無線機室は、もわっとする熱気に満たされていた。
部屋の広さは無線室と同じようだ。だが壁は筐体に占有されていて、窓は片方が塞がれている。
私は堤と協力して、停止させた無線機の筐体から外板を外した。そして回路図が書かれているものだけを残して、残りは壁際に積み上げた。
堤にはタチ5580が運んできた資材を廊下まで運ぶように指示を出し、私はやっと、この無線機たちに向き直った。
「さてさて、厄介ですね」
私は素直な感想を漏らした。
この九九式一号無線機は、他国に先駆けて各部品のモジュール化による柔軟な運用を達成した無線機だ。そこだけを聞けば、なんと素晴らしい無線機か! と思うであろう。
しかし、これは運用局の規模によって個別に調整される前提で設計されている。
つまり、搭載される機器が統一されていないのだ。それだけならまだ良いのだが、その仕様や出力まで異なっていることがある。保守を担う我々にとっては、面倒この上ない代物である。
そして、こういう場合に取れる手段は一つ。全てのモジュールを引き出し、分解して、故障箇所を特定することだ。
さて、いきなり手を突っ込むと感電の危険がある。
私は壁の遮断器をもう一度見て、電源が確実に落ちていることを確かめた。
この無線機に使われる真空管は、標準仕様なら三四本。そのうち送信側が十六本だ。
そして受信側はどうやら生きているとの仮定に基づいて、まずは送信側を一度取り出して点検することにした。
筐体の内部は、鉄の棒と木の板を使って段々に仕切られている。任意の配置を組んだあとで、箪笥の要領で各モジュールを載せていく構造だ。よって選ぶ機能によっては隙間が生まれることもあるのだが、この個体はモジュール間を繋ぐケーブルに余裕を持たせてあるらしく、隙間という隙間にケーブルが押し込まれていた。
私は最初に、固定帯域フィルターを外すことにした。
これは受信系との共用部品なので、本来なら後回しでも良い箇所だ。しかし最も取り外しやすい位置にある。最初にこれを設置した技師は、受信の冗長性をかなり重視していたらしい。
固定しているネジを外し、これもまた頑丈な鉄で組まれた箱をずりずりと引っ張り出していく。大きさは出前箱くらいなのだが、中身はぎっしりと詰まっているからかなり重い。さらに電源線、入力信号線、出力信号線、制御盤への信号線まで絡み合っているのだから余計にタチが悪い。制御盤を別の階まで引っ張るなどという、無茶振りの弊害だ。
そして、だんだん腹が立ってきた。この頓珍漢な回路を設計した奴は一体誰だ。承認した奴はどこのどいつだ。いつか相見えたら、私の爪の垢を直接飲ましてやろう。
設計者の名誉のために添えておくと、成功した例はちゃんとある。
たとえば宇都宮飛行場では、モジュールと制御盤は一体だ。周波数変換回路には周波数変換ダイヤルが、発振回路には発振出力ダイヤルが、それぞれ埋め込まれている。要するに、どの箱が何をしているのか一目でわかるし、無線士は筐体の前に座るだけで仕事ができる。当然、各モジュールも手を伸ばしやすいように配慮されていた。
白瀬の無線機も制御盤が独立していたが、あれは本体と盤が同じ部屋にあったし、電信専用に部品点数を減らしたものだ。無線電話のモジュールを仕様通り取り付けたこの個体とは、運用設計からして異なる。
さて、私は引き出したケーブルに、紐付きの札を取り付けた。そして札には接続先を書く。これで、戻す時に混乱しない。こうして、やっとモジュールを取り外した。
私は息をついて、額に浮かんだ汗を拭った。
もしも私が仕様定義から関わっていたとしたら、電源が煩雑になったとしても無電のモジュールを電気的に独立させただろう。トンツーと音が鳴れば良い電信と比べて、無電の回路は手間がかかりすぎる。いや、もしもこれから無線機を入れ替えるという局があるなら、私は離島でも山頂でも行ってやるつもりだ。
「なら目の前の無線機も組み替えてみろ」と言われれば、やるしかないだろう。
ただ、生憎と私には時間がない。早く修理を終わらせて択捉……根室に帰らなくてはならないのだ。もしも置いて行かれて、半年も氷を相手に遊んで待つというのは、なかなかに堪える。
私がぐちぐち言いながら作業を進めていると、堤がやってきた。
