これにて『蹄音、高く』外伝『北方航路のセイレーン』は終幕となりました。
無事にお話も閉まりましたので、少し本作の制作意図というか、何考えてんのお前、という部分について書いてみようと思います。読み飛ばしてもお話の美味しさには影響はございません。
さて、「蹄音、高く」の本編では、坂井と船崎という、「もし戦争があれば間違いなくトップエースだっただろう」と思われる二人組が登場します。彼らはテストパイロットとして最新鋭機を扱う、技術的には最前線にいるパイロット達です。扱う機材もほとんどが新鋭機ですから、まあなんともヒーローらしいストーリーが多くなりがちです。
翻って、この世界における日本の空はいったいどうなっているのか。英雄譚にならないように解説するにはどうしたらいいのか。
そんなことを考えていた時、「それについて説明する話を書けばいいじゃないか!」と思い立ったことが、本作執筆のきっかけでした。
ついでに「蹄音、高く」の世界を下地にしたことで、細かな世界設定をかなり省略することもできました。
そのおかげで、設定を組み立てる段階から「この戦争のない昭和で航空行政がどのように発達していったのか」という一点に集中できました。これも、本作が約一か月半で完成した理由の一つでしょう。
主人公の黒崎という男は、よくも悪くもただの役人です。パイロット資格は持っていても離陸にはビビり、あっさり低体温症で死にかけ、鳴物入りの最新無線機にも文句を言い続けます。
しかし、本作には黒崎の敵となる人物が一人もいません。それどころか、登場するキャラクターは基本的に黒崎に協力的です。無茶振りはするけど、強制も恫喝もしません。それは、本作の根底に「勧善懲悪ではない」という考え方があるからです。
この作品で描きたかったのは、この世界の航空行政そのものです。融通の利かない上級役人を相手に一発逆転を狙うような物語ではなく、それぞれが自分の仕事をきちんとこなすことで航空路を支える話にしたかったのです。
そうなると、黒崎の周囲には彼を導く人物が必要になります。
つまり菊岡さん、あなたはジミニー・クリケット役としてこの世界に呼び出されました。豪放磊落でいつも飲んだくれていながらも、いざという時はきちんと主人公を助ける。まさにハマり役とでも言いましょうか。
ちなみに菊岡のモデルとなった人物は某アニメの何某さんです。
さて、本作には一つ大きな制約がありました。
それは、本作は定義上「ウマ娘」の二次創作であるということです。
ウマ娘がわらわらと出てくる学園でのストーリーならともかく、舞台は日本の北の果ての北方航路です。
せめて札幌が舞台なら、学園の分校なり何なりを設置することもできました。しかし、それではただの「電信員の勤務記録」になってしまいますし、本省から派遣された技官である黒崎の出番もありません。
ですから、学園ではなく、現場に「ウマ娘がいる理由」を作る必要がありました。
そこで思いついたのが、「北方航路に名前が轟くレベルの超凄腕電信員」というキャラクターでした。彼女がいるだけで、この物語は「ウマ娘」の物語として成立すると考えました。
本編では(たぶん)明確にしていませんが、白瀬の年齢は二五歳です。当時の結婚平均年齢を考えると、そろそろいいんじゃないの? と言われる頃合いですね。
しかしこれにはわけがありまして、実は白瀬の年齢は、没にした「ある設定」が原因になっています。
歴史に詳しい方なら薄々気づいているかもしれませんが、白瀬という苗字は軍人であり探検家でもあった白瀬矗中尉殿からお借りしたものです。そして、その没設定というのが、
「春乃の父親は北方航路で行方不明となっており、春乃は父を追って北方航路へやって来た」
というものでした。(なんだってー!)
……ところが、そんなストーリーを入れる隙間がどこにもないことが判明し、あっさり没に。結果として「白瀬春乃」という名前だけが残ることになりました。ついでに、裏返すと「春の知らせ」になる、というネーミングはかなり気に入っています。
ちなみに私のメモには、「レース現役時代は『ハルノウミカゼ』を名乗り、そこそこの成績を残した」などという設定まで書いてありますが、こちらももちろん本編へ登場する隙間はありませんでした。
結果的に、北の海でただ誰も死なせたくないと闘う若い電信員ウマ娘と、本省からやってきた技術バカがあれこれ頑張りながらなんやかんやで惹かれ合うという邦画チックなストーリーに収まりました。これはこれでよしとしましょう。
二人が結婚後の住処を鹿児島県は指宿に選んだのは、完全に某北海道発の某番組のせいです。出演・制作の皆様の今後のご活躍を楽しみにしております。
閑話休題。
もちろん奄美大島とか沖縄でもよかったのですが、昭和十八年が舞台という都合上、沖縄だと色々な問題があったのでスパッと諦めました。
それよりも、本土の最南端という地理的な条件、そして「春乃」という名前に相応しい場所でこのストーリーの幕を引きたい、という方針を重視した結果、あの結末に落ちつきました。
史実でも指宿には飛行場が設置されていたという記述がありますから、まあいいでしょう……という、実に短絡的な決め方でもあります。
さて、鹿児島へと渡った黒崎は「九州各地の飛行場を知り尽くした技術者でありパイロット」として出世街道をバクシンしています。
自分の意思で地方へやってきたうえ、年度功労賞まで持っている中堅技術者を迎えることになった鹿児島支局のお偉方の心中を思うとなかなかに胃が痛くなりますが、黒崎はああ見えてだいぶ図太いキャラクターですから、そんなことは関係なく春乃との生活を楽しんでいることでしょう。
それよりも、あれだけ欲しがっていた部下がつき、自由にできる予算がつき、頭の中にある知識や構想だけで仕事ができる環境が整ったわけですから、むしろ生き生きと仕事をしているんじゃないかな、と私は思っています。
さて、超特急で書き上げて超特急で投稿して超特急で閉幕を迎えた『北方航路のセイレーン』は、これにて千秋楽とさせていただきます。
冬のコミケでは本作が同人誌化するとかしないとか……続報をお待ちください。
外伝はこれにて終幕ですが、『蹄音、高く』本編はまだまだ続きます。更新も再開していきますので、引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。
それでは、最後までお読みいただきましてありがとうございました。
上條つかさ