つめた
「……分かった。神原勝の玉狛支部への所属を認める。ただし、警戒区域外での力の使用は厳禁だ。もし理由など無しで使用した場合は即座に排除対象とみなす」
そう言う城戸司令……
念を使った事を感知できないボーダーからすれば、それは不問にする、といってもいい判断だった……
本人もそれを理解しているのだろう、その声には諦めを感じるものを感じた…
挨拶がなければ、この手打ちはまずなかった、と思っていいかもしれない……
「ありがとうございます!」
それを聞いた勝とご両親が深く頭を下げた
こうして、異例すぎる「危険人物と思っていた者からの菓子折り持参の挨拶」により、ボーダー本部との緊張感あふれる(しかしどこかシュールな)手打ちが完了したのだった……