「黒崎さん。お昼ですが、どうしますか?」
「えっ、もうですか?」
私が驚いて時計を見ると、あと五分で正午になるところだった。
まだモジュール一つを降ろしただけだというのに、なんという牛歩。
私は腰を上げて、膝の埃を払った。
「長くなりそうです。食べてから続けましょう」
*
午後に入って、私は持ち込んだ回路試験器を手に部品を点検していた。堤に頼んで運んでもらった机の上は、すぐに部品の山となっていた。
この固定帯域フィルターに限らず、大電流が流れる部品というものは基本的に大きい。次の部品も、私の親指くらい太い抵抗器だ。トンと試験端子を当てると針が振れる。これも断線はしていないようだ。続いて抵抗値を計るも、異常はない。
地道な作業かもしれないが、これを疎かにしては技師は名乗れない。私はひとつ、またひとつと部品を試験器に通していく。
隣では、堤が真空管の試験をやっていた。随分と大掛かりな機械に見えたが、真空管に通電することで動作状態を調べる、先代技師の置き土産だという。
「どうですか?」
「出力に揺れがありますが、許容値に収まっています」
堤は自前の回路試験器を睨みつけて言った。
「これだけでは、故障とは断定できません」
「参りましたね」と、私は頭を掻いた。
「択捉で聞いた状況からして、この辺りが怪しいと思っていたのですが」
広げた図面に増えていくのは異常なしを示すレ点ばかり。いくつかの怪しい部品は見つけたものの、どれも製造上の誤差といえる範囲内だった。
「どうでしょう。だいぶ下流にはなりますが、中間増幅回路もバラしますか」
「そうするしかありませんね」
堤の提案に乗って、私は渋々と腰を上げた。肩を回すと、ポキポキと音がした。
「私がやりますから、堤さんは残りの真空管を試験してください」
「わかりました」
──そして私は、すっかり頭を抱えていた。
やっとの思いで引き摺り出した中間増幅モジュールの中身が、本来の回路図とはかけ離れた構成になっていたのだ。
せっかく丸ごと交換できるように設計してくれた誰かがいるというのに! 私は拳を振り上げたい衝動に駆られた。
壊れたのならば、さっさと取り替えておいてほしい。これではもはや、同じ機能を持った別物だ。白瀬が言っていた「受信時のごおっという音」の原因にも繋がるだろう。
しかし悔しいことに、箱の中を縦横に走る配線は発熱体を器用に避けていた。特に目を引いたのは、これでもかと追加された蓄電器だ。私の勘が正しければ、これは電圧降下を嫌って追加されたものだろう。本来なら二本のはずの真空管も、三本に増やされている。
しかし元々が並列回路なのに、平滑化はともかく真空管まで追加するのは妙だ。本来の設計どおりなら、三本目を動かす電力が足りないはずだ。
「堤さん。ちょっと見てください」
私は絶望の滲む声で、絡んだ毛糸玉のようになった回路を見るように促した。
覗き込んだ堤も「うわ、こりゃあ……」と、言葉をなくした。
「これ、いつからかわかりますか?」
「もしかしたら越冬隊の技師が、ありもので直したのかもしれません。ちょっと拝見」
私は堤に場所を空け、腕を組んで天井を見上げた。さっさと取り替えて欲しいとは言ったものの、部品が足りなければやりくりすることはままある。しかしせめて、回路図くらいは残しておいてほしいものだ。
「黒崎さん、ここを見てください」
鉛筆で配線の藪を掻き分けていた堤が、何かに気づいたようだ。
「三段目の回路は、本線から別に電源を取った上で平滑化されています。まるで、電圧の落ち込みを前提としたような組み方です」
堤は全体の回路図を示した。
「回路の場所はここです。ノイズフィルターにしてはコンデンサの容量が大きすぎますし、突入電流の対策にしては下流すぎます。中間増幅回路程度に、ここまでするでしょうか」
堤の分析は、私の考えと概ね一致していた。回路を組み替える時には、必ず何か理由がある。しかし、それが不調の原因かどうかはまだわからない。
「理由は気になりますが、まずは復旧を急ぎましょう。原因が別にあるなら、同じ症状が出るはずです」
「では、交換しますか」と堤。
「そうするしかありませんね」
私はため息混じりに答えた。回路図を書き起こしている暇もなければ、部品を点検する時間も惜しい。部品もあることだから、いっそ替えてしまったほうが気も楽だ。
堤は、すぐに替えの中間増幅モジュールを持ってきた。
「今日中に、なんとか取り付けまで持っていきたいですね」
そう言ってどっかと床に腰を下ろし、加工の作業に入った。
いわゆる標準仕様ではない場合は、必要な端子でもソケットでも、技師が自分で加工して取り付けなければならない。拡張性と煩雑さは表裏一体とはいえ、
なんとも面倒なことだ。
時刻はもう十六時を回っている。早いところ決着をつけないと、どんどん帰りが遅くなってしまう。
「しかし、これで直りますかねえ」と、金切り鋏を手にした堤がぼやく。
たしかに、中間増幅回路は終段や発振に比べれば複雑な回路ではない。掛かる電圧は高いが、回路全体に波及するような故障の元凶にはなりにくい。
「試すしかありませんね。幸いにも、部品はありますから」
にわかに外が騒がしくなって、換気扇の向こうからサイレンの音まで聞こえてきた。港か発電所で、何か事故でも起きたのだろうか。
暖房が止まるのは困るなと思いながらドライバーに手を伸ばした時、ドタバタという足音が聞こえてきた。
「黒崎さんはこちらですか!」
駆け込んできたのは、ミーミルこと笹木だった。青い顔をして、肩で息をしている。
「笹木さん。どうしました?」
「格納庫で事故が起きて、菊岡操縦士が巻き込まれました」
「なんですって」
私は椅子を蹴って立ち上がった。
「とにかく来てください」
「堤さん、あとは頼みます」
私は堤の返事も聞かず、後を追って走り出した。
──格納庫。
「ちょっとすみません。通して!」
人混みを掻き分けて、開け放たれた大扉の前に出た。
視界が開けた時、私を襲ったのは絶望だった。
「うわぁ……やってくれたなあ」
視線の先で、チト6977号が左へ傾いていた。床には裂けた羽布と木片、そして金属片が散らばっている。まるで、訓練生時代に私がぶっ壊した
「あれが落ちてきたようです」
笹木の指差す先、機体の横には、天井から吊られているはずの照明が転がっていた。どうやら、あれが翼をぶち抜いてしまったらしい。
「それで、菊岡さんは?」
「奥です。行きましょう」
搭乗員詰め所の前には、救助をしてくれたらしい数人の整備員と、しゃがみ込んでいる白衣の男がいた。菊岡は床の担架に寝かされているようだ。
「菊岡さん!」
「ああちょっと、まだだめです」
整備員に制止されて、私は踏みとどまった。
白衣の影になっているが、血は見えない。処置を受けているということは、即死でもなさそうだ。
ところで、白衣の男は医者なのだろうか。そうでなければ困る。榎島さんは、三百キロ彼方の松輪島にいるのだ。
男が立ち上がると、整備員たちが担架を持ち上げた。どうやら医務室へ運ぶらしい。
「菊岡さん!」と、私は再び声を上げた。すると、白衣の男がこちらに気づいてやってきた。左腕には厚生省の腕章。少なくとも、部外者ではなさそうだ。
「失礼ですが、あのパイロットと一緒に飛んできた無線士さんですか」
歳の頃は四十手前と言ったところだろうか。丸眼鏡にぼさぼさの頭が、まるで物書きにも見える。
「航空本局の、黒崎と申します。菊岡操縦士とは、根室から一緒でした」
「そうでしたか。私は、医師の中垣と申します」
どうやら医者だった。榎島さんの言っていた弟子というのは、彼のことだろうか。
「それで、怪我の具合は」
「軽い脳震盪を起こしていますが、外傷はほとんどありません。命に関わる状態には見えませんが、右腕はおそらく骨折しているでしょう」
私は安心すると同時に、新たに起きた重大な問題に額を押さえた。菊岡が飛べなければ、無線機が直っても帰る飛行機がない。だが、それは中垣に言っても仕方がないことだと、私はぐっと飲み込んだ。
「それでは、私は処置に行きます。診断書は後ほど」
「よろしくお願いします」
中垣が去ると、格納庫は静まり返った。振り返ると、いつのまにか規制線まで張られている。
ちょっと待て。整理しよう。
運輸省の持ち物である飛行機が事故を起こした。飛行場関係者は根室航空局の職員だが、私の所属は航空本局だ。この事故について調査し、報告書を上げることができるのは?
──ああそうだ、私しかいない。
なんということだ、また面倒ごとではないか。
「あのぉ」
頭を抱える私に、笹木がそっと話しかける。
「報告書は、どうしましょうか」
「とりあえず、小林さんの指示を仰ぎましょう」
いよいよ諦めた私は小林に一報を入れるべく、管理棟に足を向けたのであった。
そして結局、柏原飛行場管制部は、私の指揮のもとで事故調査委員会を兼任することが決まった。元より無線機は受信しかできないのだから、日勤と夜勤が一人ずついれば回るという判断だ。もちろん、ローテには私も組み込んでもらった。自分だけ毎晩すやすやと寝ているというのも忍びない。
ところで、菊岡の診断は脳震盪と右の上腕骨にヒビ、全治は二ヶ月という重傷であった。しばらくは安静ということなので、後で見舞いに行くとしよう。
さて、事故調査委員会といっても、できることはあまりない。
簡単に言えば、照明が落ちてきて飛行機をぶっ壊し、整備中のパイロットが巻き込まれたというだけだ。私としてはさっさと原因を究明し、後のことを小林に任せて無線機の修理に戻りたいところだ。
終業時刻は過ぎていたが、私は笹木に記録係を頼み、連れ立って格納庫へと入った。肩にかけた鞄には、懐中電灯や小林から借りてきた格納庫の見取り図と、その整備履歴が入っている。
「電灯をつけてきます」と笹木が電気室へ駆けて行った。
すぐに、ぽっ、ぽっと水銀灯に火が入る。
ゆっくりと明るくなっていく格納庫の真ん中で、チト6977号は痛々しい姿を晒していた。私と共に根室から千二百キロを飛んできた機体だけに、見るだけで胸が苦しくなる。
そこへ、笹木が戻ってきた。
「何から始めますか?」
「そうですねえ」
私は腕を組んだ。
結論は簡単でも、調べなければならないことは多い。私は「まずはひとまわりします」と言って、機体全体を見渡せる位置へ回った。
最も酷く損傷しているのは、右上翼のちょうど中央のあたりだ。大きく抉れて、桁が何本も折れている。下翼も羽布が裂けているようだ。修理で済むのか、それとも主翼そのものを作り直すことになるのか、まだ判断はつかない。近づいて腹を覗き込むと、落下の衝撃をもろに受けたのか車輪も歪んでしまっている。これでは、腹の中にある無線機もどこかしら壊れているかもしれない。
私は、ため息を吐くしかなかった。こういう破損は、オーバーホールよりもタチが悪いのだ。
やれやれと腰を上げる。
床に転がっているのは、ホーローの傘がついた水銀灯だ。何層にも塗られたペンキはあちこちが禿げ、傘は歪み、電球は粉々に割れている。
傘の上には変圧器か何かの箱がくっついていて、これ自体にもかなりの重量がありそうだ。
天井を向くと、明かり取りのための窓と、鉄骨を組んだ梁が見える。持ってきた見取り図によると、電灯は天窓の枠に沿って並び、コの字型の金具で梁を抱き抱えるように固定されていた。落ちた電灯の方を見てみると、固定具が根本からちぎれたように見える。
そして傘の周りに散らばる赤茶けた粉末。指につけてみると、それは鉄粉にしては赤すぎた。翼の塗装が剥がれたものかとも思ったが、唯一の赤色である日の丸に傷はない。
私は、落ちた電灯の真下にあたる位置に立った。そのまま真上を向くと、天窓と梁がある。
懐中電灯を向けてみた。電灯があったはずのところも、梁と同じ赤いペンキで塗られている様に見える。ただ、光量が少なくてよくわからない。これ以上は梯子が要るだろう。
私が整備記録を広げていると、笹木がどこからか小さな机を運んできた。
「何か、見つかりましたか」
「まずは雨漏りによる腐食の線を疑ってみたのですが、梁は四月の点検で塗り直されていました」
私は笹木にも記録を見せた。細かな記録がならび、整備班長の署名と、小林の判が押されている。
続いて、見取り図を広げる。
「この、天窓の枠に沿って電灯を吊るという構造は、内地でも見る設計です。ペンキがこれだけ塗ってあれば、ただの雨漏りだけでは説明がつきませんね」
「雨漏り……」
そう呟いて、笹木はじっと下を向いた。ぷくぷくと頬を動かして、何かを思い出そうとしているようだ。
こういうことは、現場のひらめきのほうが的を得ることが多い。
私は邪魔をしないように机を離れ、刷毛と瓶を出して膝をついた。鉄粉とペンキのかけらを、パラフィン紙で掬って瓶に注ぐ。透かしてみると、鉄粉の中に白い粒が混じっている様に見えた。
「そうだ、黒崎さん!」
笹木に呼ばれて、私は腰を上げた。
「なんでしょう?」
「あの窓は内地でも見ると言っていましたが、同じ形の格納庫があるのは、どの飛行場ですか」
「えっと、そうですね」
私は急いで記憶の引き出しを開けた。天窓を備える格納庫は、重い雪が降る日本海側ではあまり用いられない。太平洋側の、大きな飛行場でよく見た気がする。
「立川や宇都宮、あとは松本とか、岐阜なんかにはあったと思います」
「立川は多摩、宇都宮は栃木、岐阜と、松本……」
答えを聞いた笹木は、今度は天井を見上げて歩き出した。私は邪魔にならない様に一歩退いて見守った。
すると彼は水筒を出し、ごくりと喉を鳴らして一口飲んだ。
その時。
「塩だ」
ぽつりと呟いたその一言が、私にはすぐに繋がらなかった。
「塩?」
「地図を思い出してください。立川、宇都宮、松本、岐阜。全て、内陸にあります」
私は唇を舐めた。
内陸。窓枠。塩。
一本の線が、繋がった。
「塩害、ですか」
「おそらく」笹木は首肯した。
「風で飛び散った海水が窓枠を腐食させ、梁の上に滴り続けた。それで、照明の金具が腐食した……というのは、あり得る話です」
確かに筋は通っている。その仮説を確定させるためには、あの梁を見てこなくてはならない。しかし天井まで二間はある。素人では危険だ。
「さっそく明日、整備部の人に見てもらいましょう」
原因の見当がついたとみて、私は机に散らかした書類を集めだした。
「中垣さんなら試薬を持っているでしょうから、私は分析を依頼しに行きます。笹木さんは、ここを片付けたら上がってください」
「はい。お疲れさまでした」
そして翌日。
梁に登った整備員が見つけたのは、突くだけでぼろぼろと崩れてしまうほどに劣化した固定金具だった。回収したいくつかの試料を調べた結果、海水由来と思われる塩も見つかった。同時に窓枠のゴムが破断している箇所が複数見つかり、私は今回の事故を正式に「風に巻き上げられた海水の侵入による塩害」と結論付けた。
さて、私は今、机に向かって事故報告書を書いている。
規定では「報告書とはその組織の長または任命された責任者または調査に関わった職員が作成する」とあり、私の職位を鑑みれば、全てを笹木に押し付けることもできた。ちなみに、完成した報告書は最寄りの本省組織へ送られて、そこからより上の部署へと流れていく。つまり、柏原では誰が作ろうが結局は私が読むのだ。
よって私は今、私自身に見せるための報告書を書いている。文章主義とは、なんとも面白いものだ。
こんなことをしている暇など本当はないのだが、書き方を知っている私がやった方が、結局は早く済む。半日とかからずに纏められた報告書を抱えて、私はすぐに小林を訪ねた。
管理棟・所長室。
「確認しました。私からは、特に添えることはありません」
小林はそう言って、報告書の右上に判を突いた。そして私に差し出しながら、その頭がすっと下がった。
「本件は全て、私の監督不行届でございます。本省の方には、何卒」
私は書類を鞄に戻すと、職員が淹れてくれた茶を啜った。
何卒も何も、私は小林を処分する必要性を感じていなかった。そしてそれは、私の鞄の中にあるもう一枚の書類が証明している。
「もう一点。整備部より、本件の発生経路に基づく内地向け格納庫の構造改善案及び臨海地域運用に関する意見書を預かっております。こちらもご確認を」
私は、たった二枚にまとめられた報告書を手渡した。小林は最後まで目を通すと、しばらく何も言わなかった。
「こちらも本省へ提出させていただきます。よろしいですね」
私はつとめて優しく振る舞った。あとは私の口添えがあれば、悪いようにはされないだろう。
「結構でございます。こちらにもハンコを?」
「お願いします」と私は促した。
「小林さんは、随分と信頼されていらっしゃるようですね」
「私は、自分では何もできない男でして」
言いながら、小林はハンコに残った朱肉を丁寧に拭きあげてから机へと戻した。
「代わりに、誰をどこにやれば一番よく動くのかを見極める目だけは間違いない、と自負しております」
私は妙に納得した。幌筵島は行政上、北海道根室支庁占守郡に属しているが、定住者はいない。島には飛行場と港を管理する運輸省をはじめ、厚生省、郵政省、警察庁などの出先機関が集まっている。実際には、それらの調整役を運輸省が担わざるを得ず、その釣り合いを取ることも彼の仕事なのだ。確かに目立たないが、こういう手合いは地方でこそ力を発揮するだろう。
柏原という土地にも合っている。ここでは役所も飛行場も港も、一つの町として動かなければならない。そして、その町を動かすのが小林なのだ。ここは組織である前に、まず町なのだ。
町に必要なものは行政能力で、小林にはそれができる。地元に戻れば、きっと重宝されるだろう。
廊下に出て時計を見ると、もう昼の二時を回っていた。
私は、売店に寄って二本のサイダーを買った。無線機室でコツコツと作業を続けているだろう堤への、ささやかな労いだ。
部屋に入るなり、私は「一休みしましょう」と声をかけた。
堤は瓶を受け取ると、ぽんと栓を抜いてぐひぐびと呷った。
その様子を横目に、室内を見渡してみる。ケーブルと部品と大量の書き付けが散らばり、昨日よりもずっと散らかっていた。堤なりに幾つかの仮説を立て、根を詰めて検査をしていたようだ。
注釈だらけの、真っ黒になった紙に手を伸ばす。
字は乱雑でも、その内容は系統立てて記録されていた。どの項目も、一目見るだけで彼の意図が汲み取れる。
やはり気になったのは、謎の改造を施された中間増幅モジュールの分解についてだ。
堤の分析によると、これは特定の状況下で電圧が急降下した際、それをクッションして出力を維持するように作られているという。そこから逆算して、大電流を消費するモジュールに問題があると仮定して点検を進めてみたものの、異常のある部品は見つけられなかった。
「ということで、どうにも原因不明である、というところまでわかりました」
堤は疲れの滲む声で報告を締め括った。机の上には手書きの回路図。もちろんこの謎のモジュールのもので、当然のように手書きだ。昨夜、一晩をかけて書き上げたものだという。
「送信系が原因という私の見立ては、外れましたか」
私はなんとも申し訳なくなって頭を掻いた。
「しかし、これで別の仮説が立ちました」
顔を上げた堤の眼鏡が光る。その視線は回路図の一点、電源を示す記号に注がれていた。
「やはり、そうなりますか」
「格納庫の件との関連も考えられます。明日一番で、電源室を開けてもらいましょう」
「そうですね」
ここまでのあれこれが徒労に終わる予感に、私は肩を落とした。とはいえ、直すものを直せば私は帰れるのだ。後一日くらいは踏ん張ろう。
「それで、管轄はどこですか?」
「設備部です。私から話を通しますよ」
「助かります」
人心地がついて急に疲れを覚えた私は、残りのサイダーを一息に飲み干した。電源がどんなことになっているかは、今は想像もしたくない。
こういう時は──。
「そうしたら、今日はこの辺にしましょうか」
「ええと。まだ十五時ですが」
困惑する堤を横目に、私はすっと腰を上げた。
「帰って寝てください。いい仕事には、睡眠が大事ですから」
次回、復旧